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Voynich  作者: 朝習 亮
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序章 -Cover-

はじめまして、朝習(ともなら) (りょう)と申します。

物書き歴も浅い新参ではありますが、楽しく、かっこ良く、面白く

を基本コンセプトとして書いていこうと思っているので、ぜひとも読んでいただけると嬉しいです。

コメントでアドバイスやツッコミをいただけると幸甚の至りです!

10月。


秋。


新小新(しんこあら)町、新子新駅から徒歩7分のところにある安アパートの一室。

風に幾分かの肌寒さを感じるようになり、僕はタンスの奥から引っ張り出してきたカーディガンの前ボタンを締める。


「さて、行くか」


そう呟いて背負った両肩にかかる鞄の重さの正体は、9割7分、本だった。

それも、製本されて半世紀は経っているであろう古い本。いわゆる古書ばかりである。

大体15kgはあるだろうが、姉さんに声をかけられて今のバイトを始める前には肉体労働系のバイトをしていて、かつ、昔から筋骨隆々というわけではないにしてもそれなりに鍛えていた僕にとっては、特に重くてたまらないわけでもない。

いい感じにくたびれてきたカーキ色のデザートブーツに足を突っ込んで、僕は外に出る。

「寒っ……、店のストーブも出し頃かな」

外は思った以上の寒さだった。

昼過ぎの気温にしては少々低く、カーディガンの隙間をすり抜ける風は冬の気配をいくらか含んでいる。

ところで、なぜ僕が鞄に大量の本を抱えているかというと、それは僕のバイトに関係することだ。

アパートの近くに浮橋(うくはし)古書店という古書店がある。

その古書店の歴史は古く、明治初期に、浮橋書舗という名前で立ち上げられたその書店は、時代の変遷を経て、今では古書を中心に扱う古書店となったわけだ。

長い歴史を持っているだけあって、稀覯(きこう)本もいくらか扱っているその店が、僕のバイト先。

鞄の中身は店の本。

浮橋古書店では古書の買い取りも行っているのだが、買い取った本は、時代を重ねているだけあって値段をつけるのが難しい。

そして、店の主人から、「鑑定力の修行だ。家に持って帰って鑑定してみろ」

と、言いつけられ、バイトの僕は古書の鑑定力トレーニングの為に本を持たされた、というわけである。


5分ほど歩いて、僕の足が止まった。


路地が入り組む複雑な迷路の中ほどにぽつんと鎮座するこの店が、浮橋古書店である。

木造2階建てのその店は一見して古い建物だと分かる。

風雨にさらされて絶妙な風合いの浮かんだ壁、くすんだ硝子(がらす)のドア。

そのドアの上に、真鍮でできた小さなプレートが打ち付けてある。

プレートに刻まれた文字が、唯一ここが店舗なのだと示していた。

<浮橋古書店>、と。

僕はドアに手をかける。

年のせいか、ドアは低く軋みながらその門戸を開いた。


「や、今日も出勤ご苦労様、東屋(ひがしや) 征嗣(まさつぐ)君。ちゃんと宿題はやってきたかい?」


店に入ってきた僕を見て、店の中正面、オークでできた大きなウッドデスクの向こうで、チェアに座って本を読んでいた女性が片手を軽く上げ、そう、言った。

「一応、だけど。それより、そろそろドア修理したほうがいいかもしれないね。軋んでるよ」

女性に答えて、僕はデスクの上に鞄を下ろし、中の本を取り出し積んでいく。

「ドアベル代わりにちょうどいいのさ。店の雰囲気にも似合っている」

その人はポケットから取り出したスティックキャンディを口に咥え、僕が積んでいく様子を見ながらそう言った。

「姉さん、ちゃんと禁煙続いてるんだ」

「意外と続くものだね」

この人が、浮橋古書店の主人、浮橋(うくはし) (しおり)々。

僕はこの人を姉さんと呼んでいるが、血のつながりは無い。なんとなくだ。

