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シトミトゼ  作者: 暁針
プロローグ「アグスティア祭」
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1.《神の祝福》



「あーさーだーよー!!起きてー!!!」



気持ちの良い朝日が窓から差し込み、カーテンがゆらゆらと揺らめいている。外からは鳥の鳴き声が微かに聞こえ、近くの家からは美味しそうな朝食の匂いが漂ってきている。理想的な朝の光景に俺はうつらうつらとした意識に逆らうことなく二度寝を繰り広げることにした。



しかしそうは問屋が卸さない。誰かが俺の体の上を跨り耳元で大声を叫びながら、全身を使って揺らしてくる。微睡みの中起こったその衝撃は意識が少しばかりか浮上してくるが、この体は起きるのを憚っているようだ。人一人の重みを感じながら、少ししか体に掛かっていない布団をどうにか手繰り寄せ、身体を縮こませる。しかしその行動は自分の身体の上に跨っていた人物をイラつかせたようだ。



「ちょっと!起きてって言ってるでしょ!!朝だよ!」



先程よりも強い衝撃で身体を揺らし、お腹やら胸やらを拳で叩かれている。一撃一撃が重く痛みが蓄積し、無駄に息が漏れる。さすがに起きざるを得ないと重たい瞼をゆっくりと開けようとしたとき、それは起こった。



しびれを切らしたのか近くでシュッと何かを抜く音が聞こえ、俺は今までの経験上反射的に逃げようとする。しかしそれを逃すほど相手はヤワではない。男の身体に跨っていた足を先程までよりも力をいれ胴体を挟み込み、大きく腕を振りかぶった。

ザシュッ!!



その瞬間、お腹にはナイフが突き刺さっていた。



「ぐっ、はぁっ」



痛い。刺された場所が燃えるように熱い。小物のナイフであるが半分ほど突き刺さっており、臓器にも到達しているだろう。皮膚や臓器を貫くこの感触がとても気持ち悪い。ドクドクと細胞が警戒アラートを鳴らし続け、呼吸が荒くなってくる。じわじわと服が、痛みとともに鮮血に染まり、口からも血を吐き出す。いきなり現れた脱出口から意気揚々と血が溢れ出たようだ。俺の視界は赤に染められている。



俺は未だ身体の上に乗っかっている人物を、邪魔と言わんばかりになんとか退けさせる。その時動いた反動でまたしても身体が痛み出すが、もう少しの辛抱であると自分自身を説得し続ける。いつもの事ながら、死ぬという感覚を味わうことは無いがやはり何度やってもこの感覚には慣れない。やはりこいつらが異常なだけであると、そう自分の中で理解する。すぐにナイフを腹から引き抜き、次に起こる現象を静かに待つことにする。



『ヒュークルルルル〜〜〜〜ッファン!!』



すると温かな光が身体全体を包み込み傷付いた箇所を構築していく。失われた血は急速に作り上げられ、刺された腹や臓器も《神の祝福》とやらであっという間に元通りだ。すぐに元通りになるため、少し異物感は潰えない。



「あーー!!もう回復するの早いって!」

「なーにが早いだ!そもそも人をナイフで刺すな!!」

「えぇー!でも目覚めはスッキリでしょ?」

「そういう問題じゃねぇ!!大体人を刺すのに躊躇がなさすぎるんだよ、ツィリカ!」



ツィリカと呼んだこの人間。明るさをそのまま象徴したそんな存在感ある女性だ。茶髪の髪をポニーテールにし、いつもながら身軽な格好で今日の朝も俺を起こしてくる。元気で明るく、小さい子どもからお年寄りまで多くの人に好かれているが、俺への態度がかなり厳しい。お互いに遠慮することなく軽口を言い合うが、それが発展して喧嘩になることもしばしば。すぐに武器を取りだして、どちらかが倒れるまでがワンセットとなっている。



