第14章 入寮
【章の主役】リンクス・シェフィールド
【作者前書き】履修も決まり、剣技考査にも参加できることになったリンクスとヴィータ。
しかし、ついにラブコメ的展開が始まる!?
「規則の説明は以上ですが、何か質問はありますか。」
「いえ、特にないです。どうもありがとうございました。」
「では、こちらが部屋のカギと個室のカギになります。」
リンクスは新しい自分の城に満足していた。
城と言っても今日から自分の寝床となる学生寮の一室のことだ。
さきほど履修登録と剣技考査のエントリーをすませ、今は用務員さんから寮の規則について説明を受けたところだ。
これで入寮手続きが完了して、晴れて寮生となった。
用務員さんが退室し、リンクス一人が部屋の中央にポツンとたたずむ。
今日はなかなか楽しい一日だった。
一つ不満があるとすれば履修で≪語学・純文学≫を取らざるを得なかったことだ。
もともと文才の無さには自信があり、本日最初の授業でも大真面目に答えた結果が間違って自信を喪失しかけていた。
仮決めしておいた履修を見直し、≪地理・歴史≫にでも変更しようかと思っていたが、≪剣術実技≫の申し込み可能枠がかなり埋まっていたせいもあり、他の一般教養科目を履修出来なかったのだ。
ここは苦手科目から逃げるのではなく、あえて苦手をなくすという前向きな発想で頑張るしかないだろう。
せっかくの学生生活なのだから、そういうことも体験しておくべきだと必死に自分に言い聞かせる。
ガチャッ。
部屋のドアが開く。
入ってきたのはヴィータだった。
「もう来ていたのね。手続きは終わったの?」
「ああ、これからよろしくな。」
もらった2つの鍵を指で振り回しながら朗らかに答える。
「で、あたしの個室はどっちなの?」
ヴィータが部屋の左右を見る。
いま2人がいるのは居間にあたる共有スペースだ。
勉強机が2つ、小さなソファーと足の低いテーブルが1組あるだけの、さほど大きくはない部屋だ。
そして部屋の左右にはドアがあり、それぞれが個人の寝室・着替え用のスペースとなっている。
ここは男女パートナーのための寮だった。
「いやー、前の学校は全寮制じゃなかったから勝手が分からなくてさ、好きな方を選んでくれて構わないよ。」
「じゃあ、左の部屋が私ね。のぞいたらぶっ殺すわよ。」
ヴィータの頬がやけに赤い。
そう言えば彼女は女子寮からの引っ越しだ。
詳しくは聞いていないが前のパートナーは女子だったらしい。
そもそもこの学校の方針でパートナーを組んだ以上は寝食を共にするべきだということになっており、男女同室は当たり前なのだそうだ。
もっとも年若い男女を完全に同室にするのもはばかられるので、部屋の構造は共有スペースをはさんで2つの個室があるという少々おかしなものになっている。
絶対照れているな。
まあ、姉と妹がいる自分でも、同じ室内で女の子と寝るのはさすがに勘弁してほしいところだ。
「じゃあ、まずはそっちの個室からベッドを運び出してください。」
なんと2人の用務員さんが入ってきてベッドを運び出そうとしている。
「えっ、どういうこと!?」
わけがわからない。これから入る部屋からベッドを出してしまうとは。
ベッドなしで寝る気か。いや、部屋から出ていく気か。
そんな疑問にヴィータが気づき、答えてくれる。
「ああ、ベッドを入れ替えるの。前のパートナーが今日になって手紙をくれてね、彼女が自費で持ち込んでいたベッド、あたしにくれるって。本当は売ってお金にしようかと思ったんだけど、半年後に復学するっていうから売って後々揉めないために自分で使うことにしたのよ。」
話を整理しよう。彼女の前のパートナーは休学か何かしていて復学するのは半年後。
備品のベッドではなく自費で持ち込みをするようなお嬢様。
どうも嫌な予感がする。
「ねえ、その前のパートナーって俺たちより1つ年上だったりする?」
「ええ、今年3年生の先輩よ。どうして分かったの?」
「ひょっとしてエリザベスとかって名前だったりしない?」
「エリザベス・オールストン先輩よ。まあ有名人だからあんたが知っていても驚かないけど」
「リジーのパートナーだったのかよ!」
やっちまった。これは完全に想定外だ。よりにもよってあいつのパートナーと組んじまったのか。
よく考えるとヴィータほどの魔剣がスペアに甘んじているのはおかしい。
パートナーを突然失ったと考えるのが妥当だ。
そしてこの学校で突然休学することになった剣士を俺はよく知っている。
リジーが休学すると知っていたからこの学校に来たのに、そのパートナーの魔剣がいて、スペアになってしまっている可能性を全く考慮できていなかった。
「リジー!?えっ何?あんたエリザベス先輩とどういう関係よ!」
ああこれはヤバい。変にウソつくより正直に話そう。
「あ~。俺、昔あいつと婚約の話があったんだよな。いや、もう破談になっているんで今はただの知り合いだけど。」
ヴィータの顔がすごいことになっている。
驚いているんだか、呆けているんだか、怒っているんだか、俺には判断できん。
いや、彼女自身、自分の感情がなんなのか分かっていなさそうだ。
「ちょっと何それ、どういうこと、説明しなさい!」
ヴィータが詰め寄ってくる。思わず後ずさるが、ひざ裏に妙な感触が。
足の低いテーブルがひざ裏に当たっていて後ろに下がれない。
それなのにヴィータが詰め寄るものだから上体のバランスが崩れて後ろに倒れる。
とりあえず、彼女を巻き込まないようにと手を前に伸ばすが、彼女もすでに前につんのめった後で手遅れだった。
世界が反転(半転?)し、俺の尻はテーブルに、頭はソファーに押し付けられて、背中が宙に浮いたブリッジ状態だ。
両手は上に掲げられ、彼女の胸を押さえている。
ん?
むにっ。
かすかに柔らかいが、あまり起伏のない感触を手の平がとらえる。
ヴィータが顔を真っ赤にして握り拳を作る。
「何すんのよ変態!」
腹にドスンと重い一撃。俺の身体はテーブルとソファーの谷間に背中から沈み込む。
「まて、今のは不可抗力だろ!ていうかよく分からなかったから安心しろ!」
2秒後、これが失言だったことを思い知らされる。
「胸が小さくてよく分からなかったですって!ふざけんな!死ね!スケベ!色魔!」
もう何撃食らっただろうか。腹と胸と顔をたこ殴りにされるのはまだいい。
ただ、用務員さんだけでなく、他の学生が騒ぎを聞きつけて部屋をのぞきこんでいるのは精神的につらい。
結局、1分ほどしてヴィータが取り押さえられてことで事態は沈静化した。
1分間も皆がただ見守っていたのは状況が理解できなかったという他にも、誰か他の人が助けるだろうとその場の全員が思ってしまう傍観者効果という心理が働いたせいだろう。
その後30分間にもおよぶ説得と説明で、リジーとの過去の件も、ヴィータの胸の件もある程度納得してもらうことができた。
アヴィエル教頭が俺を訪ねてきたことで、その場は一旦お開きとなった。