第七話
はあ、はあ、はあ。
意識が集中していくのが、自分でも感じ取れた。俺にとって始めての人との戦闘。正直にいって、人を傷つけることへの怖さはまだある。でも奴らは俺の人生を邪魔しようとしている。
俺がせっかく手に入れたこの世界でのチャンスを、不意にさせようとしている。そんな奴らにかける情けは俺にはない。
敵3人のうち、二人は弓がメイン武器のようだ。鑑定をしてみたが、特に注意するような魔法は持っていなかった。警戒しなくてはならないのはゲールという大男の睡眠魔法。おそらくは両親たちはこれによって深い眠りに尽かされ、俺が大声を出しても気付きすらしない。この効果が、どんな条件のもとで発揮されたのかはわからない。感覚的には元々眠っている人を深い眠りにつかせるのは、起きている人にするより簡単だが。。。
ゲールたち3人を睨みつけながら、そんなことを考える。
「おい、お前ら。考えてみればこんな小僧に3人がかりで挑む必要もねえ。こいつは俺が一人でやる。だからお前ら二人はあの嬢ちゃんに目を光らせとけ。俺とこいつの一騎打ちの邪魔をさせるな。」
そういったゲールはその巨躯を見せつけるようにこちらに向かって歩いてくる。
はあ、はあ、はあ。
熱い。体の中の血が沸騰しているかのようだ。
「てめえ小僧。何をニヤニヤしてやがる。気持ち悪い。」
一歩ずつ。ゲールの方へと歩を進めていく。
「まずはこっちから」
ヒュン。。
挨拶がわりに打ったファイアーボールは、警戒していたゲールに華麗にかわされる。やはりレベルが高いだけあって身体能力も抜群だ。
ここでまだ睡眠魔法を使ってこないのはMP不足か、それとも俺を舐めてるだけか。まあ後者と見て間違い無いだろう。いいぜ。過小評価は大歓迎だ。実を言えば今のファイアーボールも威力、速度ともにかなりセーブしてある。
「ふーむ。火魔法使いか。その年にしては悪くないが、そんなんんじゃ俺に致命傷を負わせることはできねえなあ。」
こいつ。なんだってこんなイラつく話し方をするんだ、全く。
二人の距離は依然として10メートル程度。お互いがお互いの魔法を避けられると信じる絶妙な距離。
ヒュン。ヒュン。
危なかった。遠方から放たれた2本の矢が近くへと飛来したが、なんとかかわす。
「てめえら、邪魔すんなっていっただろ・・・」
ゲールがお仲間二人に木をさいたその瞬間、身体強化した体で一気に距離を詰めながら、魔法を放つ。
ウィンドカッター!!
俺が打てる最速の魔法だ。
ぐさ。
あたった。奴の左足に。かなり深いがまだ致命傷ではない。少し前のめりになりながら、もう一度魔力を込める。今度はより威力を込めながら
ファイアボ・・・
その瞬間ゲールの口角が釣り上がった。
かーーん。かーーん。かーーん。
くそっっ。魔力をうまく練ることができず、飛散させてしまう。足元がよろめきその場にしゃがみ込んでしまう。
「くっそ。痛え。てめえ、なかなかいい魔法持ってるじゃねーか、この年で二属性をここまで使いこなすとはな。だがこの分ならお前も高く売れそうだ。この足の治療費もしっかり払ってもらうぞ。おい!てめえら。さっさと来やがれ!こいつを連れてとんずらするぞ!」
はあ。はあ。くそ!これが睡眠魔法か。頭が回らない。段々と意識が朦朧としていく。くそっ!何かこれに対抗する手段はないのか!。。。。!!!やっぱり魔法には魔法で戦うしかないか。
集中しろ。俺の中の魔力でこいつの魔力をやっつけるんだ!
全身に魔力を循環させながら、異物を取り除いていくイメージを持つ。原理なんてわからねえが、とにかく効いてくれ!
魔力は俺の体中を駆け巡り、意識を覚醒させていく。起き上がれ、動き出せ、全身にそう命令する。ところどころ、その命令に抵抗しようとする奴らがいる。こいつらが睡眠魔法の根源に違いない。人の体に勝手に入ってくるとは気持ち悪い魔法だぜ。だがな、ここはお前らのいるべき場所じゃないんだよ。残念ながらな!
俺の魔力でお前らを無理やり押し潰して追い出してやる!!!
