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009 【鬱展開注意】シーフとメイジ~夢を諦めなかった結末は

女性が乱暴される性的描写があります。あと、ものすごく鬱展開です。苦手な方は読まないでください。

 その日、迷宮都市リンゲックの中央広場は異様な興奮に包まれていた。


 殺気立った、あるいは興奮した市民が押しかけ、ステージのような台の上に並んだ、年齢も性別もバラバラな人たちに罵声と嘲笑を浴びせている。


 公開処刑が行われるのだ。


 一罰百戒。罪人を残酷な方法で処断するのは、見せしめとして必要なことではあろう。しかしそれは治安維持のためのデモンストレーションと同時に、刺激的な娯楽でもあった。


「人がもっとも残酷になるのは、悪ではなく正義に染まった時だ」

 そう言ったのは誰だったろうか。


 執行ショーの「開演」を待つ群衆は、一様に「こいつは悪いヤツだから残忍な方法で殺してもいいんだ。それを応援する自分は正しいんだ」という正義感に酔っている……正直、気持ちのいい光景ではない。


 でも今日は特別。冒険者ギルドのマスターとして見届けなくてはならなかった。


「畜生、放せっ! あ、あたしはまだやれる! あたしはSランク冒険者になるんだっ!」


 処刑される罪人のひとりは、もと冒険者なのだから。


 ━━━━━


 いきなりだが、世間は冒険者という職業にどんな印象を持っているのだろうか。


 身分や過去の経歴は一切問われない。そして来る者拒まず去る者追わずが不文律。要するに誰でもなれる。

 こう書くと、何の仕事にも就けないあぶれ者の受け皿と思うかもしれないけど、それは違う。なれることと務まることは別問題なのだから。


 そりゃそうよ。モンスターがいる地下迷宮ダンジョンに潜ったり、いつ盗賊が襲ってくるか分からない街道で荷馬車の護衛をしたりするのよ? ズブの素人にできるわけないでしょう。


 能力の他にも厳しいハードルがある。

 ズバリ、お金だ。


 これも当然だろう。なにしろ命のやりとりが日常の世界。武器や防具をはじめ、回復薬ポーションや魔法の巻物スクロールにかける経費を惜しんだら死ぬ。戦利品を回収する収納魔法のお札や保存食だって必要となるし、雑多な出費も多い。


 上位ランクになると報酬も桁外れだからお財布の心配はなくなるが、そこに到達できる者はむろん少数だ。よくあるパターンとして……


 ①依頼に失敗、もしくはダンジョンで思うようにお宝が手に入らない

 ②武器やアイテムにかけられるお金が減る

 ③戦闘力が落ちてますます稼げなくなる

 ④以下くり返し


 ……という悪循環に陥る低ランク冒険者がいる。


 出世双六は神様の振る賽の目しだい、脱落者が出るのは仕方ない。

 そんな人には新しい生き方を見つけてほしい。ひとつの夢に破れようと、新しい夢は探せる。


 けど。


 冒険者という、どんな身分からでも一攫千金と名声を狙える職業には、ある種の中毒的な魅力があるらしい。いや、私自身は冒険者として活動したことはないんだけどね。


 そして夢を諦められない人の中には、時としてとんでもないことをする者がいるのだ。いてしまうのだ……。


 ━━━━━


 シーフとメイジ。

 今回は本名を伏せ、仮名とさせてもらう。


 その日、二人の女冒険者が登録を抹消した。平たく言えば廃業である。

 でも私はホッとした。はっきり言って彼女らに上位ランクへ行ける才能はない。うら若き女性が危険な仕事にしがみつくより幸せかもしれないから。


 ギルドの酒場では、顔見知りの冒険者たちによってささやかなお別れ会が開かれた。これが彼女らにとって、最後の幸せな記憶になったのだろう……。


 その晩、商業地区のとある大店おおだなが盗賊の被害を受ける。幸い怪我人はなかったが金蔵かなぐらがごっそりやられ、このままでは首をくくるしかない状況らしい。しかも手代てだい(中級の使用人)のひとりが失踪したという。


