6.絶対絶命
「勝者!!!ツィリカ・インサーナー!!!」
うわぁぁぁぁぁ!!!
大歓声と大拍手に包まれ、コロシアムは大盛り上がり。俺もツィリカの勝利に勢いよく立ち上がりガッツポーズを決める。これでツィリカの王都行きは確定だ。あとは俺が勝てば二人揃って王都に行ける。エレアとの約束まであと一歩だ!あと少しで手が届く未来に笑みがこぼれる。
「ツィリカ!!」
ツィリカが控え席へと戻ってきた。急いでツィリカの元へと駆け寄る。おめでとう。やったな。そう声を掛けるが反応を示さない。どうしたんだ?と腰を曲げ姿勢を低くして、顔色を伺う。呆然とした顔で目が合ったツィリカは何かをボソボソと呟いているようだ。
「・・・ぁ・・・・・・た。・・・か・・・・・・た」
「うん?」
「か・・・てた。・・・・・・かてた」
「あぁ、良かったな」
「勝てた!!!勝てたよ!!!!」
ぴょんぴょんと飛び跳ね喜びを表現する兎ことツィリカ。この上ない喜びが全身を支配しているようで、落ち着きがない。周囲の人たちも微笑ましそうにこちらを見つめ、祝いの言葉を投げかけている。その様子にこちらまで嬉しくなり、口元を弛めもう一度おめでとうと声を掛けた。
「ありがとう!!」
満面の笑顔で応えてくれたツィリカ。頭をグリグリと撫でてやると、逆らうことなく頭を揺らし髪の毛が少し乱れる。えへへ、と笑いながらにこやかに笑う姿は昔から全然変わっていない。余裕が出てきた俺は、いや緊張を解そうとしたのか俺は、少しニヤつきながらある質問を投げかける。
「後は決勝で戦うだけだな。覚悟はできてるのか?」
「そっちこそまだ戦う相手が残ってるのに、そんな余裕かましてていいの?」
すぐさま言い返されてしまった。いつもの光景だ。少し落ち着く。俺は逃げる素振りを見せつつも全く逃げる気のないツィリカを捕まえ、手を手刀の形にし頭に優しくぶつける。
「二回戦第二試合サン・アイヴズ対ラルク・アーグワーの試合を始めます。呼ばれた選手は前へ!!」
そんなことをしているともうすぐ試合が始まるようで名前を呼ばれた。先程まで近くにいたラルクはもうステージまで向かっているようだ。忽然と姿を消している。
「呼ばれたから行ってくる」
「うん、頑張ってね!!・・・・・・絶対、勝ってきてよね!!」
「あぁ」
「エレアねぇとの約束守ってよね!!」
俺はステージへと足を進める中、振り返ることなくその言葉に反応を示した。この試合で王都行きが決定する、そう思うと段々と緊張が込み上げてくる。身体がすくみ、自分の身体じゃないみたいだ。一歩一歩、確かに歩を進めながら向かっているが一向に着く気配がない。永遠とループされた道を進んでいるようだ。
エレア・・・・・・
去年王都に行ったエレアのことを思い浮かべる。・・・・・・昔から凄いやつだった。品行方正で実力もあり誰からも慕われる、まさに完璧な人間であった。初めて出会った頃はそんなエレアがよく分からなくて逃げたこともあったがそんなのはすぐに消えていった。相手が一個上とは思えないほど大人で、頼りになったのもすぐに受け入れた理由だろう。
ずっと俺の前を走り続けて、何度頑張ろうが背中には届かなかったが、俺の憧れであり続けたエレア。大きくて眩しすぎる光であるが、それはどこか心地よくいい刺激であった。
そんなエレアでもこの大会では緊張したのだろうか。いや、あいつは絶対に優勝するという自信に満ち溢れていた。戦いを愛し戦いに愛された奴だからだ。こんなことで恐れを抱く奴じゃない!そして俺はそんなエレアと一緒に戦ってきた仲間だ!こんなところで緊張なんかしている場合じゃないだろ!胸をドンドンと叩き、気合を入れ直す。震えていた身体はいつしか止まっていた。しっかりと大地を踏みしめステージへと向かっていく。
