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2話:違和感のある依頼書。

 ★


 最後の依頼書を書き終えて、俺は手に持っていた羽ペンを机の上に静かに置いた。


 椅子に座ったまま伸びをして、窓の外に目を向ける。いつの間にか空が橙色に染まっていた。


 事務所の前を泥や血のついた防具を着た討伐者達が歩いている。仕事が終わった人々が酒場に集まり始めているのだろう。日中とは違った賑わいの声が聞こえてきた。


「さてと、それじゃバドの作った仮依頼書のチェックしましょうか」


 実地調査から帰ってきてから、ずっと過去の魔物による被害等が書かれた報告書を読んでいたルナリスが声をかけてきた。


「お願いします」


 俺は神妙な面持ちで仮依頼書をルナリスに手渡す。ルナリスは椅子に座ったままそれを受け取り、目を落とした。


 遠くからの喧噪が微かに聞こえるだけの静かな時間が事務所内に流れる。いつもこうやって俺の作った仮依頼書をルナリスに見てもらっているのだが、毎回この時ばかりは緊張する。


 今日作った仮依頼書は全部で五件。他の審査官事務所は一日で最低でも十件以上の依頼書を作ることから、この事務所の作成数は半分以下でかなり少ない。その分、丁寧さが売りでもあり認可討伐者からの信用も厚い。


 ルナリスが仮依頼書を両手に持って、机の上でトントンと軽く整えて静かに置いた。


「二件、修正しよっか」


 ルナリスが目を細め軽く首を傾げた。耳にかけていた薄紫の髪が垂れる。


「二件ありましたか。俺もまだまだですね」


 とは言いつつも、俺は内心安堵していた。五件中二件の修正で済んだというのは上々だ。日によっては全て作り直す場合もある。


「まずはこの『魔物による農作物の被害』から」


 頭の中で、今日実際に目で見た被害現場を思い浮かべる。依頼主は壁内に住む男性。壁外に畑を持っており、ここ数日農作物が食い荒らされて困っていた。昨日、畑内で見たことのない拳くらいの大きさの生き物がいるのを発見。男性に気付くと一目散に逃げていった。細長い体に灰色の体毛と体の小ささにしては膨らんだ大きな尻尾が特徴だった。


「バドはこれを依頼主の言葉通り魔物による被害と断定してるわね。だけど、依頼主を見てすぐに逃げていったことから危険度は低く最低ランクのE、報酬金は五百エルド。防具等は革のもので良しとしたわけね」


「そうですね。拳くらいの大きさというとかなり小さいので例え爪や牙を持っていたとしても深手にはならないかと思い、革の防具で十分だと判断しました」


 自分の手を軽く握って、その大きさを確認する。相当小さい。


 正直、この一件に関してはルナリスから指摘があるとは思っていた。


「その顔は何か言いたいことがありそうね」


 ルナリスはそれを察したのだろう。くすりと笑った。


「はい。体が長く灰色の体毛で膨らんだ尻尾という魔物を見聞きしたことがなかったもので」


「バドはオルシスティアで生まれて育ったんだっけ?」


「ずっとこの街です。認可討伐者の詰所から魔物の文献も借りてきましたが、そのような特徴の魔物は載ってなかったですね」


「オルシスティアから出たことないなら知らなくても仕方ないか」


「その口ぶり、この魔物を知ってるってことですか」


「ええ、これはフェルミスね」


 フェルミス、聞いたことのない魔物だ。


「大陸北部の寒い地域に生息している魔物よ。本来南部にはいないけど、数年前に中部のフェザリア山の大噴火で南部でも気温がグッと下がったでしょ。そのせいで希に南部でも目撃されてるわ。元々南部にはいないから、詰所の文献には載っていなかったのでしょうね」


