-欠如-
その世界は、何かが欠けていた。
どうして欠けてしまったのか。生み出した<尊き存在>にも分からない。ただ、<尊き存在>は困った。もうすぐ友が己の創った世界を見にやってくる。こんな欠陥品を見せるわけには行かない。
世界を創ることは<尊き存在>たちにとって遊びであった。ただの遊び。されど遊び。
<尊き存在>が世界から手を離すと、世界は端からぼろぼろと崩れ落ちていく。また<尊き存在>の手が触れると、世界は元に戻り美しい輝きを放つ。
――この輝きだけならば満足いく出来だというのに。
悩んだ後、<尊き存在>は世界の中に自らの爪のカケラを落とした。カケラは途中で2つに割れ、<尊き存在>とよく似た、それでいてまったく違う生き物となって世界に降り立った。
その様子を見て満足げに頷いた<尊き存在>は、世界から手を離した。世界は、もう崩れなかった。
友はそのすぐあとにやってきた。美しい輝きを放つ世界を見て不満そうな友に、<尊き存在>は勝ち誇った顔をした。美しさだけで言うのなら、その世界は群を抜いていた。ただ、欠陥があっただけで。
その世界を見にたくさん訪れた。<尊き存在>は自慢げに世界を見せた。
しかし世界を創ることは、<尊き存在>らの間で流行っていた遊びだ。流行は廃っていく。
欠けた世界は段々と存在を忘れられていった。生み出した<尊き存在>にすら忘れられ、ただ美しい輝きを放ち続ける。
いつまでも、いつまでも。
「かはっ」
彼は口元に手を当てた。手のひらに、赤く、粘ついた液体がついている。
「もう、きたのか」
胸が苦しく、息がしにくい。しかし彼は、そんな苦しみを待ち続けていたかのように、穏やかな表情を浮かべた。
彼がもう1度咳き込んだ。血が彼の手から零れ落ちて、砂の上に落ちる。黄色い砂の上に不可思議な赤い文様が浮かび、そして……赤は緑に変わった。
ぽたぽたと砂に落ちた赤は、次から次へと緑に変わる。いや、その赤を起点として緑の輪が広がっていく。瑞々しい緑は太陽の光を浴びて大きく育ち、白い花を咲かせ、虫を呼び、動物を引き寄せる。
一瞬で草原に変わったその場所で、彼だけが一気に老いてしまったかのようだった。荒い呼吸を何度も繰り返している。黒々としていた髪が、どこか色あせているようにも見える。
「やはり逃れられないのだな」
呟いてから、彼はそれでもいいかと思った。少しの間だけでも、休むことができるならばいいか、と。
安直な考えだと知っていて尚、彼はそう思う。そして諦めておくそぶりを見せながら、
「ロー・アベスタ……お前は、嘘つきだな」
『なぜあなただけが苦しまなければならないのです! こんなのは間違っている。あなたを殺さねばならないぐらいなら、私は、私はっ』
彼はいつまでも、その言葉に期待を寄せてしまうのだ。
『世界を壊す!』