002 剣の力に頼りすぎた男、イグナシオ
「止めきれなかった。俺たちが殺したようなものです」
「ダンジョンは逃げたりしないから、無茶はするなって言ったんですけど」
「もう少しだったのに……ギリギリで薬も魔法も切れて」
冒険者全体で見ても、中堅どころ以上に位置するパーティ。四人のうち生還を果たした三人が、自責の念からだろう、人目もはばからず泣いていた。不幸にも犠牲となった仲間の遺体は、城門からギルドまでの通り道にある教会に預けてあるそうだ。日を改めて葬儀が執り行われることとなるだろう。
「……そう。お悔やみを申し上げます。まずは宿に戻って休みなさい。明日になったら、詳しい話を聞くから」
冒険者は、上手くいけば莫大な富と英雄の名を勝ち取れるかわりに、命は自己責任。来る者拒まず去る者追わず、死して屍拾う者あれば幸運という、きわめて過酷な世界だ。
とはいえ、ここはダンジョンから発掘される資源に経済の多くを依存している迷宮都市リンゲック。無用の人死にが出ないよう、また効率的にダンジョン資源が町にもたらされるよう、犠牲が出た際の状況は分析され、必要に応じてデータが保管されたり、他の冒険者に周知徹底がなされる。
肩を落としてギルドを出てゆく三人の背中を、私は陰鬱な心持ちで見送った。ギルドマスターをやっていて、いちばん厭なのがこの時だ……。
執務室に戻った私は、すっかり冷めてしまった紅茶を一気に喉に流し込む。上等な茶葉のはずなのに、妙に喉にひっかかるような味がした。
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パーティは同郷の四人組で、死亡したイグナシオは剣士だった。幼い頃から武器の扱いに才能があり、己の腕ひとつで成り上がる夢を周囲に語っていたという。
どこの村にも、地道な仕事に向かない若者がいる。エネルギーを持て余し、そのはけ口を求めているような若者が。そんな彼らの選択肢はふたつ。厄介者として暮らしてゆくか、村を出るかだ。
彼らが若者らしい、向こう見ずな野心と根拠のない自信にあふれ、荒々しい運だめしで一旗あげようと冒険者になったのが三年前だという。
初めの一年は、街道の宿場町で隊商の護衛をしたり、時たま出没するゴブリンなどのモンスターを討伐したりして腕を磨いていたそうだ。そして頃合いを見計らい、更なる成り上がりを目指してリンゲックにやってきたのだ。
冒険者ギルドに登録する際には、依頼を受ける判断基準となるランクを査定するため模擬戦などのテストを受けるのだけど、彼らはかなりの好成績で、飛び級スタートだったのを覚えている。勇者と呼ばれたジュリアさんはもちろん、その息子のヒデトくんとは比較にならなかったけれど、彼女らは例外中の例外。このまま伸びれば、かなりのランクに上がれるだろうと思った。
実際しばらくは順調だったらしい。だがある時、希少なマジックアイテムである魔法の剣を入手したことで、少しずつ、しかし確実に、パーティの歯車が狂い始めた。
四人の編成は、盾役、魔法使い、斥候、そして死亡したイグナシオ。当然、その剣は剣士の彼が使うことになったわけだが……
話はそれるけど、ここで回復役がいないことについて補足しておこう。
魔法は訓練もさることながら、本人の生まれ持った適性が大きい。怪我を治す治癒の魔法は比較的ありふれているし、かくいう私も多少は使えるけれど、包丁で指を切ったとかならともかく、戦いで受けた傷をその場で戦線復帰できるレベルまで治せるヒーラーはそんなに多くはない。
当然、彼らは慢性的に人手不足で、かつ僧侶としての訓練を受けている者が多い。そして聖職者は、剣士などに比べて冒険者になる割合が少ないのだ。日常生活でも怪我人は出るし、宗教的な儀式もある。わざわざ冒険者にならなくてもやってゆけるし、本人が冒険者になりたくても周囲を気遣って断念することも多いからだ。
なのでヒーラーは引く手あまた、複数のパーティから助っ人を頼まれることもある。私がよく知っている中では、猫の獣人であるフィーネさんは面倒見がよく、Sランクになっても親友の魔法使いリーズさんと共に、新参冒険者のサポートをよくしていた。今回犠牲者を出したパーティも、潜るダンジョンの危険度に合わせて回復魔法の薬を多めに用意したり、単独活動のヒーラーに声をかけていたという。