長めの髪を一つ結びにして肩から前にたらしているのと、丸眼鏡が特徴的な人である。

女性にしてはファッションにこだわりが薄いのか、年中チノパンにシャツというシンプルな服装も、特徴といえばそうかもしれない。

だがその服装はざっくばらんであるにもかかわらず、どこかさっぱりとした好感が持てる。

姉さんが美人であることも一因なのだろうが。

しかしそう考えると、姉さんはファッションにこだわりが無いが故にラフな格好をしているのではなく、こだわった結果、このラフな格好に行き着いたのかも知れない。

確かに、姉さんがフレアスカートを着ている姿は想像できなかった。

「征嗣どうした、物珍しそうに私を見て」

「あ、いや、なんでも」

姉さんは、そうか、と言って

「で、鑑定してみてどうだった?」

と、宿題の結果を僕に問う。

僕は鞄の中に残った最後の1冊を取り出すと、

「これだけ本物、あとはすべて偽物、もしくはレプリカ。……合ってる?」

姉さんに差し出して答えを告げる。

一瞬の間。

姉さんは一瞬だけ驚いたように眉根を動かしたが、すぐにいつもの涼しいクールフェイスに戻ると、


「ん、よろしい。合格だ。」


そう告げて、僕の手に握られていた革張りの本を受け取る。

合格、その言葉に僕は胸をなでおろした。

ここに勤めて半年が過ぎようとしていたが、合格を貰えるようになったのは最近になってやっとのことだったのだ。

「……それなりに難しかったと思ったんだがな。全部英本だっただろう」

「まぁ、基礎は教えてもらったし、一応これでも英語学科専攻の大学2年生だからね」

そう、僕は大学生だ。2年生である。

言った通り英語専攻だが、別に英語が好きだという訳ではない。

英語と国語以外の科目が壊滅的で、仕方なく、大学卒というネームバリューの為に行けそうな大学のAO入試を受けた。結果、合格した。

それだけのことである。

世間一般の大学生と似たり寄ったりな動機は決して褒められたものではないだろう。

自分が、消極的で非生産的な奴だという自覚はある。

しかし、その結果僕はこうしてアルバイトとはいえ貴重な体験ができているのだから文句はない。

本は好きだ。

純文学だろうがミステリーだろうが恋愛小説であろうがライトノベルであろうが果ては素人作品だろうが関係なく、僕は本が好きだ。

極論で言えば妄想空想が好きだった。

自分で書こうかとすら思ったことがあるくらいには。

しかしまぁ、自分自身の稚拙な作品には意外と没入しがたいのだと気付き、大学入学と主に創作意欲は枯れていた。

そうして、いろいろな本屋を巡っているうちに浮橋古書店に流れ着き、何度か足を運んでいたある日。

パウル・ツェランの詩集を手に取ったときのことである。

姉さんが不意に、声をかけてきた。


「どうだい、バイトを募集しようかと思うんだけれど」


「僕をスカウト、ってことですか?」


「自給1250円、シフト応相談の破格対偶だけどどうかな」


「ありがたく受けさせてもらいます」


「よろしい、契約祝いだ。その本はプレゼントするよ」


たったこれだけの会話で即決と相成ったわけだった。

こうして、僕は浮橋古書店の見習い1号となり、今に至る。

「これだけ覚えがいいなら、征嗣に店を継いでもらうのもありかもねぇ」

姉さんは山積みになった本を彼女の後ろにある大きな本棚に仕舞いながらそんなことを言う。

「なんの冗談だよ、全く。無理だと思うよ」

僕は自嘲的に笑いながら断る。


日本語、英語、ドイツ語、フランス語、イタリア語、スペイン語、中国語、ロシア語、ハングル、ヒンドゥー語、おまけで古代エジプト語と、エスペラント。


以上12の言語が、浮橋織々が、“完璧に”扱うことのできる言語である。

日常会話なら、彼女はもしかすると、世界中ほぼすべての言語を理解できるのかもしれない。

たまに、僕の全く知らない文字形態で書かれた本を読んでいたりもするくらいなのだから。

