3.その名も、ネストリ・ベルトー二!!
もうすぐ大会が始まる。観客は満員御礼。熱気がすごく声援や野次、様々な声が地面を揺らしている。周囲を見渡すと見知った顔がチラホラとおり、期待に応えられるように手を振るとワアッと歓声が聞こえる。少し離れたところにはミドがおり、目が合うと微笑まれた。精一杯の笑顔を見せ、ちゃんと見とけよとアイコンタクトを送る。ダリスおじさんはというとやはり仕事がまだ終わっていないのか、姿はまだ見えない。
今回の出場者は8名。例年よりも人数は少なく優勝の可能性は高く感じるが、それでも何が起こるか分からない。ダリスおじさんが言っていたとおり、今回の出場者は注目の目玉だと思う。ツィリカは当然のこと、他にも噂でよく聞く実力者揃いだ。狩猟組合からルーキーだと言われている奴も今回参加するらしい。しかし誰が相手だろうと三回勝てば優勝である。絶対に油断してはならない。そんなことを考えていると祭りの実行委員であるレプゴダーが、壇上にあがりアグスティア神に感謝の言葉を表明する。ダリスおじさんと比べるとなかなかに普通そうな男ではあったが、やはりレプゴダーなのだろう。空から光が差し込み神々しい雰囲気を漂わせ、先程までは喧騒だった会場も今ばかりは誰もが話すのをやめて手を合わせ祈りを捧げる。レプゴダーの言葉だけがコロシアム中に響き渡り、一分ほど経つと光が消え、アグスティア神の感謝の言葉が終わった。
「それでは第83回アグスティア祭・闘技大会を開催致します!」
うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!
先程の厳粛な空気とは異なりコロシアム中が一斉に歓声をあげる。地面が揺れ、至るところで刺せーー!!殺せー!!!といった物騒な声が聞こえてくる。ボルテージはマックスだ。
「トーナメント表を発表致します。厳正な抽選の結果、このような対戦表となりました」
魔法で繰り広げられた巨大なスクリーンモニターに今回のトーナメントが大きく映し出される。ツィリカは・・・・・・良かった、別グループだ。もし一回戦で当たっていたら今回の王都に行く計画が全てパーになっていたところだ。安心感からホッと息がこぼれる。
「良かったー!!!サンと戦えるの決勝戦だ!!この一ヶ月必死にお祈りしてきて良かったー!」
「ふっ、お祈りしてたのかよ」
「うん!天に向かってサンと決勝戦で当たりますように、一回戦で当たりませんように!って。願いが叶ったよー!」
今にも飛び跳ねそうな、いや飛び跳ねているツィリカに笑みが溢れる。しかし神様は俺たちに味方してくれたようだ。なんて運のいいトーナメント結果だろう。これは勝つしかないという暗示ではないだろうか。
「それでは一回戦第一試合、ボン・リバフ対ツィリカ・インサーナー!!出場選手は前に出てきてください!」
「あっ!私だ!」
「頑張ってこいよ!」
「もちろん!」
ツィリカに激励し、俺は控えの選手が座る席へと移動する。この闘技大会では十五から十八歳の若者だけが参加を許され、その期間中は毎年参加しても良い。惜しくも敗退してしまった参加者が翌年王都に行く様を俺は何度も見てきた。そのため魔物との戦闘経験が豊富で大会出場経験も多い年長者が王都に行くケースが多く、十五で王都に行く人は滅多に居ない。その僅少なケースを成し遂げた実力者が俺とツィリカ、ミドの幼なじみ、エレアノールだ。数多の実力者を全てなぎ倒し優勝した。小さい頃から大人顔負けの剣技と武術を持ち優勝を囁かれていたが、まさか本当に優勝してしまうとは誰もが驚いた結果であった。皆に祝福され王都へと飛び立ったエレアであるが、今頃元気にしているだろうか。僻地であるこの街では手紙が届くのにも数ヶ月はかかる。伝達魔法というものも存在するらしいが、魔力使用量も多く燃費も悪いため、あまり使われていないというのが今の現状である。しかし俺が大会で優勝すればそんなことは一切関係なくなる。王都に行って直接確認をとればいい。そのためにも必ず勝ち続けなければいけない。