さて話を戻そう。魔法の剣を得て飛躍的に戦闘力が上がったことで、パーティ内での活躍の度合い、依頼達成時の貢献度に差が出るようになったのだ。
それまで互いに助け合っていたのに、ひとりが突出して活躍するようになる。残りの三人は、内心穏やかではいられない。
でも、もっと悪いことに、イグナシオ本人が変わってしまった。
それまで対等に接していた仲間たちに対し、露骨ではないものの「お前らが冒険者やってられるのは俺のおかげだ」といった態度を見せるようになったという。ギルドの酒場で騒いでいたとき、私もそれとなく釘をさしておいたんだけど……無駄だったみたいね。
当然、パーティ内の空気はギスギス、ギクシャクしたものになってゆく。それでも同郷のよしみと、これまでやってきた経緯とで、なんとか崩壊はせずにいたそうだ。でも、こんな状態で危険なダンジョンに挑み続けるのは無謀すぎた。
その日、彼らはダンジョンの探索を一旦打ちきって帰還するか、もう少し続けるかで意見が割れた。といっても、イグナシオひとりが粘るとゴネただけらしい。
三人と雇われヒーラーは帰還を主張したそうだ。でも彼のおかげで討伐戦績が上がっていたのは事実だし、ヒーラーも雇い主に強くは出られないしで、結局折れざるを得なかった。これが失敗のもと。
ただでさえ疲労から、またイグナシオへの不満から注意力が散漫になっていたパーティは、モンスターの存在に気づくのが遅れ、奇襲を受けてしまったのだ。
ここで運の悪いことに、イグナシオが身動きとれない状況に陥ってしまう。というのも彼は、万が一にも大切な剣を取り落とさないように、鎖で籠手に結びつけていたのだが、これが何かに絡まってしまったらしい。
たちまち囲まれるイグナシオ。仲間たちは籠手を脱ぎ捨てて逃げるように言ったが、彼は魔法の剣を惜しむあまり、それを拒んだ。というより決断できなかった。
そして次の瞬間、ダンジョンに耳をつんざくような悲鳴が響き渡る。イグナシオの右腕に、モンスターの牙が食い込んでいるのを仲間たちは見た。
数秒の絶叫ののち、彼は暴れる魔獣にはね飛ばされて倒れた。右腕は肘の上、二の腕の真ん中あたりから欠損し、噴水のように血が吹き出していた……。
幸か不幸か、この騒ぎを聞きつけた他のモンスターが乱入し、それまで彼らが戦っていたモンスターに襲いかかった。知能の低い種にとって、冒険者も他の魔物も縄張りの侵入者に変わりはない。たまたま目についた個体に狙いを定めたものと思われる。
イグナシオはなおも剣を回収しようと、半ば狂乱状態で喚いたそうだ。もう、その剣をふるう腕はないのに。きっと本当に正気を失っていたのだろう。仲間たちは彼を無理やり引きずって退却、辛うじて命を拾った。
でも、引き際を見誤った代償は、ポーションとヒーラーの魔力が尽きるという形で現れた。無理せず早めに帰還していたならば、地上に出るまで回復の手段が切れることはなかっただろう。
「俺はこんなところで終わる男じゃない」
それがイグナシオの最後の言葉だったそうだ。
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「なんでも深入りしすぎて自滅だとよ」
「調子こいた報いだな。あいつは剣の性能に頼りすぎてた」
「故人を悪く言うのもアレだが、正直、自業自得だな」
聞き取りを終え、ギルド内の見廻りをしていたら、酒場では将来有望と見られていた剣士の死が噂になっていた。
でも、それを悼む声はあまり聞こえない。彼が恣に振る舞っていたのは、パーティのメンバーだけではなかったみたいね……。
私は酒場の冒険者たちに顔を見られないよう壁際を向いて、ふう、と嘆息した。
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その後スカウトはこの一件で心が折れたのか冒険者を引退。同郷の者を助けられなかった手前、村に戻るのも気まずいと、そのままリンゲックに定住する。