コツコツと狭い通路を歩き、ステージへとたどり着く。目の前にはこちらを睨みつけるラルクが威圧するように仁王立ちで立っていた。こちらもそんなラルクを睨み返し、自信ありげに片方の口角をぐいっと上げる。司会者による高らかな声が響き渡り、進行を進めていく。場を盛り上げるために、いやその必要も無いぐらい場は盛り上がっているが、両者の名前を叫び誓制魔法を行うため前に出るようにと声を掛けられる。互いが数歩前へと行き、距離が必然的に近くなる。
「おい、お前がサンか?」
「ああ、今日はよろしく頼む」
「そうか。・・・・・・今年は必ず俺が優勝して王都に行く。去年あいつには負けたがそんなものは関係ない。誰であろうとぶちのめすのが俺の決め事だ。強さには自信があるんだろうが、お前にはここで負けてもらおう」
「おいおい、言ってくれるじゃーねぇか。こう言っちゃーなんだが、俺だって王都に行くため必死に戦ってきたんだ。そんじょそこらの奴に負ける気はねぇよ。ラストチャンスのお前には出る幕なんかねぇ」
「・・・・・・。俺は王都に行く。ただそれだけだ」
言いたいことだけを言い、颯爽と所定の位置へと戻っていったラルク。俺は憎々しげに背中を睨みつけ、あえてゆっくりと戻っていく。所定の位置まで戻り、くるりと振り返った俺は鞘に収まっていた剣を抜き、構えをとった。自然と開いていた口からは鬼の牙のように息が漏れ出て、燃えるように熱い息が頬を掠め上空へと立ち上る。すぐに見えなくなった息が時間の経過をゆっくりと表してくれたが、そんなもの俺にとっては些細なものでしかなかった。
正面を真っ直ぐと見つめる。ラルクも先程使用していたギザギザと刃こぼれした戦斧の刃先をこちらへと向け、独自の構えをとる。変色した斧の刃先が太陽に反射してキラリと️光った。
「それでは二回戦第二試合サン・アイヴズ対ラルク・アーグワー!!!・・・・・・試合、開始!!!!」
鐘のゴングが鳴り、試合が始まった。両者が一斉に走り出し、先手必勝と言わんばかりに武器を振り上げ、金属特有の衝撃音が響き渡る。戦斧の一つ一つギザギザして尖った部分が剣を挟み込みとてもやりにくい。カチャカチャと独特で不快な音をたてながら、力のぶつけ合いと言わんばかりに足に力を入れ拮抗させる。その後も何度も剣戟を繰り広げ火花を散らす。すると先程までの力はどこに行ったのだろうか。いや、斧が消えた・・・・・・?変化に困惑していると、突然腹に強い衝撃が走った。
「ぐぅっ!!!」
気がつくと先程の衝撃で壁に吹き飛ばされていた。背中側が、いや身体全体が刺すように痛い。至る所で骨が折れており、折れていなくともヒビが入っていたり、痣によって青く変色を遂げている。衝撃で口からは血が吹き出し、口の中が気持ち悪い。埋まっていた身体をポロポロと破片が崩れ落ちる壁から、ほぼ重力の力によって引き剥がされていく。絶対に離すまいと力強く握っていた剣と共に倒れ込み、身体を立て直そうと痛みを我慢し立ち上がろうとするが、視界の端で銀色の鋭く尖ったものが目に入った。直感的に頭を仰け反らせ、回避すると鼻先スレスレをそれは通っていき、髪の毛が何本か犠牲となる。
はっ、危ねぇ・・・・・・。避けてなかったらおさらばだった。早く次の行動に移さねぇと!!!
戦斧を横に振った動作から次の動作に向かう時間までには猶予がある。その間にできることは剣を盾に相手からの攻撃を防ぐこと。反撃はさらなる追い打ちを食らうことになる。祝福によって身体が修復されるのを待つまでの間怪我を増やす訳にはいかねぇ。そのためにも早く剣を動かさねぇと!!
頭を仰け反らしている体勢から戦斧が通り過ぎたのを確認し、俺はすぐに剣の構えをとる。しかし俺の速さよりも相手の、ラルクの方が一段と速かった。横に振り抜いた戦斧を流れるように俺の頭上へと殺意を込めて振り下げる。僅かに剣によって防いだがそれでも怪我が増え、左耳が切り落とされる。歪な形に切り落とされた左耳からは血が溢れ、右耳からのクリアな大歓声とは比べ物が出来ないほど、最悪な音質であった。最悪な聴環境に頭が少し痛くなる。ちっ、痛え!!
