第一話
(はあ、どうしてこんな風になってしまったんだ)
夏休みを目前に控えた6月、高校3年生の少年は真っ暗な自室で自分の短い人生を振り返っていた。小中と特に変わり映えのしない生活を送っていたが、高校一年生の終わり頃から学校に行けなくなった。特に学校が嫌いだったわけではない、友達もそこそこいたし部活動もそれなりに真面目に行っていた。それなのにいつからか学校を休むことが多くなっていき、2年生になる頃には全く行かなくなってしまった。気力を失い、一日中家から出ない日も多かった。
(俺の人生これからどうなるんだろう、本当なら進路だって決めなきゃ行けない時期なのに)
自分の現在の状況から逃げるように、スマートフォンでお気に入りの異世界小説を読み漁っていく。
(いっそ自分も異世界に転生して一からスタートできたらいいのに)
そんなことを考えながらゆったりと意識を手放していく。
そしてまた憂鬱な朝を迎える、はずだったのだが、目が覚めると白く輝く広大な空間にいた。
「え?なんだこれ!」
思わず大きな声をあげてしまう。周りを見渡すが何もない、視界に映るのはひたすらに白い空間。状況を把握しきれずにいると、頭上から声が聞こえてくる
「ようやく、目を覚まされたみたいですね」
その声はとても透き通っていて聞いているだけで心が浄化されていくようだった。
「うわ!びっくりした!君は誰なんだ!ここは一体、」
頭上を見上げるがその存在を目視することはできない。
「私はあなた方人間が神と呼ぶ存在。そしてここは人間界と神界を結ぶ場所」
自らを神と名乗る存在はまるで予期していたかのように、質問に淀みなく答えていく。
「今回あなたをここに呼んだのはある提案をするためです。あなたは自分の現状を良く思っておらず、再起のチャンスを欲しいと思っていらっしゃる。そんなあなたに異世界への転生を提案したいのです。」
「ちょっと待ってくれ、まず確認したいんだが以前生きていた世界で僕は既に死んだのか?」
「いえ、あなたはまだ死んではいません。もし異世界への転生をお断りになるようでしたら、元の世界に戻ることになります。ただその場合には、この空間での記憶は消去させて頂く事になります。」
「な、なるほど。少しずつ状況はわかってきたよ。それで異世界への転生なんだが、もう少し具体的な内容を聞かせてくれないか? 確かに俺は異世界でまた新しい人生を始められたらと思っていたけど、奴隷として転生したりするのは嫌だよ。」
「そうですね。まず、あなたは一般階級の家に生まれることになります。その際、前世とこの空間での記憶は5歳で継承されることとなります。あちらの世界では、5歳で鑑定の儀と呼ばれるものが行われ、そこで神である私があなたに記憶を授ける事になります。」
「鑑定の儀!?ということはそちらの世界にはスキルだったりレベルだったりもあるの?」
「ええ、あなたが想像していらっしゃる通り、鑑定の儀ではスキルとレベル、ステータスが開示されます。また魔法が存在し、冒険者も人気な職業で、ダンジョン探索が世界中で非常に活発です。」
「ダンジョンに冒険者か、面白そうだけど、俺が転生したとして何かスキルとかは貰えるの?」
「あなたにはいくつか固有スキルを与えることになります。固有スキルは後天的に得ることは不可能ですが、他のほとんどのスキルは努力と才能次第で後から取得が可能です。」
「なんだかここまで聞いてると、すごく美味しい話に聞こえるんですがどうして俺を選んだんです? 俺は何か特別な才能を持っていたわけじゃないし、善行を積んできたわけでもない。」
「どうしてあなたかですか・・・ 特別な理由があったわけではありません。ただ、人生をやり直したいという思いを持っているというのが条件でそこからは無作為ですよ。神にも能力の確認と維持のために色々とやらなければ行けないことがありましてね、一定期間ごとに人を異世界に転生させるというのもその一つなのです。あなたに断られたならば他の候補を探す事になりますね。」
ここまでの話を聞いた上で転生か元の世界に戻るか、少年の心は既に決まっていた。
勿論、選ぶのは転生だ。
どうせ悲観していた元の人生、新たな環境での新たな生活を一つのきっかけとしてもう一度やり直して、前向きに生きていきたい。
「わかった。俺は転生を選ぶ事にするよ。」
「そうですか。それはよかったです。ちなみにあなたには冒険者になることをお勧めしますよ。あちらの世界では人気な職業ですし、それに向いたスキルと環境も授ける事になりますから。それでは、第二の人生今度は悔いのないように生きるのですよ。」
神がそれを言い終わった瞬間、空間は光に包まれ少年は異世界と旅立つのであった。
〜5年後〜
「おーい、スヴァン 早くしないと鑑定の儀に遅れるぞ〜」
父の急かす声が聞こえてくる。
「今行くよー父さん」
「やっときたか、それじゃいくからしっかり捕まっておけよ」