「そいつが引き込んだ」


 町の噂はもっぱらそうだった。ちなみに引き込みとは盗賊とグルになって内側から扉を開ける者のことだ。

 なんでもその手代は同僚に差をつけられてて、店での扱いに不満を持っていたらしい。かなり黒寄りのグレーといえる。


 ━━━━━


「どうか、どうかこれで」

 なけなしの金貨が入った袋を手に平身低頭する老人。被害を受けた店の主だ。

 むろん領主様の兵も調査に当たってはいるが、藁にもすがる思いで冒険者ギルドに犯人探索と捕縛、盗まれたお金の奪還を依頼してきたのである。


 もちろん受理はする。

 でも受ける人がいるかは別だ。


 それはそうだろう。向こうもダメ元とはいえ、雲をつかむような話だもの。それに報酬も安い。


 でも私だって鬼じゃない、助けてあげたい気持ちはある。

 情だけではない。この人のお店は、廃業した冒険者の雇用や口利きなど、再就職の手助けをしてくれたことが何度もあったのだ。見捨てればギルドの印象が悪くなるだろう。


 となると……


 ━━━━━


「俺ですか?」


 私はある冒険者に打診した。


 魔法剣士ヒデト。かつてこの町を拠点としていた勇者ジュリアさん(存命なので誤解なきよう)の息子さんで、若いながらも現在ギルド最強と言われる逸材だ。


 私は公私の両面でジュリアさんと親しかった。育児の相談にもよく乗った。つまり彼にしてみれば母親の友人というわけだ。なので彼は、余程のことでない限り私の顔を立ててくれる。


「成否に関係なくランク査定は考慮するわ。不本意だろうけど、受けて貰えないかしら?」

「マスターがそうおっしゃるなら。ただ期待はしないで下さい。俺はしょせん武芸者、捜査は専門外ですから……」

「ありがとう、ヒデトくん」

「となると、ロッタの助けが要るな」

 ヒデトくんは一人の冒険者に声をかけた。


 ロッタ、本名カルロッタさん。

 シーフと同じ斥候スカウトの少女で、リンゲックの町に来たヒデトくんと最初に仲良くなった冒険者だ。一部では彼の本命とも噂されているとか。


 彼女は戦闘に関してはそこまで強くない。だが情報通でコミュ力が高く、スカウトということもあって、いわば偵察や探索の専門家である。

 ロッタさんが元々知っていた噂話、さらに店での聞き込み、領主様の兵による調査報告、各城門の門番らの証言をまとめ、以下のことが判明した。


 ①失踪した手代は登録抹消した二人としばしば会い、泥酔して愚痴っていた。

 ②抹消した二人のどちらか、もしかしたら両方が、確証はないものの手代とは肉体関係にあったとの噂。

 ③早朝、城門が開くと同時に街道に向かう一団がいた。男性一人、女性二人。フードで顔を隠していたのに加え落ち着かない様子だったので、門番はこれを覚えていた。


「なあロッタ。もしかして」

「考えたくはないけどね」


 見当違いであってほしいけど、二人が手代をそそのかして引き込みをさせ、町を去るように見せかけて三人で逃亡したのでは……と思えてくる。

 陳腐な話ではある。でも精神的に追いつめられた人間は思慮が足らなくなり、普通ではありえない杜撰ずさんなことをするものなのだ。


 ひとつ例を挙げよう。指紋をつけないため手を覆っていた空き巣が逮捕された。なぜか? 靴下を手袋がわりにしたため、床に足の指紋がついていたのだ。信じられないだろうが実話である。


「馬に身体強化ブーストの魔法をかければ追いつけるか?」

「急ごう。時間との勝負だよ」

 数人の兵も加えて追跡が始まった。


 ━━━━━


「ありがとうございます、ありがとうございます」

 再度涙で顔を濡らす店主、でも今度は嬉し涙だ。盗まれたお金がそっくりそのまま戻ってきたのだから。


 見事やり遂げたヒデトくんとロッタさん、でもその顔に喜びの色はない。


 当然だろう。報告の内容は、胸がむかつくものだった……


 ━━━━━


 蛇の道は蛇。餅は餅屋。ロッタさんは同業者であるシーフの気持ちになって行動を推測――犯罪用語でいうプロファイリングだ――し、みごと追いついた。彼女はこういう場面ではきわめて有能だ。