僕はよく、活字中毒などと言われるが、もし、僕を活字中毒というなら、


姉さんは、愛書狂(ビブロフィリア)文字狂信者(ワードファナティック)だ。


28歳とは思えないほどの卓越した言語能力と、異常なまでの、偏執的ですらある本への執着。

以前、常連客が、彼女は所持している本の99パーセントを暗記していると教えてくれた。

彼女はサヴァンだ、とも。

同意である。

姉さんは本のことであればトップクラスすら突き抜けた才能を持っているが、生活能力は皆無だし、ズボラでぼーっとしている。

そういえば一度、姉さんが店にいなかったことだあった。

不思議に思って店の裏にある居住スペースをのぞいてみたら、すべてにびっちりと何かが書き込まれていた途方も無い量のA4用紙と付箋紙に埋もれて寝ていたことがある。

姉さん曰く、「作業をしていたら寝ていた」らしいが、彼女の証言と照らし合わせると、130時間ぶっ続けで作業して11時間倒れていたことになる。

常軌も常識もあったものじゃない。


「よからぬことを考えていないで買い取った本を整理してくれ。並べ方は箱の上にメモがあるから」


見透かしたような鋭い指摘に僕は、「は、はい」 と背筋を緊張させて仕事にかかる。

浮橋古書店、と青い字で縫いこまれた白いエプロンを掛けた僕が倉庫に足を運ぶと、言われた通り、そこには一抱えサイズのダンボールと、その上には小さなメモがあった。

メモに書かれた、端正で整っている姉さんの文字が示す通りに本を本棚に仕舞うのが僕のもっぱらの仕事。

文庫本だったり、大きなハードカバーだったり、たまに巻物まであったりと、意外と飽きない仕事だ。


「……ん?これ」


ダンボールを開け、本に一通り目を通していた僕の手が、とある1冊を手に取って止まる。

なんということはない、海外の本だ。

ぱらぱらとめくって目を通す限り、僕にはイタリア語だろうということしか分からないが、なんとなく違和感を感じる。

つまり、文章の違和感ではない、本そのものに対する違和感。

「なんだろう……聞いてみるか」

わからないならわかる人に聞くのが筋だ。

「姉さん、箱の中にちょっと気になる本があったんだけど」

姉さんは僕にちょうどチェアの背を向けるように本を読んでいた。

が、彼女は振り向くことすらせず、いたずらっぽい口調で、

「教えてくれとねだるだけでは成長は望めない。宿題だ。君ならわかるだろう」

と、そう僕に言い放った。

「あー、……了解」

僕は諦めたように呟いてその本をエプロンのポケットに滑り込ませる。

どうやら、僕は思った以上に姉さんから期待されているようだった。

その日は、それ以外に特にどうということもなく、いつも通りのつつがない業務進行で1日が過ぎていく。

いくつかの箱を開け、いくつもの本を並べる。

古書店の書架はすべて木製で、重厚、それでいてどこか温かみを感じさせる物ばかりだ。


僕はこの店が好きだ。

年を重ねた紙とインク特有の匂い。

偏屈で少しどころではなく個性的だけど、なんだかんだで面倒見のいい店の主人。

店に足しげく通ってくれるお客たちとの何気ない会話。


決して派手でもにぎやかでもない。

ただ、静かな充足感と安心感のある生活は、僕にとってこれ以上望むべくもないものだった。


「――― 征嗣。お疲れさま。そろそろ店を閉めようか」

丁度10個目の段ボールを空にしたとき、姉さんが声をかけてきた。

「あ、もう時間だね。片づけたら終わるよ」

僕はエプロンを脱ぎ、カッターとペンを仕舞う。

そして、件の、『違和感のある本』を鞄に入れ、

「よし……。じゃぁ姉さんまた明日」

「あぁ、また明日」


店を後にした。




―――――― その日の夜。


「やっぱりイタリア語かな……、時代は大体、15、16世紀頃、相当古いけど、保管状態は凄くきれいだ。手書きってことは個人で書いた手稿なんだろうけど。どうにもイタリア語は読めないからな。」

