─11番街と12番街の静寂について─
スペシャルゲストは
本日の会合を断ってきたので
ワインボトルは
傾いたままでいる
窓の外に飾られた
ビッグ・マウンテンは
なんだかバツが悪そうに
紅潮し硬直している
歌姫はさっきから
何度も何度もトイレに駆け込み
化粧のノリをチェックしているのに
まったくなんて日だろう
カードは伏せられたまま
ピアノの鍵は落とされたまま
時間は鋲でとめられた
私達に選択権は無い
またいつものように
古いフォトの扉に飛び込み
壁に掛かったミノタウロスと一緒に
酒を飲むことになるのか
重く垂れ下がったクレナンドゥは
雨のシミの唄を歌い始め
新聞記事の三面は
相変わらず生存者の行方を
捜している
憶測と尽魂の舞台を
片肘をついて
笑い飛ばしたヤツが居る
“なるほど”と私は答える
なるほど それも正論
君のダンス・ホールは
魚眼レンズのように明らかなのだろう
春の草を引き抜くように
確かなものなのだろう
だが私の右眼は床の穴から
地下室に落っこち失してしまった
左眼はカラスが持って行き
すでに太平洋の遥か彼方だ
心臓の呟きは
なくなった かわりに
スチール・パンが頭の中で
不協和音をがなり立てる
脳みそは冷凍庫で凍りついてるし
二本の脚などは
つま先立にフィンを付け勝手に
野生のイルカと戯れている
両腕だけが
重たげにこの顔を覆い隠す
この姿が見えないか
残りの片腕で
パスタの皿をかき混ぜている
場合じゃないだろう
これは君 これは私
スパニッシュブーツに穴をあけ
蟻の通り道を作ったら
さぞかし楽しい思いをするだろうけど
でもそれは現実じゃない
君の望みを言ってごらん
なんでも良い 言ってごらん
ひとつだけ
叶えてあげるよ
君の望みを叶えたいのが望み
それが私だ
憧憬の罪は重かった
3つの窓から忍び込み
闇は私の体を弾き飛ばした
導火線に火は這いずっているが
この時計を誰が進めるのか
ぐるん ぐりん ぐるん
私は部屋の端まで転がって行くと
壁に背もたれて
どうにか考えようとする
千切れた雲と 太陽と
砕ける波光…ああ駄目だ
もうすっかり忘れてしまった
頭がすでに闇に重い
きしむ体の現状維持
今は それのみ
この静寂は誰のものなのか
いつの間にこちら側に
棲みついてしまっていたのか
ああ…でも…
でもねクラウン
私達は自らここに来た
そんな訳ではなかった
私もかつては信じていた
躍動と情熱を
反射と精神を
そしてゆるぎない愛を
ただ私達は見てしまった
最期まで見過ぎてしまったのだ
花咲き乱れる小高い丘を
ひとり駆けて行く少女が
雷にうたれて草むらの中へ
埋もれて逝く様を…
今 ここに
どうしても落ちないシミがある
何とも耐え難いその醜貌
だが私はもはや
憧れやしない──雪の純粋など
聖水の潔癖など
体のどこかに穴をあけ私は
流れ出る体液で綴ってきた
私が今まで生きてきた
その分の手紙を
不器用に たどたどしく
愚痴を呟き 半泣きで
羞恥に歯軋りをしながらも私は
私の体から出る膿を
ずっと書き連ねてきた
真実を 嘘を
偽善を 体裁を
見栄を 諦めを
一握りの希望を
それを君達がどう扱おうと
どう料理しようと
それは君達の自由だ
私は何も言わない
何も思わない
おお シミよ
お前の真理を抱えて私は
私へと変化していく
そして君の扉を開けるのだ
もう歌姫が待つことはない
カードのディーラーが
眠りこけることもない
そうだ
ショーはもうずっと前から
始まっていたのさ
この心臓の鼓動を
血液の流れる音を
細胞のぶつかる音を
筋肉の軋みあう音を
聴きなさい
これが私の
音楽だ