「なるほど。でも文献に載ってないとなると依頼書の作成が困りますね」


「そうね。んー、それじゃヒント。フェルミスの主食は虫よ」


「虫・・・・・・あっ」


 修正点がわかり、俺は瞼を少し見開いた。それに気付いたらしいルナリスが「わかった?」と持っていた羽ペンで俺を指した。


「農作物を食べていたのは虫だったんですね。畑にフェルミスがいたのは虫がいたから」


「ご名答。というわけでこの依頼自体白紙。依頼主には虫除け対策を教えておいて。なんならフェルミスを捕まえて畑に放つこと自体が虫除けになるわよ」


「いやあ、それは・・・・・・」


 俺は苦笑いを浮かべた。ルナリスも「まあ心情的に無理でしょうね」と笑った。あの男性もオルシスティアで生まれ育ったと言っていたことから、ヴァルティス神聖教の典戒派だろう。典戒派は他の宗派に比べても特に魔物を忌み嫌う傾向にある。


「フェルミスは臆病な魔物だから、音だけですぐ逃げるって教えてあげたらいいかもね」


「わかりました」


「さて、次の修正だけど、『ミリー村にて、魔物による家畜の被害』ね。実際に見に行ったけど、お腹から食い破られて臓のほとんどを失って惨かったわね」


 思い出すだけで思わず顔を顰めてしまうような惨状だった。


「魔物はグリムファングと断定。よくいる魔物で対策も周知されていることから危険度はDにしたわけね。報奨金はグリムファングの討伐依頼として一番多い千エルド」


「はい。この依頼に修正があることに驚きました。もしかして本当はグリムファングではなく、また南部にはいない魔物とかですか」


「いえ、これはグリムファングで間違いないわ。足跡も残ってたし」


「それじゃ一体」


 グリムファングは討伐依頼の多い魔物だ。鋭い牙と爪を持ち、大型犬よりも二回り大きくした立派な体躯と黒い毛並みが特徴で大陸全土に渡って生息している。過去の依頼書も多く残っており、それを参考にDランクと報奨金も千エルドにしたのだが、それが間違っているとなると、俺にはどこを修正すれば良いのかわからなかった。


「グリムファングが毒を持っていることは当然知ってるわよね」


「それは当然。でも、毒と言っても小一時間痺れが残るくらいですぐに治る弱いものですよ」


「普通はそうね。でもさっきも気温が下がったって話したでしょ。グリムファングの毒は気温が下がると体内に残りやすいっていう特徴があるの。そのせいで重症化することもあるわ。一年を通して温暖な南部だとこれまで気をつけることなんて無かったけど」


「それは知りませんでした」


 おそらくオルシスティアにいる討伐者でも知られていない情報だ。


「だから、ランクはDのままでいいけど報奨金は一割ほど上乗せするのが適正ね。注意書きにさっき言った毒の特徴も書いておいて」


「わかりました」


「それと覚えておいて。過去の被害を参考にするのはとても大切なこと。でも、それと同じくらいその土地の気候や季節、地形、それに個体差というのも考慮することが重要なの。繁殖期や冬眠明けの魔物は凶暴になるし、前はこうだったから今回もこうっていう考えは危険よ」


 ルナリスの言葉は最もだ。その教えを忘れないように俺は手帳に書き記した。


「ご教授ありがとうございます。すぐに修正します」


「お願い。今日は私も詰所に行かないといけないから終わったら教えて」


 ルナリスは面倒くさいと思っているのだろう。頬杖をついて大きな息を吐いた。


「ルナリスが詰所に行くなんて珍しいですね」


「依頼書の紙が少なくなってるから貰いに行くの。見習いだとくれないのよね」


「見習いにばかり来させないで、たまには本人も顔出せってことじゃないですか」


 俺は苦笑しながら答える。それでもルナリスは「別に顔出さなくても仕事自体はちゃんとやるわよ」と不満げに口を尖らせた。


「そういえば、ルナリスは寒い地域の魔物の生態に詳しいんですね」


 修正しながら、さっきの指摘を思い浮かべて尋ねる。


「生まれが北部だからね。だからこっちに来たとき南部の魔物を知ることで大変だったわ」


 そう言いながらルナリスは何かを思いだしたのか懐かしそうにくすくすと笑った。ルナリスは自身のことをあまり話す性分ではないから、知らないことが多いなと不意に気付いた。


