015 もと衛兵のイゴール、因果はめぐる糸車
自らの意思で魔物が跋扈する地下迷宮に潜ったり、荒事上等の仕事を引き受ける冒険者。彼らは当然ながら、そして残念なことに死亡率が高い。
しかし、ダンジョン資源や魔物の素材は常に需要があり、人手は慢性的に不足気味。
したがって、この職に就くのに条件はいらない。なりたければ原則として、つまり過去に除名処分を受けた者やお尋ね者などでなければ、誰でもギルドに登録できるのだ。やっていけるかは別だけどね。
なので冒険者の中には、他の職にあぶれた者もちらほら。そんな訳あり組には、冒険者と関わりを持っていた人もいたりするのよ……
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私たちが暮らす迷宮都市リンゲックは他の大きな町と同じように、魔物や盗賊の襲撃に備えて堅固な防壁に囲まれた城塞都市となっている。
で、その門は複数あり、衛兵の皆さんが常駐して見張りや守備をしたり、出入りする人をチェックしているわけだ。
お仕事が非番のある日。私は調理器具のメンテを頼みに城門に来た。騒音と火災対策、また蹄鉄や外で使う農具などを扱う都合上、鍛冶屋さんは町外れにある。
「あら、お洒落なナイフとフォーク。これでパンケーキをいただきながら飲めば、紅茶の美味しさ二割増しってとこかしら。ちょっといいお値段だけど買っていこうかな」
そんな感じで店内を見ていたら、キーン、キーンとリズミカルに響く金属音に混じって、城門の方から怒声が聞こえてきた。
「ちゃんと……から許可は得て……」
「だぁからさぁ~、それはこっちで調べ……」
喧騒のなかで声を判別できたのは、怒気を含んだ声音に聞き覚えがあったためだろう。カクテルパーティー効果といって、周りがうるさくても自分に関わりのある声や単語は分かるものなのだ。
すわ何事? と見てみれば、ひとりの冒険者が衛兵と押し問答をしているではないか。
いかにも駆け出しといった風情の、まだ少年の面影を色濃く残す若者だった。継ぎの当てられた服の上に古い革鎧。縁を補強する金属部分が歪んだおんぼろの盾。どこの戦場跡で拾ったものやら、鼻から下が露出する鉄兜だけが比較的新しく、ぴかぴかとミスマッチな光を放っている。腰に下げた手斧は薪割り用のもので、間に合わせなのだろう、革製の鞘はサイズが合っていない。
のちに蹄鉄の図柄をトレードマークとし、「戦車の馬」の二つ名で呼ばれることになる冒険者、リュカさんの若き日の姿だった。当時の呼び方にならって、今後はリュカくんと書く。
「じゃ、これは没収な~」
「そんな! 冗談じゃない、それじゃ……」
「あ? なら留置場入るか?」
途切れ途切れに聞こえた会話だが、何が起きているかは察しがついた。駆け出しと足元を見て衛兵が難癖をつけ、所持品を没収して小遣い稼ぎをしようとしているのだろう。厭な話だけど、よくあることだった。
放ってもおけないわね。仕方ない、私が話を……と思いきや。
「おう、衛兵どの。職務ご苦労なことだな」
よく通る野太い声が響いた。これも私には馴染み深いものである。
「ひぇっ。こ、こりゃあ。アルゴの旦那」
「そう呼ばれるほどの歳でもないがな……。いやなに、すいぶん手間取っているようなので、後がつかえてしまっていてなあ。いつ済むものかと聞きに来たのさ」
言うまでもなく、遠回しに「弱者を食い物にするのもいい加減にしろ」と抗議しているわけで、衛兵は一転して卑屈な態度に豹変した。無理もない、格が違いすぎる。
「不倒の巌」アルゴ。
