第12章 魔法保有者<マジックホルダー>
【章の主役】メディ・キッシンジャー
【作者前書き】魔法保有者であることが明かされたリンクスは、魔法について語ります。
魔王と剣帝について様々な情報が開示されてきます。
剣帝マギの正体はエリザベスなのか、それとも他の誰かなのか、メディはすでに核心に近いところまで迫っています。
メディ・キッシンジャーにとってニュースのネタは晩御飯のオカズよりも価値がある。
ヴィータと並び学年トップスリーの魔剣と評価されることよりも、学院一の情報通で新聞部のエースであることの方を誇らしく思っているほどだ。
将来は魔剣師の本業よりも、魔剣師専門のジャーナリストか情報屋を考えているほどだ。
母はどこの家にも属さない引退済みの魔剣で、父に至っては魔術も使えない一般人であるからこそ、自分にはそんな夢も許される。
百家かその分家にでも生まれ、自分ほどの才能があったら、そんな勝手は許されなかったはずだ。
そして今、目の前にとびきりのネタが転がっている。
転校生のリンクス・シェフィールド。
彼については去年の夏の剣技大会から注目していた。
調べれば情報が出てくるものの、不可解な点も多い。
彼にはある疑惑を抱いている。それを探れば、あわよくば世間を驚かす大スクープ、そうでなくても学院をにぎわす大ニュースにはなると踏んでいる。
とりあえず、ジャブとして彼には魔法の知識を披露してもらおう。
「俺、リンクス・シェフィールドはおよそ1年前のある日、突然魔法が使えるようになりました。」
リンクスがいったん言葉を切る。
教室がざわつくが、ブラウニング先生は彼に続きを促す。
「魔法の習得にはいくつかパターンがありますが、狙って魔法を得るのはほぼ不可能です。他の魔法保有者から魔法を譲り受ける“継承覚醒”は、魔法を受け取る側にその才能がなければ失敗する上に、譲る側は命を落とすリスクもあるため、もっとも実例が少ない方法です。」
いきなりのショッキングな内容に、教室には重苦しい空気が流れ、静まりかえってしまった。
「剣士と魔剣がパートナーとなったことなどをきっかけに、ごく稀に“契約覚醒”が起こる場合もありますが、これは最も偶然性が高く非常にレアケースです。それよりも過酷な修行や臨死体験によって身に付く“潜在覚醒”の方がまだ現実的で、“普通の魔剣師”は9割方がこの方法で魔法を習得します。」
“普通の魔剣師”という言葉に強いアクセントが込められていたのに、ほとんどの生徒が気づく。
「キッシンジャーさん?の疑問に答えると、剣帝にはこれ以外の魔法習得方法があります。というより、剣帝にしか実現不可能な方法です。」
彼の話に先生を含む全員が引き込まれる。話し方が上手いというか、彼には一種のカリスマ性のようなものがあるのかもしれない。
「ストレンジを殺すと非常に低い確率で、魔法に目覚めることがあります。この“経験覚醒”による魔法習得の可能性は殺したストレンジが強力であるほど高くなり、“魔王”クラスになると10%以上の高確率に跳ね上がるそうです。剣帝として経験を積めば積むほど保有する魔法が増えていくのはこのためです。序列1位の剣帝は1人で50もの魔法を扱うと聞いたことがあります。」
これには驚いた。現存する約250の魔法のうち5分の1を、たった1人の剣帝が占有しているというのだ。
そして5分の2を他の9人の剣帝で、残りの5分の2を90人の普通の魔剣師で分け合っていることを突き付けられた。
そのようになる明確な理由を添えて。
「俺が知る限り、魔法の習得方法と剣帝が魔法をたくさん使える理由はこんなところだけど、これでよかったかな?」
彼がこちらを向いて尋ねる。
先生が答えられなかった内容を、コンパクトながら濃密にまとめられ、おなかいっぱいだ。
しかし、ここで満足しては新聞部の名折れ。
「じゃあ、君は剣帝マギってどこの誰だと思う?」
実は一番聞いてみたいことはコレだ。
世界中の耳目を集めながら素性が一切不明の剣帝マギ。
