第16章 姉妹の会話
【章の主役】エリザベス・オールストン
【作者前書き】エリザベス本人が久々の登場です(会話にはよく出ていましたが)。
ちゃんと生きていることを証明したかったというのもあります。
それから妹のセシルが初登場(1章で名前だけ出ていましたよ)。
さて、姉妹の会話にすごい重要なことがいっぱい出てきます。
今は亡き姉レイネシアについては今後よく話に出てきますので覚えておいてください。
夜も更けてきた。
明日は朝9時から顧問弁護士と相続や資産管理について打ち合わせがある。
正式に当主を継いで1ヶ月になるが、いまだに書類の扱いに慣れない。
本館が消し炭になってしまったせいで、債券や権利証といった重要書類がすべて紛失してしまったのが痛かった。
夜には政財界の要人が多く集まるパーティーに出席しなくてはならない。
華やかな舞台は非常に好きなのだが、最近は周囲の羨望を一身に受けることを楽しむだけの心の余裕がない。
美容のためにも早く寝たいところだが、必要な目録の確認が済んでいないため何時間眠れるか分からない。
ドレス選びをメイドのハンナに完全委任すると事前に宣言してしまうなど、今までの自分ならあり得ないことだ。
家がこんな状況では、とても復学など叶わない。
エリザベス・オールストンの最大の敵は、山のごとき巨大な魔王から、書類の山へと変わっていた。
ため息が漏れる。
親類縁者を一度に19人も失い、自身も大ケガを負った。
幸いにもケガは先週完治したが、両親たちの葬儀、屋敷の修繕、当主襲名を含む家の新体制構築と、問題は山積だ。
もっと頭を悩ませるのが元婚約者候補との関係と最愛の妹についてだ。
これは上手くいけばオールストン家の立て直しに大きく役立つのだが、今のところ状況は最悪の一歩手前だ。
コンコンコン。
控え目なノックの音とともに廊下から可愛らしい声が響く。
「ねえさま。あったかいココアを持ってきました。」
ドアが開くと、エリザベスをそのまま小さくしたような完璧な美貌の金髪碧眼の少女が入ってくる。
妹のセシルだ。
「セシル。まだ起きていたんですの。」
「ごめんなさい。でも、ねえさまが頑張っているからセシルもねえさまのお役に立ちたかったの。」
そういって湯気の立つココアを差し出してくる妹の健気さに胸を打たれる。
「ありがとうセシル。でももう遅いから貴方はお休みなさい。」
ココアを受け取るとセシルの頭をなでる。
「はい、ねえさま。」
まったく素直で愛らしくて自慢の妹だ。
このときのセシルのほころんだ顔は、剣帝ですら殺せる力があると思う。
これだけの完全無欠の姉妹を置いてあの男はどこで何をしているのか。
「ねえさま、ひょっとして、にいさまのことを考えていた?」
「なななな何を言っているのかしらこの子は!?どうしてわたくしがあんな奴のことを考えていると!?。」
「女の勘です。」
セシルはときどき10歳児とは思えない発言をすることがある。
今は亡きレイネシアお姉様の影響か、セシルはすばらしい才能の塊で、お父様も生前はセシルに大きな期待をしていた。
この子が魔王に殺されなかったのはオールストン家にとっても僥倖だったと言わざるを得ない。
ひとまず先の発言をたしなめることが先決か。
「セシル、あなたはあの男が帰ってくるとお思いですか?」
「にいさまはきっと帰ってくるよ。にいさまは約束は絶対守る人だもの。」
あの男も随分と信頼されたものだ。
このわたくしが求婚までしてやったのを袖にして、逃げ出すなど卑怯極まりないというのに。
もっとも、頼んでもいないのに百家序列考査に干渉してくれたことは、多少なりとも恩を感じざるを得ないのが悔しいところだが。
そんなことを考えていると、
「ねえさま安心して。にいさまはセシルの婿養子にして見せるから。」
ぐふっ。
「なななななななんてことを言うんですの!?セシルをあの男の毒牙にかけさせる気はさらさらありませんですわよ!?」
「でも、ねえさまだと望み薄じゃないかな。セシルはにいさまにキスもしてもらったし、たぶん一番大切にされているよ。」
「そそそそそそんなこと、わわたくしだってあの男とキスぐらい…」
「でもねえさまは運命の人ではなかったし、にいさまの手紙の宛名はセシルだけだったよ。」
それを言われると反論しづらい。
7つ以上年の離れた妹に口で負けるのは悔しいが、そもそも論点が自分に不利すぎる。
「この話はやめましょう。さあ、いい加減もうお休みなさい。」
「はい、ねえさま。おやすみなさい。」
セシルが部屋を出ていくと、再び書類に目を通し始める。
ココアを口に含むと、それはちょうどよい暖かさであった。