016 剣士ノイエ、つかの間の夢とその続き
毎度のように書いているが、冒険者は常に死と隣り合わせの過酷な職業である。
なので、多くの冒険者はパーティを組む。単純に数が増えれば強いし、能力を補い合うこともできるからだ。
で、その顔ぶれなんだけど、いつも同じじゃないのよ。もちろん固定メンバーで活動してる人も多いけど、怪我で長期離脱、廃業や仲間割れで脱退、それで新顔加入なんて日常茶飯事。
そして、依頼に合わせてその時だけの臨時パーティが組まれることもよくある。火属性の魔物が多い場所なら、水属性が得意な魔法使いに助っ人を頼むわけね。
当たり前だが、寄せ集めのパーティは仲間意識が薄い。
仕事が終われば他人です、そんなドライな関係の人たちは、時たまこんなトラブルを起こすことがあるのよ……
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冒険者ギルドには、食堂を兼ねた酒場が併設されている。構成員同士が親睦を深めたり、依頼人と会って話をするためだ。非常時には集会場や野戦病院にもなるけどね。
「さて、お夕食は何にしようかな。はあ、最近お野菜が高くて参っちゃうわあ」
その日。業務を終えた私は、帰宅前の習慣で酒場を軽く見回っていた。するとどうだろう、なにやら言い争う声が聞こえるではないか。
すわ何事? と見れば、あるテーブルに見事な剣が置かれ、それを囲んで三人が口論している。文字数の都合があるので、今回はひとりの剣士にスポットを当てて書くこととしたい。
彼の名はノイエ。決して弱くはなく、人死にが絶えないこの世界で十年近く生き残っているベテランだ。いっぽう特別強いわけでもなく、かれこれ五、六年ほど「並よりはいくらかマシ」といった感じのDランクに留まっている。
まあ、よく言えば無事これ名馬。悪く言えば頭打ちでブレイクしきれない感じね。
話を戻そう。雰囲気は殺気立ってないから心配はなさそうだけど、私はいちおう事情を聞いてみた。メンタルケアもギルドマスターの仕事である。
で、話を要約すると……
①諸事情でパーティのメンバーが欠けた三人は、臨時に組んで依頼を受けた
②首尾よく帰還したはいいがツキもなく、戦利品はほぼテーブルの剣だけ。でも、それは最高品質の業物である
③当然、剣士のノイエさんはそれが欲しい
④しかし他の二人は、剣を売ってその金を山分けにすべきと主張している。そうでないとノイエさんが儲けを独占する格好で、自分らは骨折り損になるからだ
「う~ん、難しいところねえ。まあ、これは私が口を差し挟むことじゃないわ。よく話し合って決めてちょうだい。ただ、処罰されるようなもめ事は起こさないでね?」
軽く釘を刺して、私はその場を離れた。あとは当人同士が決めることだった。
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「この討伐依頼を受けますぜ」
しばらく経った。今日も今日とて、ノイエさんが朝イチで依頼受領のカウンターに駆けつけている。そしてその腰には、真新しい鞘に納められたあの剣が下げられていた。
「お一人でですか? たしかパーティのメンバーは、もう完治してたと思いますが」
「そいつらは今日は休みで。なに、この程度ならソロでも問題ねえでしょう」
どうやら、仲間がオフの日にも稼ぎたいらしい。言うなれば一人で休日出勤、セルフブラック企業……いや、わがギルドは正当な報酬を払うからホワイトか。
そういえば、前にも似たようなことがあったわ。今回のように一人で手頃な依頼を受けたり、他のパーティの助っ人に入ったり。
「あなたも休んだ方がよくないですか? 体が持ちませんよ」
「へへ、そうも言ってられねえ事情がありまして」
あまりのハイペースに、受付の子も困惑気味。それに構わず、手続きを済ませたノイエさんは意気揚々と討伐に向かった。怪訝な眼差しを背に受けながら。
冒険者は、毎日活動したりはしない。命のやりとりが不可避の世界のこと、身が、そして心が持たないからである。
なのに、彼はどう見てもオーバーワーク。あんな無茶を続けて、取り返しのつかないことにならなきゃいいんだけど……
受付嬢に聞いて理由が分かった。どうしても名剣が欲しかったノイエさんは、その売値の三分の二を借金して、それを残りの二人に支払うことで剣を手に入れたのだという。
といって、明日をも知れぬ冒険者のこと。長期のローンなど組めはしないし、業者だって貸し渋る。当然ながら利子は相当なものになったはずで、そのための働きづめだったのだ。
(何かある前に完済できるのかしら)
私は不安を覚えずにはいられなかった。
もう察しはついているだろう。厭な予感というのは、当たらなくてもいいのに当たるものなのよ。
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「これで報酬額も上がるってもんだ。ようやく俺にも運が向いてきたぜ」
しばらく後。討伐戦績を上げたノイエさんは、念願叶ってCランクへの昇格を果たした。
ちなみに、多くの冒険者にとってここが上限となる。Bランクより上は、努力だけでたどり着ける領域ではない。
それはさておき、昇格の決め手となったのが例の名剣であることは明らかだった。
ナマクラを使っていた頃は逃げるしかなかった魔物を討伐したことが自信となり、動きが文字どおりワンランク良くなったのである。いわゆる覚醒、殻を破ったってやつね。
