第三話 鍛錬
アカードの兄、カルドの夏の休暇ももう少し。
ある日のこと、父に提案され、カルドと現役で騎士団に所属しているルフドと鍛錬をすることになってしまった。
5歳が木刀を振るなんて。
そう思いつつ、せっかく異世界に転生できたんだから、強くなりたいと思いいっちょ頑張ることに。
頑張れ俺!!!
夏の休暇ももう終わりが近づいてきていた。さて、困ったものだ。せっかくカルドが居るのだから、と父さんに言われ、カルドとルフドと鍛錬をすることになってしまった。上手く断ろうとしたが、カルドの眼差しに負けてしまった。ターナが溺れた時は何とか誤魔化せたが、今回ばかりは小細工でもしたら誤魔化せ無さそうだ。別に大人しく負ければいい。それは分かっているのだが、俺は痛いのが嫌いなんだ。学院で剣技の成績が優秀なカルドに、現役で騎士団に所属しているルフドの木刀に当たりでもしたら、痛すぎて気絶してしまいそうだ。
「さあアカード! かかってこい!」
「う、うん」
木刀なのに、意外に重い。魔法がチートなだけであって、肉体は年相応ならしい。持つのもやっとだと言うのに、これを振るなんて……。漫画のキャラ達の凄さが今になってよく分かる。
「どうした? かかってこないのか?」
「カ、カルド兄ちゃんから来てよ……」
「よし! わかった」
そう言うとすぐにすごいスピードで俺にかかってくる。
「ハァーーーーーーッ!!!」
剣を振り下ろす兄に、僕は受け止めようとしたものの、力の差は瞭然で、呆気なく倒れてしまう。
ズシャッ!
「いったたぁ、カルド兄ちゃん強すぎるよぉ……」
「あはは、俺もまだまだだよ。ルフドと打ち合いなんてしたら、あっという間に倒されちゃう」
「ええっ、カルド兄ちゃんが!?」
「うん、5歳の時からカルドとは鍛錬してるけれど、まだ1本も取れたことがないんだ」
「そうなんだ……」
やはり上には上がいるんだな、なんて痛感しているとカルドが提案をしてくる。
「そうだ!! アカードもルフドと打ち合いしてみたらどうだ?」
「ええっ?! カルド兄ちゃんも勝てなかったのに……!?」
「勝てなかったとしてもいい経験になると思うんだ! なあ、ルフド?」
「ええ、確かにいい経験になると思います」
「ルフドさんまで……」
今まで静かに見ていたフルドが口を開いた。カルドが相手だと倒れるだけで済んだものの、ルフドとなると骨折とかしてしまうんじゃないか。なんて恐ろしいことを考え身震いする。ルフドが剣を持ち近づいてくる。
「お手柔らかにお願いします……」
「承知致しました。どうぞアカード様からかかってください」
カルドの時は俺からかからなかったが、ルフドの場合は、俺からかかった方が好都合だと思い、おぼつかない足取りでかかる。
「ハァァッ!」
ガキンと音が鳴る。木刀からこんな音出るんだ。怖。そんなことを思ううちに吹き飛ばされてしまう。俺でもわかる。ルフドはただ軽く構えていて、軽く剣を振ったただけだと。やはり現役なだけがある。頭からいくのはなんとか避けられ、思いきり尻もちをついてしまった。
(骨にヒビ入ってない……?)
