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能力

「夏樹さん、眠っちゃったね」


 華彩は杉本の手を握りしめている夏希の頭を愛おしそうに撫でた。


「ねえ、吉岡くん。彼女を、隣の部屋に運んであげて」


 僕は夏樹を抱えて隣の部屋に運んだ。ベッドで眠る彼女はスヤスヤと安眠している。その寝顔を確認してから再び杉本のいる部屋に戻ると、今度は華彩が杉本の両手を握りしめている。


「ごめんね、杉本くん。少し痛いけど、我慢して」


 ゆっくりと呟いた華彩は杉本の肩に刺さる枝を両手で握り締め、一気に引き抜いた。ブシュと血しぶきがあがり、彼女の両手と顔面が真っ赤に染まった。杉本は大きな悲鳴をあげた。


「身体を抑えて!」

 華彩の鋭い声に僕は急いで杉本の身体を抑え付けた。激しく暴れる杉本は意識が混濁しているのかもしれない。わけのわからない声を叫び、やがて口から泡を吹いて静かになり始めた。


 どくどくと肩からは大量の血が溢れ、ベッドを鮮血に染め始めていた。布団はぐちょぐちょと濡れ、血で滑りやすくなっている。


 なんだよ、これ。もうどうしたらいいんだよ。

 泣きそうな気分だった。どうしたらいいのかわからず、このまま杉本を放り出して逃げ出したかった。だが、華彩が杉本の傷口に布をあて、止血をした瞬間にそんな感情はなくなった。


「大丈夫。すぐに治るから」

 華彩は傷口に手をあてる。その手から徐々に緑色の光が溢れ出した。

 緑色の光が杉本の傷口に触れると、徐々に血の流れがゆっくりになり始めた。赤い鮮血はどす黒くなり、やがて傷口を塞ぎ始めた。杉本の荒い呼吸は段々と静かになり、汗が止まる。


 傷が、治りかかっている。


「すごい……すごいよ、華彩……華彩?」

 僕は華彩の方をみて、その尋常じゃない汗の量に驚いた。ポタポタと額から流れる汗は彼女の目に入り痛そうだった。でも、彼女はその汗を拭うこともできず、ひたすら杉本の傷口に手をあてている。

 やがて彼女から白い煙が出現した。頭や首筋、脇からしゅうしゅうと白い蒸気が噴出し始め、ようやく僕は、彼女が蒸発しかかっていることに気づいた。


 消さないと。


 僕は暖炉に向かったが、「ダメ!」と華彩に止められた。


「その暖炉を消してはダメ。まだ治療中だから。冷たくしたら、杉本くんが衰弱死してしまう」

「でも、このままじゃ、華彩が消えるだろッ!」


 沈黙の間ができた。誰も喋らず、たまに杉本の苦痛の声が聞こえるだけだ。


 僕はようやく理解した。僕には今、二つの選択肢があることに。杉本を見殺しにするか、華彩を殺すか、どちらかを選ばないといけない。


 選べない。どっちも大切な存在だった。それに僕には、人を殺すような勇気もない。やっぱり僕は、すごく弱い人間だ。


「いいの」華彩は言う。「私も弱い人間だから、こうやって自分を犠牲にする選択しかできなかった。だから一族を追放されて、こんな辺鄙なところに住むことになった。最初は嫌だったけど、でも……」


 華彩は身体を震わせていた。「楽しかったよ。今まで一緒にいられて、凄く良かった」


 額から流れる汗は華彩の瞳に入り、それはやがて頬に伝って落ちていた。すごく感じの良い笑顔をこちらに向けているのに、僕には華彩が泣いているようにしか見えなかった。


 僕は華彩を後ろから抱きしめた。持てる力を全て使って抱きしめた。


「死なせない」僕は華彩の耳元で囁いた。「君を絶対に死なせない」


 僕は能力を使うことにした。全身がどんどん冷えていき、彼女を冷たくさせる。


 バチバチと燃え盛る暖炉にも負けない冷たさで、僕は彼女を冷たく凍らせ続けた。


 やがて白い蒸気は消えていき、華彩から汗が引いていった。



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