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7話:ルナリスの主張。

 拍手の雨はしばらく鳴り止まなかったがやがて小さくなっていく。そんな中、一人だけが最後まで大きな拍手をレオンハイムに送っていた。その人物はルナリスだ。


 ルナリスは拍手をしたままゆっくりと前に出た。そして、中央へ躍り出ると拍手を止めた。


「レオンハイム審査官、素晴らしいお話をありがとう。あまりの熱弁に涙を堪えるので精一杯よ。特に『ペンではなく剣を持つ』の言葉には心を打たれたわ。そこまでの覚悟を持っている審査官が同じ街にいることはとても光栄ね」


 仰々しい口ぶりで賞賛したが、それは誰の目から見ても心にも無い言葉であるということは明白だった。事実、レオンハイムは面白く無さそうな顔で鼻を鳴らした。


「さて、私も聖典を引用して意見を述べさせてもらおうと思うのだけど、その前に」


 ルナリスがドミニクと並んで座る聖書者の方を向いた。


「聖職者の皆様に先に言っておきます。私も啓悠派とはいえヴァルティス神聖教の信者であり、聖典を信じています。決して咎めるつもりはありません」


 ルナリスは宣言した後、一呼吸置いてから両手で聖典を持ち、開いた。


「異議申し立てをしてからの一週間で、私は聖典を最初から読み直したわ。そこに書かれていることはとても大切なことで改めて秩序の大切さを学んだ。でも、読み直してこうも思った」


 そこで一度口を噤んだ。そして、声のトーンを上げて大きな声でこう言った。


「神の視点でしか語られていない」


 その言葉に観衆がざわつく。ついさっき咎めるつもりはないと宣言したばかりだというのに、あの宣誓は嘘だったのかと思われても仕方ない。しかし、ルナリスはそのまま続ける。


「まあ当然よね。私達が信仰する神がどういう存在かを示す書物なのだから。だからこそ、ここに書かれた神が見ていないものもあるはずよ。例えば、これ」


 ルナリスは制服のポケットから布袋を取りだして掲げた。まさかこんな場所にまで持ってきているとは思ってもいなかった。俺は内心呆れたが、いつも通りだなと安堵もした。


「この中にはビスケットが入っているのだけど、聖典にはビスケットなんてひと言も書かれないわ。それじゃこの世界にビスケットが存在しないかと言えばそうじゃない。つまり、聖典に書かれていないことだってあるということよ」


「詭弁だ! そんなもの神が目にしておらず、書かれていないだけだ!」


「その通り!」


 レオンハイムの言葉にルナリスは指を差して同意した。


「レオンハイム審査官の言う通り、神はビスケットを目にしていなかった可能性が高い。だから聖典には出てこない。神が見ていないものは聖典に書きようがないのだから」


 ルナリスは布袋の中から割れたビスケットを摘まんで口の中に放り込んだ。それを見た聖職者の一人が大きな咳払いをする。聖職者が顔を顰めていた。


「だから私はこう思うの。神は良い心を持った竜と出会わなかっただけじゃないかって」


「一体お前は何を。ソリスと神の問答で神がはっきりと答えていたではないか」


「秩序を最も乱したのは竜で、ソリスがそのような者がまた現れたらって聞いたんだっけ? ソリスは『そのような者』と言っていてそれが竜とは言ってないけど?」


 レオンハイムは大袈裟に肩を竦めた。


「そんなものわざわざ竜と言わなくてもわかるからだろう」


「この聖典に出てくる竜と同じくらい秩序を乱す別の魔物が現れたらどうするの。竜じゃないから見逃すってわけ? ソリスはそういうことを聞きたいんじゃないでしょ。そういう魔物も含めて『そのような者』と聞いたんじゃないの」


 レオンハイムが唇を強く結んで黙った。


「聖典第三章第七節。内容は割愛するけど、ここには黒い大蛇と白い大蛇が出てくるわ。黒い大蛇は秩序を乱す魔物として、白い大蛇は神の眷属として。この二匹の大蛇の違いは何?」