その正体を暴けば自分はもう世界的なジャーナリストだ。
春休み中も情報収集に明け暮れ、尻尾をつかみかけるところまでいったが、≪剣帝課≫のガードが固くてどうしても肝心な情報が得られなかった。
だが調査の結果、すでに自分の中ではマギの候補者を5人にまで絞っている。
そしてその全員がこの学院と何らかのつながりがある。
「はいはい。彼の話は非常に興味深かったですが、脱線しかけているのでそのぐらいにしておきましょう。」
ブラウニング先生の邪魔が入る。
授業中な上、リンクスもこれ以上話すことはないといった感じを出しているので深追いしにくい状況だ。
「さて、大ワルプルギスを乗り切った世界は新暦の時代に入りましたが、ストレンジの脅威は去りませんでした。現在でも常に小規模なストレンジの発生が確認されていますし、魔王の顕現は重大な脅威です。しかし魔王ほどの強大なストレンジの発生は、その予兆を観測する技術が確立されており、大陸中に監視網が整備されています。もっともそのカバー範囲は人口密集地域周辺にとどまり、先月はその監視網の穴に魔王が出現するという事態になりました。始祖十二家の1つオールストン家の本邸のすぐ近くに魔王が出現してしまいました。」
そう、ヴィータのパートナーでもあるエリザベス・オールストンの実家を襲撃した魔王が新たな剣帝に倒されたのだ。
自分が剣帝マギに興味を持った理由がそこにある。
エリザベス先輩が剣帝マギとなった可能性はかなり高い。
しかしそれだと説明のつかない点がある。
あれだけ自己顕示欲の強い人が、自らが剣帝になったことを喧伝しないわけがない。
しかもマギなどという2つ名を名乗るとも思えない(もっともリンクスの話を聞いた後では魔王を殺したときに魔法に目覚めた可能性は否定しきれない)。
「魔王の出現頻度については誰か知っていますか。」
先生が再び尋ねる。
驚いたことに、これに答えたのは隣に座るヴィータだった。
「毎年平均して10体ほど。しかも“小ワルプルギス”が四半世紀に一度のペースであり、このとき20体前後の魔王が一度に出現します。」
よく考えてみるとヴィータが魔王に詳しいのは意外でも何でもないが。
「よく知っていますね。剣帝が事前に魔王の出現予測ポイントで待ち構えて迅速に処理してしまうために、一般の魔剣師にとって魔王と剣帝の戦いは雲の上の出来事のようにとらえられてしまいがちです。だからこそ都市の間近に魔王が出現し、多くの魔剣師が命を落とし、新たな剣帝が誕生したという点で、マギは多くの人々の関心を集めるのかもしれませんね。」
3次限目終了の鐘が鳴る。授業の最後の方は話題が剣帝から離れてしまい、あまり頭に入らなかったが、その間にある可能性について確信をより深めた。
「ねえ、ヴィっちゃん。このあとシェフィールド君と一緒にインタビューさせてくれないかな。学食での一件とか聞きたいし。」
“魔法やマギについて”と切り出すよりも、このほうが断られにくいと踏んでの判断だ。
断られても決してあきらめないが。
「ごめんなさい。こいつの履修登録を急がないといけないから今日は無理。他にも転校したてだと色々やることがあるから今週は無理だと思って。」
“こいつ”といってリンクスを指さす。
ニュースは鮮度が命なのに無体すぎる。
ただ、転校生特有の事情を持ち出されると強く出られない。
邪魔をして取材対象に嫌われるのは不都合が大きい。
いや、ここは逆の発想で行くべきではないのか。
リンクスに頬笑みを向け、手を差し出す。
「あたし、メディ・キッシンジャー。ヴィっちゃんの親友で新聞部員なんだ。楽な教科や良い先生の情報とかいくらでも教えてあげるから、いつでも相談に来てね。」
「ああ、よろしく。」
彼が握手に応じる。
握手する2人の間に挟まれたヴィータがジト目でリンクスを見る。
「ほら、早く学食に、いや、やっぱりカフェテリアにしましょうか。とにかく行きましょう。」
ヴィータがリンクスを連れて教室を出ていく。