いつの世も万夫不当の豪傑たちがしのぎを削ったリンゲックでも、歴代トップクラスの実力をもつ超人戦士。頑健な肉体のドワーフ族だが、平均身長百三十センチほどの種族でありながら百七十五センチという規格外の巨体を誇り、ことパワーとタフネスで右に出る者はいない。
「へ、へへ。いやぁ、もう済みやした」
「そうか。ならいい」
「いやぁ、相変わらずご立派でございますね旦那。威風堂々ってのは、まぁ旦那のためにあるような言葉で」
「だからそんな歳ではないと言ったろう。あと、褒めても何も出んぞ」
「へへ、こりゃあ参った」
そしてアルゴさんが列に戻ると。
「……ちっ。おら、さっさと行けよガキ。ギルドに戻ったら、旦那にエールの一杯でも奢るんだな」
再び手のひらを返してこれである。正直、見ていて気持ちのいいものではない。
ともあれ、この時はこれで済んだ。良いことではもちろんないけど、珍しくもない、よくある日常の一コマだった。
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さて、冒険者ギルドには、毎日のように新参者がやってくる。
その顔ぶれは千差万別にして玉石混交。私がギルマスを務めた三十年ほどの間にも、実に様々な人が訪れたものだ。その中には英雄として歴史に名を残した、それこそアルゴさんのような者もいる。もちろん、ほとんどは違うんだけどね。
で、その日に登録を申請したのは……
なんと、いつぞや城門で悪さをしていた衛兵ではないか。この時はじめて名前を知ったので、以下イゴールさんと表記する。
なぜ冒険者になったのかは詮索しない。来る者拒まず去る者追わず、それが冒険者ギルドの不文律だ。
でも、黙ってても噂は勝手に耳に入ってくるもので。どうやら衛兵の職務上、なにやら不義理なことをしてクビになったらしい。
まあ想像はつく。「役得」で欲張りすぎたのね。
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一年ほどが過ぎた。
「冗談じゃねえ、これっぽっちじゃ宿代にも」
「ここのところ品余り気味で値が落ちてるんです。それに保存状態もよくないし」
「嘘つけ! わざとだろ!」
ああ、またか。今日も今日とてイゴールさんがゴネている。今やすっかり買取りカウンターの名物(?)であった。
素材採取にせよ魔物討伐にせよ、単独行動には危険が伴う。したがって冒険者はパーティを組むケースが多いのだが……
「悪いが、他を当たってくれ」
「はん、虫のいい話もあったもんよね」
「冗談だろ? あんたと組んだら、盾を後ろに向けなきゃならないぜ」
衛兵時代によほど恨みを買っていたとみえて、彼は蛇蝎のごとく嫌われていた。むろん組みたがる者などいない。たま~に荷物持ちとかで(仕方なく)お声がかかることもあったようだけど、今度は自分が足元を見られて分け前は微々たるものだとか。
なので、彼は否応なく単独でやっている。しかし実力的に、一人でこなせる依頼はごくわずか。
もちろん儲けも。自業自得とはいえ哀れな話ね。
「いい加減にしてくれないか。後がつかえてるんだ」
そんな彼に、後ろに並んでいた冒険者の一人が抗議する。
ずいぶん逞しくなったわね。最強とまではいかないけど、もうどこに出しても恥ずかしくない戦士だわ。
古い革鎧は深紅の胸当てに、薪割り用の手斧は新品の短剣に変わっている。がたぴしの盾も新しくなり、緑の地に黄色で蹄鉄の図柄。そしてそれらとは対照的に、あの日もかぶっていた兜には傷が増えていた。
若者の成長は早い。彼はもと農夫なので、体力こそあったが戦闘訓練を受けておらず、駆け出しの頃は同期に差をつけられていた。しかし腐らず努力を続けた甲斐あって、今では誰からも一目置かれる存在となっていたのである。