15、6世紀のイタリア語で書かれた手稿なんて、初めてとは言わないまでもめったに目にしたことがなかった。

姉さんなら1時間もあればすぐに理解してしまうのだろうが、あいにくと僕にイタリア語の教養はない。

わかるのは、翻訳ソフトで翻訳した、本の題名〈Piccola stanza〉が、〈小さな部屋〉、あるいは〈小部屋〉

ということと、

「Rudolf Ⅱ、……ルドルフ2世?」

おそらくは作者の名前であろうルドルフ2世という文字。

僕の知識が正しければ、確か神聖ローマ皇帝だったはずの人物である。


「神聖ローマ皇帝か……、え!?ローマ皇帝の手稿!?」


とんでもないものである。

事実に思考が追いついた。

皇帝の残した本。しかも本人手書きであろう手稿。

万が一本物ならば価値は歴史的文化財級である。

しかも、このルドルフ2世。

「ルドルフ2世……文化人のパトロンになっていたりしたんだっけ?」

この皇帝は、政治力こそ無能とバッシングされる皇帝だが、文化人としては素晴らしい素質があり、中世ヨーロッパの文化繁栄の一因と言えるほどの人物。

そんな皇帝の、手稿。

「いやいやいや、偽物だろ。こんなところに本物が転がっているはずない。少し考えればわかるじゃないか」

一度深呼吸して僕は冷静さを取り戻す。

“これ”が本物だとは思いにくい。

皇帝の手稿ならしかるべき筋をもってしかるべき処遇を受けるはずだ。

どうまかり間違ったら日本の、それも、言い方は悪いが、たかが一古書店に流れ着くというのだろう。

これは偽物で、決して本物ではない。

そう考えるべきだ。

「―――― だとしても、この違和感はなんだろう」

そうだ。

この本が本物であろうが偽物であろうが、僕がこの本になんらかの違和感を感じていることは確かなのだ。

言いようのない、しかし、確実な、“違和感”

僕はすぅ……、と何気なく本を撫でる。

その本は皮で装丁されたハードカバーで、手によく馴染む触り心地……


「あ、れ?」


気づく。

おかしい。何かがおかしい。

綺麗に加工され、なめらかな皮の表面を撫でた指に、違和感がある。

「歪んで、る?」

そう。

歪み。

見ただけでは絶対にわからないような微かで僅かな歪み。

確かに皮は経年劣化で歪むものだが、この歪み方はおかしい。

明らかに意図的な歪み方だ。

半年前の僕なら気づかなかっただろう。しかし、わずか半年とは言え、あの姉さんの元で相当な数の本に触れてきた経験が今の僕にはあり、そしてその経験が僕に告げている。


『何か、ある』


と。

では、違和感の正体がわかった所で。

その、原因は、何なのか。

この不自然な歪みは、なぜ起こっているのか……

いや、正直に言おう。僕にはこの原因はわかっている。

ありがちすぎる話だ。

「表紙に……何か隠して仕込んである……んだろうな」

顎に手を当て、どこぞの、トレンチコートがトレードマークの探偵気取りで僕は考える。

表紙の革張り、その下に何か薄くて小さなものが隠してあるのだろう。

表紙を剥いで確かめるのが手っ取り早いが、しかし、万が一、億が一、この本が本当に“皇帝の手稿”だったとしたら、僕は歴史的文化財に傷を付けた不躾な輩になってしまう。

可能性が限りなくゼロに近いとは言え、けっして無視出来るものでもないのが事実。

それなりの設備が整ってる機関や施設なら、傷を付けずに中身が何なのか確かめることができるのだろうが、僕にはそんな設備も、設備を使うことのできるようなコネもない。

「やっぱり、姉さんに頼むのがいいか……」

姉さんなら、そういう研究機関につながるコネも持っている。気がする。

表紙に仕掛けがある、という答えまで出せば、姉さんも納得してくれるだろう。

と言うか、勝手に本を傷つけたりして怒られる方が怖い。

愛書狂(ビブロフィリア)は伊達ではないのだ。

「うん、明日持って行こう」

そう決めて、僕は本を鞄に仕舞い、

「おやすみなさい」

と、誰に向けたわけでもない挨拶を告げて電気を消した。

この度は「Voynich」を読んで頂きありがとうございました。

序章ということで、まだなんの盛り上がりもないお話でしたが、これから面白くなります!します!

ですので、これからもよろしくお願いします!


twitter.....tomonara_1014


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