無鉄砲アピール
それを思いついたのは、一つには、その日が土曜日だったからだ。大学生の俺は、仮に夜遅くなっても次の日も大学が休みだから、なんとかなるだろう、という計算が働いたのだ。
そして何より、その日の起き立ての気分がすこぶる爽快でよかったからだ。
目を覚ましたのは十時半だった。すぐにそれを思いつき、準備をして行動に移したのが十一時四十分。
以前からそうしたいと思っていたのだ。だから道路標識を見て、距離はチェックしておいた。目的地まで52㎞。ここ愛媛県松山市から今治市までの距離だ。
当時、今治市には、瀬戸内しまなみ海道と呼ばれる、瀬戸内海の島と島をつなぐ大きな橋ができたばかりだった。
その橋の一つである来島海峡大橋は、日本三大潮流の一つである来島海峡に掛かっていた。さらに、世界初の三連吊橋という冠がなされており、三連吊橋がどんなにすごいのかは知らないけれど、とにかく、世界初だということだからすごいのだろうと思い、いつか観に行こうと思っていたのだ。来島海峡大橋は今治からはじまっている。
今治市までが52㎞で、マラソン選手が42.195㎞を二時間台で走るのだろう? だったら自転車の俺は、三時間くらいで今治に着くのではないか、と単純にそう思っていた。さすがにマラソン選手には長距離では自転車でも敵わないだろうと思った。けれど、自転車ならそんなに差は出ないだろうとも思ったのだ。
三時間くらいなら、俺にも漕ぎつづけることはできそうだ。普段からよく自転車には乗っている。たまに一時間くらいかけて、隣町の本屋に行くことだってある。帰りも入れて往復で二時間。どこから生まれたかわからない、根拠のない自信があった。それなりに疲れるだろうけれど、同じ愛媛県内の橋をちょっと観に行くくらいの体力はあるだろう、と。
ちなみに本屋巡りは俺の趣味だ。本に囲まれたあの空間が好きなのだ。
その本屋で、来島海峡大橋までの道のりを調べることは可能だっただろう。当時は橋ができたばかりで、話題の本として瀬戸内しまなみ海道のコーナーがあったくらいだから。
しかし俺は、ちゃんと調べなかった。少なくとも今治から来島海峡大橋までの情報はゼロのままにしておいた。
今治までは車で行ったことがあるので、それを思い出して、国道をまっすぐ走るだけなので問題ない。道路標識もあるし。あとは今治駅に着いてから現地で橋までの道のりを調べる。それが俺らしいベストな考え方だと思っていた。
急に今日、橋を観に行く、そう思いついたのも俺らしい。そう思っていた。
そう思うようになっていたのも、その俺らしさを認めてくれる人がいたからだ。大学になってはじめてできた彼女、君子ちゃんだ。同じ英語学科の同級生だ。
君子ちゃんとは、不思議なことに、君子ちゃんのほうから猛烈アプローチを仕掛けてくれて、付き合うようになった。大学一回生の五月のことだ。
そして付き合いはじめて半年ほど経ったある日、なぜ付き合ってくれるのか、ずっと疑問に思っていた俺に、俺を好きになった理由を話してくれた。
◇
それは、俺の友人が、入ったばかりのサークルの先輩達と交友を深めるべくスケートに行くことになった、という話からはじまる。
その友人はスケートの件を俺に話すと、俺にも付いて来てくれと頼んできた。心許無いからという理由らしい。
しかし、全然関係ない部外者の俺が付いて行っても大丈夫なのか。雰囲気を悪くするのではないか。俺はそいつに疑問をぶつけた。
するとそいつは、同じ大学だからいいんだよ、と俺とそのサークルの先輩を大きな括りでまとめることで、強引に問題ないことにしてきた。
俺も当時、いい加減だったので、まあ、そうだよなと納得して付いて行くことにした。結局は、単純にやったことのないスケートをやってみたい、という好奇心が強かったのだ。
当日、待ち合わせ場所の大学の正門に行くと、すでに友人と先輩方はいた。俺は友好的に先輩方に軽く挨拶をしたが、先輩方は明らかに部外者を見るような目で、途惑っているようだった。
まさかと思い、先輩方にくっついている友人を呼び寄せた。
「おい、おまえ、ちゃんと俺を誘ったこといったのか? それか、俺が勝手に付いて来るとかいったんじゃないだろうな」
