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剣帝マギの森羅万象剣  作者: 三千世界
4月8日
13/28

第13章 マギの軌跡

【章の主役】シャロン・タバナー

【作者前書き】マギがこの一ヶ月何をしてきたか明らかに。

彼以外の剣帝の名前も出てきます。

しかし失踪先は依然不明です。

時計が5時を告げる。退勤時間だ。

もっとも、新人とはいえ剣帝マギの主任担当官に任命された自分には定時帰りなど望めない。

シャロン・タバナーは深くため息をつく。

読み込まなくてはならない資料が山のようにある。

マギが剣帝となってから1ヶ月分しか経っていないというのに、その活動記録や報告書の類は百科事典10冊分以上にも及ぶ。

彼はシャロンより6歳も年下だというのに恐ろしく濃密な人生を歩んでいるように思う。

そこそこの名家の生まれで、親兄弟が健在で家族仲もよく、剣士としてもこの1年ほどで急成長を遂げている、と聞けば順風満帆な人生だと誰もが思うだろう。

しかし実のところは、幼少のころに遭った事故とその後の後遺症と過酷なリハビリの日々、そして大きな喪失と挫折を経てからの大器晩成という、波乱万丈な体験をしている。

4人もの魔剣の少女たちとの出会いは、彼に4つの魔法を授け、魔王討伐という偉業を成し遂げる大きな力となった。

それなのに、彼は剣帝としての役目も、家族やパートナーすらも捨て、流浪の旅へと出た。

彼はどんな人物で、何を感じ、何を思ってそのような行動に出たのか。

それが分かれば彼の行方も自然と分かってくるのではないか、そんなことを考えながら今日読んだ資料を要約する。


今年の3月2日、ローザス市近郊に出現した魔王によってオールストン家の魔剣師たちは壊滅的な被害をこうむった。

そしてマギはその魔王に挑みかかり、これを打ち倒した。

だが彼の魔剣師としての実力はそれほど高くはなかった。

魔法が4つも使えるというのは特筆すべきことだが、それでもオールストン家には彼よりも実力のある魔剣師が数多く揃っていた。

決して魔法を使える者が使えない者より強いわけではない。

魔剣を4人も従えているからといって、その分強くなるわけでもない。

それでも彼は魔王を倒して剣帝になったのだ。


翌3月3日、≪剣帝課≫が現地に派遣した調査員が彼と接触。

その2日後には彼と4人のパートナーが≪剣帝課≫を訪れる。

聞き取り調査を行ったロウ課長はマギのことを、剣帝としては異質だったと証言している。

剣帝はそのほとんどが人格に問題があり、世捨て人か俗物のどちらか両極端が多く、唯我独尊で人間らしさが薄いという。

しかし、マギは少し慇懃無礼で目つきが鋭いものの、どこにでもいる普通の少年だったという。

聖剣の少女たちから慕われ、彼も彼女たちを気遣い、優しさも垣間見せていたらしい。

しかし、彼は自分たちのプロフィールを世間に公表することを拒絶した。

これこそ最大の特徴だ。

その理由についてレポートには一切記載されていなかったためロウ課長に聞いてみたが、どうも要領を得なかった。

出自も特にはばかるようなものではなく、強いて言うなら百家の序列的には剣帝を輩出しそうなほど高くはなく、決して低くもない微妙なところだということか。

自身が剣帝になったことを誰かに隠したい、知られたくないという線も考えたが、自身とパートナーたちの家族には緘口令付きとはいえ明かしている。

他の剣帝にはプロフィールを隠せないうえに、後に剣帝会議に出席しているため、これも違う。

彼の交友関係の中にそのことを明かしたくない人物がいる可能性も考えたが、探偵(推理小説マニア)としての勘はそれすらも否定している。

やはり彼の人柄をよく知る人物に話を聞きたい。

彼の不可解な秘密主義と失踪の件には深いつながりがあるはずだ。


3月6日、剣帝会議議長にして剣帝第5席“ライブラリアン”がマギの剣帝としての素質を確かめるべく手合わせを行う。

剣帝同士が直接剣を交えるのではなく、ライブラリアンが魔法で召喚した眷獣とマギを戦わせて、その力量を検分するというものだったようだ。

とはいえ、魔王に匹敵するほどの強力な眷獣を前にマギは苦戦したそうだ。

ライブラリアンはマギのことを『剣技はお粗末だが、剣の扱いはそこそこ。魔術と魔法の腕は及第点。最大の武器は剣帝らしからぬことで、巨人殺し<ジャイアント・キリング>の才能は自分以上。』と評したという。

