第10章 取り調べと招待
【章の主役】ルーカス・オコーネル
【作者前書き】この章はちょっと短いです。
風紀委員長がリンクスたちに事情聴取します。
リンクスとヴィータが百家の中でどんな立ち位置か少し明らかになります。
フラタニティがどんな組織かは次章に持ち越しです。
「つまりお前は実質、幻術系の魔術だけでやつらを制圧したというのか。」
風紀委員長ルーカス・オコーネルは委員会控室にて、騒動の当事者である転校生の事情聴取をしていた。
学院一の問題児レックス・ベントリーとガイ・ハーギンの二人組が食堂で暴力行為に及んでいるとの通報を受けて駆け付けたところ、彼らは見知らぬ転校生の謎の魔術によって抑え込まれていた。
流血事件ともなれば風紀委員の権限でそれなりの罰則を与えるところだが、レックスもガイも外傷は一切なかった。二人とも放心状態ではあるが、あれから30分ほど経過したためか、話が聞けそうな状態にまで回復したようだ。
「幻視だけなら騙せなかったでしょうね。でも魔装で拘束して幻痛と幻覚も与えればそれを事実だと錯覚してしまうのが人の心ですよ。ウソの中に真実を混ぜておくと信憑性が増すのと同じことです。」
と転校生は語る。
たしかにイバラやトラバサミに拘束されたという幻を見せられただけなら、実際には身体の自由が効くのだから、すぐに幻だと気付けるだろう。
だがそこに身体の自由が利かないという事実(実際はワイヤーのような魔装で体を縛られていた)が加われば、幻だと知っているか術を破らない限りは事実だと誤認してしまうだろう。
別の魔術で痛みや血の匂いまで与えられては、もはや正常な判断ができなくなってしまうだろう。
それほど再現性の高い魔術を行使できたのは、彼が使うカード型の魔装のおかげだという。
パブリックスペースでの危険魔術の使用は校則違反だが、彼が行使した魔術が“危険”にあたるかは怪しいところだ。
「あの、オコーネル先輩。彼は本当に下級生を助けようとしただけなんです。すこしおせっかいが過ぎましたけど、先に手を出したのはあの二人の方です。真銘解放まで向けられたので過剰防衛になってしまいましたけど。」
ヴィータ・ブリッジスが割り込んでくる。
彼女も別の意味で問題児だ。
文武両道で品行方正だが、他の生徒と軽微ないさかいを起こしたことは何度かある。
もっとも彼女の前パートナーであるエリザベス・オールストンはさらに上を行っていたが。
「ていうかあんたも喧嘩売るような真似しないで助けを呼ぶとかしなさいよ。」
「いや、あれを放っておくのはあり得ないだろ。ヴィータはああいう奴は許せないってタイプだと思っていたんだけどな。」
たしかにあの二人の所業は目に余る。
そしてヴィータ・ブリッジスはそんな彼らを放っておくような性格ではなかった。
数ヶ月前、彼女はエリザベス・オールストンと組んで彼らに決闘を申し込み、惜しくも敗れている。
しかし、彼女の新パートナーはたった一人で彼らをねじ伏せた。
彼はひょうひょうとした態度だが、温厚で真面目そうにも見える。
しかし一瞬感じた刺すような殺気は今思い出しただけでも背筋が凍る。
自分はそのとき彼の後ろ姿しか見ていなかったが、あれを正面から見たレックスたちは生きた心地がしなかったはずだ。
このリンクス・シェフィールドという転校生は何者なのか。
問題児候補には探りを入れておく必要がある。
「喧嘩両成敗、と言いたいところだが、必要最小限の威嚇行為にとどめたことを考慮して特別にお前の処罰は見送っても構わない。」
ここでいったん言葉を切るとブリッジスは安堵の表情をうかべる。
「寛大な対応、痛み入ります。」
シェフィールドは軽く会釈する。余裕綽々で気に食わない。
こうなることが分かっていたか、処分を下されても構わないと思っていたか、どちらとも判断がつかない。
「話は変わるが、おまえは百家の序列51位シェフィールド家の者か。」
自分も百家20位の家の次期当主だ。百家の名前は全て諳んじている。
「そうですよ。当主ニコラス・シェフィールドの従兄弟違いにあたります。」
「従兄弟の息子か。ということは当主候補ではないのか。」
「あ、いや、一応当主候補ですよ。たぶん最有力候補の。」
普通当主は嫡子が継ぐものだ。よほど実力がなければ従兄弟の子供などにはチャンスが巡ってこない。
しかし良いことを聞いた。こいつの素性を探るには当主候補というのは都合がいい。
「なら≪フラタニティ≫に入ると良い。俺が入会を推薦してやろう。」
「謹んでお受けいたします。祖父と父に続き≪フラタニティ≫に参列する機会を与えていただき光栄の至りです。」
即座にシェフィールドが丁寧な言葉遣いとともにエサに食いつく。
先程も感じたが、意外と礼儀作法をわきまえているようだ。
おまけに彼の祖父と父が≪フラタニティ≫のOBとは。
ふと、隣のブリッジスが苦虫を噛み潰したような表情をしているのが目の端に映る。
そういえば彼女の家は5年ほど前に百家落ちしたと記憶している。
そのとき、チャイムの音が鳴る。午後の最初の授業、3限目の開始の合図だ。
「大変、次は≪魔剣師概説≫の授業よ。」
ブリッジスが表情をころっと変えて叫ぶ。
「行っていいぞ。」
自分は次の時間に授業を入れてないが、彼らを引きとめる必要はもうない。
2人は一礼すると足早に部屋を出ていく。廊下を走るんじゃない、校則違反だ。これには罰則がないのが残念だ。