俺はそんなツィリカに、気持ち的に喉に少し引っ掛かりを感じながらも口論を交わす。ガバッと起き上がり今回こそは!と、臨戦態勢に移行する。そんな様子にツィリカは俺から急いで距離をとった。しかし構えは取りながらも、こちらの気持ちを考えずおちゃらけた様子で反省の色は全くもって見えない。



「ちょっと!そんな怒んなくてもいいじゃーん?どうせ治るんだし?」

「治るにしても限度っていうもんがあるだろうが!そういうのは今日の祭りで発散しやがれ!」



そう言うと、ツィリカは普段も大きい瞳をさらに開き、先程ナイフで刺した時に飛び散ったであろう血をつけながら一目散にこちらへと駆け寄ってきた。



「そうだよ!今日は待ちに待った年に一度のアグスティア祭だよ!」



ウキウキランラン。そんな言葉が聞こえてきそうなほど高いテンションで喜びを表現してくる。血がついていなかったら少しは可愛く見えたその光景も血が付着しているせいで台無しであった。しかしそんな様子を見ながらも、俺自身興奮で心臓の鼓動が早くなる。やっと十五になったんだ。アグスティア祭で開催される大会で準優勝以上すれば王都の騎士団に入るためのチケットが手に入る。先に騎士団に行ったあいつに追いつくためにも、ここで勝たないといけない!そう拳をギュッと握りしめ決意を力に込める。



「今回は絶対負けないからね!私と戦う前に負けたら容赦しないんだから!」

「ツィリカこそ約束違えるなよ?王都に行くって約束したんだからな?」

「もちろん!エレアねぇに会うためにも一生懸命頑張らなきゃ!」

「はっ、その意気だ」



そう言うとお互いに拳と拳をぶつけ合わせる。自然と口角の端が上がるのを感じながら、気はずかしさも感じたためにバレないよう別の話に移行する。



「そういや、ミドは今回の大会やっぱり参加しないのか?」

「うーん、そうみたい。やりたいことがあるっていってたけど・・・・・・」

「あぁ、ずっと言ってるよな」



ミドというのは俺とツィリカ、そして今は王都にいるエレアノールの四人で幼い頃よく遊んでいた幼馴染だ。内気であまり外に出たがらないミドを無理矢理連れ出して、近くの森をよく冒険していた。すぐにべそべそ泣いてあまりにも家に帰りたがるものだから、誰にも言わなかった秘密基地の場所を教えたりもしたな。あいつ、泣いてたのは嘘みたいに目をキラキラさせやがってこれはなに?あれはなに?と質問攻めになって近づいてきて、あまりの興奮ざまに何故かこっちが圧倒されてしまった。あんなに興奮したミドはあれ以降あんまりなかったが・・・・・・。懐かしい、久々に行ってみるか。



「まぁ、あいつは戦うのがそもそも好きじゃないからなー。実力は凄いが心が優しすぎるから攻撃できないし、それに魔物相手ならまだしも人間相手だと躊躇してしちまいそうだ」

「それもそっか!でもそうだったらミドだけ離れ離れになるのは寂しいね・・・・・・」

「まぁ、長期休暇のときに会いに行けばいいさ。というかまずは大会で勝たないとな!こんな調子に乗ってたらもしかしたらどっちか負けるかもしれないし。まぁ、俺は負ける気しないけど?」

「はあー?私だって絶対に勝つよ!」

「どの口がだ、ツィリカお前力がないくせに!」

「あんただってスピード遅いじゃない!」

「ツィリカよりはマシだね」

「ゆーてトントンでしょ!」



売り言葉に買い言葉、そんな状態がしばらく続きお互いがどんどんとヒートアップしていく。やってしまったと口論し続けながら脳の片隅で考えるが、こうなってはどちらも満足しなければ終わらない。本腰を入れ準備を整える。ツィリカも俺のお腹を先程刺したナイフをまたしても取り出し、いつでも飛びかかる準備は出来ているようだ。お互いが一定の距離間で緊張を走らせる。ジリジリと少しずつ歩み寄り、片時も目線を外さない。



先に動いたのはツィリカの方であった。一手で戦闘不能に陥るような心臓への攻撃。それを瞬時に避け、近くにあった花瓶をツィリカへと投げる。しかしそれを難なくナイフで排除されると、一瞬でこちらの懐へと侵入してくる。一瞬冷や汗を感じながらも、身体を仰け反らせることによって残り数ミリの距離をギリギリで避けた。



危ねぇっ!!