「グアア。ううう。」
「な。この小僧まだ抵抗してやがるのか。俺の魔力も枯渇寸前だってのに。。仕方ねえ。」
俺の体にさらに異分子たちが入り込んでくる。くっそやばい。いくら俺の魔力量が多いとは言え、もうすでにかなり魔力を使ってる。でもここまできたら枯渇するまで、やるしかねえ。
「はあ。はあ。はあ。」
「くそっ!おい!お前ら!こいつを早く縛るかなんとかしろ!これ以上魔力を無駄遣いするわけにはいかねえ!」
「お、おう待ってろ。ゲール。」
ぱしゅ。突如として放たれた矢は、ゲールの元に辿り着こうとしていた取り巻き二人のうちの一人の腹部に命中する。
「はあ。はあ。行かせない!スヴァン、寝ちゃだめだよ!」
そう叫んだエレナの目からは、涙がこぼれ落ちる。精神的に大きな負荷がかかっているのだろう。かろうじて土魔法で簡単な盛りを作りそこにうつ伏せになって相手の矢を警戒している。
一方。矢が命中した取り巻きは腹部を押さえてのたうち回る。
「ああ。があああ!!!痛えええ、あああ。」
そんな混沌とした状況の中で、俺とゲールはお互いの魔力を削り合っていた。二人とも残りのMPが僅かなのは間違い無いだろうが、鑑定をして魔力を無駄にする気にもなれない。たとえ現時点で俺の残存魔力がゲールより高かったとしても、俺が勝てるとは限らない。色々な人の魔力を様々な状況下で見ていて分かったのだが、魔力量の減り方には魔力の練り方、制御など、魔法士としての総合的な能力が問われるのだ。
魔法士としての能力、それを聞いて思い出されるのは優秀な魔法使いである母さんの助言。
「いい、スヴァン?魔法はいつだって正直で、実直にあなたの能力とその時の状態を表すの。感情的になって、乱雑に魔力を扱っても、同情してくれたりはしないわ。辛い時、苦しい時こそ、魔法士は冷静にならないといけないの。感情を押し殺す必要は決して無い、けれども感情に振り回されずそれを集中力に変換できるのが真の魔法士よ。」
そう。そうだ。魔力量が今の時点で互角なのだとすれば、ここからは集中力がものを言う。丁寧に、丁寧に。魔力の粒子を感じるように繊細に扱うんだ。
それは不思議な感覚だった。まるで俺自身が粒子の一つになったかのように感じられ、自分自身の微細な魔力にも愛着が湧きそれらをどう扱えば良いかが、手に取るようにわかる。
魔力粒子たちは、俺の命令に適切に理解し、踊り子のようにそのエネルギーを捧げながら体内を駆け回る。
「ぐぐぐ。 グアアああああ。」
どうやらうめき声をあげたゲールの魔力は枯渇し、俺の体内から完全に追い出されたらしい。
集中力が切れたのか、俺にも倦怠感の波が遅いかかる。
「スヴァン。大丈夫!?!?」
慌ててエレナが駆け寄ってくる。どうやら取り巻き二人はゲールが負けるのを見た途端に逃げ出したらしい。奴らが潜伏していたのであろう茂みの中には荷台が隠されていたらしく、怪我をした一人を乗せて、すでに去ってしまったという。
「ああ。なんとか大丈夫だよ。エレナ。でもちょっと疲れたから休ませてくれ。」
「それと俺たちの両親たちの様子をすぐに見てきてくれ。多分こいつの睡眠魔法で寝かされているだけだとは思うんだがな。」
「わ、分かった!すぐに戻ってくるから、ここでおとなしくしててね!スヴァン。」
そういったエレナは急いでテントの中の様子を見にいく。
ふう。これが人との戦闘か。ゴブリンなんかとは大違いだ。正直今回の戦闘で俺が勝てたのは運が良かったとしか言いようがないだろう。途中で魔力を操作している時に感じたあの不思議な感覚。あれがなければ負けていたかもしれない。
「もしかしてあれはスキルとか何かの類だったんじゃないか。少し鑑定してみるか。」
名前: スヴァン
年齢: 9
レベル: 13(+1)
HP: 81/81(+3)
MP: 1/294(+8)
筋力: 21 (+1)
耐久: 26 (+2)
俊敏: 20 (+1)
精神: 38 (+2)
スキル: 火魔法3・風魔法2・剣術2・身体強化2・索敵2・水魔法1・土魔法1・魔力操作1(New)
固有スキル: アイテムボックス・鑑定・経験値2倍
レベルが上がり全体的に能力は上がっているが、この魔力操作というやつがやはりあの感覚の源なのだろうか。あれ、なんだか眠気が。まさかMPが0に。。。。。