借金の方はといえば、高利のため返済に時間がかかったものの、あと数回の依頼で完済の見通しという。確かに、追い風が吹きはじめたようにも思える。
そんなある日。
「こいつを受けます」
彼らが選んだのは討伐依頼。ただし、実力的に少々厳しい魔物が相手だった。
無理とは言わないが、できればもう少し余裕が欲しい。なので受付の子も忠告してはいる。
「本当に受けるんですね? 今なら取り消せますが」
「俺たちだってCに上がったんですぜ、そろそろこのくらい出来なきゃ。そうだろう二人とも」
「へっ、あたぼうよ」
「いつまでもうだつの上がらねえ俺たちじゃないぜ」
「はあ、そうですか……。分かりました、ご武運を」
受付嬢に見送られ、景気づけにと朝っぱらから一杯ひっかけて、三人はギルドを出ていった。そしてこれが、無事な姿のノイエさんを見た最後となったのだった。
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「誰か、誰か治癒術師は残ってねぇか!?」
「早くしないと手遅れになる! いたらすぐ来てくれ! あと治療薬もだ、カネは後で払うから早く!」
パーティの残り二人が、息を切らしてギルドに飛び込んできたのは翌日のこと。幸いにもその時ギルドには治癒魔法を使える者がおり、すぐに駆け出してゆく。
さらに次の日。城門近くの治療院から戻ったヒーラーから事情を聞けば、話はすこぶる単純なものだった。
ランクが上がり、メンバーも復帰して、さあ俺たちのターンだぜと討伐依頼に臨んだパーティ。しかし元からきつい難度だったことに加え、連日の無茶で疲労が蓄積していたノイエさんは、それで集中力が鈍っていたのか単なる力不足か、とにかく魔物の攻撃に対応しきれず重傷を負ってしまったのだ。
なんとか態勢を建て直し、討伐そのものは成功した。治療もどうにか間に合い、一命は取り留めることができた。
でも傷は深い。冒険者を続けることは不可能だろう。
あと少し、心身の回復期間を設けていたら……
いやそれ以前に、無茶な借金をしていなければ……
だが、すべては後の祭りだった。
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「マスター、長い間お世話になりました。ヒーラーによろしく言っておいてください。しかし、ギルマスの執務室ともなると豪勢なもんですねえ。こんな形で見るとは思いませんでしたが」
せめて最後の思い出を、という訳でもないけれど、私は応接室を兼ねる執務室で、廃業するノイエさんと冒険者を続けるパーティメンバー二人、あわせて三人に紅茶を振る舞った。
皆、物珍しそうに調度品や、壁際に飾られた武具を見ている。私の記憶違いでなければ、つい先日までDランクだった彼らがこの部屋に入るのは、これが初めてだったはずだ。
話は自然と、今後のことに触れてゆく。
「そういえば、その剣はどうするのかしら?」
「……今度こそ売ります。もう俺には必要ないし、これから暮らすにも先立つものが要りますから。ただ……」
そう言ってノイエさんは仲間二人を見る。
「こいつなら相当な額になる。そのカネは三人で山分けにしようぜ」
「え? でもそりゃあ」
「俺がそうしたいんだ。お前らはまだ若い、俺と違ってまだまだ伸びる。軍資金にしてくれ。最後くらい年上に格好つけさせてくれても、罰は当たらねえと思うぜ」
そして彼は、もうすぐ手放す名剣を愛おしそうに撫で、ぽつり、ぽつりと言葉を紡いだ。
「もう二十年も前になるかな。多くの腕白小僧がそうであるように、俺も英雄譚の騎士や勇者に憧れてた。いつか自分もそうなるのを夢見て、棒っ切れを聖剣に見立てて振り回したもんさ」
そして十代も中ごろになると、本気で一旗揚げようと志を立てた。少年の日の夢を現実とすべく、冒険者としての日々が始まる。
初めてのモンスター討伐。激闘の末に命を拾った感動は今もはっきり覚えている。忘れようがあるものか。
報酬として受け取った、ひと袋のくすんだ銀貨。それが若者の目には、どんな宝石より輝いて見えた。
ここからだ。ここから俺の物語が、憧れた英雄譚が始まるんだ。そう信じた。
「けど、現実は甘くなかったぜ。俺が逆立ちしたって出来ねぇことを簡単にやるやつが、何人もいやがったんだ。とくにあの女とかな」
失望があった。嫉妬もした。それでも腐ったり、他人を貶めることだけはしなかった。物語の英雄たちが、常に誇り高くあったように。
いつか自分も。そう己に言い聞かせ、冒険者という仕事にしがみついた十年の日々。
「この剣を手に入れたとき、『やっと運が巡ってきた、長年の努力と苦労が報われる時が来たんだ』と思ったね。ほら、主人公はドラマチックな展開で聖剣を手にするものだろう? いい歳こいて、自分をそれに重ねちまったんだなあ」
しょせん分不相応の願いだった。でも、最後に夢を見られただけ幸せだったよ、と彼は笑った。寂しそうな笑みだった。
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一年ほど経って。
「済まないね、父さん、母さん。手間をかけさせて」
「何てことないさ。任せておけ、伊達に長いこと父親やってない」
「そうそう。もうすぐ臨月なんだし、あなたはちゃんと付き添っててあげなさい」
その日。非番だった私は、当時出産を控えていた娘(息子の嫁)のため、ベビー用品を求めて夫と共に商業地区へ。いや、あの子に使ったやつも物置にあるんだけど、私たちが色々買いたいのよ! 初孫のために!