「・・・・・・悪と善だ」


 レオンハイムの言葉切れが悪い。俺にもわかったのだから、レオンハイムにもルナリスが言いたいことがわかったのだろう。


「そうね。大蛇という同じ生物でありながら、違うのは善悪の心だけよ。それなら善の心を持つ竜がいたって不思議じゃない。ここで一旦聖典は閉じましょう」


 ルナリスが音を立てて聖典を閉じた。


「ここから私がこの目で見たことを話すわ。一週間前、マクルラズ森林に居る竜に実際に会い話を聞いた。件の黒龍ははっきりとこう言ったわ『人を傷つけるつもりは無い』と。これが何よりも人を襲わない証拠だと思うのだけど?」


「それについては聖典に書いているだろう。竜は人間の言葉を理解し、使うことができると。それならば人を騙す為の言葉を使うことだってできる筈だ!」


 レオンハイムはルナリスを指差し、声に力を込めた。ルナリスはそう言われるのがわかっていたのだろう。すぐに言葉を返す。


「そう考えるのが普通かもね。でも、竜が私達を騙す理由なんてどこにもない」


「どうしてそう言い切れる」


「この目で見てはっきりとわかったことが一つ。あの黒龍がこの街を襲えば、数分も持たないうちに壊滅するわよ。例え至聖が居たとしても」


 ルナリスの脅すような口調に身廊内が静まりかえり、空気が一瞬で凍り付いたのを感じる。ルナリスの言うことは俺もこの目で見たからこそ、その通りだと確信している。


「それだけの力があって私なんかを騙す必要なんてないし、その傍らに少女を置いておく理由も無い。さっき私に向かってどうして助けなかったのかと聞いたわね。助ける必要が無かったからよ。少女は竜の傍にいて幸せに暮らしてる。その幸せを壊すようなことをするのなら、それこそ私の方が少女にとって魔物よ」


 ルナリスは少し笑みを浮かべて観衆の方に向いた。


「とはいえ、これを全部信じろだなんて言っても信じられないのもわかっているわ。もしかしたら私が悪の心を持っていて、ここにいる皆を騙そうとしているんじゃないか。そう考える人もいるでしょう。それに対し私がどれだけ違うと訴えてもその疑念は晴れないでしょ。ここからは竜を討つべきではないと考えた理由を話していくわ」


 ルナリスが俺に向かってウインクをした。俺は鞄の中からこの一週間で調べた魔物による被害記録の資料を手に立ち上がり、ルナリスの下へと向かい手渡した。


 俺の役目はこれで終わりだ。しかし、これだけの観衆と聖職者、それに十正官第一席のドミニクが見ていると思うと緊張で足がもつれそうだった。


「これは四十二年前から今日までの魔物による被害記録よ。まあ色々な魔物から被害を受けてるわね。でも、ここに書かれているどんな些細な被害の中にも一つとして竜から受けた被害は無いわ」


 さっきまで言葉を返せないでいたレオンハイムがくつくつと笑った。


「竜が見つかったのは半年ほど前だろう。四十二年前から調べる理由など無いではないか」


「それがあるのよね。だって竜があの場所にやってきたのは約四十二年前だもの」


「・・・・・・それならどうして我々人間は半年前まで存在に気付かなかったのだ」


「聖典にも書いてるでしょ。竜は姿を消すって。まあ実際には人間からの認識を外れる結界を展開できるってことらしいけど。このことは黒竜から聞いたわ」


 レオンハイムは何も返さない。顎に手を起き何かを考えているように見える。


「もう一度言うわ。竜は四十二年間、ただの一度も人を襲ったことが無い」


 身廊全体がざわめく。観衆の考えが揺らぎ始めたのを感じる。


 しかし、そのざわめきを掻き消すようにレオンハイムが大声を上げて笑った。

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