そう詰め寄ると、あいまいな返事をしたので、やられたと思った。
スケート場がどこにあるのか、俺は聞かされておらず、友人の(あくまで友人の)先輩の車で連れて行ってもらった。
車内では、友人が俺にだけ聞こえるように、付いて来てくれて助かるわ、と取って付けたようにおべっかを使った。俺も、まあ、こいつがいるから大丈夫だろう、と安易に考えていた。
しかし、スケート場に着いてみれば、友人は入ったばかりのサークルの先輩に取り入るので精一杯になっていた。そうなるとサークルの先輩方が赤の他人である俺に気を遣って話し掛けてくれるわけもなく、俺は無視される格好になった。そして結局、ひとりで滑ることに。
はじめてということで最初こそ新鮮だったが、ひとりで黙々とスケートをするのにも飽きてきた。いつのまにか友人の姿も見えなくなったので、俺は勝手に歩いて帰ることにした。
次の日、大学で友人に、昨日どうやって帰ったんだよと訊かれて、歩いてというと、口をあんぐりされた。
道も知らないのによくひとりで帰る気になれたな、といわれた俺は、一言、「陸つづきだから、なんとかなると思って」といった。友人は大笑いしていた。
◇
その話を同級生の君子ちゃんは隣で聞いていたらしい。
「今村くんのそういう無鉄砲なところが好き。大物になったりして」
そうか、俺は無鉄砲なところがいいのか、とはじめて自分の長所(?)に気付いた。好きな子に褒められた俺はそれを磨くべく、ますます無鉄砲な行動をするようになっていた。
そして、その日になる。
今日も陸つづきだからなんとかなるだろう、と思っていた。そして、帰ったら真っ先に君子ちゃんに報告して、また褒めてもらおう、とにやついていた。
不穏な自信ではあったが、過信してはいけない、と一応は考えていた。
思いつきとはいえ、できる準備はしっかりしておかないとな。まず水だ。そしてエネルギー補給も必要だろう。エネルギーといえば糖分、甘いものだ。
そこで俺は、コンビニでペットボトルのミネラルウォーターを三本と、普段食わない甘いキャラメルも二箱購入した。これ一粒で、うん㎞とキャッチコピーが入ったやつだ。
それらをリュックに入れ、スポーツサイクルでもなんでもないただの自転車の前カゴにリュックを入れた。そして俺は、颯爽と街を出た。
さあ、旅のはじまりだ。
旅にミュージックはかかせないだろう。CDウォークマンも忘れなかった。BGMはミスチルのアルバム『DISCOVERY』。
発見というタイトルがこの旅にぴったりだと思った。自分探しの旅。この旅を通じて新たな自分を発見するのだ。もちろん、思っていたよりもずっと強い自分を。なんてことを考え悦に入った。
その中に収録されている『終わりなき旅』をリピートして聴いた。もちろん今回の旅とかけてある。自分を奮い立たせるのにいい歌だと思っていた。
どんな旅になるだろう。きっと最高の旅になる。だって今、こんなに楽しいのだから。
根拠のない論法で導き出した「楽しい」を、疑おうとしなかった。
最初から飛ばすぜ。時速20㎞出していけば、三時間あれば着く。あっという間だろうから、じっくり楽しまなくちゃな、と思った。その速さがどれだけのものか知らずに。
海岸線を選んで正解だったよ。海を眺めながらのサイクリングは、最高だ。その日は俺の旅の門出を祝うかのように快晴だったので、綺麗な海が一望できた。波風が気持ちよかった。風を切って走る俺。あんまり気分がよかったので、つい調子に乗って前から歩いてくるおばあさんに、「こんにちはー」と挨拶をしたりもした。
松山‐今治間を、その日の思いつきで走り切り、来島海峡大橋まで観に行った男、いや、兵と書いてつわもの。いい。友人たちの間で伝説になるぞ。そうだ、伝説を残そう。俺はこれからレジェンドになる。就活の時の面接でも話せるしな。面接官もびっくりするだろうな。とんでもない兵がうちにやって来たって。ふはは。俺は気分がハイになって、調子に乗っていた。
しかしそんな浮かれ気分も、最初の二時間までだった。