 街道から少し奥に入った森の中、メイジと手代らしき男性の二人が倒れていた。どちらも血まみれで、既にこと切れている。

 前者は喉をひと突き。後者は防御したのか腕に傷を負っていたが、腹部の刺し傷が致命傷となっていた。


「死後硬直が始まった頃か。杜撰なもんだ、ここまで来たら誰でも追える」

「だね。刺したほうも傷ついたんだろう、血痕がある。それに足跡も隠してない。気が動転してるね」


 しばらくして……


 森の中から、女性の悲鳴らしき声が聞こえた。

 急ぎ向かった彼らが見たもの、それは――とくにロッタさんにとっては――不快極まるものだった。


 森の中、少し木々がまばらになった場所に、革鎧の破片と衣類の切れ端が散乱している。その先には、下卑げびた笑い声をあげて騒ぐ男たち。

 うち一人は下半身を半分露出させ、うつ伏せに近い格好で腰を激しく前後し、勢いよく叩きつけるような動きを繰り返していた。


 その下には……。


 おおかた山賊のたぐいだろう。そして場所は官権の手が及ばない森の奥。


 脳みそが下半身にあるようなけだものが若い女性を見つければ、やることは一つしかない。口にするのもおぞましい、女性として最も不快で、最も憎むべき行為がそこで行われていた。


 理性も品性もない、欲望だけで生きてる暴漢の知能なんてその程度なのだろう、彼らはヒデトくんらに全く気づかない。


「……いくら襲われてるのが犯罪の容疑者とはいえ、反吐が出そうだよ。どうするの、ヒデト」

「とっとと片づける。あんな奴らを斬っても刀の汚れだ」


 ヒデトくんは光弾マジックミサイルの魔法を発動。これは投石ほどの威力しかないが、こめかみや後頭部に直撃させれば並の人間を気絶させるくらいはできる。


「うっ……うっ……。畜生、畜生っ」

 泣きながら汚れを拭うシーフに、兵のひとりがマントを羽織らせて言う。

「とりあえずこれを。落ち着いたらリンゲックに戻るぞ。色々と聞きたいことがある」


 ━━━━━


 証言のためヒデトくんとロッタさんも同席した取り調べ。兵の尋問によって事件の全容が明らかになる。もはや死罪は免れないと悟ったのか、シーフは何もかも喋ったそうだ。


『あんたはそんなとこにいる器じゃないよ。正当な評価をしない店なんか見限って、目にもの見せてやろうじゃん。元々はあんたの才覚で稼いだカネだ、あんたが貰って何が悪いのさ』


 金策に窮した二人は、偶然知り合った手代を女の武器まで使っておだそそのかして引き込みをさせる。メイジが催眠スリープの魔法を使ったため、人的被害が出ずに済んだのは幸いだった。


 シーフは近道があると偽って二人を森へ誘い込み、金の独り占めと口封じのために殺害。


 しかし手代が悲鳴を上げ、返り血も浴びたため街道に戻ることもならず森の奥へ逃走。そこで騒ぎを聞きつけた山賊に見つかり……。


「ふん、あんな愚鈍うすのろじゃ出世できなくて当然だっての。なのに気位だけは高くってさ、ベッドじゃまるで王様気取りだったよ。女を抱いてる時だけ、支配者の気分になれたんだろうね。あたしは内心『下手だな』ってうんざりしてたのに」

「そうやって引き込みをさせたのか。二人を殺したのも間違いないな?」

「独り占めすれば最高の装備が買えたからね。それさえありゃあたしだって……。あのカネで、あたしは冒険者として再起するはずだったんだ」


 思うところあったのか、ヒデトくんがつぶやく。


「どんな装備を揃えようと、仲間を裏切る人間が大成できたとは思えないがな。冒険者に限らんが……」

 だがこの一言はシーフの逆鱗に触れたらしい。


「あんたに何が分かるってんだ! ママは勇者で大金持ち、ガキの頃からいいもん食って、カネに糸目をつけない英才教育。武器も防具も魔法のポーチも、ぜ~んぶママが買ってくれた! そんなあんたに、ゼロどころかマイナスから成り上がろうと、地べたを這いずり回るあたしら底辺冒険者の何が分かるんだよっ!!」


