正体
僕は懐中電灯を持って外に出た。まだ外には瀕死の杉本と夏樹がいる。
先ほど破壊した扉は室内向けて倒れていた。それを跨いで階段を降り、ライトを照らすと杉本と夏樹が地面に座り込んでいた。
「大丈夫か?」
「吉岡」夏樹が眠そうな目でこちらを見た。「杉本がもう、全然動かない」
僕は急いで杉本に近寄り脈をはかった。どくどくと動く感触がある。まだ、生きてる。かろうじて。
僕は再び杉本を担いだ。夏樹は後ろからついてくる。彼女に懐中電灯を渡して階段を登る。破壊された扉はいまだに床下に倒れている。それを跨いで室内に入ると、いつの間にかランプに火が灯してあった。室内は明るく輝いている。
「ベッドがあったから、そこに杉本くんを寝かせてあげて」
華彩は僕らの先頭に立って室内を進む。寝室と思われる場所は埃っぽく、確かに今まで誰も使っていなかったような印象があった。
だが、ベッドはベッドだ。僕は杉本をそこに寝かしつける。
いくら枝が止血の役割を果たしているからといって、このままでいいのだろうか。医療知識のない僕には何もできず、それが悔しかった。
部屋を、暖めないと。
「華彩。部屋には何か、暖めるようなものはないの」
「あ、えっと、毛布があったかも」探してくると彼女は言って、寝室を出た。
「吉岡、私、どうしたら……」
「一緒にいてあげて」
それ以外に何ができる?僕は夏樹を残して部屋を出た。
寝室を出て再び玄関に戻った。倒れている扉を持ち上げて、ドア枠にはめ込んだ。間違えて外側と内側を反対にしてしまったが、もう一度はめ直す気分にはなれず、そのままにしておいた。
ドアノブはさっきの体当たりのせいで少し曲がっているが、触るとまだ冷たかった。今まで外にさらされていたのだから当然かもしれない。
室内に戻り、リビングルームを発見した。といっても、天井にはランプが一つぶら下がっている程度の簡単なもので、壁際には暖炉が一つあった。
最近の雪女は洋風だな。そんな感想を抱きつつも、ランプの火を借りて暖炉に火をつけることにした。燃えるようなものがなかったので手近にあったイスを壊し、それを暖炉の中にくべて火を起こした。
小さい炎はやがて大きく広がり、バチバチと明るくなる。段々と室内は暖かさを取り戻し始めた。
窓際に立つと、外は真っ暗だ。懐中電灯で遠くまで照らすと、この下が崖になっていることがすぐにわかった。
「こんなところにいたんだ」
いつの間にか華彩が部屋に入ってきた。いつものように白く透き通るような肌に、メラメラと燃えるような炎が照らされて、今日は少しだけ大人びて見えた。
まったく物怖じしない彼女の頬から、汗が垂れた。「ここ、すごく暑いね」
「そう、かな?」
僕は少しだけ疑問に思った。確かに火はいつの間にか強く燃え盛り、室内の温度はどんどん上がっていった。
「暖炉は、ここだけしかないのか?」
「ううん」華彩は否定する。「他にも二階と三階、あと寝室にも簡易暖炉があるよ」
「そうか」
僕は華彩に歩み寄る。「どうしたんだ?汗がすごいぞ」
「吉岡くん、知ってるでしょ?」
華彩は僕から一歩後ずさった。
「私、昔から身体が弱くて」
「ああ、知ってる。昔から夏はあまり登校しなかったよな。来るのは、雨が降っている日ぐらいだった。あとは秋頃から冬にだけ、いつも登校していた。身体が弱くて、あと紫外線を浴びることができないからって先生は言ってたよ」
僕は華彩の手を取った。華彩はピクンと身体を震わせた。「すごく、冷たい手だな」
「それは、吉岡くんだって同じでしょ?すごく冷たい手」――でも、この手、すごく好きだなと華彩は言う。
「どうしてわかったんだ?」
僕は華彩に質問する。
「なんのこと?」
「この山荘は切り立った崖になっている。もしあの時、僕が反時計回りにこの山荘の入口を探していたら、崖から落ちてたかもしれない。でも華彩、君はあの時、時計回りにしようと言った」
「それは……」
「それだけじゃない。どうしてドアが開かないなんて嘘をついたんだ」
僕は詰め寄った。
「嘘なんて、私言ってない。それに、本当に開かなかった」
「ああ、確かに開かなかった。でも、扉の施錠がされているかどうかなんて普通、ドアノブを引いてみるか押してみないとわからないじゃないか。あのドアノブには雪が積もっていた。華彩、君はどうやって知った?ドアノブを握らずに、どうやって扉を開け閉めしようとしたんだ?」
「それは……」
暖炉の火はますます強くなる。それにつられて華彩の顔からも汗が大量に落ちる。
「できるだけ、気づかないようにして今まで生きてきた。でも、そろそろ限界だ」
僕は今まで感じていた疑問を口にした。
「君は――」
あの時の雪女か――そう言い終わる前に、華彩は床の上に崩れ落ちた。