一時間を越えたあたりからきつくなってはいたのだが、その時点ではまだ心は元気だった。しかし、健全な精神は健全な肉体に宿るとはよくいったもので、そこからさらに一時間もペダルを漕いでいると、体の悲鳴が心にまで届きだした。
途中あった峠も俺の体力を削り取るには十分な破壊力だった。カーブを大きく描いて登らなければいけない坂だった。そこを何くそと、立ち漕ぎしたのが仇になった。峠を登り切るとダメージは膝と太ももに顕著に現れ、情けなくがくがくと小刻みに震えてしまっていた。
自転車を押して歩けばよかったのだ。俺は時々、立ち向かわなくてもいいものに立ち向かうことがある。
そして俺をさらに追い込んだのは、二時間走ってようやく道程の半分ほどだという事実だった。道路標識には今治まで25㎞と書いてあったのだ。予定ではもう三分の二のところまで来ているはずなのに。
愕然とした俺は、その旅ではじめて自転車を止め、歩道の縁石にゆっくりと腰を下ろした。ミネラルウォーターに口をつけ、キャラメルを口に入れる。
甘かった。いや、キャラメルじゃなくて、俺の考えが。
こうべを垂らした状態で、キャラメルを舌で転がしながら俺は思った。
もっと行けると思っていたのに。普段からよく自転車に乗っている、と普段から自転車でトレーニングしている、とでは段違いの差があるのか。二時間でスタミナが切れて当然だ。だって今まで往復二時間くらいしか自転車を漕いだことがないし、二時間といっても、間に本屋でゆっくり休んでいるし、帰りの一時間は結構きつかったし。こんなにぶっとおしで、飛ばしたこともないし。
ちらりとママチャリと称されることもある自転車を見た。
そもそもこの自転車は街中を走るもので、長距離用じゃないし。
さらにこうべを垂らして、深い溜息をついた。
甘い。このキャラメルの甘さには意味があるが、俺の考えは、無意味に甘い。マラソン選手って本当にすごいんだなあ。
後悔先に立たず。ここで止まっていても日が暮れるだけだし、ここまで来て引き返すのも格好悪いし、進むしかない。そうして前に進む理由を脳内に巡らせた後、俺は渋々立ち上がった。
とにかくあと半分だと自分を奮い立たせ、自転車に跨った。お尻が痛かったけれど、とにかく進まなくては、と。
そこから先は楽しさなど皆無で、ただ痛む尻をサドルに押し付け、痛む太ももでペダルを漕ぎつづけるという苦行だった。苦しいという感情が先行して、もはや旅を楽しむ余裕など存在していなかった。
BGMに聴いていた『終わりなき旅』も耳障りになった。結局、『終わらない旅』を演出するかのようで嫌になり、聴くのを止めた。
覚えているのは、歩道の脇になぜかフランス人形が捨てられており、いわくありげで不気味すぎてぞくっときたこと。それと、歩道のない短いトンネルを抜ける際に、大きなトラックが横を通り過ぎて、ぶつかるんじゃないかとどきっとしたことくらいだ。人間、強い感情を伴うことは忘れないらしい。
ところで後から知ったことだけれど、そのトンネルを抜けると、いくつもの瓦屋が軒を連ねており、そこでは今治名物の菊間瓦を作っているということだった。いい瓦らしい。
そのときは疲れ切っていて前しか見えておらず、今治に入ったことにすら気付かなかった。気付いたのはそこからさらに街中に近づいてからだ。ふと見上げたところにあった道路標識で、いつの間にか今治に入っていたことを知った。
やがて時刻は十六時を回り、結局五時間近くかかって今治駅に着いた。もう精も根も尽き果てていた。
当初の予定では、ここで来島海峡大橋までの道のりを調べて観に行く予定だった。だから俺は、駅に設置してある駅を中心とした今治市内の地図をさっと見た。しかし、橋がどこにあるのか確認できないのを確認すると、自転車を駅の駐輪場に停めた。
鍵は掛けなかった。
そしてふらふらとした足取りで、駅構内にある松山に向かう電車の時刻表を確認した。虚ろな目で一番近い時刻の電車を確認すると、迷わず切符を買った。金に余裕があったわけではなかったが、特急を買った。とにかく早く家に帰って休みたかったのだ。
恥ずかしいことに、そのときは俺の頭と体に選択の余地はなかった。もう完全に心が萎えてしまっていたのだ。思いつきで行動したことを心底後悔していた。