「こ、こりゃあ。リュカの兄ぃじゃござんせんか。いやその、とんだ失礼を。へへへ」
「どの口が言うやら。たしか、去年はガキ呼ばわりしてなかったっけ?」
なお彼の名誉のために補足しておくが、普段はこんな口をきく人ではない。むしろ荒くれ者が多い冒険者としては、誠実で礼儀正しい部類に入るひとりだ。
でも、彼とて血の通った人間だ、感情というものがある。未熟時代に職権濫用で辛く当たられた心のしこりは、そうそう簡単には消えない。
嫌味のひとつも言いたくなるのは無理もなかろう。ていうか、それで済ませてるんだから十分寛容よ。
「畜生め、畜生め。どいつもこいつも俺をこけにしやがって。今に見てやがれ、思い知らせてやる」
ぶつくさと独り言をつぶやき、冷ややかな視線を背に受けて、イゴールさんはギルドを出ていった。
ここには食堂兼酒場も併設されているが、彼が飲み食いしているのを見たことがない。居心地が悪いのだろう。
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さらに数ヶ月ほど過ぎた頃。
「ん~、クリームやフルーツてんこ盛りもいいけど、バターとシロップだけのシンプルなやつも捨てがたいわねえ」
お仕事が一段落つき、あの日買ったナイフとフォークでパンケーキをいただきつつ、美味しさ二割増しの紅茶を飲んで休憩していたら……
あら? なんだか外が騒がしいじゃない。どうしたのかと窓を開けて、私は絶句した。
なんとイゴールさんが後ろ手に縛られ、リュカくんにせっつかれるようにして歩いているではないか! 私はすぐさま駆けつける。
「いったい、これはどういうことなの! 冒険者同士でこんなことをして、事と次第によっては只じゃ済まさないわよ!」
ところが話を聞けば、なんとリュカくんが仲間たちとダンジョンを探索していたところ、イゴールさんから襲撃されたというではないか!
冒険者は個人事業主だ。全ての同業者が商売敵である。
でも、同時にギルドに所属する仲間であり、迷宮都市リンゲックで生活する市民でもある。なので相互扶助は暗黙の、そして絶対の掟だった。町に効率よくダンジョン資源やモンスター素材をもたらす意味でもね。
取り調べはあっさり終わった。イゴールさんが全面的に罪を認め、争う姿勢を見せなかったためだ。これには理由があった。
目撃者の少ないダンジョンでの犯罪は立証が難しく、しばしば判決は神明裁判……つまり神様の判決に委ねられる。焼けた鉄の上を裸足で歩くとか、神殿で一種の我慢比べをするとか。
そして決闘とかね。
私が若い頃にも、いがみ合っていた冒険者たちがこれで命を散らしたことがあった。説得しても聞き入れてもらえなかった、古く、苦い記憶である。
その日リュカくんは初心者向けのダンジョンに潜っていた。後輩の新人冒険者の面倒を見るためだ。
ターゲットの他は素人同然。不意討ちでリュカくんさえ始末できれば、残りの口封じは容易い。千載一遇のチャンスのはずだった。
ところが、新人の世話をしていたのはリュカくんだけじゃなかったのよ。よりにもよって、あのアルゴさんも近くにいたのだ。同郷で同族のルーキーと一緒にね。
つまり決闘裁判ではアルゴさんと戦うことになる。
はっきり言ってイゴールさんでは、万どころか億にひとつの勝ち目もない。裁判で争っても無駄だと観念したのだった。
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数日後。
「これで登録抹消の手続きは終わり、っと。ふう、何度やっても、こういう形での除名は厭なものだわ」
冒険者にとって、仲間を襲撃するのはタブー中のタブーである。そうでなくても、市の法廷を通さない刃傷沙汰は正当な理由がない限りご法度だ。
