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003 メイベルさん、魔法の使用は計画的にね

細かい数字はなるべく出さないで書いていますが、主人公の引退も近い頃の話です。それにしてもどんだけ紅茶好きなんですかねこのお婆ちゃん。

 その日は朝から胸騒ぎがした。こういう時の嫌な予感は、当たらなくてもいいのに当たると相場が決まっている。

 案の定、朝の業務が一段落して軽くお茶していたところ、唐突に町中の教会や鐘楼から、けたたましい鐘の音が響いた。


 スタンピードだ!


 スタンピード、それは地下迷宮ダンジョンからモンスターが溢れ出てくる異常事態で、ダンジョンの近郊にある都市にとって、時に壊滅的な被害をもたらすことさえある、恐るべき災害だった。


 私は(ちょっとはしたないけど)紅茶を一気に胃に流し込み、非常時には集会所となるギルドの酒場へ向かう。冒険者とて年中無休でダンジョンに潜っているわけではない、休養のため町に残っている、あるいは今からでも戻れるメンバーを確認するためだ。

 もちろん町には領主様の兵もいるけど、有事の際には冒険者も防衛戦力に加わる……というより、対モンスター戦のプロである彼らこそ、先頭に立たねばならない。ギルドの社会的な信用のためにもね。


 それに、現在リンゲックの町には、王女殿下が魔法を学ぶため留学中なのだ。彼女の身に危険が及ぶことは、絶対にあってはならなかった。


 ━━━━━


「スタンピードかぁ。私がリンゲックに戻ってからは初めてねぇ」

「報告をまとめると、敵は悪魔デーモン精霊エレメント系が中心で、数は確認できている範囲で千二百ほどですわ」

「城壁に到達するのは、推定六時間後とのこと、です……」

「俺たちは準備万端、いつでも行けますよ、マスター」


 デーモンやエレメントが千体以上!? 過去最大、常識はずれの規模だ!

 でも、どこかホッとしている私がいた……()()がいたからだ。


 ギルドの酒場には休養している冒険者がよくたむろしている。急に美味しい依頼が来ることもあるし、今回のような非常事態に備えるためでもある。まあ、大抵は飲み食いしながらゲームとかで息抜きしてるんだけど。


 そして幸運なことに……たまたま今日は、数々の英雄的な活躍ののち一旦は隠遁生活を送るも、どういう風の吹き回しか冒険者ではなく彼らの指南役として現役復帰した勇者ジュリアさん、その息子で、今や個人の武勇だけなら母を超える勇名を轟かせるヒデトくんの二枚看板をはじめ、ギルドで最強の顔ぶれ、Sランクの猛者たちが勢揃いしていたのだ。聞けば、今日はジュリアさんのもとで合同訓練を行う予定だったらしい。


「さて、と。あなたたち、予定変更よ」

「訓練が実戦になったか」

「デーモンやエレメントでは、ジュリア様の稽古より、だいぶ()()()ですがね」

 ドッと笑い声が上がる。この状況でなお軽口を叩けるのは、さすがSランクといったところか。

 ともあれ、このピンチに二枚看板がいてくれたのは大きい。デーモンやエレメントは確かに強力なモンスターだが、それでも二人の敵ではないし、なにより強い味方の存在は士気を高めてくれる。


 ダンジョンとの位置関係から、激戦区になると思われる城門は二ヶ所。ギルドには領主様も駆けつけ、激励の演説ののち、それぞれにジュリアさん率いるチームと、ヒデトくんを中核とするチームを向かわせる指示を出した。ある程度の戦力は遊撃部隊および防衛要員として町に残る。これでまず心配はなかろう。


「それにしても……異常な数だ。なぜこんなことが」

 領主様のつぶやきに、ジュリアさんは艶やかな金色の髪をセットしながら言う。

「さあ? 魔王でも復活するんじゃないですかぁ? うふふ」


(……っ!)