松山を出る前は、絶対に橋を見つけてみせると意気込んでいて、それを信じて疑わなかったのに、この様だ。
成功した暁には、この武勇伝を友人たちに聞かせるつもりで意気揚揚だった。正直、格好つけるつもりだった。しかしあまりにも無様な結末だったので、結局、この話は美化され、一応、橋は見たことにして友人たちに伝えることになった。
いやあ、帰りは電車で帰ったけどね、とか笑いを誘うオチをつけた感じにして。
本当はオチなどなく、俺には笑えるところが一つもなかったのだけれど。なんとも情けない話だ。
帰りの電車の中でも腰掛けた尻が痛くて、尻を少しずらして座った。松山に近づく頃になって、ようやく安堵した。
家に着いて俺はすぐに寝た。ようやく痛みから解放されると思った。
しかし、悲しい現実が今治駅に残っていた。
自転車を今治駅に置いていった以上、必然的に、誰かが取りに行かなければならなかったのだ。当然だが、取りに行くのは、俺しかいない。
一週間後、ようやく筋肉痛の癒えた体で、今度は電車に乗って今治まで行った。
電車の中、車窓の景色を見ながら、鬱々とした気分で物思いにふけた。
自転車、撤去されていないかなあ。なんなら自転車が盗まれていて欲しい、とさえ思っていた。鍵を掛けなかったのはそのためだ。盗まれてしまえばどうしようもないから、俺はまた電車で松山に帰るしかないのだから。
せこい。なんともせこい考えだった。それでも俺は電車の中で、結構真剣にそうなっているように祈ってしまった。
しかし、こんなときほど祈りは天に届かないものだ。自転車は駐輪した場所で、微動だにせず待っていてくれた。
そして自転車で元来た道を帰っていった。
前回と違い、苦痛を知っている分、最初から暗い気持ちで自転車に乗った。飛ばさないようにペース配分を気をつけた。
行きと同じように、途中から疲労困憊になり、帰りの道中をほとんど覚えていない。けれど、松山市に入りかけのところで、意識が朦朧としてガードレールにぶつかりそうになって、肝を冷やしたのを覚えている。やはり人間は恐怖などの強い感情を忘れないらしい。
帰りは『DISCOVERY』を聴かなかった。
この旅で嫌なものを発見してしまい、これ以上は何も知りたくなかったからだ。
結局、自分探しの旅で見つけた自分は、強くもなんともない、思っていたよりもずっと情けない自分だった。
そして俺は決意した。準備を大切にしよう、と。
かくしてこの旅は、俺の中で黒歴史となり、君子ちゃんに伝えられることはなかった。
◇
そんな経験をして自分の愚かさが骨身に染みた俺は、決意したとおり、準備というものを大切にするようになった。
それまで試験は一夜漬けが多かったのだけれど、きちんとノートを取り普段から予習もし、先輩から過去の試験問題を拝借し、試験の一週間前には試験勉強をするようになった。
そのおかげで成績はトップクラスになり、就職も、推薦でそこそこ名の知れた会社に入ることができた。
社会人になってからも、万事そつなく仕事をこなした。準備をしっかりしたからだ。営業の前には、先方様のリサーチは欠かさず、大事な企画のプレゼンテーションでは、資料集めや予行練習をしっかりして臨んだ。
何事も準備をしっかりしておけば、大抵のことはなんとかなる。そう思うようになっていた。
しかし、ある日、大きなものを失った。
君子ちゃんだ。
ある日、君子ちゃんに、よく二人で行く喫茶店に呼び出された。そして突然、振られたのだ。
何が何やらわかっていない俺に、君子ちゃんはこういった。
「なんか小さくまとまっちゃったよね。昔の今村君のほうが好き」
なんの予告もなく別れを告げられた俺は、準備をすることもできず、君子ちゃんが喫茶店を出るのを何もできずに見送る結果となった。
呆然と座り尽くしている俺に、君子ちゃんからラインが来た。俺は食い入るようにその文面を見る。
『昔の今村くんなら、こんな不測の事態でも、とにかく行動してたけどね。本当にいなくなっちゃったんだね、あの今村くん。さよなら』
俺はなんどもその文面を読んだ。どこかに復縁の可能性が残されていないか、よく読み込んだ。そして、その可能性はどこにも残されていないことに気付くのに、次の日の朝までかかった。
