第11章 魔剣師の由来
【章の主役】ヴィータ・ブリッジス
【作者前書き】風紀委員の取り調べを終えて、次の授業へ。
≪魔剣師概説≫の授業で魔剣師誕生の歴史が語られます。
そしてリンクスは…
ヴィータは急ぎ足で次の教室へ向かう。
校舎の構造を把握していないリンクスが4歩後ろをついてくる。
先程から色んな意味でイライラする。
風紀委員会に連行されたこと。始業時間に遅れたこと。かつて自分が敗れた相手を彼が圧倒して見せたこと。そして≪フラタニティ≫に招待されたこと。
≪フラタニティ≫とは百家の次期当主候補のみが参加できる社交クラブのことだ。
当然、実力のある将来有望な魔剣師ばかりが集う会合だ。
様々な情報と人脈が手に入り、それらは一生を左右することもあるという。
かつてブリッジス家は百家の序列89位だった。
しかし5年前に魔王討伐作戦に参加した代償として、当主だった父だけでなく、姉、叔父、叔母まで亡くした。
その後ブリッジス家は戦力外通告を受けて百家落ちとなり、今は心労で体を壊した母と二人で細々と暮らしている。
いつかブリッジス家を再興することを目指して奨学金を頼りにこの学校に通い、日々研鑽を積んでいるのだ。
いずれは新生ブリッジス家の当主になるつもりの自分だが、≪フラタニティ≫に招待される立場にはない。
前パートナーのエリザベス・オールストンも、その前のパートナーも≪フラタニティ≫の会員だったので、歯がゆい思いをしたものだ。
そんなことを考えていると目的の教室の前に着く。
意を決してドアを開ける。
「申し訳ありません。遅れました。」
授業はすでに始まっている。それを中断させてしまうことに心苦しさを感じる。
「話は聞いている。早く座りなさい。」
≪魔剣師概説≫の担当であるブラウニング先生はやや厳しいが物分かりがいい人物でもある。
しかし、“話は聞いている”とはどういうことか。40~50分前の出来事が詳細に知られているのか。
空いた席を探しているとメディがウインクをしながら手招きしている。
なるほど、情報通の彼女の仕業か。
リンクスを伴い彼女の隣へ座る。
彼女のことだから何か話しかけてくるかとも思ったが、さすがに授業中に私語はしてこないか。
しかし彼女から千切れた紙を渡される。
『あとで新聞部としてインタビューさせて。』
これにはさすがに呆れた。
「おほん、それでは授業を再開します。」
ブラウニング先生が仕切りなおす。
「こうして世界は魔法保有者<マジックホルダー>全盛の時代を迎えたわけです。さきほども説明しましたが、旧暦の時代の魔法保有者は現代のそれよりはるかに卓越していたと言われ、彼らは尊敬の念を込めて“古の魔法使い<マギ>”と呼称されているほどです。」
ズサッ。
リンクスが筆記用具を筆箱ごと取り落とす。慌てて拾い上げようとする。
「先生、質問です。」
質問魔のメディが発言する。
「なんですかキッシンジャーさん。」
「剣帝マギって、その古の魔法使いと何か関係があるんですか?」
バサッ。
リンクスが今度はノートを落とす。さっきから何をやっているのか。
「今日のテーマは魔剣師の由来と剣帝についてですから、当然それも扱います。ただ剣帝マギと古の魔法使いの関係性は想像の域を出ないとだけ言っておきます。ひとまず授業を進めましょう。」
リンクスがノートをとれる体勢に戻る。
「古の魔法使いはその後長い間世界の絶対的な支配者として君臨し続けます。しかし、原因は不明ですが今から500年ほど前にはその質・量ともに明確な衰えを見せます。そして450年ほど前、彼らの地位を脅かす偉大な発明が世に出ます。それが何か分かる人はいますか。」
先生が発言を求める。一人の男子生徒がこれに答える。
「疑似魔法です。」
「そう、それまで魔法の日陰に甘んじていた魔術が、限定的ながら魔法の能力を再現するに至ります。それこそが刃、鞘、柄の三大疑似魔法。すなわち魔剣師誕生の瞬間でした。」
教室に小さな歓声が上がる。
「疑似魔法は実質的には魔術です。魔術演算領域に魔術回路を刻むことで使用可能となるという習得の容易さから魔剣師は急速にその数を増やし、わずか50年で古の魔法使いを上回る巨大勢力となりました。しかしこのころ歴史はさらなる大転換を迎えます。分かる人は。」
ふたたび同じ男子生徒が発言する。
「大ワルプルギス。」