そう言って父はまだ5歳になったばかりの俺を馬上へと乗せ、馬腹を蹴り上げる。
「はは、どうだスヴァン、馬で走るのは気持ちいいだろう」
そう微笑みかけてくるのは父であるキャスパー、元冒険者で金髪に碧みがかった瞳をしている。体格は元冒険者らしくかなり良く、背丈も 高い。
「ちょっとキャスパー、スヴァンはまだ5歳なんだからスピードを落として!」
そう言ってもう一騎の馬上から俺を心配してくれているのが母親であるエリン。少し茶色っぽい髪色に緑っぽい目をしている。彼女も女性としては背が高い方で、元冒険者だ。
「もう5歳の間違いだろ スヴァンならこれくらいヘッチャラさ!な、スヴァン」
「う、うん。。。」
そんな会話を続けていたら巨大な城壁が目前に迫ってきた。ここはグローゲン王国の北東部に位置する城塞都市トルーフェン。そこそこ大きな都市でここには鑑定の儀を行うことができる教会がある、俺たちの住むグレゴ村からは10キロ程だ。
門をくぐり教会へと進み自分の順番を待つ。
「次にそこの金髪の少年前へ」
トコトコとして位置に立つと、急に光に包まれた。
(あれ、これって前にも似たようなことがあった気が)
「久しぶりですね、スヴァンくん」
白く輝く空間で頭上から声が響く。聞き覚えのある声だ。
「え、これって。あ、そうだ以前にもここに来たことがある。え?でもこれって誰の記憶なんだ?」
「徐々に思い出してきましたかね。あなたは前世で18歳の時にここへと呼び出され自ら転生することを選んだのですよ。」
少しずつ記憶が蘇る、誰とも知らない人間の記憶だったが不思議とすんなり受け入れられた。そうだ、そういえばあの時、鑑定の儀の際に前世の記憶も蘇ると神は確かに口にしていた。
数分ほど経ってようやく現在の状況を理解することができた。
「落ち着きましたか?今日あなたに来てもらったのはスキルのことです。以前にも言ったようにあなたには冒険者として有益なスキルをいくつか与えようと思います。とりあえずこれを見てください。」
顔の前に突然ステータスが表示される。
名前: スヴァン
年齢: 5
レベル: 1
HP: 23/23
MP: 41/41
筋力: 5
耐久: 2
俊敏: 6
精神: 17
スキル: なし
固有スキル: アイテムボックス・鑑定・経験値2倍
「このステータスはあなたの現在の能力を表すものです。ステータスは基本的には鑑定スキルを持ったものしか確認することはできません。しかし、教会などの特定の場所においては全ての人間が自分のステータスを確認することができます。」
「あなたには、アイテムボックス、鑑定・経験値2倍という3つの固有スキルを与えます。それぞれ、冒険者にとっては喉から手が出るほど欲しいスキルです。」
説明に一区切りがついたところで、疑問に思っていたことを口にしてみる。
「あの、スキルと固有スキルの違いってなんなのでしょうか?」
「スキルは後天的、固有スキルは先天的なものというだけです。スキルはこれからの努力次第で習得が可能です。ちなみに固有スキルは、先天的と言っても生まれた時からではなく鑑定の儀で受け取るものです。」
ちなみにこの世界では魔法は全員が使用可能である。勿論、得手不得手は人によってあるが、それはMP(魔力量)と魔力の操作技能に違いがあるだけであって全く魔法を使えない、もしくは魔力を持っていないという人は存在しないとされている。
「それとあなたの成長率2倍というスキルは他の人からは見えないようにしています。このスキルはあなた以外に持っている人もいませんし、未確認のスキルとされているはずなので。」
「その、俺に色々と目をかけていただいてありがたいのですが、代わりにやらなければいけないことなどはあるのでしょうか?冒険者になることを強く勧められているとも感じたのですが、、」
「特にこれをしなさいということはありませんよ。あなたが思うままに生きれば良いのです。ただ一つあなたに伝えることがあるとするのならば、あなたは決して選ばれたわけではないという事です。これからのあなたの努力次第でその第二の人生がどう言ったものになるのか決まるでしょう。」
「まだ聞きたいことはあるでしょうが、そろそろ時間です。良い人生を。」
神がそう言った瞬間目の前が光に包まれる。
「少年、目を覚ましなさい。スヴァン君。ふむ、その様子だと固有スキルを授かったようだな。どれどれ、ステータスは」
いつの間にか教会へと戻ってきていたようだ、神官に揺すられ、意識を持ち直す。
「おお、鑑定とアイテムボックスの2つ持ちとは!素晴らしいではないか。スヴァン君、君が望むならば教会に住みながら神官を目指すこともできるぞ。両親と話し合ってよく考えなさい。」
その日はなかなか興奮して寝付けなかった。自分の将来のこと、何をして生きていこうか、無限の可能性が目の前には広がっていた。