大会では武器はもちろんのこと自由で何をしても許される。勝利条件は首を胴体から完全に離すこと。剣で切り落としてもいいし、力技で首と胴体を引き剥がしてもいい。まぁ、そんな怪力野郎はここ最近ではあまり見ないが。とにかく何をしても自由で手足を切り落として《神の祝福》が効く前に首を切る奴もいるし、毒を使ってじわじわと痛めつけ、事切れる寸前に首を落とす奴もいる。そんな奴は大層観客に大人気だそうだ。残虐的なことが日常茶飯事なこの世界ではあるが、やはり少しは規制がかかっているし、最悪の場合捕まって奴隷落ちになってしまうかもしれない。そんな馬鹿なことをするやつは相当のバカか、イカれちまった奴だけだ。そのため年に一度の闘技大会では日頃の鬱憤を晴らしに観戦しに来る人も多く、会場は大盛り上がりだ。
「勝者、ツィリカ・インサーナー!!!」
気がつくと試合が終わっていた。ボンと呼ばれていた男の頭は胴体から離れ地面へと転がっており、ツィリカはこちらに向かって笑顔でVサインである。ツィリカらしい速さで勝負が決まった試合であった。相手が反応するまでもなく間合いに入り武器をはじき飛ばした後、首を一刀両断である。魔物相手に慣れたツィリカにとってはそこまで緊張はしなかったみたいだ。早く終わりすぎて逆にボンがかわいそうである。あいつ、確か狩猟組合のルーキーだって言ってたような・・・・・・。
「おつかれ」
控え室へと帰ってきたツィリカにハイタッチをする。流れの動作でツィリカが横に座ると、こちらに詰め寄り笑顔を振りまく。
「どうだった!?」
「早すぎてあんまり見てなかった。」
「ちょっとーー!!」
肩をバンバンと叩かれヒリヒリする。こいつは加減を知らないのだろうか。毎度毎度叩く力が強すぎる。しかし今回は見ていなかった自分も悪いと思い、甘んじて肩を叩かれるを受け入れることにした。
「悪い悪い、ちょっと考え事しててあんまり見れなかった。次はちゃんと見るから。」
「ほんとー?まぁいいけど。次はちゃんと見ててよねー!」
手でツィリカからの攻撃を防御しながら謝罪し、何とか許してもらう。ツィリカは少しふくれっ面で足をブラブラとさせながらも次の試合へと目を向けた。俺も自然と視線を横から前へとずらし試合を観戦する。
第二試合はなかなかの長丁場であった。お互いの実力が均衡していて、武器も同じ両手剣。というか同じ人が二人いるかのようにそっくりだ。双子なのだろうか。金髪のボブが太陽に反射してキラキラと光っている。身長も小さくどこか人形のような可憐な美しさをまとっていた。間合いの詰め方も攻撃するタイミングも、避ける角度も何もかもが一緒である。この世界ではあまり見かけない戦闘スタイルで、流れるように戦っており芸術作品を見ているようでどこか美しい。しかし双子の片方がバランスを崩し、もう片方が腹を切りつけることで事態は急変する。腹を切られた痛みで集中力が途切れたのか一瞬の隙が生まれ、それを見逃されるほど相手は甘くなく、両手剣を吹き飛ばされ後ろに倒れてしまう。すぐに立ち上がろうとした少女であるが、武器よりも相手の方が近いことを悟り動きが止まる。戦う術をなくしたと失望したのか、それとも覚悟を決めたのかは分からないが目を閉じ微動だにしない。首が斬りやすいように顎を少し上げ、その時が来るのをただひたすらに待っている。そしてその数秒後、勢い良く首に剣撃が走り、少女は首を切り落とされたのであった。
「勝者、キキ・イーヴァーション!!」
うわぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!