「そうですね。このストレンジの大発生現象により、世界はかつてない情勢不安に陥ります。数万から数十万とも言われるストレンジ。魔王だけでも数百体が同時多発的に出現したという記録があります。」
恐ろしいことだ。魔王が一度に数百体も出現するなど悪夢以外の何物でもない。
「世界中の軍隊や傭兵、古の魔法使い達がストレンジとの戦いに散っていく中、魔剣師の中に特別な力に目覚めるものが現われました。それが始祖十二剣帝です。疑似魔法には魔王を殺めた魔剣師の存在を高次元に昇華させ、人知を超えた圧倒的な力を与える機能があるとされています。疑似魔法自体が非常に高度な魔術回路で、複製はできても解析はほとんど成し得ていないため、どうしてそんなことが可能なのか分かりませんが、とにもかくにも魔王殺しに成功した12組の魔剣師が、剣帝と聖剣へと進化を遂げたのです。彼らは残りの魔王を次々と葬り、世界に平和と安定を取り戻しました。」
ふたたび教室に歓声が上がる。
「本日の趣旨から外れるので省略しますが、大陸連邦政府の発足と新暦の制定、後に百家制度に移行する始祖十二家の誕生をもって今の世の中が形成されるに至りました。始祖の剣帝に存命している者はすでになく、十二家も現在ではロシュフォール、キャンベル、カートライト、ワース、フィーロビッシャー、そしてオールストンの6家しか存続していません。そして現在、百家と10人の剣帝を中心として数多くの魔剣師が、今なおストレンジと戦っているのです。皆さんはその戦列に加わるべく、こうして魔剣師としての心得を学んでいることを胸に刻んでください。」
教室全体が感慨深い雰囲気になっている。
「それでは、キッシンジャーさんの質問に答えるとしましょう。」
メディが色めき立つ。どうも彼女は剣帝マギの話題に興味深々のようだ。
「剣帝には二つ名が与えられ、本名よりもそちらを名乗る傾向があります。マギというのもこの二つ名です。新しい剣帝が誕生するのは20年ぶりであること、魔剣師でありながら古の魔法使いを意味する二つ名であることが、マギが世間の関心を集める理由です。もっとも彼ないし彼女は本名、容姿、能力すべてが非公開であることも、それに拍車をかける一因のようです。」
ガンッ。
リンクスが頭を机に打ち付ける。こいつ、居眠りしていたのか。
テストには絶対出ないような内容だが、流行や噂話に興味のない自分ですら魔王と剣帝の話は関心があるというのに。
「先生はマギってどんな人物だと思いますか?」
またメディが質問する。
「いくつか推測する要素はあります。古の魔法使い<マギ>を名乗るからには強力な魔法保有者<マジックホルダー>のはずです。現在、≪特殊技能管理局≫が把握している魔法保有者は98人。魔法の総数は254個。しかし約80人は1つしか魔法を持たない単独魔法保有者<シングル・マジックホルダー>で、約10人が2~3個程度の複数魔法保有者<マルチ・マジックホルダー>です。そして10人の剣帝が1人当たり15個、合計150個もの魔法を占有しているのです。」
これには教室中が驚きに包まれる。
わずか10人の剣帝が250の魔法のうち過半数を保持しているというのだ。
「そんな中でマギを名乗るのですから、相当な魔法を使えるのでしょう。」
リンクスが顔をうつ伏せにしている。
「(ほら、寝るんじゃない。)」
リンクスを小突いて起こす。
「先生、なんで剣帝はそんなに魔法をたくさん使えるんですか。」
「う!うーん…、剣帝になると魔法の習得が容易になると聞いたことがある気がするのですが、マギは剣帝になったばかりですし…。私は魔法には詳しくないので、そのあたりはまた今度調べておきます。学院長先生なら魔法保有者ですから詳しいと思います。」
そうだ、この学院には1人だけ魔法保有者がいる。学院長のクラーク・ビショップだ。
去年はもう1人生徒にも魔法保有者がいたのだが、卒業したので今年は彼1人だけだ。
しかし、メディがここで爆弾発言をする。
「シェフィールド君なら知ってるでしょ?教えてよ。」
彼女の視線が自分を挟んで反対側にいるリンクスに向く。
いや、教室中の視線が一気に彼に集中した。
ざわめきが教室を包む。
「まあ、いいけどさ。俺が特待生なのは魔法保有者だからってのもあるし。」
頭をかきながらリンクスが答える。あまり乗り気ではなさそうだが。
というか、学食でベントリーに向かって言っていた魔法保有者発言は本当だったのか。