-出会い-
二月の空気は、やけに軽かった。
球技大会が終わったあとの校舎は、勝っただの負けただのと騒ぐ声で満ちている。俺はその中心から少し外れた廊下で、壁にもたれながら欠伸を噛み殺していた。
「蓮、今日オールな。絶対来いよ」
ヤンチャ組のひとりが、いつもの調子で肩を叩いてくる。
「無理。呼び出しくらってる」
「は?またサボりかよ」
「今回は違う。ちゃんとしたやつ」
図書委員の集まり。
自分で選んだわけじゃない。ただ楽そうだったから、それだけの理由でやってる役割。でもこういう時に限って、妙に真面目に呼び出される。
「じゃあ後でなー」
軽く手を振って別れる。
騒がしい輪から離れると、急に世界が静かになった気がした。
サッカーをやめてから、時間だけがやけに余るようになった。遊び倒しても、埋まらないものがある。むしろ、空っぽな部分だけがやけに目立つ。
だから、こういう“やること”があるのは、少しだけマシだった。
――面倒なのは、変わらないけど。
図書室の扉を開けると、空気が変わる。
古い本の匂いと、暖房のぬるさ。外の喧騒が嘘みたいに遠い。
すでに何人かが座っていて、俺も一番後ろの席に腰を下ろした。
その時だった。
隣に、ひとりの女子が座る。
目が合った、と思った瞬間。
びくっ、と。
露骨なくらいに肩を震わせて、彼女は視線を逸らした。
……なんだ今の。
一瞬、こっちが悪いことでもしたみたいな気分になる。
長い前髪の奥から覗く横顔は、やけに白くて、触れたら壊れそうな雰囲気をしていた。
名前は――
「真白、さん」
前に呼ばれていたのを、思い出す。
(真白、か)
名前の通りだな、なんて思う。
でもさっきの反応は、どう考えても普通じゃない。
気になったら、聞くしかない。
それが俺の悪いところで、たぶん一番の性格でもある。
「なあ、まし」
声をかけた瞬間。
彼女の体が、また小さく跳ねた。
今度ははっきりと、怯えた目で俺を見る。
――あ、これマジでやばいやつだ。
「……悪い。そんなビビらせるつもりじゃなくて」
できるだけ声を落とす。
それでも、真白の警戒は解けない。
返事もない。ただ、小さく頷くだけ。
「同じ図書委員だよな」
こくん。
それだけ。
会話、終了。
……早すぎだろ。
思わず小さく笑ってしまう。
でも、不思議と嫌な感じはしなかった。
むしろ――
(なんだこれ)
気になる。
理由なんていらない。
ただ、目が離せない。
これが一目惚れってやつなのかもしれない、なんて。
自分らしくないことを考えながら、俺は頬をかいた。
その日の集まりの内容なんて、ほとんど頭に入っていなかった。
ただひとつ覚えているのは。
隣に座る真白が、終始、俺との距離をほんの少しだけ保ち続けていたこと。
椅子を、ほんの数センチずらして。
手が触れないように、気をつけて。
まるで、俺が何か危険なものみたいに。
(……そんなにかよ)
苦笑しながらも、思う。
それでもいい。
逃げられてるのに、引きたくなる。
近づけば近づくほど、遠ざかるのに。
それでも、手を伸ばしたくなる。
二月。
冬の終わり。
何もなかったはずの毎日に、ひとつだけ変化が落ちた。
静かな図書室で出会った、真白という存在。
たぶんこれは――
俺の退屈を壊すには、十分すぎる始まりだった。