「初耳です。北部からこの街って相当遠くに来たんですね。どうしてここを選んだんですか?」


「穏やかな暮らしという安寧が欲しかったからよ」


 穏やかな暮らし。それならここオルシスティアはうってつけだ。ヴァルティス神聖教典戒派の本部と大聖堂があり、魔物の被害が少ない街として有名だからだ。


 そんな雑談をしているうちに依頼書の修正が終わり、認可討伐者詰所へと向かった。


 詰所に到着し、受付の女性に「今日の依頼書です」と手渡した。女性はそれに目を通すと印を押して「承りました」と柔和に笑った。


 今日の仕事が全て終わる。肩の荷が下りて、ほっと一息ついた。


 ルナリスはどこだろうかと、詰所内を見回した。掲示板の前で紙の入った大きな鞄をかけ、その重さに体が若干傾いている姿を見つけた。


「持ちますよ」


 近寄って声をかける。ルナリスは「ありがとう」と言いながら鞄を手渡してきたが、顔は掲示板に向けられたままだった。


「何か気になる依頼書でもあったんですか?」


 ルナリスの視線が向けられている依頼書に俺も目を向ける。


『依頼内容:黒竜の討伐と少女の保護。危険度:S。報酬金:五百万エルド。場所:マクルラズ森林の奥地にある洞窟。※参加条件はAランク以上。至聖に帯同し共に戦う気概のある者のみ求む。依頼書作成人・レオンハイム=エヴァンドール』


 その依頼書には国王の韻が押されている。この依頼は国家案件であるということだ。


 どうしてルナリスの目が釘付けになっていたのかすぐに悟った。


「この依頼書、俺も初見の時びっくりしました。竜の討伐依頼書なんて一生に一度見るかどうかですよ。国家案件ですし、Sクラス認可討伐者の更に上の至聖が出てくるなんて」 


 竜はヴァルティス神聖教の聖典にも出てくる古より存在する凶悪な魔物の種族だ。聖典の中では雷を操り炎を吐き、その羽で起こした暴風で街を壊滅させたとされ、言葉を理解し使うことのできる知性も兼ね揃えている。俺も初めてこの依頼書を目にしたときは絶句した。


「この依頼書って最近貼り出されたものなのかしら」


 琥珀色の瞳をこちらに向けてルナリスが俺に尋ねてきた。


「ルナリスは詰所にはほとんど来ませんからね、半年前くらいからありましたよ」


 ルナリスは俺の言葉に「半年」と誰に聞かせるでもなく呟いた。そして、もう一度依頼書に目を戻す。少ししてまた口を開いた。


「この依頼書変だと思わない?」


「いえ、すぐにでも討伐するべきですよ。条件ランクもA以上ですし、報酬も十分です」


「そこじゃない。変なのはここ」


 ルナリスは細く白い指で依頼書の一カ所をとんとんと軽く叩いた。そこに書かれていたのは『少女の保護』という文言だった。


「竜は凶悪な魔物よね。なんで少女の保護も依頼に入っているの? そんな凶悪な魔物の近くに少女が居て、今も生きてるってこと?」


 俺は自分の口を手で抑えた。ルナリスの言う通りだ。討伐に目が行きすぎて保護に疑問を持たなかった。保護ということは生きてるということだ。竜の傍にいて生きてることがおかしい。


「それともう一点。竜ほどの魔物なら依頼書は審査官の上位十席、所謂、十正官(じゅうせいかん)が審査して作成するはず。それなのに何故レオンハイムって審査官が作成しているの」