しかし切り落とされたのが耳で良かった。さすがに腕や足を切り落とされるのは話が違う。腕や足は切り落とされると、攻撃の手段が著しく少なくなりバランスも取りにくいが、片耳だけで済むと半分の聴力と少しのバランスを失うだけで済むからだ。それに耳を切り落とすのは戦闘を行ううえで非常に一般的だ。なんなら幼少期の訓練で最初に教わる方法といっても過言ではない。
この世界フィルリアードでは、《神の祝福》によって百歳になるまでは不死の力を持っており、その力を行使するあまりか少し野蛮で暴力的な奴が多い。進化の過程で力も異常に発達しており、並大抵のことは力技で解決する。それでも無理な場合は魔法で解決するが、そもそも生活魔法以外の魔法の才能を持っている奴はあまりおらず、優れた魔法士は大体王都にある魔法協会へと入るため、辺鄙な街なんかは魔法士は居ないというのが現状だ。まぁ、レプゴダーなんかは例外であるがな。それにこの世界の人間は少しでも早く戦闘不能にするために心臓を止めたり足や手を切り落とすことによって一時的に動けなくして決着を決める。しかし子どもの場合はそれほど力もついておらず、技術も身についていないため、少しでも動きを止めた方が勝者となる可能性が高い。重症になるほど《神の祝福》には時間がかかるが、手や足を切り落とすには力が足りない。そのため耳というのは戦い方を教える上で非常にありがたいものだ。もし身体を攻撃した場合、優れた身体能力によって教えずとも避けられる可能性が高いが、頭から上は違う。首と身体を離してはいけないという教えを小さい頃から言われるため、頭から上は隙がどうしてもうまれてしまう。攻撃してはいけない箇所という認識になってしまうと、もし戦闘になった際呆気なく負けてしまうからだ。そうならない為にも小さい頃から耳はもちろん、目や鼻、口、脳に至るまで攻撃に慣れておく必要がある。また、五感という視覚・聴覚・嗅覚・味覚・触覚の中の一つを失くした状態を知っておくことによって、もし今後起きた際、動じることなく次の手へと繰り出せる。そうやって学習することで技術を磨いていき、強さを得ていくのだ。
はぁっ、はぁっ、早く治れ。
耳を切り落とされた後、転がることによって急いで距離をとる。しかしすぐに方向転換して斧を振ってくる。今度は防ぎ切るという思いを胸に剣を構え、片膝を地面に付け低い位置から攻撃を防ぐと、またしてもカチャカチャと嫌な音が鳴り響くが左耳を切り落とされた俺には関係なかった。半分の音量が今の俺の最大音量だ。ある意味煩わしい音を下げるのに一役買ったということだ。ニヤリと口角が上がったのを鎬を削り合うラルクへと見せつける。するとやはり不思議に思ったようだ。疑問の言葉を問いかけてくる。
「おい、何を笑っている。お前はもうすぐ負けるというのに」
「いや、なーに。耳を切り落とされて逆にラッキーだったってなぁ?お前の斧、ギザギザして嫌な音が鳴り響くんだよ!」
カチャン!!キーン!!
何度も武器を交えながら応対していく。その間にも傷は修復を始め、完全完治までは残り三分の一といったところか。
「この戦斧は俺の大事なもの。侮辱するのはやめてもらおうか」
「なら、早く首を落とされろ!!」
豪快に足を振り上げ、斧の持ち手である手首の出っ張った骨を狙う。というのをフェイントに使い、素早く身を低くしてその勢いのまま回転をかけラルクの足へと引っ掛ける。バランスを崩し無防備な様子に、俺は一度空中に浮かせた剣を逆手に持ちラルクの体へと縦一線に振り上げる。剣の移動に合わせて肉が切り裂かれていき、ふつふつと血の滴が弾け飛んでいく。普段も眉間を寄せ、怖い表情を浮かべるラルクであるが、この時は痛みによってさらに眉を顰めていた。
一度でも隙を与えないように何度も何度も連続して剣を振り続ける。俺の足が自然と前のめりになるのに対し、ラルクの足は段々と後ろへと向かう一方だ。激しくなる攻防に地面の砂が舞い、砂粒と化して空気へと溶け込んでいく。しかし細かな傷は付けられるのに対し、決定的な傷を及ぼすには一歩何かが足りなかった。傷が修復される前に早く蹴りを付けねぇと。このままじゃあいけない。そう思い無理にでも剣を加速させ、相手が反応できないスピードまで追い詰めていく。