 私はぞっとして背筋を震わせた。冗談めいた口調ではあったが、勇者の瞳には狂気を感じさせる、暗い光が宿っていた……。


 ━━━━━


 ジュリアさんは知っていたのだ。魔王の襲来が迫っていたことを。この世界と魔界との距離が縮まっており、それがスタンピードの規模が異常な原因であることを。

 私が彼女と魔王の因縁を、彼女の心に潜んでいたどす黒い憎悪を知るのは、もう少し先のことになる。

 短いつき合いでもないのに彼女の苦しみに気づけなかったこと、十分に寄り添ってあげられなかったことは、私の人生において、最も悔やまれる過ちのひとつだ。


 ━━━━━


 町の外から、風に乗って勝鬨かちどきが聞こえてきた。まあ、あの顔ぶれなら当然ね。

 でも、大変なのはここから。ダンジョンからモンスターが溢れてきたということは、そこに潜っていた冒険者たちが被害を受けている可能性がきわめて高い。休息もそこそこに、勇者率いる救出部隊がリンゲックを発った。


 待つこと二日。


「覚悟はしていたけど……文字で見せられると気が滅入るわね」

 被害状況の報告を受けて、私は嘆息を漏らした。

 複数のパーティが壊滅。遺体が原型を留めて戻ってきたなら、まだしも幸運といったありさま。ため息のひとつも出るわよ。

 けど、いつまでも凹んではいられない。私はギルマス、冒険者たちのリーダーなのだから。


 報告書に目を通したのち、私はギルドの酒場に向かった。ここは集会所だけでなく野戦病院にもなる。

 床に毛布が敷かれ、複数の冒険者が苦しげにうめいていた。幸運にも救助された人たちだ。治癒魔法を使える者が総出で対応したから、生命の危機にある者はもういない。けど、何割かは廃業ね……。


 片隅に、カーテンで仕切られた一角がある。女性の怪我人がいる区域だ。


「うぅ……痛い……痛いよぉ」

 その一人、亜麻色の髪の魔法使いが、端正な顔を激痛に歪ませ、両目を覆ってすすり泣いている。右足は、太ももの真ん中あたりから無くなっていた。


(メイベルさん……だから何度も言ったじゃない。魔法使いに大切なのは、その状況で最適の魔法を使うことだって)


 ━━━━━


 魔法使いメイベル。幼少の頃から天才と言われ、宮廷魔法使いにスカウトもされたらしい。が、堅苦しい宮仕えを嫌い、自ら冒険者となった美少女だ。

 事実、彼女の魔法の適性は相当なものだった。自分で言うのもなんだけど私、あるいは宮廷魔法使い時代の後輩ジョゼット、Sランク冒険者のリーズさん、ジェイク、セインくんに匹敵するだろう。


 でも、彼女は才能とは別に、人格に問題があった。


 自己顕示欲が強すぎたのだ。さらに、他人を見下し嘲笑するような、感心できない態度も目立った。その才能と美貌ゆえ、幼い頃からチヤホヤされすぎた弊害だろうか。

 彼女の戦いぶりを見た者は、口を揃えて「オーバーキルが過ぎる」と言っていた。ゴブリンなどの対して強くもない魔物に、強大な魔法を撃ち込むのだ。己の才能を、圧倒的な力を見せびらかすように。


 これはリーズさんへの対抗意識もあったようだ。自分と同等、もしくはそれ以上の才能と美貌を持ちながら、大人しい性格で目立つのを好まない彼女への……。

 そしてそのリーズさんはジュリアさんのグループにおり、ジュリアさんは必要最低限の攻撃しかしない。だからジュリア派とも言うべき人たちはオーバーキルを好まず、必然的にメイベルさんとは反りが合わなかった。


 これに彼女は尚更意固地になり、過剰な攻撃をする悪癖がエスカレートしていったという。


 要は魔力の無駄遣いだ。当然、継戦能力に悪影響が出る。でもそこは天才の彼女のこと、普段のダンジョン探索や、常識で考えられる範囲のスタンピードなら、帰還まで余力があった……が、今回は異常な大量発生。さすがに予測の範囲を超え、ついに魔力切れを起こしてしまったのだ。

 パーティに死者が出なかったのは幸運だった。たまたま狭い隙間に隠れてやり過ごせたらしい。


 それからしばらく、冒険者ギルドはてんてこ舞い。登録抹消を余儀なくされた者が多数出たため、それらの事務処理、また再就職の斡旋(ジュリアさんの肩書きから察しがつくと思うが、ギルドは構成員に訓練も施す。なので引退した元冒険者が犯罪に走ったりすると世間がうるさい)など、やることは山積みだった。


 比較的軽傷だった者は、農業や畜産などの現場に落ち着いたり、町の衛兵に取り立てられたり。商人ギルドで再スタートを切れた者、冒険者ギルドの職員となった者もいた。モンスターが跋扈し戦乱も絶えない昨今、どこも人手不足のご時世である。