「それは、優秀な審査官なので、次の十正官候補として振り分けられたのでは」


 自分で言っておきながら苦しいなと思った。確かに十正官候補には、高度な依頼の審査をさせて力量を測るという話は聞く。それでも、竜の審査を任せるかと言うと疑問が残る。


「そもそもレオンハイムって誰なの」


「レオンハイムを知らないんですか?!」


 まさか、同じ街で審査官をしていながら知らないとは思わなかった。レオンハイムは十正官候補の一人と言われるくらいに優秀な審査官だ。


「他の審査官なんて興味無いもの。同じ名前の宗教家なら知ってるけど」


「ああ、それ同一人物です」


「げっ、あいつ審査官だったの。あいつ私が事務所構えてすぐの頃に来て、三時間も典戒派の教義とか素晴らしさとか説いて帰っていったんだけど」


 ルナリスは露骨に嫌そうに顔を顰めた。その気持ちはわかる。この街にいる人間なら誰もが同じ経験をしているだろう。一般人には審査官よりも宗教家としての方が有名ではあった。


「とにかくこの依頼書に納得いかない。ねえ! 誰かこの竜について知ってる人いない?」

 ルナリスが詰所全体に声をかけると、討伐者全員が一人の男に目を向ける。その男が立ち上がり名乗った。


「ザッカー=ロックだ。一応、俺が第一発見者になるな」


「ルナリス=ラ=サクレーシアよ。いきなりだけど見つけた時の状況を教えてくれる?」


「ああ」


 そう言って頷くと、ザッカーは当時のことを語り始めた。

 約半年前、マクルラズ森林での魔物討伐の帰り、ザッカーは森の奥に迷い込んだ。すると、今まで感じたことのないような魔物特有の魔力を感じたらしい。ザッカーは武器を手に持ち、魔力の方へ向かうとぼろ切れのような服を着た少女と出会した。少女はザッカーを見るなりナイフで襲ってきた。それに対応しようと少女の腕を掴んだ瞬間、奥の洞窟から、空気の震えを肌で感じる程の咆哮が轟いた。そして、姿を現したのが竜とのことだった。


「オレは女の子と逃げようとしたが、手を振り解かれてな。守る為に竜と戦うことも一瞬過ったが、一目で叶わないと悟り、情けねえことにオレだけ逃げて帰っちまったってわけよ」


 ザッカーの顔が少し暗くなった。今でも女の子を置いてきてしまったことを悔いているのだろうことがその表情でわかる。だけど、誰だってその場にいたら逃げるに決まってる。誰もザッカーを責めることなんてできない。


「なるほどね。どうして女の子はザッカーを襲ったのかしら」


「すまんが、それはわからんな」


「まあそれはそうよね。ありがとう。参考になったわ」


 ルナリスはそう言うと、柔和な笑みを浮かべた。その表情のままこちらに体を向ける。


「やっぱり不可解なことが多いわね。むしろ謎が深まった感じがするわ」


 ルナリスの言う通り、ザッカーの話を聞いて余計にわからないことが増えた。どうして女の子がザッカーを襲ったのか。どうしてその場に残ったのか。理由が思いつかない。


 ルナリスが、貼り出されている竜討伐の依頼書を掲示板から剥がした。


「と言うわけで、私はこの依頼書に『異議申し立て』するわ」


「これ国家案件ですよ?! 異議申し立てってどういうことかわかってるんですか?!」


 俺は驚きすぎて思わず声が上擦った。国家案件に十正官でもないただの審査官が異議を申し立てるなんて聞いたことがない。前代未聞だ。


「わかってるわよ。でもね、依頼書に異議を申し立てる権利は審査官に合格した者なら見習いであっても平等に与えられる権利よ」


「それは、そうですけど」


「異議申し立ては公正さを保つ為の大切なルールなの。私は例え国家案件でもおかしいと思ったものは申し立てるわ」


 そう言ってルナリスは依頼書を顔の横の掲げて不敵に笑った。その口元にはいつ食べたのだろう、ビスケットの欠片がついていた。

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