7.気持ち悪い
過去編です
昔のことを思い出した。俺とツィリカが出会った頃のことを。初めて出会ったのはそう、俺が五歳のとき。俺の家のフェンスの隙間から、ツィリカが石を投げつけて俺が怒ったのが始まりだ。まさか怒られるとは思っていなかったのか目をぱちくりと瞬きして驚いていたのが酷く印象的であった。それでもすぐに一緒に遊ぼ!!と言ってきたのが、さすがツィリカと言える。俺はそれまでルーバという街に引っ越したばかりで家の外に出たことがなかったので快く了承し、ツィリカと一緒に遊び尽くした。家に帰ってきた瞬間、リシェルにすごく不安がられたけど、まぁそこは大丈夫だったんだろう。その後もツィリカと普通に遊ぶことが出来たから。あ、リシェルというのは俺の世話係みたいなもんだ。料理も洗濯も掃除もリシェルがやってくれる。まあそれは置いといて、かくれんぼに探検、街のみんなにちょっとしたイタズラなんかも仕掛けたりした。酷く慌てた様子でイタズラにかかった様子を二人で見たときは最高だったな。何もかも刺激的で俺の心を満足させてくれてツィリカには本当に感謝しかない。ただ、鬼ごっこだけはなぜか性にあわなかった。あれはちょっとルールがダメだな。
そんなこんなでツィリカと毎日一緒に遊び、新しい体験を毎日更新していった。ツィリカといるととっても楽しくて、俺が思いつかないような遊びをすぐに思いつき、実行してくれる。あの時の俺は本当に楽しかったのだろう。瞳に映るもの全てが輝いて見えていて、キラキラしていた。このルーバの街がツィリカのおかげで俺は大層好きになった。
そしてツィリカからある日、エレアという人物を紹介された。あのエレアだ。めちゃくちゃ強くて、めちゃくちゃ優しくて、めちゃくちゃ頼りがいのある人だというツィリカからのタレコミだ。ツィリカからの紹介だから、仲良くしたいと思わずにはいられなかった。少し緊張しながらエレアと初対面を果たす。
「エレアねぇーーー!!」
ツィリカがブンブンと手を大きく振る。
「やぁツィリカ、今日も元気だね。聞いたよ?ルストさん家にまたイタズラしたんだって?」
「えぇーー!?なんのこと!?ツィリカ、全然しらなーーい!!」
「そうかぁー、知らないかぁー。・・・・・・あれ?そういえば今日ツィリカのためにお菓子を持ってきたんだけど・・・・・・」
「はい!!!!ツィリカがやったよ!!さっきはうそをついちゃった!!」
「ふふっ!じゃああとでルストさんにごめんなさいしにいこっか」
「はーーーい!!じゃあおかしちょーだいっ!」
「分かった分かった」
テンポの良い会話に仲の良さが伺える。渡されたお菓子をツィリカは美味しそうに食べ、そんな様子をエレアは微笑ましそうに見つめていた。そしてそんな笑顔を見た瞬間、俺の心臓がドクンと胸打つ。なんだこれ。なんだかうるさい。顔が紅潮し、なんだか直視できない。腰まである綺麗な赤髪が風によってなびき、琥珀色の瞳が、光を受けて煌めき輝いていた。時間が止まったかのように周囲の音が消え、二人だけの世界になったような錯覚を起こす。何もかも輝いて見えていた。
「それで・・・・・・この子は?」
「もぐもぐ、っごくん!サンっていうの!!最近仲良くなったんだーー!!エレアねぇに紹介しようと思って連れてきたのぉーー!!」
「そうか、私の名前はエレアノールという。気軽にエレアと呼んでくれ。それで君はサン君かな?これから仲良くしてくれると嬉しいよ」
「・・・・・・・・・・・・」
そして握手をしようとこちらに手を差し伸べてくる。しかし俺は動けなかった。エレアがこちらを向き俺の名前を呼んだ。その事実を飲み込んだ瞬間、急に恥ずかしさが込み上げてくる。目を合わすことが出来ない。じんわりと目尻が熱くなって俺は顔を横に向けてしまった。
「あーーっと、ごめんね?馴れ馴れしかったよね。これからは気をつけ・・・・・・」
「ち、ちがう!!!」
否定しようとしたらでかい声を出してしまった!!すぐに弁解しないと!!いや、でも何を言えば!!思考がショートして何も思いつかない。ってか俺はどうしたんだ!!急に身体が熱くなってエレアを見るだけで鼓動がおかしい。早く治まれ!治まれ!!!・・・・・・ダメだ!!さらに酷くなってる!!