犯行が未遂に終わったため、イゴールさんは死罪は免れた。しかし犯罪奴隷の入れ墨をされ、魔物や盗賊討伐の最前線に、ろくな装備も与えられないまま投入されることになる。いわゆる戦奴隷、一種の懲罰部隊ね。
さらに数ヶ月後。
定番の依頼、ゴブリン退治から戻ってきた人たちが、酒場で盛り上がっていた。
「さすがに、あそこまで行くとちょいと気の毒かな」
「へっ、冗談きついぜ。自業自得よ」
「そうそう。いわゆるアレだ。ざまぁってやつ」
小耳に挟んだ程度だが、イゴールさんは前にゴブリン、後ろに督戦隊(文字どおり戦いを監督する部隊。兵士が逃げ出さないか見張る)という過酷な状況で死に物狂いに戦ったが、武運つたなく負傷し、片足を失ってしまったという。
戦の役には立たなくなったが手は使えるし、歩けなくなった訳でもなさそうなので、何かしら別の仕事に回されるだろう。ただ、新しい配属先がどこであれ、命がけの仕事でなくなる分だけ解放は遅れるはずだ。
何年先かは分からないけど、そのとき年老いた彼はどうするのだろう? 言うまでもなく冒険者は無理、肉体的にも経歴的にもね。
(聖人になれとまでは言わないわ。ただ、もう少し弁えておくべきだったわね)
私はそれっきりこの件を頭から追い出した。薄情な気もするが、いつまでも彼ひとりにこだわっていられない。私には私の生活が、人生があるのだ。
さて、帰りましょう。家には愛する夫、息子夫婦、そして可愛い孫が待っている。
夕食は何にしようかな。傷む前に買い置きのお野菜使い切っちゃいたいから、ポトフでも作ろうかしら。
あの日、鍛冶屋さんで修繕してもらったお鍋でね。
イゴール
本作で登場した冒険者の中でも、かなりケチな小物に属する人物。ところで本作、主人公は冒険者たちに円満に引退して欲しいと願ってるけど、こいつ見る限りキーワードに「ざまぁ」入れてもよくね? って気がしてきたわ。
リュカ
別作品「勇者と呼ばれた親子」の7話と8話に登場した農村の若者。その作品の主人公ヒデトとは能力テストを一緒に受けた同期で、モデルはロボットゲーム「アーマード・コア3」のアップルボーイ。装備が赤と緑なのも、彼の愛機エスペランザが元ネタ。またシャリオの馬という異名も、りんごの銘柄「北斗」と、フランス語で北斗七星を指す「グランシャリオ」にちなんだものであり、かつヒデトを戦車に乗る戦士になぞらえ、その引き立て役であることの比喩でもある。なお名前は、りんごの銘柄に人名に使えそうなものが無かったため、RPG「ウィザードリィ・リルガミンサーガ」で初期登録されている戦士から拝借した。
アップルボーイ
ゲーム開始直後のチュートリアルとなる「レイヴン試験」で共闘するパイロット。その後も味方として活躍し、また中盤に愛機をパワーアップさせる。
アルゴ
上記の別作品で準レギュラーを務めている戦士。威風堂々かつ豪放磊落な一方、もののふの作法をわきまえた好漢。
主人公
今回は割と冷淡。まあイゴールに同情の余地が乏しいから仕方ないよね。あと、やっぱり紅茶飲んでる。
いがみ合っていた冒険者たち
詳細は12話参照。
犯罪奴隷の入れ墨
ひと口にタトゥーといっても、日本語だと入れ墨(刺青)と彫り物の二種類に分かれる。簡単にいうと、犯罪者への刑罰として強制的に入れられるのが入れ墨で、ファッションや成人の証として自分の意思で彫るのが彫り物。
鍛冶屋
小説「戦闘メカ・ザブングル」によると、町外れにあるのは鍛冶屋に相当する修理工場、衣料品店、浴場を兼ねる床屋、ホテルの四つだとか。ロボットの修理を頼む→砂塵で汚れた服の替えを買う→入浴して着替え→床屋で身だしなみを整える→ホテルで休む、とのこと。




