008 絨毯の騎士・ダニエル
冒険者になる人は様々だ。
なぜなら、年齢や経歴を一切問われないから。
そして身分も。
自分から魔物の巣窟に入り命がけで戦う彼らは、一般人からは「理解に苦しむ戦闘狂」みたいに思われがち。
もちろん大半は生きるために戦ってるんだけど、中には(ジャンキーかは知らないけど)戦うために生きてる人たちもいる。冒険者という職業は、騎士などの武者修行の定番コースなのだ。
エスパルダ王国は、その名のとおり剣によって建国されただけあって武勇を尊ぶ。名を上げて仕官を狙う武芸者や、英雄的な武勲を夢見る騎士たちは、いつの時代にも各地の冒険者ギルドに所属していた。
でも、近年は貴族のモラルが腐敗し、家柄を笠に着て恣に振る舞う「絨毯の騎士」と揶揄される若者が増えて問題になっている。
ここ迷宮都市リンゲックにも、そういう人はいた……。
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「お願いです、離してくださいっ」
それは、私が魔法使いたちの集会で野暮用を済ませ、ギルドに戻る途中ひと休みしようと、行きつけの茶店に立ち寄ろうとした時のことだった。店の奥から、女性の悲鳴にも似た声が聞こえてきたのだ。そこで見たものは……
「いいから相手をしろ」
「で、ですからうちは普通の茶店で、そういうお店じゃ……」
「無礼な! この僕が命じているんだぞ」
評判の看板娘である店のお嬢さんに、しつこく絡む男性客の一団。リーダーとおぼしき人物の豪奢な鎧、派手なマントには見覚えがあった。
騎士ダニエル。つい先日リンゲックに来て冒険者登録をした、ある子爵家の次男坊と、その取り巻きたちだった。といっても本人は登録のみで、地下迷宮に潜るのは取り巻きだけらしい。
いずれ重く用いると見返りをちらつかせ、危険な仕事をやらせては上前をはねる。これが「絨毯の騎士」たちの常套手段という。約束を守る気があるのかは言わぬが花だろうが、自力で成り上がる才覚のない者は、こういった手合いに媚びへつらうことが少なくない。
それはともかく、貴族だろうと登録している以上は冒険者。ギルマスとして、いやそれ以前に大人として女性として放ってはおけない。
「あなたたち……」
彼らに声をかけようとしたその時だ。後ろから綺麗な、そして聞き慣れた声が響いた。
「お止しなさい! 女の子が嫌がってるでしょう!」
「あ、ジュリアさん」
長く艶やかな金髪、吸い込まれそうな青い瞳。すらりとした長身、でも出るとこは出て引っ込んでるとこは引っ込んでる。控えめに言って超がつく美人。
「桜花の剣士」ジュリア。リンゲック最強の冒険者だ。その実力と美貌、また喜捨(社会的弱者への施し)の気前よさや、国王陛下の命を救ったこともある功績から、「勇者」と呼ばれている女性だった。
ちなみに、時に「子連れ勇者」とも。今も可愛らしい男の子を連れている。武装はしてないから、今日はお休みで息子さんとお茶でもしに来たのかしら。
「なんだと? 女の分際で生意気な」
「待ってくださいダニエル様。コブつきだけどすごい美人ですよ」
「無垢な生娘もいいですが、経験豊富な美女も一興かと……へへへ」
「確かに。よし女、お前が代わりに相手をするなら、娘は離してやるぞ」
ああ……この子たち、登録して間もないからジュリアさんを直に見たことがないのね。それとも普段着だから、同業者と気づいていないのかも。
「ええ構いませんよ。全員まとめてお相手しましょう」
「ひゅ~! 話が分かるな! もしかして旦那とご無沙汰とかぁ?」
下卑た笑いを浮かべ、取り巻きの一人がジュリアさんに近づく。しかし、その伸ばした手は……
「あがががが!」
なにやら複雑な関節技に極められ、ひねり上げられた。
「何を勘違いしているのかしら? あなたたち全員、口の聞き方を教えてあげるって言ってんのよ。さあ表に出なさい。ここじゃ他のお客さんに迷惑でしょ?」
数分後、表通りには若者たちが蹲っていた。丸腰だろうと相手は勇者。並(以下)の戦士数人でどうこうなるわけがない。
「これに懲りたら、もう少し礼儀をわきまえることね。まあ貴方たちだって若い男だから、女の子とイチャイチャしたいのは分かるわ。でも、力ずくなんてみっともない真似はダメ。女が欲しければ男を磨きなさい」
そう言って、ジュリアさんはふと遠い目をする。
「いい男になれば、女の方から寄ってくるわよ。あの人と出会った頃の私みたいにね……」
ここで私は仲裁に入った。さすがにギルド構成員同士のもめ事をこれ以上傍観はしていられない。これにて一件落着。
だったらよかったんだけど。
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数日後。朝の冒険者ギルドは、例によって依頼を貼り出す掲示板の前に人だかり。その中には桜色の鎧をまとい、日輪の飾りがついた兜を抱えたジュリアさんの姿もあった。
