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第4話「牛歩戦術」

 下っ端たちが総動員で集めてきた資料は、驚くほどに――少なかった。


 教会が記録した被害報告書がせいぜい十数枚。いずれも失踪した被害者の名前と、商隊の馬車が襲われた場合は被害額が追加で書かれている程度。

 この被害にあの白狼が関与した証拠や目撃情報は皆無。つまり推定だけで有罪が決めつけられているのだ。


 強いて有罪の根拠を挙げるとすれば、争った形跡や血痕、馬車の残骸などがまったく見当たらなかったこと。普通の物盗りに襲われたのならば何かしらの痕跡が残るはずで、そうしたものが一切ないのはやはり魔性の者の仕業だと結論付けられている。


 疑わしき悪魔は罰せよ、ということだ。


 あまりにも簡素な資料だったため、読み込んで時間を潰そうという目論見は早くも崩れてしまった。

 まあ、それはそれで構わなかった。


「これでは全然足りません。少し外に出て聞き込みをしてきます」

「えぇ? メリル様ともあろう方がそんな……」

「いいえ。せっかく現場の近くにいるのですから、街の人々に忌憚ない意見を聞くべきでしょう。本当に――あの白狼が恐るべき悪魔なのか否か」


 どう考えても恐るべき悪魔でしかないのだが、敢えて私は勿体ぶった。

 とりあえず百人くらいに聞き込みをすれば、一人くらいは逆張り回答をする変わり者がいるはずだ。それを無駄に尊重してみせて牛歩戦術を取ればいい。





 そんな魂胆だったのだが――





―――――――――――……


「ああ、知ってますよ。峠の白狼でしょう。被害? いや聞いたことないですねぇ。ここら辺の人間は、あの峠には近づいたりしませんから」

「なんでって、そりゃ怖いからですよ。あんな化物のいる峠に誰も好き好んで寄り付かないでしょう」

「近道にだって通りゃしません。歩きにせよ馬車にせよ、迂回路の方がよく整備されてて早いですから」


 街を歩く誰に聞いても、そんな返答ばかりだった。

 確かに白狼の悪魔のことは恐ろしい存在として認知している。しかし、認知しているがゆえにわざわざ近寄る者もまたいない。

 家族や知人が直接の被害に遭ったという住民は、ただの一人も見当たらなかった。



 予想とは少し外れていたが――私にとってはあまり大した問題ではなかった。


「ふぅむ、これは著しい情報不足ですね。とても軽々に判断を下せそうにはありません」


 聞き込みに同行する下っ端たちの前で、わざと深刻めいた顔でそう唸ってみせる。

 昨晩峠道を歩いた疲れが残る中、地道な聞き込みを続けるのは正直骨が折れるが、あの白狼との直接対決を避けるためと思えばいくらでも体力が湧いてくる。


 私は次なる一手を声高に告げる。


「被害に遭っているのは主に馬車や行商人……つまり通商関係の人間ですね。であれば、地元の商人組合ギルドなどが事件の詳細をより把握しているかもしれません。今度はそちらに向かいましょう」


 下っ端たちは露骨に面倒臭そうな顔をした。

 メリルは下っ端と内心で呼んでいるものの、『聖女の娘』の初任務への帯同を許された彼らの多くは、教会本部の幹部子弟だ。つまりいいところのボンボン育ちが大半で、こんな面倒な仕事には慣れていない。

「メリル様は悪魔ごときを殺すのになぜこんな手間を?」という本音が聞こえてくるようだった。私だって逆の立場ならそう思う。


「いいですか、みなさん」


 不満のガス抜きのため、私は適当な口上を用意する。


「これが私のやり方です。私はいずれ――お母様をも超える聖女になるつもりです。そのためには、お母様と同じ道を歩んでいてはダメなのです。別の道を歩んでこそ、新たな景色が見えるというものでしょう」


 ここに赴いたのが母なら、今頃すべての仕事を済ませて帰宅済みだろう。仕事を済ませた自分へのご褒美と称して、豪華なディナーの予約までしているかもしれない。

 まったく実に恨めしい。その圧倒的な力の半分でいいから分けて欲しい。


 そんな私の本心がちょっと漏れていたか、この言葉は下っ端たちにあまり響かなかった。誰もが「はぁ……」という顔で困惑している。

 というか、さすがに無理筋が過ぎたのだろう。

 悪魔ごときの話に真面目に付き合って、なぜ聖女をも超える聖女になれるのか。


 方便の不出来さを誤魔化すため、私は足早に商人組合へと向かった。

 土地勘はないが、教会本部のある聖都と比べたらまるで箱庭のように小さい街だ。そこらの人間を捕まえて道を尋ねれば目的地などすぐに分かる。

 これがもし聖都なら、聖女の娘たる私が声をかけただけで、住民はその場で祈りを捧げてくることだろうが、こんな田舎だと私の顔はさすがに認知されていない。こういう感じもたまには新鮮で悪くなかった。


「――教会の者です。少しばかりお尋ねしたいことがあるのですが」


 辿り着いた商人組合の建物も、やはり田舎らしい素朴さ……というかボロさだった。いちおうは石積みの二階建てだが、ところどころに苔がむしている。


「おう? 教会? 何の用だい」


 しかも、応対に出てきたのも酒樽を抱えた労働者風の大男だ。

 都市部の商人組合には価格交渉などを対応する交渉役が常時いるはずだが、こんな田舎では事務方を常に配置しておく余裕もないのだろう。


 私は外套のポケットから、事件の調査報告書を引っ張り出す。


「この近くの峠で発生した行方不明事件について調査しています。ここに書かれている被害者――商人たちの名前に心当たりはありますか?」


 問われた大男は酒樽を置くと、懐から眼鏡を取り出して書類を覗き込んだ。

 それから大いに眉をひそめて、


「なんだこりゃ」


 不可思議そうに呟いた。


「えっと、どうなさいました? 心当たりがありませんか?」

「ねえよ。こんな連中、一人たりとも聞いたことがねえ。っていうか問題はそこじゃねえ。ここだ」


 大男が指差したのは、積み荷の被害額の合計額だった。

 聖女の娘たる私や、ボンボン育ちの下っ端たちは誰一人としてそこに違和感を持っていなかったのだが――


「どんな積み荷だこりゃ? 金銀財宝でも積んでなきゃこんな額にはなんねえぞ」


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