「いや、あの、そのー」
言葉が出てこない。ツィリカとならこんなこと起きなかったのになんでだ!?意味もなく指を忙しなく動かし考える。その間にも正面にいるエレアは俺を不思議そうに見つめるばかり。その隣にいるツィリカも不思議そうにこちらを見つめている。
緊張が最大級に膨れ上がってきた。吐き気がすごい。今すぐにでもここから立ち去りたい。どうしようどうしようどうしよう。あぁー頭も胸も全身がき
「もちわるい」
「えっ??」
一気に血の気が引いた。俺は今何を言った?何が口から漏れた?ぱっと正面を向く。そこには唖然としたエレアの顔がそこにはあった。足が勝手に動く。距離が離れていく。そう、俺は逃げ出していた。後ろから何かを言ったような声が聞こえたが、俺は逃げることに必死で聞こえない。
気がつくと俺は近くの川辺へと座っていた。どれぐらいの時間が経ったのかよく分からなかったが、追いかけてきたらしいツィリカが近づき、声をかけてくる。
「サン??どうしてにげちゃったのーー!?エレアねぇびっくりしてたよーー!!」
「・・・・・・わかんねぇ」
本当に分からなかった。なんであんなことを言ってしたのか、どうして口を止めることが出来なかったのか。自分が自分ではないようであった。絶対に嫌われた。複雑に絡み合った自分の感情が水面越しに醜く映る。
・・・・・・気持ち悪い。
「わかんない??じゃあいっしょにごめんなさいしよーー!!いまならツィリカもいっしょにあやまってあげる!!エレアねぇも絶対ゆるしてくれるよ!!」
きっとそうなるんだろうなという予感しかしない、俺にとって甘く作られた世界のようにツィリカはそう言った。でもそうじゃない。そうじゃないんだ。自分で自分が許せないんだ。暗い影が心を覆い塞ぎ込む。
・・・・・・気持ち悪い。
「・・・・・・べつにいい」
「えーーーいいのぉー?じゃあツィリカしーらないっ!!・・・・・・変なサンなのーー!!」
そういってツィリカはエレアのもとへと戻っていった。ああ、俺はまたひとつ解決策を潰してしまったんだな。小さくなっていた身体をさらに縮こませ、膝に顔を埋めた。謝らないと、でもどうやって?本当に大丈夫なのか?というか俺はなんであんなことを??色んな感情が混沌世界に引きずり込まれ光を見いだせない。
・・・・・・気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い。
なんで、俺は・・・・・・
「あやまろう」
ふとその考えに浸る。嫌われていてもいい。友達じゃなくてもいい。それでも俺はエレアに謝りたい。俺は先程までエレアがいた場所へと戻っていく。今までにないトップスピードであった。しかし先程の場所についてもエレアはいなかった。それにツィリカもいない。
「あの、エレアって今どこにいるか分かりますか」
「ん?エレア?今の時間ならー、多分森にいるんじゃねぇか。この時間はいつも修行してるんだよ」
「そうですか・・・・・・ありがとうございます」
ふと近くを通った人にエレアはどこだと尋ねると、この時間は森で修行しているという。森か・・・・・・。俺は森に入るべきかどうか迷った。なんでもリシェルに森は危険ですので入ってはいけませんよ!と言われたばかりだったからだ。リシェルの言ったことを守るべきか、それとも今すぐ森に行くべきか。俺は悩んだあげく、森へと入ることを決める。一度決めたことにはまっすぐでありたい。
遠くからでも分かる鬱蒼とした木々が密集した森へと辿り着く。何十メートルもあるであろう木が悠然と生えていた。太陽が差し込んでおらず森の中は真っ暗で、怪しげな雰囲気が漂いお化けでも出てきそうだ。こんなところで修行??そう思わずにはいられない。そして俺はあることに気がつく。エレアは森のどこにいるのだろう、と。こんな広い森で探すのはさすがに時間がかかりすぎる。今日はもう諦めて明日謝ろうじゃないかと。俺は暫し森の手前で考え込む。しかし俺は勇気を振り絞って森の中へと入っていった。