「目ぼしい依頼はないわね~。テキトーに素材でも狩るか」
彼女がそう呟いたとき、ギルドに二人の人物が駆け込んできた。
どちらもエスパルダ人には珍しい、黒髪の女性だった。片方は見たとこ二十代半ば、もう一人は六~七歳の幼女。そっくりだから親子だろう。激しく息を切らしている様子から、ただならぬ事態と分かる。
「はぁっ、はぁっ……ジ、ジュリア、さんっ……!」
「!? エマ!? どうしたのっ!?」
後で知ったのだが、このエマという女性はジュリアさんが逗留している「樫の梢亭」という宿の女将さんだそうだ。そして娘さんのほうが、のちにSランク冒険者となるリーズさんの幼き日の姿だった。
「うわぁぁぁんっ! ジュリアさぁぁん!」
「ごめんなさい……私が、ついて……いながら」
号泣するリーズさん。エマさんも涙を流しながら手紙を差し出した。それを見て勇者の目が怒りに染まる。
事のあらましはこうだ。
先日の一件を逆恨みしたダニエルたちは、ジュリアさんには敵わないからと、あろうことか息子のヒデトくんを人質に取ることを思いついた。そして彼女が宿を出たのを見計らって、樫の梢亭に押しかけたのである。
少年とはいえ、剣を持つような歳になるとかなり体格がいい。ましてや相手は複数だ。平均的な成人女性が抵抗できる相手ではない。
それでもエマさんはヒデトくんを預かっていた責任感から、断固として引き渡しを拒否した。しかし、このままでは彼女やリーズちゃんが危険と判断したヒデトくんは、自ら彼らについていったのだという。
『町外れの六番倉庫』
とだけ書かれた手紙には、ひと房の黒髪と、その日ヒデトくんが着ていた服の切れ端が添えられていた。
とんでもない話だ。これでは誘拐ではないか。しかも堂々と。
家の権力を笠に着てのことだろう。あえて露骨にやるところに、「貴族は特権階級だから何をしても許されるんだ」という驕りを感じる。その一方で脅迫めいたことは書いておらず、いざとなったら「子供と遊んであげていただけ。親御さんが心配しないように置き手紙したのを、相手が勝手に勘違いした」とか適当な嘘で言い逃れできるようにしているのが卑劣だ。
当たり前だが許されることではない。家を出た解放感から調子に乗りすぎたのか、臆病風に吹かれたと仲間内でナメられるのが嫌だったのかは知らないが、はっきり言って世間知らずな幼児の暴走である。
「あンのガキどもっ!!」
いつも温和で、少しのほほんとしたジュリアさんだが、この時は怒髪天を突くかのごとくだった。まだ泣いているリーズさんを優しく撫でながら彼女は言う。
「大丈夫よリーズちゃん。あの子のことは、このくらい何とかできるように育ててるからね。すぐに私が連れ戻してあげる。そしたらまた遊んであげて」
これはもう個人間で済ませていい問題ではない。私は職員のひとりを領主様の屋敷に向かわせ、自分は指定された場所に同行した……。
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やってきた六番倉庫。いやらしい笑いを浮かべた若者たちの前に、黒髪の幼児が後ろ手に縛られていた。幸いにもまだ無傷だ。
「どうやら貴方たちには、いい男になる素質はなかったみたいね。うちの子を返してちょうだい」
「どういうつもりですか! これはもう見逃せません!」
ジュリアさんと私は彼らに詰めよるが……
「な~に勘違いしてんすかマスター。俺たちは子供と遊んでやってただけっすよ?」
「そうそう。これは戦ごっこ。この子は捕虜の役。本気になっちゃってウケる~」
人をおちょくった態度。人質がいれば、さすがの勇者も手出しできないと分かっているからだ。そして……
「だが女、その言葉は聞き捨てならんなぁ。まるで僕たちが人拐いみたいじゃないか。勇者だか何だか知らないが、平民ごときが僕をそのように扱うとは許せん。無礼討ちにしてやる」
ダニエルは取り巻きに目配せし、腰のものを抜き放つ。
抵抗するなら子供を殺す。そう言っているのは明らかだった。
「何てことを! それでも騎士ですか!」
私は声をはり上げるが、彼は聞く耳を持たない。
「黙っててもらおうか。ギルマスとはいえ貴女は平民だ。身分をわきまえてもらいたいな」
そして勝ち誇った表情でジュリアさんに抜き身を突きつける。傲慢さと幼稚な甘えがにじみ出た、いやな顔だった。
「ふん、勇者とはいえ、こうなっては無力だな」
「それは人質がいれば、の話でしょ?」
「なんだと?」
「ヒデト! もういいわ、逃げなさい!」
ぴかっ。
次の瞬間、取り巻きたちの眼前で、小さな閃光がきらめいた! 彼らは反射的に目を抑え、うち一人は持っていた縄を手放してしまう。その一瞬を見逃さず、ヒデトくんは素早く駆け出した。
「ぐっ、このガキ!」
追いかけようとする取り巻き。でも……
「うわっ!」
何かにつまづいて転倒した。見れば彼らの足下に、半透明の小さな板のようなものがある。それは一拍の間をおいて、光の粒子となって消滅した。
――照明と盾の魔法!?