明け方、六時、眠れずに過ごした布団の上で、俺はようやく理解した。もう君子ちゃんとは終わってしまったのだということを。
「そんなに昔の俺のほうがよかったのかよ」
俺は中空の君子ちゃんに毒づいた。
「昔の俺より、今の俺のほうが、男としてしっかりしてるのに、見る目ねえな」
そう吐き捨てた瞬間、果たしてそうだろうか、と思い直した。
なぜなら今の俺は、別れを告げられたあの喫茶店で、去り行く君子ちゃんに何もできなかったからだ。
昔の俺なら、どうだったっけ。君子ちゃんは、こんな不測の事態でもとにかく行動していた、とラインでいっていた。俺は、本当は、弱くなってしまったのだろうか。
あの苦しい道中、した決断が正しいのかどうか、わからなくなってしまった。
◇
わからなくなってしまったまま二週間が過ぎた。その間、俺は人生のどん底にいる気分だった。立ち直ることは不可能に思われた。
仕事から帰り、何度も読んだ君子ちゃんからの最後のラインを読んだ。あの後、ラインを送ってはみるものの、既読にもならない。
『昔の今村くんなら』
冒頭のその言葉を見る。君子ちゃんは昔の俺が好きなのだ。彼女とよりを戻せるのは昔の俺だけか。
そのとき、ふと思った。
俺はもう一度、過去の俺を取り戻す必要があるのではないか、と。
そのた
めには、あのときのような無鉄砲なまま、松山‐今治間を走破し、且つ橋を観てから帰らなければならない。
それができなかったから、俺は当時の俺を否定したのだ。逆にいえばそれができたとき、俺は、無鉄砲な俺を受け入れられる気がする。
あれから自転車はスポーツサイクルに変わり、休日になれば、松山の一級河川である重信川に沿って伸びるサイクリングロードを、二時間ぶっとおしで走っている。だから以前よりも体力には自信があった。
あのときのように気が向いたとき、それでも同じ土曜日がいいだろう。一日で行って帰れるとも限らないから、土日休みの会社に勤めている俺は、一泊できるように。
一日で松山まで帰って来られればベストだが、そこに拘らなくてもいい。あのとき俺の自信を根こそぎ奪った最大の要因は、橋を観に行けなかったことだ。そして友人たちに嘘をついたことだ。あの壮絶な敗北があったから俺は、それまでの自分の生き方を変えなければいけないと過度に考えたのだ。そして、自分のよさを完全に消してしまったのだ。
目的は橋を観ること。漫画の主人公みたいな考えだけれど、俺はそうやってもう一度、俺を取り戻す。
◇
そして、決戦の日は思ったよりも早く訪れた。
決意をしたその週の土曜日だった。とても気持ちのいい目覚めだった。
よし、行こう。
起きた直後に決めた。
だがその前にすることがあった。スマホを持ち、覚悟を決める。そして、君子ちゃんに電話を掛けた。運良く繋がる。天と君子ちゃんに感謝した。
「俺、これから今治まで来島海峡大橋観に行くから。さっき行くことに決めたんだ」
そしてつづけざまにいった。
「しかも、ママチャリで」
返事も聞かずに電話を切ると、急いで準備をした。
まず自転車。これはママチャリでなければならない。あのときママチャリだったのだから、今回もママチャリだ。そしてペットボトルのミネラルウォーター三本にキャラメル二箱。これも同じ。
あのときと同じ条件で走破してこそ意味があると思えた。
ただ朝飯だけはしっかり食べた。
仕事があるので、会社に迷惑が掛かるようなことになってはいけないと思ったからだ。
コンビニで必要なものを揃えると、俺はママチャリに跨る。
あの日はだめだった。俺の自信を根こそぎ奪ってしまうほどに。だけど、今度こそ。
俺はあの駅に戻り、放り捨てたものを拾いに行くのだ。
「おっし、待ってろ、来島海峡大橋!」
そう叫ぶと、元気よく飛び出した。
◇
気分はよかった。けれど、けっして気を抜かなかった。今回はそれだけの距離があることを自覚していた。
一時間が過ぎ、俺はまだまだ元気だった。流れる景色を楽しめていることで、心に余裕があることがわかった。
一時間半が過ぎようとした頃、今治まで25㎞の道路標識が見えた。自分でも驚くほどのとてもいいペースだ。
