舎監
〈直ぐゝあれ心に竹を植ゑる日か 涙次〉
【ⅰ】
杵塚は、自分を「春兄さん」と慕ふ結城輪を、年下の友人として認める事にした。
彼はゲイとしての自分の本性に氣が付いたし、バイクの運轉もしてみたい、と云ふ。杵塚は所謂「ノンケ」だつたが、輪も自分をしつかり凝視める事、出來てるし- と思ふのだ。
バイクの件については、何だか自分の「イズム」を押し付けたみたいで、面映ゆかつたが、まあ自我の目醒めには、関はりがちなのである、バイクは。
どの道、寄宿舎での生活が待つてゐる。タンデム行も週末の自由時間だけ、だ。ゴールデンウィークが終はり、輪はStudent lifeに戻つて行つた。
【ⅱ】
「春兄さん、助けて!!」スマホに連絡が入つた。輪である。「どした?」-「新しい舎監が、だうやら【魔】の人、らしくて。僕、誘惑されるんです」-「どんなふうに?」-「自分勝手に生きるなら、人間より【魔】に決まつてる、きみは絶対【魔】向きだ、とか」-(随分ストレートな【魔】だな。これも寄宿舎と云ふ、閉ざゝれた空間ならでは、か)「分かつた。カンさんに相談してみるよ」-「有難う」
【ⅲ】
然し、カンテラはよくても、じろさんのOKサインが出ない。輪の兩親が依頼料を支払ふんぢやなければ、俺はイチ拔けだ、と云ふのである。当該シリーズ第120、121話を參照して貰ひたい。じろさんは、輪の親に、怒りを抱いてゐる‐「息子の將來の為を思つて寄宿制髙校に入れたんだらうが、それが裏目に出てゐる- 實質上、ネグレクトと一緒なんだよな」と、なかなか手嚴しい。
カンテラも「だうせ大物の【魔】が後ろに控へてゐる、使ひ魔なんだらうが、じろさんが乘らない、と云ふんぢやあなあ... 杵、依頼料の事、だうにか出來ない?」と云ふ-
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〈バイク乘る間は魔なり凡人の境を出でゝ我が道を往く 平手みき〉
【ⅳ】
杵塚は考へた。(楳ノ谷か- 困つた時は、あのおばゝんだ)「楳ノ谷汀のカンテラ突撃レポート、今日はと或るお宅の前からお送りします。この家の息子さんが【魔】に魅入られてゐる、との連絡を、カンテラ一味から受けました-」吃驚したのは、輪の兩親である。いきなりのテレビキャメラ。何だか有名人になつた氣分... それゆゑか、決心がついたやうで、杵塚が後日、正式にアポイントメントを取つて、輪の實家を訪れると、(まあ順当に、と云つて良からう)カネなら払ふから、輪を助けて貰ひたい、との言質を得た。これではじろさん怒るのも無理ないなー、輕薄過ぎるよ、輪の親は。輪が可哀相だ。と杵塚思つたけれども、依頼料の件は、これでクリア。
【ⅴ】
テオ「でもね、今回は生憎、カンテラ兄貴、じろさんの出番はないんですよ。杵くん、お疲れ。後は、このテオにお任せを!」だうした譯か、テオが問題解決に当たる、と云ふ。最近、谷澤景六としての文筆業にかまけて、碌に仕事してゐなかったせゐか・笑。
例の野良猫メイク- ダイエットして、蝋燭の煤で純白の毛並みを汚し、テオは勇躍、事務所を出て行つた。
處は、輪の住まふ寄宿舎。裏口で、他の野良たちと、テオは待つた。と、出てきた舎監らしき中年の男性、猫たちに餌を與へてゐる。(猫好きに惡い奴はゐない、と云ふが...)テオ、テレパシーで舎監に話し掛けた。「あんた舎監さん?」-「さうだが... ひやあ猫が喋つた」-「僕はカンテラ一味のテオつてもんだけど、あんた、カンテラ兄貴、此井先生の標的になつてるよ」-「な、なに!?」-「まあ首を洗つて待つてるんだね、ぢやあね、バイバイ」
こいつは効いたやうだ。輪の事も放つぽり出して、舎監、魔界に逃げ帰つてしまつた。だうせ不始末がバレれば、待つてゐるのは処刑、なんだらうけれど。
【ⅵ】
週末のタンデム・ライドにて。「有難う春兄さん。【魔】の舎監、消えました」-「今回はテオのお蔭だよ」-「あゝ、あの猫ちやん。宜しくお傳へ下さい。ところで今度、二丁目のバア、連れてつてよ」-「莫迦、俺はノンケだつてのヽ(`Д´)ノプンプン」
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〈薫風の季節に澱む薫りなく 涙次〉
一件落着。ではない。まだ脊後の大物が現れてゐないのだ。まあその事は、追々。
お仕舞ひ。チャオ!!