私は絶句した。こんな幼子が!?
どちらも比較的ありふれた魔法ではある。でもこの歳で修得しているなんて、もと宮廷魔法使いの私でさえ聞いたことがない。
「私がそんな間抜けな子育てをしているとでも思った? 油断しきった素人くらいからなら、いつでも逃げられるよう色々教えてんのよ」
「き、貴様!」
「先に抜いたのは貴方よ。刃を向けた以上、覚悟はあるわよね?」
ジュリアさんが刀に手をかけた。ぞっとするような殺気がその場に満ちる。
「ひっ! ……あ、あ、あ」
ダニエルは剣を取り落とし、へろへろと尻餅をつく。取り巻きたちもだ。みな涙と鼻水を垂れ流し、それどころか失禁している者すらいた。
格が違いすぎる。だが彼女は容赦しない。これはわが子に危害を加えられた母の怒りなのだ。私だって息子を拉致されたら同じことをするだろう。でも結局、死をもたらす刃が鞘を離れることはなかった。
「それまで! この一件、私が預かる!」
領主様のご子息が駆けつけたのだ。
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ダニエルたちは白を切ろうとしたが、聖遺物(聖人の遺骨など。これを前にして嘘をつくことは神への冒涜で、地獄に落ちるとされる)を前にしての証言を命ぜられ、観念して口を割った。
国王の命を救った勇者、その息子を誘拐しての殺人未遂事件だ。話は王都にまで届き……
「騎士とは王の道を切り開く剣であり、民を守る盾である。それが幼児を人質にしてご婦人を脅すなど、言語道断!!」
当然、陛下は激怒。
子爵家はドラ息子を呼び戻し、彼はほどなく病で亡くなった……真相は言うまでもないだろう。それでも監督不行き届きの罰は免れず、男爵に落とされ領地の半分を没収された。本来なら取り潰しのところを、親戚らの嘆願で減刑してもらえたらしい。
が、この親にしてこの子ありと言うべきか、もと子爵とその一族はジュリアさんとヒデトくんを恨み、王位継承戦争では二人と対立する陣営につく。しかし復讐の機会を得ることなく、全員がまったく別の戦場で、ある者は流れ矢に当たり、またある者は乱戦の中で最期を遂げた。
かくて今度こそお家は断絶。
取り巻きたちのことは知らない。
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「執筆お疲れ様。ひと休みしてお茶でも飲むかい? 君の好きなお菓子もあるよ」
「あらあなた。ありがとう、いただくわ」
紅茶を淹れてくれる夫を見ていると、あの日のジュリアさんの言葉が思い起こされる。
『いい男になれば、女のほうから寄ってくるわよ』
――ええ、分かるわ。私だって同じだもの……。
私は夫に寄り添い、そっと背中を抱きしめた。
絨毯の騎士
実際にあった言葉。槍働きをせず、家の権力や上役への追従で出世した騎士をいう。
ダニエルほか
典型的ザコ。なお取り巻きは追放か奴隷落ちか、とにかく何かしら処罰されてる。
主人公
武芸者がバトルジャンキーなら、この人は紅茶ジャンキーである。きっとこの後、いい男の旦那にもたれかかって飲んだに違いない。お婆ちゃんのイチャイチャが誰得かは知らん。
ジュリア
四話で主人公に「勇者は暴力振るう天才なだけで人間性は別ね」と、五話でメイベルに「悪気ないから余計タチ悪いんだよナチュラル外道」と言われた(※いずれも意訳)せいか、今更いい人ぶってるらしい。
メイベル「でも子供やられて怒ったのは四話のストーアウォームも同じですよね。それは殺しておいてアレとか」
ジュリア「ぐぬぬ」
何をやっても鬼畜呼ばわりから逃れられない勇者。人間、悪いことはできないのね。
エマ&リーズ
宿屋の女将さんとその娘。主人公や勇者に負けない美人。
ヒデト
幼児に魔法を教えるのは魔力制御とか魔力切れの健康的リスクとか色々問題がありそう。そりゃ黙ってやられるよりマシだろうが、勇者の育児は正しいのだろうか。