そして二時間が過ぎた。普段からトレーニングしているせいか、二時間走っても、あのときのような苦しさはなかった。疲れはあったが、疲れよりもやってやるという心意気の方が先行した。
途中、俺を脅かすフランス人形もおらず、やがて例の歩道のないトンネルに差し掛かった。今度はトラックが横を通り過ぎることはなかった。
そこを越えると、確かにいくつもの瓦屋が軒を連ねて並んでいた。菊間瓦の歴史を感じることができた。
もう今治に入っていることになる。ここまで来れば駅までもう少しだ。
川沿いの道路を走り、今治駅に向かうための最後のストレートに入った。ここをまっすぐ行って、今治駅を示す道路標識のある信号で左折すれば駅がある。
俺はペダルを踏む足に力を入れて走った。その直線でますます俺のスピードは上がった気がした。
そしてついに今治駅に着いた。三時間十二分の旅だった。とても疲れてくたくただったけれど、元気だった。
俺は俺を越えたぞ。
右拳を握り、小さなガッツポーズで歓喜を示し、自分を称えた。
さあ、本番はここからだ。
しかし、とりあえず一旦、自転車を駐輪場に停めることにした。今度は鍵を掛けることを忘れなかった。ここで盗まれでもしたらしゃれにならない。
駅構内のキオスクで、ここまでで尽きたミネラルウォーターの変わりにスポーツドリンクを買って飲んだ。おにぎりで腹ごしらえもした。
そして三十分ほど休むと、聞き込みを開始した。もちろんあのときと同じで、来島海峡大橋までの道のりの下調べなどしていない。ここで調べることに意味があるのだ。
意味のないことに意味をつけて聞き込みをすることほんの五分。すぐに道のりがわかった。勝手知ったる駅員さんに訊いたのだ。きっと何度も訊かれてきたのだろう。駅員さんの説明はわかりやすかった。
◇
駅員さんに聞いた通りの道を、駅から北に走り、来島海峡展望館というところを目指した。そこは来島海峡に面する展望台で、そこから来島海峡大橋が観られるらしい。
元気だった。本当に疲れてはいたけれど、とにかく元気だった。
あともう少しで世界初の三連吊橋だ。
CDウォークマンから聞こえてくるミュージックに乗って、希望が先行する。展望台らしきものが見え、それが展望台であることを確認すると、その入り口に人影が見えた。先客がいるなと思った。俺と同じように橋を見に来たのかもしれないな。
さらに展望台に近づいていくと、今度はその人影が手を振り出した。俺に向けてしているように見える。
さらに近づいた。そしてその人影の正体がはっきりした。笑顔で手を振っている。予想だにしない人物がそうしてくれていた。
俺のペダルを漕ぐ足が止まった。それまでの勢いを止めるほどの光景だった。
その人物の笑顔から目を離すことができなかった。
だけど、そのおかげで確信できた。その笑顔は昔の俺ではなく、今の俺に向けられていることを。
今聴いているのは、あのときと同じミスチルの『DISCOVERY』。
俺は今度の旅で、また新たな自分を発見できると、見つけてみせると思っていたんだ。
彼女を見たまま、ゆっくりとイヤホンを外した。
だけど違ったんだな。俺じゃなかったんだな。この旅で見つけることができたのは、君だったんだな。
俺も笑顔で応える。小さく手を振って見せた。
俺を待っていてくれた? いつ来るかもわからないのに? 来るかどうかさえわからないのに?
そして俺は、目頭が熱くなるのを感じた。
なんのために待っていてくれたんだい?
俺はそれを確かめたくて、再びペダルを踏み込んだ。そしてその理由が俺にとって幸運であることを祈った。幸運である可能性があるのならば、少しでもその可能性を高めるべく、無鉄砲さをアピールすべく、全力で漕いだ。あらん限りの力を振り絞って漕いだ。
松山に帰らなければいけないということは考えなかった。きっと月曜日の会社ではシップ臭いといわれるだろうけれど、下手したら休むかもしれないけれど、無鉄砲な俺は、全身全霊でがむしゃらに向かって行った。
俺に向けて笑顔で手を振ってくれる、君子ちゃんの元へ。
了
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