狭い部屋で障害物も多く、なかなか避けづらい状況であるが、勝手知ったる物の配置に上手く身体を適応させながら、ツィリカからの攻撃を避けていく。愛用の剣はツィリカ側の壁に掛かっている。そのため、手元に武器がないのが寂しいが、避け続けながら拳や足を的確に何度も当てていくと相手は少し怯んだようだった。数歩下がった距離をこちらから一瞬で詰め寄り、回し蹴りを行う。横腹に直撃したその攻撃は、ツィリカの身体をくの字へと変貌させるが、何とか踏みとどまったようだ。壁へと衝突することなく、こちらを睨みつけるその顔に俺も睨み返す。互いが互いを睨み続け、呼吸音だけがその場を支配していたが、遠くの方で鳴った鐘の音がその状況を一変させた。その音を皮切りに攻撃を再開する。



「はあぁぁぁぁ!!!」

「はっ!!!」



同時に動き出した俺たちは幾度かの攻撃の後、力比べのように片方の手と手を合わせ、もう片方の右側では武器の攻防が始まった。ツィリカはナイフを俺に向けようと、俺はそのナイフが当たらないようツィリカの手を武器ごと掴み、攻撃を防ごうと。拮抗していた勝負であるがやはり力や体力は俺の方が上。段々と力の均衡が崩れさりツィリカが後ずさりしていく。



床がミシミシと音を立てて、いつの間にかかいていた汗が一滴、二滴下へと落下し、丸い模様がじんわりと床の色を濃くした。押し続けることによって前傾姿勢だったツィリカの背の一点を壁へと到達させる。俺はさらに動けなくさせるためツィリカの身体の接地面を広げようと、抵抗し続けるツィリカの身体を無理矢理押し続ける。腕、肩、腰、踵。前傾姿勢で丸まっていた身体が伸ばされピッタリと壁に張り、頭だけが自由なツィリカは大層憎らしい表情で俺を睨みつける。



「ちょっと、その馬鹿みたいにデカイ図体退けてくれない??」

「悪ぃな。まさかこんなにも力の差があるとは思わなくてな」

「・・・・・・ムカつくんだけど」

「ははっ!」



余裕が生まれ自然と笑みがこぼれる。俺はツィリカの左腕にさらに力を込め、動かないように固定する。隙が生まれた右手は先程まで貝殻つなぎであった繋ぎ方をツィリカの手首を掴む形へと素早く移行させる。その行動を不思議に思ったツィリカが不審そうにこちらを見つめてくるが、その顔は一瞬で苦痛の顔に変わった。



「つっ!!」



俺はツィリカの手首を掴んでいる手をぐるっと回し、ツィリカの右腕を捻りこんでいく。半周も超えると可動域が無くなったのか、動きが少なくなったが、それを無視しさらに捻りこんでいく。筋肉の筋がピンと張りつめ、切れそうになる感触がこちらからも伝わってきた。痛みで顔を歪ませたツィリカはこの状況を抜け出そうと必死に抵抗を始める。温かい息が俺の首元へと当たり、どこかこそばゆい。ナイフの持ち方を変え必死に俺の腕に怪我をおわせようとツィリカは躍起になるが、どうにか動かないようにと必死に抑えながらさらに捻り続けるとボキッ、ブチッというふたつの音が合わさった音が聞こえてきた。