 重傷でも、魔法の適性が高い者は恵まれていた。炎の魔法が得意な者は衛兵に、水なら防災、消防要員に。氷の魔法が使える者は、飲食店で消費される氷を作ったり。冒険者として一攫千金の夢には破れようとも、慎ましくその日の糧を得ることはできた。


 そしてメイベルさんは、巻物スクロールポーションといった消耗品の魔道具マジックアイテムを製造する工房に拾われ、職人として第二の人生をスタートさせる。冒険者を廃業したのは片足を失ったこともあるが、元々魔力の無駄遣いと高慢な態度に眉をひそめていた者が多かったため、やらかした彼女と組みたがる者がいなくなったのが決定打になったらしい。


 ━━━━━


 ギルドには売店があり、スクロールやポーションの他、地図に羊皮紙、矢立やたて(筆記用具を携帯するケースとインク壺をセットにしたもの)や携帯食料などが、専門店ほどの品揃えではないものの販売されている。

 今日は魔法工房からの入荷予定日。もうすぐお昼という頃、微かに馬の蹄と車輪の音が聴こえてきた。荷馬車だ。


 搬入口で御者の男性と挨拶を交わす。配達の受け取りは、本来はギルマスの私自ら行う業務ではない。でも、今日は特別。なぜなら……


「お久しぶりです、マスター。冒険者は廃業しましたが、これからは魔道具職人として、また宜しくお願いします。早速ですが、受け取りのサインを」


 メイベルさんの、初めての配達業務の日なのだから。


 ここで丁度正午になったため、せっかくなのでお昼をご一緒することに。近況報告や世間話を経て彼女は言った。


「アイテム造りはただ大火力を打ち込んでいた頃と違って、最適な魔力調整が大切ですから、毎日が勉強と発見の連続です。最近、やっと魔法の奥深さに気づけた気がします」

 その眼差しに、かつての高慢さはもうない。


「冒険者時代の私は、自己顕示欲を満たすために周囲を危険に晒していた。もしあの日、誰かが命を落としていたら、どうなっていたやら」

 自嘲気味に笑い、紅茶を一口飲んでから彼女は続ける。


「あの頃の――と言ってもつい数ヶ月前ですが――私は、魔法が好きなんじゃなくて、注目されることと、人を見下すことが好きだったんです。それが出来る、人より優れているのが、たまたま魔法だっただけ。でも、欲を満たすことしか頭になくて、周りからどう思われているかには無頓着だった。愚かでしたね……気づくのが、少し遅かったですけど」

「そんなことはないわ。あなたはまだ若いもの、これからいくらでも取り戻せる。マジックアイテムの匠として名声を勝ち取ればいいのよ。人を見下すのは止めたほうがいいけどね」

「そう、ですね。ええ、こうなったら魔道具職人として、人間国宝を目指しますよ!」

「その意気よ。応援しているわ」

「はい!」


 ━━━━━


 その後、メイベルさんは研鑽を重ね、生来の才能もあって魔道具職人の名声を揺るぎないものにしてゆく。そして取引先の若旦那に見初められ、猛アプローチを受け結婚。二人の子宝にも恵まれた。

 その一方、魔王軍との戦いでは現役復帰して守備隊に加わり、今度こそ私利私欲ではなく、大切な人々のためにその力を使った。彼女は傲慢さゆえに過ちを犯し、片足を失うという大きな代償を払ったが、人として大きく成長したのだ。


 私は今でも時たま彼女と会うが、わが子を抱きしめるメイベルさんの優しい眼差しは幸せに満ちている。もと冒険者としては、十分な成功と言えるだろう。


 当初、本人が目指していた結末とは違っていたかもしれないけれどね。

メイベル

基本バッドエンド予定の本作において多少の救いがあったタイトル詐欺ガール。しかも勇者サイドの話を書くなら再登場しそう。だが考えてみてほしい。男と美少女で扱いが違うのは当然ではなかろうか?


ジェイク、セイン

いずれもジュリアのグループに属するSランク冒険者。


ジョゼット

主人公の後輩。王女の家庭教師にして護衛部隊の隊長。なので今回出番はなかったが町にいた。


王女様

今回出番なし。魔法使いの適性があるらしい。

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