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シトミトゼ  作者: 暁針
プロローグ「アグスティア祭」
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《0》




ある日、ある時、ある世界に一人の神が誕生しました。誕生したその瞬間から優秀であったその神は、世界を一目見てこれがワシの役目であると、揺れ動く大地から、干上がり続ける水面から、荒れ狂う天から、地上にいるもの達に救済を与え『幸福』というものを施すことにしました。



絶望しかなかったこの世界に光が差し込み、地上の者達は困惑します。しかしこれは天なるものが我らに救済を与えてくださったのだと、深く感激し、その神を崇拝し信仰することにしました。



拙い知識で作り上げた神殿なるものに、お供え物として神の喜ぶ幸福を、そして神を支える者としてレプゴダーという役職が誕生し、神と地上の者達とで契りを交わしました。



交流のなかった他種族間同士でも手を取って助け合い、誰もが平和に暮らす争いのない時代。神は自身が想像していたそんな世界に満足し、ただひたすらに慈愛の眼差しをもって地上の者達を祝福し続けていました。



しかし、それは長く続きません。神としては一瞬の時間、地上にいる者達にとっては何百年の月日が経ち、突如崩壊の一途を辿ります。なぜならより快適な暮らしを求め、他種族間同士で争いを始めたからです。エルフにドワーフ、獣人族に龍人族。他にも巨人族に、小人族、妖精族など多くの種族が争いを始め、特に人間族は他の種族と比べても大きな特徴がなかったために絶滅の危機に瀕していました。神が望んだ『幸福』というものは崩れ去っていったのです。



なぜじゃ?どうしてなのじゃ?と神は疑問を抱かずにはいられません。幸福であった人生を、安寧だった未来を捨ててまで、どうして争うことになってしまったのだろうと困惑するしかありません。



神は地上の者達に呼びかけます。この争いを今すぐにやめるのじゃと。争いは何も生まんと。しかしそれは誰の胸に響くことも無く一蹴りされてしまいます。あれだけ慕ってくれていた者達も、みな自分のことに必死で神の言葉に耳を傾けてくれません。神はひとりぼっちになってしまいました。



あぁ、あぁ、と神は悲しみに打ちひしがれ、孤独な世界へと引きこもります。ワシが望んだ理想はいとも簡単に消え去ってしまった。ここからどうすれば、今までのように笑顔の絶えない世界が作り出せるのかと。しかし今の現状を打破できるようなそんな打開策を神は考えることが出来ませんでした。



その間にも命が簡単に失われ続け、憎しみの声が木霊する地上。阿鼻叫喚が日常となり、僅かな者だけが得をする世界。悪に染まった者は悪逆行為を日常と化し、優しき者は誰かを庇って命を落とす。あれだけ光に包まれた世界は、どんよりとした雲に覆われ灰色の世界となってしまいました。



神は見ることを止めます。神は聞くことを止めます。神は考えることを止めます。神は期待することを止めます。



もう神は疲れてしまったのです。もうこの世界は救えない。暗闇に閉ざされます。



もう希望を何も見いだせませんでした。













・・・・・・しかしある時、神の前に一人の人間が現れこう言いました。



全知全能なる我らが神よ、今起きているこの争いをどうかお止めください、と。



争いで傷を負ったのだろう。服はボロボロで、赤い肉が肌を裂き血が止めどなく流れ続ける。呼吸が浅く視界も大きく揺れており、その人間はもう命が尽きそうでありました。



神はその人間に否定します。無駄な行いであると、もう止めることは出来ないのじゃと。そんなことをして何が変わるのじゃと。



世界を嘲笑しながらもその頬には涙がこぼれます。心と身体が真逆の考えを持っていました。キリキリとジクジクとなんだかとても痛みます。



人間はまたしてもこう言います。



全知全能なる我らが神よ、今起きているこの争いをどうかお止めください、と。



二度も同じことを言うな!!私にはどうすることも出来ぬ!!早くここを立ち去れ!!