当時たまたま人手が足りなかった魚の養殖場で働くようになったが、数年後の冬、泥酔して運河沿いを歩いていたところ、冷たい水の中に転落して命を落とした。誰にも看取られることのない溺死だった。
タンクと魔法使いは冒険者を続行。新メンバーを補充するのではなく、コンビを組んで様々なパーティの助っ人に入ったり、昔のようにキャラバンの護衛をしたりして結構な活躍を見せる。イグナシオが反面教師となったのだろう、安全第一に依頼を遂行し、素行にも大きな問題はなく、ギルドによく貢献してくれた。
最終的にはギリギリではあるものの冒険者ランクBまで(強さ的にはCランクだったが、冒険者ランクはギルドへの貢献度も査定の対象となる)登り詰めて引退。彼らもやはり村に帰ることはなく、この町に落ち着いた。
もとBランクで人間性にも問題がないなら、再就職にはそう困らない。タンクは領主様に仕え、衛兵の中隊長を任されるまでに出世したが、先の王位継承戦争で討ち死にした。味方を守っての名誉ある最期だったらしい。
魔法使いだけが存命で、今は戦闘員を完全に引退し、水属性の魔法を活かして防災要員として働いている。人口密度がきわめて高く、火災が怖いリンゲックにおいて、水属性の魔法使いの需要が尽きることはないのだ。
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「装備は、いざとなったら捨てても惜しくないものに……か」
執務室に戻った私は、壁に飾られている武具に目をやった。
反りが大きく、先端がやや幅広になっている薙刀、カタナやワキザシとかいう変わったサーベル、シュリケンなる様々な形の投げナイフ、そして兜の額に日輪の飾りがついた桜色の鎧。いずれも、東方の戦士「サムライ」のそれを模したものだという。
今や救国の英雄と呼ばれるジュリアさんが若手時代に使っていたもので、もっといい新しいのに総取っ替えしたとき、来客に見せるためにと寄贈してくれた(ちなみにサムライは弓も使うそうだが、この中にはない。彼女は胸が大きかったから……)のだ。自分自身が最強の武器であり、素手でも無敵だった勇者は、特定の剣に依存も固執もしなかった。
武器は、いつでもどこでも使えるとは限らない。イグナシオは自分自身の実力――腕力や技量だけでなく、判断力なども含めた――を高める努力をいつしか忘れ、魔法の剣という「借りものの力」に酔い、頼りすぎた。剣を使うはずの剣士が、逆に剣に振り回されてしまっていたのだ。
彼はそれに気づけなかったのだろうか。それとも気づいてはいたけれど、本来勝てないモンスターに勝てる優越感に抗えなかったのだろうか。今となっては知るすべはない。
誰が死のうが時は流れる。辛くったってお腹は空く。陽がまた昇れば、残された者は死者のことを一旦脇に置いて、またいつもの忙しい一日を送ってゆかねばならない。生きるために。
朝の冒険者ギルドはやかましい。依頼が貼り出してある掲示板の前に、鎧を着た人間がひしめいているのだから当然だ。
見るまに壁から張り紙が引き剥がされ、冒険者たちは依頼受付カウンターを経て、それぞれの目的地へ向かってゆく。
自分より若い者が先に逝ってしまうのは厭なものだ。願わくば、彼らの全員が依頼を達成してギルドに生還できますように。そして、いつの日か満足して冒険者を引退し、第二の人生に進めますように――。
そう祈って、私は執務室に向かう。
さあ、今日もお仕事、頑張りましょう。
イグナシオ
ドラクエで王様が旅立つ勇者に銅の剣しかくれないのは、こうならないようにとの配慮なのかも。そりゃレベル1ではぐメタの剣とか持ったら調子こくだろうしなあ。でも王様、せめて鋼の剣くれません?
フィーネ
猫耳しっぽのシスター。三毛。
リーズ
フィーネの幼なじみで親友。黒髪ロング。メガネ。
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お話の元ネタは竹中半兵衛の逸話です。
彼は常々「乗るなら捨てても惜しくない馬にせよ」と言っていたそうです。下馬して戦うとき、馬がやられたり持ち逃げされないか気になり、肝心の自分が危うくなるからだとか。