コロシアムは熱気に包まれ二人を称える声が一帯を響き渡らせる。勝者であるキキは敗者であるルルへと近づき、切り離した頭部を持ち、胴体を大事そうに抱き抱えこむ。《神の祝福》により切られた腹や頭部が修復されていくが、お構い無しにルルの顔へと手を伸ばし優しい手つきで頬を撫でていく。その様子に俺はなぜか見入ってしまったが、司会の進行によってそれは途切れてしまった。
「一回戦第三試合、サン・アイヴズ対ネストリ・ベルトーニ!呼ばれた両者は前へと出てきてください!」
「おっし! やっと俺の出番だな。」
「頑張ってね!!」
己の拳と拳をぶつけ合わせ気合いを注入する。足早にステージへと赴き、場の雰囲気を心ゆくまで楽しんでおく。観客から感じる視線、声援、応援がこんなにも素晴らしいものとは思っていなかった。今までは観客側の立場であったため分からなかったが、今回は出場者としてこのステージに立つ。憧れであったこの大会に立てること、またステージに立たないと分からないこの重圧が今の俺にはとても心地よかった。対戦相手がゆっくりとステージに上がってくる。
こいつが一回戦の対戦相手か・・・・・・
中肉中背の体型にどこか憎めない顔。歯をキランとさせてあまりない筋肉を何故か見せびらかしている。武器は一見なにも持っておらず、丸腰の状態だ。どこかに隠し持っているのだろうか。相手の力量を見定めどのような戦法に持っていくのか考えてみるが、笑顔を絶やさずこちらを見つめている対戦相手にイマイチ掴めない。今からこいつの首を切り落とすのだと思うと少し緊張が走る。
「やぁ、君が・・・サンくんだね?」
「ああ、そうだが。」
「そうか・・・・・・、我がネストリ・ベルトー二と戦えるなんて君はなんて幸運なんだろうっ!!この世に生まれて十七年!!幾千、幾万もの出会いがあり、別れがあった!その一人に君はなれるということなんだね!!っあぁ!!緊張することはないよ!!誰しもが僕を目の前にすると緊張して固まってしまうからね!!君の・・・サンくんのせいじゃないよ!!僕の華麗なる闘いを見て君の人生の糧となって欲しい!!・・・・・・そうだ!!祝いの証にこれをやろうではないかっ!!」
「・・・・・・はっ?」
ひとりでに勝手に喋り、ひとりでに話を完結させ、ひとりでに俺の手になにかを置いていった。
なんだ、こいつ???始めてあった未知の生命体に俺は困惑を隠せなかった。どう足掻いても理解できないし、したいとも思わない。
「そのペンダントはねっ!!僕の洒落た顔写真と、会員番号が書いてあるのだよ!!僕を慕ってくれる仲間の一人が制作してくれてね!!こうやって僕と知り合った人達に配っているのだよ!!君の会員番号は・・・・・・121番だね!!うんうん!特別な数字であれば僕からさらなるプレゼントをあげようと思っていたんだけど・・・・・、残念だ!!僕と出逢うのがもう少し早かったらと想うと残念で仕方がないよっ!!」
「いや、ははっ・・・・・・。」
話についていけず苦笑いをするしかない。しかしこのペンダント、なんて悪趣味なんだ。薔薇や鳥が金色で豪華に彩られており、金が掛かっているのが一目見ても分かる。中を開けるとキラキラと加工されてキザなポーズをとった男の写真がデカデカと貼られており、とても鬱陶しい。会員番号といったか?写真の横には数字が刻印されているがそれすらも美しくデザインされ、見るのが嫌になり音を立てペンダントを閉じた。今後このペンダントを開けることはないだろうとズボンのポケットに雑に突っ込む。早く試合が始まらないんだろうか?この状況に嫌気がさし司会者の方をチラチラと見つめる。しかし目の前の男と戦わなければならないという事実に少しため息をこぼす。かくなる上はすぐに勝敗を決し二回戦へと足を進めることだ。そのためにもこいつの首を早くどうにかしないと。首を切るのに抵抗がうまれそうだったが、こいつならば特に問題ないだろう。なんの躊躇もなく切れそうだ。
「それでは一回戦第三試合、サン・アイヴズ対ネストリ・ベルトーニ!!誓制魔法をかけるため両者前へ!」
「ふむ、わかったのだよ!!」
「あぁ。」
