第48話:閑話・深海の棺か、魔法の箱か。超弩級潜水艦設計会議
第48話:閑話・深海の棺か、魔法の箱か。超弩級潜水艦設計会議
北の帝都に完成した『聖域魔導工廠』の作戦室。
そこには、額を突き合わせて巨大な羊皮紙(ホログラム魔導投影)を睨みつける三人の男――リオン、ジン、カイト、そして魂の熱気で髪を逆立てた船大工ゲイルの姿があった。
「いいか、リオン君。深海一万メートルの水圧は、およそ100メガパスカルだ。これは親指の爪の上に、一トンの象が乗るような衝撃なんだよ」
カイトが魔導ペンで空中に数式を書きなぐる。
「普通、木造船どころか鉄鋼でもぐしゃぐしゃに拉げ(ひしゃげ)る。だが、ここにリオン君の箱庭で採れた『神代の真珠貝』の粉末をコーティングし、ハクヤの氷結魔力による『分子間結合の固定』を加えれば……」
「なるほど! じゃあ、外殻は二重構造にして、間に『清流粘体』のシズクの分体を充填しましょう。流体による圧力分散……**『液圧補償型構造』**ですね!」
リオンの無茶苦茶な素材提案に、ジン伯爵が「それだ!」と膝を叩く。
「さらに、ソナーの代わりにシズクの『探知』と、ライガの『電磁波解析』をリンクさせよう。これなら暗黒の深海でも完璧に視覚化できる。名付けて、**『|魔導フェーズドアレイ・ソナー《マジック・レーダー》』**だ!」
「…………」
船大工ゲイルは、口を半開きにしたままペンを走らせ続けていた。
彼はこの世界のトップクラスの職人だ。だが、この三人が語っている「バラストタンクによる浮力調整」や「水密区画の気密性」といった概念は、彼の職人人生で一度も聞いたことがない、未知の領域だった。
「だ、旦那方……。あんたらの言う通りに組めば、船は『沈む』んじゃねえ、『潜る』んだな? ……ひ、ひひっ、最高だ! 船乗りの常識を全部ひっくり返してやるぜ!!」
窓際、諦観のひととき
そんな男たちの熱狂を、少し離れたサンルームで眺めていたルミナスは、静かにカップをソーサーに置いた。
「……セバス。あの方たちは、今度は『鉄の葉巻』のようなものを造って、海の底へ沈むとおっしゃっているのですか?」
「左様にございますな、お嬢様。……なんでも、魚のように泳ぎ、クジラのように潜るのだとか。……もはや、あのお部屋だけ重力や物理の法則が、どこか別の次元へ繋がっているようにしか見えませんが」
「ええ……。海の底には恐ろしいクラーケンや、水圧という目に見えない怪物がいると聞いておりましたが……あの方たちの会話を聞いていると、ただの『水槽の掃除』に行くような軽やかさですわね」
ルミナスは、窓の外でハクヤ(銀狼)と子供たちが雪遊びをしている光景に視線を移した。
巨大な銀狼が氷の滑り台を一瞬で作る光景すら、今の彼女には「普通」に見えていた。現実逃避の果てに、彼女の常識はもはや不壊の要塞へと昇華されていた。
神の介入:水濡れ厳禁、過保護の極み
その時。
設計図の中にある「万が一の浸水時における緊急脱出用魔法陣」という項目を見た神界のアルトワール神が、烈火のごとく……いや、猛烈な過保護の波を爆発させた。
『待て待て待てぇい!! リオンよ、浸水など断じて許さぁぁぁん!!』
カアァァァッ……!!!
作戦室に黄金の光が降り注ぎ、設計図の真上に「神の筆」が走る。
「うわっ、神様! 今度はなんだよ!」
『私のリオンが、あんな暗くてジメジメした深海で、服を濡らしたり息苦しい思いをするなど、あってはならん! カイトよ、貴様の設計は合理的だが、甘い! 甘すぎるぞ!』
神様は空中に、自ら黄金のエンブレムを描き出した。
『その潜水艦の船首に、この**【海神の拒絶印】**を刻むがよい! これにより、船体の周囲一メートルは物理的に「水」が存在できなくなる「絶対乾燥領域」となる! 浸水? 漏水? そんな概念、私がこの世界の理から抹消してやったわ!!』
「……絶対乾燥領域だと?」
カイトが愕然と数値を再計算する。
「待て……流体抵抗が……ゼロになる!? 海の中を、まるで真空の中を飛ぶように移動できるのか!? ……これじゃ潜水艦じゃなくて、ただの『深海用宇宙船』じゃないか!!」
『さらにリオン! 貴様には、深海でのペット(魔物)収集を捗らせるためのギフト……**【深淵の対話者】**を授けよう! 水中での意思疎通を完璧にし、いかなる高圧下でもお前の声が魔物の魂に響く力だ! さあ、クラーケンでも何でも、好きなだけ釣ってくるがよい!!』
結末:最強の「釣船」の完成へ
光が収まると、そこには――。
神の加護により、物理法則を完全に轢き殺した『深海探査型魔導潜水艦』の最終決定稿が浮いていた。
「……ジンさん、これ、もう無敵ですよね」
「ああ。神様が『水没NG』ってルールを物理的に実装しちゃったからな。……カイト、ゲイル。これなら当初の予定の三倍の速度が出る。……三日で造り上げるぞ!」
「おうよ!!」「計算は終わった、すぐに着工だ!!」
こうして、三人の転生者の知識と、神の行き過ぎた愛情、そして理系理論が融合した、世界で最も「沈まない(そして濡れない)」潜水艦の建造が始まった。
深海に眠る『幽幻のクラーケン』。
かつて誰も届かなかったその絶望の淵に、史上最高に快適な「ドライ・クルーズ」を楽しみながら、一人のテイマーがもうすぐ手を伸ばそうとしていた。