「はあぁぁぁぁ!!!」
気がつくと端まで追い詰めており、あと数歩動くと背中が壁へつく、そんな状況に陥っていた。俺は先程の仕返しとばかりにラルクの腹に強く足蹴りをかまし、壁へと衝突させる。鈍い音とともに破片がポロポロと落ちていく。すぐに俺の攻撃を見切ったラルクは攻撃を防ぐため斧を取り出したが、俺には関係なかった。ゾーンに入っていたのかもしれない。傷はいつの間にか治っていた。どうしたらこいつを殺れるのか、その事ばかりが脳内を支配していた。俺は斧を弾き飛ばし、剣をラルクの眼球へと勢いよく突き刺す。目を通り越し、脳までも通り越した剣は壁に数センチほど突き刺さると止まった。眼球からはよく分からない液体が溢れ出し、血とともに涙のように伝っている。脳を破壊すると人は動きを止めるらしい。手足をブランとさせ脱力したラルクの表情は酷く痛々しい。
「仕返しされた気分はどうだ?・・・・・・いや、もう意識はないか・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・」
「それじゃあ、楽しかったぜラルク」
剣を引き抜き、倒れ伏したラルクの首元に剣を近づける。首元に狙いを定め、剣を勢いよく横に振った。スローモーションかのように見えた一振の棒状の銀色が確実に首の既定路線へと入っていく。勝利は確実で、何も疑うことがなかった。王都行きが確実に決まり、意識も高揚してくる。エレアとの約束を守れそうだと自分自身を褒め讃えたい。そんな気持ちで一杯だった。
・・・・・・しかしそれは突然現れた刃によって覆される。
「なっ!!」
弾き飛ばし遠くへやったはずの戦斧が目の前に存在し、首への一撃が完全に防がれていた。慌ててラルクを見ると、うつ伏せとなり、こちらを見えていないはずなのに完全に防がれている。
一体どういう事だ!?意識はなかったはずなのに、いったいどうやって!?それに遠くへやったはずの斧が何故あるんだ!?そういや、さっきも突然斧が消え・・・・・・
ザシュッッ!!!!
反応も出来ないほど素早い攻撃であった。
俺はまだ気づいていない。いや、気づきたくないし、信じたくない。何かが腹を通り抜ける感覚がした。いや、この感覚が間違っている。そんな攻撃、俺が許すはずがない。きっと何かの間違いだ。いや、しかし。だから、なにが??
ぐるぐると思考だけが活発に動き、身体は1ミリたりとも動かない。いや、動いている。恐る恐る目線を下に下ろすと視点は定めているはずなのに、何故か動いている。血がたっぷりとこぼれ、正常な位置にあった小腸が謎の体液とともに意図しない身体の動きによって漏れ出ていた。そう、俺の身体は真っ二つに分かれている。息が浅く漏れでて、じわじわと痛みを超える痛みが込み上げてくる。
この状況というのは生涯生きていく中で一番時間というものがゆっくりと感じられた時間だろう。本来は腰に脚に、または全体のバランスをとって、人間というものは二足歩行といい状態で生活を行っているが、それが二つに分断された影響で俺は地面の砂と熱いキスを交わすのであった。上半身と下半身が完全に切り離され、どう足掻いても動きようがない。
「はぁっ、はぁっ、はぁっ、つっ!!」
恐怖、焦り、絶望。視覚は砂に塗れ、味覚は倒れた拍子にジャリジャリとした感触に見舞わられ、嗅覚は血の匂いでいっぱいだ。もちろん触覚は痛いという言葉では言い表せないほど、激しく身体を侵蝕しており、聴覚では観衆の音に紛れ砂を踏む音がゆっくりと聞こえてくる。
やばいやばいやばい。
急いで距離を取り、態勢を整えないといけない。しかし、トカゲの尻尾切りのように敵は下半身には目をくれる訳もなくこちらへと真っ直ぐ向かってくる。剣を持ちながら腕をどうにかして動かし、ほふく前進のように移動していくが、そんなものは大した役にもたたなかった。
気がつくと俺の頭を挟むようにしてラルクの筋肉質な足が留まり、斧の音がすぐ間近へと迫る。
「お前のことは以前から知っていた」
「・・・・・・・・・・・・」
何だ急に??自分語りでも始めるのか??殺るならさっさと殺れよ!!