この日、彼は2つ名を“マギ”と定め、剣帝マギの存在はプロフィール不詳のまま世間に公表された。

ここに、いくつか気になる事実がある。

ライブラリアンのマギに対する批評は、彼の未熟さと将来性に言及しているという点。

そして“マギ”という2つ名を彼自身が決めたという点だ。

古の魔法使い<マギ>という、剣帝よりも古い存在を自ら名乗った理由は、彼のアイデンティティに直結しているような気がする。

とにかく彼の行方を追う前に彼の心を追わなくては、決して彼を捕まえられないという予感があるのだ。


3月16日、剣帝会議の開催。

これは年に1度、この時期に全ての剣帝が一堂に会して定例報告を行うというものらしい。

新暦が始まってからの416年間で451回開かれており(例会以外にも緊急開催の特会があるため)、ここ50年間はずっとライブラリアンが議長を務めているという。

普通、剣帝誕生は特会の要件だそうだが、例会をわずか10日後に控えていたため、その枠内で彼のお披露目を兼ねることとなったそうだ。

剣帝会議の出席者は、剣帝とその付き添い1名ずつ、すなわちこの回からは1組増えて合計20名。

さらに≪剣帝課≫から数名のオブザーバが加わる構成だという。

ちなみにバラクロフ氏はこれを1年で最も胃が痛い1日と言っていた(しかも今年は過去最高に痛かったそうだ)。

そして、ここで問題が起きた。

まず、マギが付き添いに選んだのは聖剣の1人だった。

それだけならむしろ無難な選択なのだが、問題はそれが10歳の少女だったということだ。

彼には他にも自分より年上のパートナーさえいる。

よりにもよって幼い子供を選んだのだ。

これにはさしもの剣帝たちも度肝を抜かれた(多少の失笑も買った)そうだ。

そして、他の剣帝も出席者に異変があった。

そもそも剣帝会議は緊急案件のない例会だと剣帝が全員そろわないそうだ。

緊急案件とは“小ワルプルギス”という魔王の大量発生(!)のことで、新しい剣帝のお披露目はこれに含まれないらしい(特会の要件であるにもかかわらず)。

普段は欠席か代理を立てている剣帝が急きょ本人出席になったり、これまで皆勤だった剣帝が代理のみ出席だったりと、かなり混乱したようだが、それは大した問題ではなかった。

なにより、一番の問題はマギの発言である。

自らは剣帝としての活動を行わず、魔王とも戦わなければ、縄張り<テリトリー>もいらないと開口一番に宣言したのだ。

これについては彼の実家や行動範囲が他の剣帝の縄張り<テリトリー>であるために、不要な争いを避けるという意図が見受けられるそうだ。

過去にも新しい剣帝が出現したとき、そのことで揉め、一触即発の事態になったことが一度や二度でないという。

しかし剣帝会議の最大の目的は、剣帝たちの利害調整と魔王への効率的な対処であり、議長のライブラリアンはそのことに腐心する真面目な議長だという。

そのため、一時的に会議が紛糾したもののすぐに収まり、≪剣帝課≫のメンバーを焦らせる以外には実害はなかったという。


3月27日、マギが≪百家課≫を訪れ、オールストン家の序列考査を一時的に凍結するよう圧力をかけた。

これは、キッシンジャー課長が昼休みに言っていた今年限定でオールストン家の序列降下を食い止めるというものだ。

マギとオールストン家の関係を考えれば、この不当とも言える介入も有り得る話だが、この行動にも彼の性格が表れていると思う。


そして、4月1日、マギが書置きを残して姿をくらました。

書置きは≪剣帝課≫と彼の家族と4人のパートナーの計6通あり、微妙に内容が違うものの概要は同じものだった。

自分探しの旅に出る、8月には帰る、それまでに自分との関係をもう一度考え直しておいてほしい、といったことが書いてあった。

直筆の手紙はその人の内面がよくにじみ出るものだ。

丁寧な字だが手紙を書き慣れていないのか文章は拙い気がする。

それでも相手の一人一人にこれまでの感謝の言葉を添えているなど、バラクロフ氏が言うような“ひどい曲者”とか“女ったらし”という感じは見受けられない。


4月2日、マギは通っていた学校に退学届を出し、学校近くに借りていた部屋を引き払った。

彼の部屋に入り浸っていたというパートナーが、部屋に残っていた荷物を確認したところ最低限の衣服と日用品や書き溜めていたノートだけが無くなっていると証言した。


4月3日、遥か北のフォーファーという駅で、マギと思しき人物の姿が目撃された。

そこから別の路線に乗り換え、さらに北を目指したことは分かったが、それ以降彼の消息は途絶えている。


「おい新入り。」

いきなり声をかけられ、振り返る。

声の主はバラクロフ氏だ。

「俺はもう帰るが、1つだけ置き土産をやる。」

何だろう。また面倒な仕事を押し付けられないか心配だ。

というか新人に仕事を押し付けて自分は帰るとかひどい先輩だ。

「マギの聖剣の1人が明日ここに来るってよ。マギのことはそいつに聞くのが一番だぜ。」

マギのことをよく知るチャンスが訪れたのはうれしい。

だが明日は日曜日だ。休日出勤とかいきなり気が重い。

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