さらに言うなら、夫とは久しぶりのデートだ。うふふ、いつもよりちょっといいお店でランチでもしましょ。
え? いいトシこいて気持ち悪いって?
うるさいわね、おばさんになろうがお婆ちゃんになろうが、女って生き物は好きな人の前では恋する乙女に戻りたいのよ。文句ある?
まあいいわ。そんなこんなでお店を見ていたら……なんと、お腹の大きな女性を連れたノイエさんがいるではないか。
「こりゃ、マスター。お久しぶりです」
「あなたも元気そうで何よりだわ。ところで、そちらの方は?」
「へへ、こんな場所で会ったことから察しはつくと思いますが……女房で」
聞けば、治療院でお世話になった人らしい。
「なんだか、ダンジョンであの剣を振り回してた日々が、ほんとうに夢だったように思えますよ。まあ、今は魔物より手ごわいコイツとやり合ってますがね。……へへ、でもこんな暮らしも悪くねえや」
そう言って彼は笑った。あの日とは対照的な、幸せそうなはにかみ笑いだった。
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英雄譚の主人公になるだけが幸せではない。冒険者を引退しても――できたとしても――それからの時間の方がずっと長いのだから。日常ものに姿を変えて、その人が主人公の「人生」という物語は続いてゆく。
彼と会ったのはこれが最後のため、その後どうなったかは知らない。なんでも故郷に戻ったらしいけど、私が物語の結末を知ることはないだろう。それを見届けるには、私は歳を取りすぎている。
確かに、ノイエさんは自分の望む英雄にはなれなかった。その運命を授けた神様は、叶わぬ夢を見せて残酷だったのか、それとも温情からつかの間の夢を見せてやったのか。そこは意見の分かれるところだ。
でも、彼は冒険者として十分な成功を修めたと言ってよい。最初に述べたように命がけの職業ゆえ、遺体すら戻らぬ者も少なくないのだから……
そう、あの日酒場で口論していた、臨時パーティの残り二人のように、ね。
ノイエ
名前の元ネタは、SFCの名作「キャプテン翼3」の雑魚キャラ。名字がジールなら無双できたのに……。それはそうとゲームのノイエの能力はドリブル14、パス12、シュート13、タックル12、ブロック7、パスカット12で必殺技なし(翼くんは18、17、15、15、12、15で必殺技多数)。ギリギリCランクならもう少し弱いやつの名前を引用すればよかったかなあ? こいつ、少なくともジウや修哲トリオや反町よりは強いよ。
臨時パーティの残り二人
しれっとラストで死んでたことが明かされた不遇な人たち。特に設定はないので、この短編集でさえ再登場できるかは不明。世界はモブに厳しいのだ。
主人公
エピローグで「私は歳を~」と言ってるけど、実際にはそこまで離れてない。ノイエが16歳くらいで冒険者になって十年弱だから二十代半ば、主人公に初孫ができるのは四十代後半だろうから、せいぜい二十歳ちょっとの差。ところで主人公は息子夫婦(生まれたあとは孫も)と同居してるんだけど、ギルマスの激務に加えて家事もやってて偉いですね。今回は嫁が身重だから無理させないのは当然として、前回もポトフ作ると言ってたから料理が好きなのだろう。
逆立ちしたって云々
主人公がノイエより二十歳と少し年上なのだから、ジュリア、バルド、シャルルら(4話、11話参照)が同時期に活動してたことになる。なお「あの女」ってのは間違いなくジュリアだろうが、彼女にとってノイエは戦士としても男としても全く眼中にない。顔と名前も一致しないと思う。ひでえ。
城門近くの治療院
町の外で怪我した者はとりあえずここに運ばれる。ヒーラーは慢性的に人手不足(2話参照)だが、有事に備えて最低限の人数がギルドに待機しているらしい。