「エレアノールの隣によく居た人物だったからだ。昨年、俺はあいつに負けただろう??だから俺は調べた。次の大会で脅威になるだろうと踏んで。王都に必ず行くために鍛錬に鍛錬を重ね、最高の状態に仕上げてきた。だが今日戦ってみて俺は正直・・・・・・ガッカリした。」
「つっっっっ!!!」
「あいつは、エレアノールはとても強かった。こんなことを言うのは癪だが、手も足も出なかった。完膚無きまでの敗北だ。悔しいが実力差がありすぎた。普段は一人でいることの多い俺でもエレアノールの名声や賞賛が耳に聞こえてきた。また、普段は何を恐れてか誰も話しかけてこないのに、なぜだかエレアノールと戦った後にだけ、いい勝負だったなと気分良さげに話しかけてきた奴もいた。それほどあいつの影響力は強いのだろう。だが、お前はなんだ?確かに世間一般的には強い部類に入るだろう。しかしエレアノールの隣にいる人物には到底思えなかった」
「・・・・・・ぉま、えに、お前に、何が分かる!!」
「いや、何も分からない。お前が何を思って何に苛立っているのか、俺には分からない」
「っっっふざ、けんな!!」
お前に何が分かる!!俺たちの何を知っている!!憶測や噂だけで俺たちを量り、薄っぺらい言葉だけを並べやがって!!
痛みよりも怒りが俺の脳内を支配した。手に力を込め、頭の横にあったラルクの足に剣を当てる。
「ふざけるな??いや、ふざけていない。あくまでも事実を言っただけだ。実際にお前はエレアノールより弱く、エレアノールの恩恵を実によく受けている」
しかし剣はラルクの皮膚を撫でるだけで大したダメージにもならなかった。ラルクは煩わしいとばかりに足に突き立てられている手を振り払い、素早く手を踏みつける。
くそっ、くそっ、くそっ!!
グリグリと踏みつけられている手の爪には砂が大量に入り、それがどこか気持ち悪かった。しかしこいつの言葉に少しでもふらつき、言葉に惑わされた自分がさらに気持ち悪かった。
・・・・・・エレアを尊敬しているのは事実だ。その言葉に変わりは無い。しかしどこか悔しいという思いがあるのもまた事実であった。俺だってやれば出来ると、そう思ってしまうのも俺の性格を考えれば自然の摂理だったのだろう。どこかエレアに対して受け入れていない自分がいるのを、エレアを尊敬している自分が押し潰しているのを、見て見ぬふりしていた。
だが、それを何も知らない他者に言われるのが心底腹が立った。俺たちが紡いできた過去、歴史、思い出。それを何も知らずに軽い言葉で侮辱され一掃される。これ程屈辱的なことは他に思いつかなかった。
「そ、れでお前は、何が言いたい??エレアの恩恵に、預かる俺をずるいと、言うのか??俺は一人で、やってきたのだから、お前も一人で、やれと?」
怒りを抑え、精一杯喉を使い言葉を発する。声を出す度に激痛と血が全身を走る。修復され始めている身体であるがまだまだ時間はかかりそうであった。
「いや、そうではない。だが、覚悟の種類が違うというのか、なんなのか。・・・・・・いや、そうか。そうだな。俺はお前に苛立ちを覚えている。強い言葉で俺を攻撃してくるが、実際のところは心が不安定。それに今のところ強い目標があるらしいからか強気でいられるのだろうが、それもなくなればただの人に成り下がる。・・・・・・俺はそんなお前が嫌いだ」
「で、それは、お前に、関係あるのか??」
「いいや、ない」
「じゃあ、関係ない、お前が、口に、出すな。目障りだ!!!」
「それもそうだな」
そう言ってラルクは話が終わったと言わんばかりに斧を持ち上げ、俺の首へと視線を送る。
「無駄話をしすぎたな」
勢いをつけ斧を振りかぶろうと、ラルクの足に力が入ったのを俺は砂が僅かに動いたことで察知した。目線を頑張って上へと持ち上げると、太陽がちょうど直線上にありラルクの身体は逆行によって影だけが映し出される。
観客が歓声を上げ、今か今かと首が切られるのを待っている。ここからは逆転がないようだと誰もがそう思っていることが悔しかった。どこからかツィリカの声が聞こえてくる。
「サン!!負けないでよーー!!約束破る気なのーーー!?!?」
分かってる。約束なんか破る気ねぇよ。
斧を振る風の音がもう近くまで聞こえてくる。
ここで負けるのか?何も果たせずに?
風に煽られていた髪が切られているのが感覚で分かった。
クソッ!!クソッ!!クソッ!!
何も・・・・・何も・・・・・!!
『サン・・・・・』
一瞬にして時が止まる。そんな気がした。エレアの声が聞こえる。
『王都で待ってる』
その言葉を聞いた瞬間、一瞬にして全身の血が沸き立った。
ザシュッ!!
血しぶきが宙を舞った。