誓制魔法とはこの世界フィルリアードで定めされている神との約束事である。アグスティア神によってもたらされた《神の祝福》は、私利私欲のために使ってはならず、禁忌である首を落とすという行為は一度してしまうと黒の教会に連れていかれ、二度と戻ってくることは出来ない。しかしアグスティア祭で行われる大会でのみ、行為を容認され首を落とすことが出来る。誓制魔法を使用することによって、大会のために首を落とすということを神に伝え、お許しを頂くということだ。なぜアグスティア祭だけなのかは明確ではないが、アグスティア神に感謝を伝えるアグスティア祭だからこそ、その日ばかりは神も寛容ではないのだろうかと言う者も多い。
『サン・アイヴズ、そしてネストリ・ベルトー二。貴殿たちはアグスティア神の御加護により力を授かったもの。その力を私利私欲に使うことなく正当に使うことを誓いますか』
「はい、誓います。」
「もちろん、誓うのだよ!」
『それでは両者の誓いを容認されたとして、此度の戦いを正式に受理致します!一回戦第三試合、サン・アイヴズ対ネストリ・ベルトーニ、・・・・・・試合開始!!!』
司会者の声とともに試合開始の鐘のゴングがなる。ははっ!やっと戦える!!待ちに待った瞬間がやっと訪れた!このために俺は日夜戦い続けたんだ!こんなことで負ける訳には行かない!俺は手に持っていた剣をぎゅっと握りしめる。
「悪いが、勝たせてもらうぞ?」
「ふふん、僕の方こそ負けるという選択肢は無いね!」
「そう来なくちゃなっ!」
その言葉とともに一気にベルトー二へと近づき首を切り落とす勢いで剣を振る。敏捷に剣を振るったことで鉛色の剣の残像が空気を断つ。しかし相手は朝飯前といわんばかりに少ない動きで避け、余裕の笑みを浮かべる。手を後ろで組み武器も持っていない様子から見るに俺は侮られているようだ。その笑顔が恐怖に変わる瞬間を早く見せつけてやりたい。俺は足に勢いをつけたままもう一度間合いに入り、今度は一瞬でも隙が生まれるよう足を斬ろうと素早く剣を振る。しかしバックステップを軽快にこなし足取りの軽いベルトー二には届かない。広い円形の会場を器用に使いこなしている。人差し指をクイックイッと曲げこちらを挑発してきた。挑発に乗らないよう精神を落ち着け冷静に攻撃を再開するが、その後も何度も何度も最小限の動きで避けられ苛立ちが募ってくる。
「おいおい!避けてんじゃねぇよ!!」
そう漏らしながら身体に回転をかけ、回し蹴りを行いながら剣を奮うと、勢いに飲み込まれたのか反応が遅れ、すんでのところでサーベルを取り出され防がれてしまう。しかしやっと武器が出てきた。顔からも笑みが消えている。
「ふぅーー、今のは危なかったよ。武器を取り出さなかったら危ないところだった。普段はあまり戦わないから戦闘というのがどういうものかすっかり忘れてしまっていたよ」
「はっ!何処がだ!涼し気な顔で避けやがって!こんな攻撃何回受けても余裕だよってか?」
「まさかまさか!本当に戦うのは久しぶりすぎて忘れていただけだよ。僕は運が良いのか、たまたまさっきの攻撃は避けられただけだ。君はとっても強い存在であると僕が保証しよう!!」
「はっ!そんな保証どうでもいいんだよっ!!」
カキィィィンと武器同士がぶつかり合い共鳴し合う。振動が剣を通して手のひらへと伝わってきた。二人の衝突に地面の砂が少し跳ね、突風が吹いたようであった。じりじりと太陽が照りつけ、汗がゆっくりと頬を伝う。攻撃に赴こうと足や手の筋肉に神経を研ぎ澄ますが、軽やかに嫌味な場所に攻撃を繰り返すベルトー二に防戦気味となってしまう。
しかしこいつと戦っていると気づくことが沢山ある。それを上手く活用することによって今回の試合の命運が分かれてくるだろうと俺は悟った。攻撃を上手く交わしながらその時が来るのをゆっくりと待ち続ける。するとすぐさま相手が的確に急所を刺そうと心臓にサーベルを刺そうとしてきた。それを上手く交わしサーベルを追い返し、隙を見つけ剣を振るった。ベルトー二の頬に一筋の線が現れ、赤い血がゆっくりと流れ落ちていく。《神の祝福》によりすぐ修復されていくが、頬を流れていた血は消えることはなく口端へと到達し、邪魔だと言わんばかりに舌で血をペロッと舐める。
「ははっ、痛いね〜!」