「ぐっ、あっ」



ダランと力が無くなった腕が振り子のように小さく揺れる。先程の痛みでツィリカが持っていたナイフは落ちていた。俺は好機と言わんばかりにツィリカの首を両手で絞めつける。腕を少し高くあげると身長差があるため、地面に着かなくなった足がブランブランと俺の足へと当たっていく。血が回らないのか、顔を真っ赤したツィリカは左手で俺の腕を剥がそうと頑張るが、剥がせそうにはない。



普段であればまだまだ戦いを楽しみ決着を決めないのだが、今日は人生で一番待ちに待ったと言っても過言では無い、アグスティア祭だ。体力を温存し、万全の状態で励みたい。そのためにもここで決着を決める。そう自分自身に言い聞かし、さらに腕の力を強めた。さぞかし悔しいだろうとツィリカの顔を見ると、冷や汗を流しながらも何故か笑みを浮かべていた。



「何企んでんだよ?」

「・・・・・・べ、つに!」



このままいけば窒息し、《神の祝福》が作動する。そういう算段であった。しかしツィリカの意味不明な笑みが俺を困惑へと誘われてしまう。



すると突然、横腹に痛みが生じた。目線を向けると動かせないと思っていたツィリカの右腕から、隠し持っていたとされる小ナイフで深々と刺されており強い衝撃を受ける。度外視していた攻撃に一瞬思考が止まる。スローモーションのように感じたその攻撃は俺の脳が遅くさせていたようで、気がつくともう一打攻撃が寸前のところまで来ていた。



まずい!!



急いで首を絞めていた手を離し、距離を取ろうとする。しかし俺が距離をとるよりも先に、ツィリカは落ちていたナイフを一瞬で拾い二本のナイフでこちらへと詰め寄ってきた。



しまっ・・・・・!!



隙だらけの体勢に足掻くことが出来ない。ツィリカからの体当たりに何とかナイフは避けたものの、視界は天井へと向けられていく。強い衝撃が背中を走り、肺が凍ったように呼吸が一瞬止まる。



「つっ!」



床の硬さ以外は先程と同じ馬乗りをされ、ナイフを刺そうとしてくるツィリカを神経の鈍った身体を必死に動かし抑える。両手の手のひらが血だらけだろうが関係ない。ここで重要なのは意識が飛ぶぐらいの重症を負うこと。それがこの戦いの勝利条件である。そのためにもナイフで心臓を一突きなんてことは絶対にあってはならないことだ。俺は精一杯の力を振り絞りナイフを押し返す。そのまま足を使ってツィリカの横腹を蹴り、身体を押しのけ十分に距離をとる。



・・・・・・楽しい。一つ選択肢を間違えたら負けてしまう。しかしそんなことは、いやそんなことだからこそ、緊張感が生まれ面白い。平静を保っていた呼吸が乱れ鼻から、そして口から酸素を求め大きく息を吸う。視界にはしっかりとツィリカを捉え、一つの動作すらも逃さない。汗が額を流れ落ち、顎から地面へと落ちるその時であった。



グゥゥゥとこの場には似つかわしくない音が部屋へと響き渡った。



「・・・・・・はっ?」

「おなかすいた!!」



・・・・・・こいつ!!

あっけらかんとした様子で何も気にすることなく、自分の欲求をただ満たしたいと訴えてきやがった。そんなツィリカに俺はせっかくのいいところを台無しにされたと、瞬間的に怒りが湧く。ドンドンと足音を大きく立てツィリカへと近づき耳を思いっきり引っ張る。



「ちょっ!痛いってばぁー!!」

「ツィリカがいい所で止める方が悪い」

「ごめんってー!」

「許さん」



消化不良でムカムカする。行き場のないアドレナリンが身体中を駆け巡り、ただ単に周回し続ける。しかしツィリカはお腹がすいた一択、俺も怒りが込み上げるが、それもだんだんと消え去り他の欲へとシフトチェンジ、つまり空腹へと歩み寄っていく。つまり今回の戦いは試合続行不可により引き分けとなったのであった。




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