第十話
エレナが街の方へと向かうのを見届けた後、俺はまず状況を整理することから始めた。
俺がここに残ったのは、森の中の状況を調査するため、ただ俺一人では詳細を調査するには力不足だし、何よりそれはエレナの報告の後によこされるであろう調査部隊に任せればいいのだ。
俺が確認するべきは、これが最悪の事態かどうかと言うことだけだ。最悪の事態とはすなわち、魔物の大量発生が暴発に限りなく近い段階まですでに来ていること。
魔物の大量発生のメカニズムは未だ解明されていないが、わかっていることも多少ある。魔物の発生自体はいつも特定の場所で発生し始め、臨界点を迎えると突如として、全ての魔物が近くにある人が密集する地点に向かって行進を始める。この森で起こる大量発生の場合は当然バルハイムが第一の標的となり、前例はないがもしバルハイムで魔物を食い止められなかった際には魔物の群れは王都に向かうだろうと考えられている。
そんな最悪な事態を避けるには俺がいち早く状況を確認し、敵の構成や数などについて詳細な情報を持ち帰る必要。この索敵がうまくいけば、ベルハイムは魔物に対して有効な対策をいち早く取ることができ被害を最小規模に収めることができるだろう。
俺はまず、蠢きを見とめることができた森の外側面に接近してみることにした。エレナの視力強化の能力なしで目視でこれを確認できる距離まで近づくと言うのはかなりのリスクがあるは、それに見合う価値のある情報を持ち帰ることができる可能性は十分にある。
森の側面から50メートルほどの距離まで近いた時、俺にははっきりと魔力の質が変わるのが感じられた。空気が鉛のように重くなった感覚があり、心なしか視界にもやがかかっている。未だに外側面には多少の動きが認められるだけで、十分な情報は得られていない。
俺は迷っていた。大人しくここで引き返すべきか、それともいっそのこと森に侵入してみるべきか。
「きゃぁぁぁぁぁぁ!」
その時、森の中から甲高い悲鳴が響いた。重い空気の中をこだまし俺の耳の元へとその音が届いた時、俺はそこに向かって走り出していた。
森の中で何が起こっているかはわからない。しかしすでに迷っていた状況で、この悲鳴を聞いたとなれば森に入らないと言う選択肢はない。
森の内部は高い木々のせいか暗かった。時折するカサカサと言う音は幻か否か。周りに最新の注意を払いながら内部を探索していくが、声の持ち主を見つけることはできない。しかしこれは少しばかり妙な状況だ。外部からでも目視することができた蠢きは、内部に入った途端に跡形もなく消えてしまった。となれば果たして俺とエレナが見たそれらはなんだったのであろう。
「助けてェぇぇぇ!!!」
その時近くからまたあの甲高い声がした。茂みをかき分けながら全力でそちらを目指す。
着いてみると、そこには狼系の魔物、恐らくブラッドウルフが数匹と、数人で構成された人間のパーティーがいた。いや、この描写は正しくない、それは正確にはパーティーだったと思われるもの。
そこには多量の出血とともに虚空を見つめる3人の死体と、左腕を失いながら、魔法杖を構えて震える一人の女がいた。ブラッドウルフたちは、まるでその状況をゆっくりと楽しむかのように、女を取り囲んでいる。
ここは俺が周りのブラッドウルフたちをできるだけ葬るしかない。
まずは手始めにウィンドカッター!!
ザクっっっ
魔力操作のおかげで威力もスピードも上がったウィンドカッターを、不意をくらったブラッドウルフが避けられるはずもなくいとも簡単に倒していく。。。そのはずだったのだか。ブラッドウルフの倒され方が、何かおかしかった。
「ははは、かかったな。健気な人間よ!!」
そう声を上げた女、周りにいるブラッドウルフ、そして死体だと思っていた人間の屍たちが一斉に俺の方に視線をむけその姿を変えていく。
・・・・くそっっ!!完全に嵌められた。このぬるぬると変幻自在に姿を変えていく様子、間違いない。
こいつらはファントムメイジ。闇を好み、人を騙すことで有名な下賎な魔物だ。冒険者の中にはその小柄で俊敏な体と狡猾さから、しばしば”鼠”と形容され酷く嫌われている。こいつらは一匹一匹はそこまで強くないが、今この場には見えるだけでも10体はいるようだ。流石に一人では分が悪いし、ここは退却するべきだろう、問題は果たしてこいつらがそれを許してくれるか。
ファントムメイジの突飛すべき一つの特徴はその俊敏性だ。その極端に質量の軽い体は、パワーこそなかれずば抜けた俊敏性を持つ。基本的な戦い方は、中距離からの魔法だが、森の中での戦いとなればすぐに視界を切られてしまいこちらの攻撃は当たりさえしないまま一方的に攻撃される可能性が高い。
「人間を誘き出すために仕組まれてたってのはわかるけど、お前らのような醜い戦い方をする輩がこんなに早く姿を見せるのは意外だったな。だがお前ら10匹で俺を止めることができるかな?」
「ふふふ。本当に愚かな人間だな、お主は。今この時にこの森に入ってきた時点でお前に命などないのよ。この森の全てがお前の敵だ。」
「そうかい・・・。それじゃ試してみるとするか。」
俺が魔力を練り放出しようとした瞬間、後方からものすごい速さで突進してくる魔物がいた。こいつは・・・本物のブラッドウルフだな、ファントムメイジの擬態に比べるとかなり体が大きように見える。
なんとか突進を回避した俺の元に、続け様にファントムメイジから魔法の矢が飛んできた。
どうやら多方面から俺を狙い撃ちにしたようで、そのうちの1発が首筋をかする。ファントムメイジだけでもなく、本物のブラッドウルフもいるとなるとかなりまずい。しかも全員が完全に統率が取れているときている。
そこから俺はただひたすら撤退に専念することにした。森の外側面へと進路をとりながら、ギリギリのところで奴らの攻撃を回避する。奴らは完全にこの状況を楽しんでいるようで、俺に身体強化などで魔力をある程度使わせながらじわじわと疲労を溜めさせようとしている。
しかし魔物たちには一つ誤算があった。それはスヴァンの魔力量だ。見るからに幼いスヴァンがまさか成人の魔法使いに劣るとも勝らない魔力量を持っているとは誰が予想できたであろう。さらに魔力操作のスキルでより効率的になったスヴァンの魔力消費を併せると、その魔力量は化け物クラス。一向に疲れが見えないスヴァンについにブラッドウルフは我慢ができなくなった。
「ガルルルルル・・・」
目を血走らせて襲ってくるブラッドウルフを最小限の身体強化と体術でいなすが、ブラッドウルフは体勢を整えるとまたもやこちらに向かって突進してくる。しかしこれではキリがないな、仕方ない。
ファイアーアロー
文字通り矢の形をした火の塊がものすごい速さでブラッドウルフのこめかみへと直撃する。あまりの熱さに目を開くことができなくなったブラッドウルフの腹に、俺は深々とナイフを突き刺す。
「ぐるるるぁぁぁ・・・」
ブラッドウルフは弱々しい声を上げて力尽きた。
これを続けていけば、森を抜けることはなんとか可能だろう。。。何か不慮の事態が起きない限りは。。。




