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第69話:大裂谷の次元蜘蛛と、時空を彩るピンクの綿飴

### 第69話:大裂谷の次元蜘蛛と、時空を彩るピンクの綿飴

 夢の世界での「サーカス劇」を終え、次なる『世界の穴を塞ぐ鍵』を求めて、超弩級魔導戦艦『アストラル・アルカ』は再びエゼルガルド大陸の空を駆け抜けていた。

 目的地は大陸の南西、大地が巨大な爪で引き裂かれたかのように口を開ける絶望の谷——**『大裂谷(グランド・キャニオン)』**。

「……底が見えねえ。俺もこの大陸で二十年サバイバルしてきたが、ここだけは近づこうとも思わなかったぜ」

 展望デッキから下を覗き込んだシンが、ブルッと犬耳を震わせた。

 大裂谷の内部は、ただ深いだけではない。

 カイトのコンソールには、空間そのものがモザイク状にひび割れ、無数の「次元の断層」が刃のように交錯している異常なデータが映し出されていた。

「ここは『外宇宙の深淵』からの圧力で、世界の継ぎ目が最も脆くなっている場所だ。……そして、その次元のズレをにしているのが、今回のターゲットだ」

 カイトが眼鏡を押し上げる。

「ジン、次元潜行用ソナーの反響音が返ってきたぞ。……デカい。空間の狭間に隠れているが、あの谷全体が奴の『糸』で覆われている」

「了解だ。……ルミナス様、アイリス。念のため防衛障壁の展開を。ここから先は、物理学も魔法学も通用しない『バグの領域』だ」

「心得ておりますわ。サラ様、お茶の準備は後回しにして、機関の出力調整をお願い」

「了解です! ……もう、毎回規格外すぎて驚かなくなってきたよ!」

#### 1. 降下:見えない糸と、完璧なる布陣

 アストラル・アルカは谷底を目指し、ゆっくりと高度を下げていく。

 リオンは甲板に立ち、隣に控える凍土の神狼(フェンリル・ゼロ)のハクヤの柔らかな銀毛を撫でた。リオンの肩には、小さなクラーケン・シルビアがふわりと浮かんでいる。

「ハクヤ、シルビア。……今回は少し足場が悪いみたいだけど、よろしくね」

『ワォォン!(任せろ、主。俺の背は絶対の安全地帯だ)』

『キュィィ!(私が悪いクモさんの隠れ場所、全部見つけてあげる!)』

 彼らはすでに、深夜の「影の円卓会議」で完璧な連携を組んでいる。リオンを次元の刃に指一本触れさせないための、絶対防衛ラインだ。

「よし、ハクヤの背中に乗って……出発だ!」

 リオンを乗せたハクヤが、アストラル・アルカの甲板から谷底の虚空へと跳躍した。

 重力を無視した優雅な軌道で落ちていく彼らに向かって、大裂谷の暗闇から、無数の「見えない糸」が襲いかかった。

#### 2. アラクネの強襲と、従魔たちの接待戦闘

『……愚かな。我が次元の巣に、自ら飛び込んでくるとは』

 空間の隙間から、何重にも重なる女性のような、しかし冷酷な思念波が響く。

 神獣**『次元蜘蛛(じげんぐも)アラクネ』**。

 彼女の吐き出す糸は、物質ではなく「空間の断層」そのものだ。触れればいかなる防御もすり抜け、対象を別の次元へとバラバラに転送してしまう、防御不能の絶対切断。

 ……のはずだった。

『キュィィィン!!』

 シルビアが、虚空に向かって「幽幻の墨」を勢いよく吐き出した。

 世界と世界の隙間を知る彼女の墨は、不可視であるはずの「次元の糸」に絡みつき、その軌道をネオンサインのように赤紫に発光マーキングさせた。

『なっ……!? 私の次元糸が、可視化されただと!?』

 アラクネが驚愕する。だが、魔物たちの接待コンボはこれだけでは終わらない。

『……凍れ。世界の隙間ごと』

 ハクヤが低く唸り、【終末の吐息(ニヴルヘイム)】を放った。

 絶対零度の冷気が、シルビアがマーキングした次元糸に沿って走る。瞬く間に、空間の断層そのものが「カチン」という音を立てて凍りつき、虚空にキラキラと輝く『見えない氷の道』が形成されたのだ。

「わぁっ! ハクヤ、すごい! 空中に氷の滑り台ができたよ!」

 リオンは、恐るべき次元の刃がただの「安全な足場」に変化したことなど露知らず、純粋に目を輝かせて拍手した。

『ば、馬鹿な!? 次元を物理的に凍結させるなど、神の御業ですら……!』

 アラクネは、自身の最強の武器が「アスレチックの足場」に改造された事実に、八つの目を限界まで見開いた。

#### 3. 神の過保護:時空を彩るピンクの綿飴

 ハクヤは氷の道の上を、リオンを乗せて滑るように駆け抜けていく。

 しかし、アラクネも黙ってはいない。彼女は次元の隙間から上半身(美しい妖艶な女性の姿)と下半身(巨大な蜘蛛)を現し、リオンたちの頭上に巨大な「次元の落とし穴」を開いた。