 そしてふて腐れたようにそっぽを向き、彼女は吐き捨てるように言った。


「羨ましいよ、綺麗事を言える人がさ。はん、もう話すことはないね」


 これで聴取は終わった。処刑まで人生最後の数日を過ごす牢獄に連行されるシーフは、ふとロッタさんのほうを振り返って皮肉な笑みを浮かべる。


「ああ、そういや羨ましい人がもう一人いたわ。カルロッタ、あんただよ。勇者様のガキをたぶらかして、ずいぶんいい思いしてるらしいじゃん。もうヤったの? 気持ちよかった? はっ、あたしもあんたみたいなロリ体型だったら、もう少しマシな男を捕まえられたのかねぇ」


 ━━━━━


 夢を諦めずもがき続けた彼女が、長い旅の果てにたどり着いた場所――それは処刑台だった。

 見届け役の僧侶が最後の祈りを唱え続ける中、死刑執行人が斧を振りかざす。


「嫌ぁぁぁーっ! 許して、殺さないでぇーっ! 助けてよ……父ちゃん……母ちゃん……」


 広場に、今日一番の歓声が上がる。

 私は暗澹あんたんたる気持ちで天を仰いだ。

五千文字だと、どうしてもダイジェストになっちゃいますね。といって前後編に分けるほどご大層な話でもないし。


シーフ

ゲームなんかだと、作品によっては最強装備のレベル20が初期装備の50より強かったりしますからね。そりゃ手段を選ばず手に入れようとするヤツはいますよ。

短編だから普通に処刑されるだけで済んだけど、前後編だったら「手代の子を妊娠してた→出産まで処刑は延期→胎児が成長するにつれ死ぬのが怖くなる→産んですぐ引き離され『一度でいいから抱かせて』と泣き叫ぶ」くらいの描写は追加されたと思う。


メイジ

文字数の都合で台詞もないまま死んだ可哀想な人。


手代

バラバラに逃亡しなかったってことは、カネを三等分して持ってて全員が同じことを考えていたのでは……


山賊

処刑された人の中にいたか奴隷落ちしたかは不明。


主人公

設定ではジュリアより二十歳ほど年上、友人というより恩人である。そりゃヒデトも従順になるよね。


ヒデト

勇者の息子と注目される若手のホープだが、全員が好感を持ってるわけもなくシーフと同じ考えの者も割といる。なおママンに装備を買い与えられたのは事実だけど、それはあくまで餞別。その気になれば自力で揃えられた。


ロッタ

実はヒデトより年上。話の都合で超有能になった(前後編なら鼻が利く獣人や複数の小動物を使役するテイマーが出てきたと思う)ラッキーガール。なおまだヤってない。これまた皆が好意的なはずもなく「強いけど世間知らずな勇者の息子に取り入った腰巾着」と思ってる者も。ところで報酬は九割この娘の取り分でいいよね? ぶっちゃけヒデト、この娘に泣きついただけで何もしてないし。


三人が徒歩で逃走したのはなぜだろう。単純に乗馬ができなかったのだろうか。馬は高価なうえ維持費もかかるし、そもそも狭い城塞都市での日常生活には無用の長物。低級冒険者や手代には縁がなくても不思議はない。


床に足の指紋

作中ではこの世界の出来事のように書かれてるけど、正しくは地球での話。昔何かで読んだ記憶がある。


書いてから気づいたけど、話の元ネタは隆慶一郎氏の「捨て童子・松平忠輝」もあるかも。たしか家康が忠輝に「お前のように恵まれた才を持つ者は、持たない者には殺したいほど憎く見えるのさ」って言うシーンがあった。

しかし、自分で書いといてなんだけどウケんわこれ。私も含めて世の中の人間は殆どがシーフの側だ。そして大半の読者が求めてるのは彼女が報われる展開だろうから。

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