怒りを露わにして怒鳴り声をあげます。放っておいてくれという気持ちが強く心にありました。

お供え物として頂いていた幸福もなくなったため力が出ず、ただ傍観するしかないこんな神になんの存在意義があるのかと。ワシはただの人形でちっぽけな存在であると。



しかしまたしても人間はこう言います。



全知全能なる我らが神よ、今起きているこの争いをどうかお止めください、と。



どうしてじゃ・・・・・・。なんでなのじゃ・・・・・・?もう神にも何が何だか分かりませんでした。優秀で何もかも知っている神でもどうすればいいのか分かりませんでした。いや、知識を持っているだけでこれまで一人で頑張ってきたのです。神は与える側で受け取る側では無いのだと、そう固定概念が出来上がってしまっていたのです。神は助けを求めるということを知りませんでした。



でも、どうすれば・・・・・・、ワシはどうすれば・・・・・・。



小さな子どものように人間に縋る神の姿。その姿は酷く滑稽で、どちらが上位の存在であるかよく分かりませんでした。それでも人間は神の前に居続け、そして一縷の望みを胸に神に助けを求めます。瞳だけが真っ直ぐ神を見つめ続けました。そしてしばらく考えた後、強い決意とともにこう言い放ちます。



・・・・・・神よ、それでは私たち人間がこの争いをどうにかして静めます。神が求める誰もが平和に暮らす争いのない時代を作ります。

・・・・・・ですから、神は微笑んでいてください。

・・・・・・ほほ・・・・・・えむ?

はい。貴方様が人間の良き守護者となって私たちを導いてください。

私たちはそれがあれば・・・・・・・・・・・・戦えます。



強く、鋭く、それでいて温かいそんな眼差しであった。ワシが微笑むだけで人間は戦う?そしてこの争いを静めてくれる?そんなものできるわけがない。荒唐無稽なそんなでたらめ話、信じられるわけがありませんでした。しかし目の前の人間は、男は真剣でした。言葉に芯があり、自分の言葉を何一つ疑っていない。こんな奴初めてでした。無意識に息を飲みます。



・・・・・・私の家族は全員死にました。大黒柱であった父も優しかった母もお転婆だった妹も、全員争いに巻き込まれ死にました。私の知る仲間達もことごとく命を落としていき、私達人間には戦意を喪失した者も多いでしょう。家を焼かれ住む場所を失い、食料も奪われ赤子の泣き声が一日中心を痛めつけ、そして愛すべき人が呆気なく命を落とす姿を目に焼き付けてしまうのです。



・・・・・・心が折れもぬけの殻となった人物を私は知っています。目の前で起きたことを信じることができずに笑顔を振りまく人物を私は知っています。口先だけで何もせず周りのせいにする人物を私は知っています。誰もが諦めという感情を身にまとい、苦しみの少ない死を選ぼうとしていることも知っています!!・・・・・・それでも私は、私は!!やらなければ、戦わなければならないと思うのです!!



こんなところに引きこもっているなんてそんなの私が許せない!!貴方は私達人間を率いるべきお方だ!!貴方自身が幸福となって私達人間を奮い立たせて欲しい!!他種族が考えるくだらない夢を一緒に覚まさせてやりましょう!!間違っているんだって!!周りを見てごらんって!!こんなの誰も望んでいないって!!そう皆に言ってやりましょう!!



・・・・・・私達人間が与えられる幸福は今のところはありません!!ですがこの争いが終わった暁には貴方が要らないという程の幸福を差し上げます!!くだらないことで笑い合い、些細なことでも笑顔になれるようなそんな世界を創りましょう!!平和な世界をまた創りあげるためにも貴方の力が今必要だ!



ですから、神よ。まずはどうか、どうか、笑って!!



・・・・・・・・・・・・!!!!!!!!

あれだけ暗かった世界が、どす黒い霧が一瞬にして晴れた。自分の殻が音を立てて崩壊する。そしてコヤツの幸福がワシの身体に流れ込んでくる。なんという強い想いなのだ。陽だまりのように温かく、灼熱のように熱い、そんな想いが合わさった幸福であった。全身がポカポカとし、力がみなぎってくる。コヤツの存在がワシを大きく奮い立たせる。涙と笑みが自然と零れた。



っふ、ぐすっ、お主も、バカよのぉ〜。こんなワシにただ笑ってほしいと願うとは・・・・・・。

なんてバカな奴じゃ・・・・・・



目の前の人間はワシのそんな様子に眩しそうに目を細め、そして恭しくワシの手を取り己の額に当てる。それは一つの儀式であったかのように神聖な空気に包まれた。



どうか、神よ。我々人間をどうか助けてはくれませんか?

・・・・・・うむ、うむ!よい!よいぞ!!皆が笑って暮らせる世にするためにもワシはお主ら人間につく!!そして共に頑張ろうぞ!!幸福な世界を造りあげるためにも!!逃げることは許さんからなっ!!!

〜〜〜〜〜っはい!!



二人は同じ眼差しを持って戦火の絶えない地上へと降りていく。時間は掛かるであろう。抵抗する者も多いだろう。それでも進み続ける。神が望む理想郷を創る為にも。皆が純粋な幸福を得られるためにも。


















・・・・・・そして数十年後、他種族は滅び世界は人間の独裁場となった。




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