真面目にそう思う。
「アカード様! お怪我はありませんか!?」
「尻もちついちゃっただけだから……大丈夫だよ」
「アカード、大丈夫か?」
「うん、流石ルフドさんだね」
微笑みながらそう言うと、
「アカード様からのお褒めの言葉……大変嬉しく存じ上げます」
ルフドはそんなことを言いながら泣き出す。ルフドは一見冷たそうに見えるが、実はとてつもなく心配性だし、褒めると大喜びして泣き出すくらいなのだ。最初知ったときは1時間くらい理解できなかった。
「あははっ、怪我がなくてよかったよ、アカード」
「そうだね、骨も折れてなかったし」
なんて笑うと、カルドが真剣な顔で
「折れてるよ」
なんて言ってくる。
「え……?折れてるの?」
「嘘に決まってるじゃん。あー、やっぱりアカードは面白いなぁ、ふふっ」
「カルド様! 縁起でもない冗談はお止めください!」
「ごめんごめんルフド、もう言わないって」
「カルド様はすぐ人をからかうんですから……」
ルフドが困ったような顔をしながら額に手を当てていると、突然カルドが口を開く。
「そうだ、アカード、ルフドに剣技を磨いてもらったらどうただ?」
「えぇ? どうして?」
「どうしてもこうしても、アカードも俺と同じ学院に入学するんだろ? 剣技を今のうちからやっておくと学院で楽だぞ」
「たしかに……カルド兄ちゃんが言うなら間違いないね」
「そうだろ! 俺よりもルフドの方がいい鍛錬になると思うし、ルフド、頼んだよ」
「はっ、承知致しました」
「俺は研究課題をやってくるから、頑張れよ!」
そう言うとそそくさと屋敷の中に入ってしまうカルド。ルフドと2人きりになり、妙に気まずい空気が流れる。
「アカード様、始めましょうか……?」
「うん、そうだね……。その前に木刀を軽く振れるようになりたいんだけど……」
「アカード様、それは……慣れです」
(デスよねー。やっぱり慣れとか身体強化しかないんだよな……。せっかく異世界に転生できたんだし……強くなってみたい!!!)
「それなら、攻撃の仕方とかを教えてほしい」
「承知致しました。それでは、アカード様の為に一つ一つ丁寧にお教えさせて頂きます」
ルフドの赤い目が、光ったような気がした。これ、もしかして、やばいのでは?
シュッ!シュッ!シュゥゥゥン!
「アカード様! 腰の力が抜けています!!」
「ハァ、ハァ、はい……!」
「その調子ですアカード様! 頑張ってください!!」
(俺は一体なにをやらされているんだ。)
まずは素振りから、と言われ素振り1000回をすることになってしまった。まだ少ない方だと言われたが、5歳の子供にとっては拷問レベルだ。それに……ルフドはものすごい速度で木刀を振っている。頭にハチマキなんか巻いちゃって。
「アカード様が鍛錬している間に私がサボるなど……!!」
とのことらしい。それなのに俺の素振りの回数を数えているし、俺の力が抜けているとすぐ指摘してくる。化け物じゃないのか?
「はあっ、はぁ……ゼェゼェ……」
「後半分です!! アカード様!」
(後半分……殺す気じゃないのか? )
剣は重いし、立っているのがしんどい。腕がもげてしまう。感覚なんてほとんどなくて、機械的に動いているような感じがする。それなのに……ルフドは汗一つ流さないで俺より何倍も上の速度で剣を振り続けている。嘘だろう。信じられない。本当は魔物だったりしないのか?もうフラフラしてきて命の危機を感じたので、タイム!と叫んでその場に倒れるようにへたり込む。
「アカード様……大変申し訳ありません! 私が無茶を言ったばかりに……。」
ルフドは大量に水を持ってくる。
「ありがとう……ルフド」
そう言って水をゴクゴクと飲み干す。美味しい。水ってこんなに美味かったっけ?そんなことを考えてぼーっと寝転がって、数十分程経つ。
「アカード様、大丈夫でしょうか……?」
「うん、もう大丈夫だよ」
「よかったです……! 今日はもう屋敷に戻りましょう」
「うーん……。後残り何回だ?」
「えっと……300回ですが……」
「よし! それだけやる!」
そう言い立ち上がり、素振りを再開する。
「アカード様、本当に大丈夫なんですか……!?」
「このくらい、平気だよ。もっと強くなりたいからね」
「アカード様……」
何十分が経過しただろうか。
「アカード様! 1000回達成です!!!」
その言葉を聞いた途端、達成感からか庭に倒れ込む。腕と足が痺れてる。全身が重い。
「はぁ、はぁっ、ルフドさん、ありがとう」
「私……ですか?」
「うん、稽古つけてくれてありがとう」
「そんな……アカード様の頑張りですよ……それに! 私に敬称はいりません! どうぞ呼び捨てに!!!」
「わかった、ルフド、ありがとう。また稽古つけてくれないか?」
「もちろんでございます! アカード様のお役に立つのが私の役目でございますから!」
「ははっ、張り切ってるね」
もう今日は終わりにして自室に戻った。久しぶりにここまで疲れたから、夕飯を食べて風呂に入ったら、寝る前の日課の読書さえせずベッドにダイブした。この世界に来てから過ごしやすい。毎日好きなことをして過ごせるし、周りも優しい人ばかりだ。……明日は何をしようかな。そんなことを考えながら、俺は眠りについた。