楽しそうにこちらを見つめるベルトー二。段々とこいつと戦うのも慣れてきた。筋肉がこいつの動きに順応していく。力はそこまで強くないため、そこを攻めれば勝ち筋は充分にある。言動は変だが、戦闘スタイルは普通のようだ。だが、こいつは人をイラつかせるのが得意なようだ。自分が勝つと信じて疑わず、もし優位にたった場合、やはり僕に負けるという可能性は一つもないのだね!!とか言ってきそうだ。それは俺の心の安寧のため何としても止めなければならない。・・・・・・しかしここら辺では聞いた事のない名前ではあったが、まさかこんなにも強いとは俺自身想定外であった。ベラベラと喋る口だけの男かと思えば、しっかり戦い慣れている。なーにが最近戦ってないだ!ここら辺の魔物であれば難なく倒せるくらいの実力じゃないか!!なんて嘘つきな野郎だ!打ち合いをしながら俺はそう切に思う。
「今日はちょっと急ぎの用があってね・・・・・・。早々に片をつけたいと思うのだが君はどう思うかい?」
「奇遇だな、俺もそう思っていたところだ」
二人の意見が合致する。現状から言うと二人の体力が減っただけで試合開始前から何ら変わりはない。お互いがまだ余力を残し、万全の状態で試合に挑むことが出来る。しかし、ここから先二回戦と決勝戦が待っている。そこで戦う相手は勝ち進んできた、つまり強い奴が相手ということになる。そのため少しでも体力を残しておくことが大事なわけだ。普通ならば弱いやつと戦う方が効率がいい。しかし俺は強者であるベルトー二と戦える状況に感謝している。あっさりと試合に勝つのではなんせつまらないからだ。首を賭けたこの戦いにへっぴり腰が相手ではいささか不満も生じてくる。やはり強者と戦ってこそ、王都への道も光り輝くのだろう。俺はこれだけの強敵と戦えるアグスティア祭、また大会に参加してくれたベルトー二には感謝した。じっと先程よりも一層集中し、相手を見据える。ベルトー二もこちらを見据え、互いの時が止まったようにピクリとも動かない。観客の声援が遠くの方から小さく聞こえ、風の音が耳元で囁いてくる。
先に動いたのはベルトー二の方だった。瞬きの間に、一瞬にしてこちらへと詰め寄り、的確に隙をつくような攻撃を仕掛けてくる。手数が多く全ての攻撃を気合いで受け止め、強引に力で押し返す。その勢いのまま疾走し、距離を縮め忍ばせていたナイフを投げると、お見通しだと言わんばかりに払い除けられる。しかし、そんなのはこっちだって分かっている。俺はさらに相手に近づき、全体重をかけるが如く力を振り絞り、剣を振るった。それをギリギリで止めたベルトー二であるが、力の差は目に見えて分かり、段々と剣を受け止める体勢が後ろへと後退していく。仕舞いには片膝を地面につき、今にも刃が右肩へと到達しそうだ。
「うおおおおおおおおお!!!」
最大限の力を振り絞り剣に力を込める。ザシュッと聴こえた音とともに、目の前で赤い鮮血が瞳に映る。右肩から腹まで斜めに入った傷を確認し、俺は痛みで動きが鈍くなったベルトー二のサーベルを持っている右手を切り落とす。《神の祝福》によって回復した手で次の攻撃に移られないよう、すぐさまサーベルとサーベルにくっついた右手を足で蹴り遠くへとやる。
「つっ、ぐぅっ」
切られた腕の切断面からは赤赤しい肉と血管が見えそこからは血が大量に流れている。無意識的に血が流れるのを防ぐようにベルトー二は左手でぎゅっと締め付ける。額からは大量に汗が吹き出て、見るだけで痛みが移りそうだ。アグスティア神はどうして痛覚遮断を人間に与えなかったのだろうか。少しずつ《神の祝福》によって修復されていく肩と手が完全に戻る前に俺はベルトー二の首に剣を押し付ける。観客の切り落とせコールが酷く耳障りだった。
「はぁっ、はぁっ、ぐぅっ、負けて・・・しまった・・・ね・・・・・・」
「首を切られる覚悟はあるか?」
「あぁ、ここまできて無様に醜態を晒すほど低俗な行いはしたくないからね。・・・・・・一思いによろしく頼むよ」
そう言うと静かに瞼を閉じ、微動だにしない。しかし左手が微かに震えており、恐怖を感じていることは目に見えて明白であった。俺はこの男の覚悟に意を評し、片手で持っていた剣を両手で握り直し、目を閉じ深呼吸を挟む。そして俺自身も覚悟を決め渾身の力で剣を振り、首を切り落としたのであった。