「あっ、危ない!」

 リオンがバランスを崩し、氷の道で少しだけスニーカーを滑らせた。

 次元の落とし穴の縁に、リオンの手が触れそうになったその瞬間。

『いかぁぁぁぁぁぁん!! リオンが転んで擦りむいてしまうぅぅぅ!!!』

 神界の監視室で待機していた過保護神アルトワールが、鼻血を出しそうな勢いで「緊急介入ボタン」を乱打した。

**カアァァァッ……!!!**

 リオンのステータスに仕込まれていた【絶対安全・時空の綿飴ディメンション・コットンキャンディ】が発動する。

 アラクネが開いた「恐るべき次元の落とし穴」の縁が、突如としてポンッ! とピンク色の煙を上げ、**巨大なふわふわの綿飴**へと変化した。

「わっ……!? な、なにこれ、甘い匂いがする!」

 リオンの手は、鋭利な次元の断層ではなく、ふかふかの綿飴にボフッと受け止められた。リオンが反射的にそれを少しちぎって口に入れると、イチゴ味の優しい甘さが広がった。

「すっごく美味しい! クモさん、これ君が出してくれたの!?」

『……は? ……はあああああ!?』

 アラクネは完全にパニックに陥っていた。

 彼女が世界の理を削り取って作った「絶対殺しの落とし穴」が、縁日の屋台で売っている「イチゴ味の綿飴」に変換されたのだ。

 さらに、彼女の周囲の次元断層も次々とピンク色に染まり、アラクネ自身が巨大な綿飴に絡め取られて身動きが取れなくなってしまった。

『な、なんだこれは!? 魔力でも物理でもない……! ただ甘くて、ベタベタして……取れないっ!?』

#### 4. テイム完了と、裁縫名人の誕生

 艦橋からモニターを見ていたカイトとジンは、深く、深い溜息をついた。

「……カイト。次元が綿飴になる数式、書けるか?」

「俺を殺す気か。神の過保護エラーを計算に組み込むなど、現代物理学の冒涜だぞ……」

 シンとアイリスに至っては、もはやツッコミを放棄して遠い目をしている。

 谷底では、綿飴まみれになって涙目になっているアラクネの前に、リオンがハクヤから降りて歩み寄っていた。

「クモさん、そんなに怒らないで。君の糸、空間を縫い合わせることができるんでしょ? それって、壊れたものを直す『魔法の裁縫』みたいですごく素敵だと思うな」

『……お前、私の力を知って……いや、それよりこの甘いフワフワをどうにかしろ!』

「うん、俺の『箱庭』においでよ。そこなら、世界を壊すんじゃなくて、みんなの可愛い服や、温かい毛布を縫ってくれる? ……もちろん、綿飴も毎日食べ放題だよ!」

 リオンの琥珀色の瞳が黄金に輝き、圧倒的な【|神羅万象の絆】の慈愛が、アラクネの心を包み込んだ。

 強張っていたアラクネの心が、その甘すぎる(物理的にも)波動に急速に溶かされていく。

『……裁縫、か。……ふん。数千年ぶりに、悪くない響きだ』

 アラクネの体が白銀の光に包まれ、綿飴ごとリオンの手の中へと吸い込まれていく。

『ピコンッ!』

『|次元蜘蛛アラクネとのテイムが完了しました!』

『大裂谷の主を継承しました。箱庭に「時空の機織り工房」が追加されます!』

 光が収まると、リオンの手のひらには、ゴシックドレスを着た手のひらサイズの可愛らしい妖精(背中に小さな蜘蛛の脚を持つ)がちょこんと座っていた。

「君の名前は、天才仕立て屋の……**『アトス(あとす)』**だね!」

『……ふん。主様と呼んでやろう。まずはそのダサい服のほつれから直してやるから、脱ぎなさい!』

 ツンデレな口調で、アトスが小さな糸を吐き出す。

「やったぁ! 二体目の鍵、ゲットだね!」

 リオンがアトスを肩に乗せ、満面の笑みでアストラル・アルカへと帰還する。

 精神防壁の「夢紡ぎのバク」、空間縫合の「次元蜘蛛アラクネ」。

 世界の穴を塞ぐためのピースは、神と魔物の裏工作によって、すべて「スローライフのお供」へと変貌を遂げた。

 残るは最後の一体。

 星の中心コアに眠り、四神の力を束ねる究極のシステム——**『虚無を司る黄龍こむをつかさどるおうりゅう』**。

「さあ、ジンさん、カイトさん! 次は星の真ん中を目指すよ!」

 史上最も過保護な「穴埋め工事」は、ついに星の深淵、最終決戦の地へとその白銀の機首を向けるのだった。


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