014 「プロモーション」のアシュリン、クイーンの短かった栄光
冒険者に限らず、どんな職業にも駆け出し時代というものがある。最初から何でもできる人はいない。
そんな未熟者は先輩と行動を共にし、様々な経験を積んで成長してゆくことが多い。そして成長した元初心者が、今度は新入りの先輩となって世代交代が進むわけだが……
この駆け出し時代の人脈というものは、その人の一生を左右することがままある。
いい意味でも、悪い意味でも。
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その日。冒険者ギルドに併設された訓練場に人だかりができていた。ここでは、しばしば屋内に入りきらない大型モンスターの解体や素材査定が行われる。
「やったな、これでお前さんも竜殺しってわけだ」
「一人で仕留めたわけじゃないわよ。それに巨竜って程でもないわ」
「謙遜すんなって。それでも並の戦士にできることじゃねえ」
なおグレートドラゴンとは、鱗の色を問わず体長十メートルを超える個体の俗称だ。
持ち込まれたのは、七メートルほどの緑竜だった。森林に生息するこの竜は、この国の野生種ではもっとも出現頻度が高く、たまに近隣から討伐依頼がくる。
モンスターの王たるドラゴン、それを討伐することは戦士の勲章といってよい。
私がギルマスを務めていた当時でも、ギルドは複数の竜殺しを輩出した。いずれも天下に名を馳せた豪傑たちだが、そんな豪傑がまたひとり誕生したのだ。
「プロモーション」のアシュリン。正確には竜を討伐したのは三人のパーティなのだが、文字数の都合があるので彼女のみを取りあげることとしたい。
二つ名の由来は……チェスに詳しい人ならピンとくるかもしれないわね。
チェスの昇格とは、敵陣のいちばん深くまで進んで動けなくなった兵士の駒が、他の駒に変化することを指す。友人から聞いた話だけど、東方にも「ショーギ」という酷似したゲームがあって、それでは「ナル」と言うんだとか。
で、変わる駒は騎士、司教、戦車、女王から自由に選べるんだけど、大抵は最強の駒であるクイーンを選ぶ。
彼女は郷里から出てきたのち、冒険者になる前は町の衛兵として働いていた。どちらも戦闘能力を求められる職業なので、武具などの初期投資ができるまで兵士をやるケースはよくある。
文字どおりポーンからクイーンになったというわけね。
「今夜はあたしらの奢り。好きに注文してね」
「言われなくても、ありがたくゴチになるぜ!」
「新たな竜殺し、女王陛下に乾杯だ」
いわゆる「お大尽(皆に奢ること)」をするパーティ。持てる者が持たざる者に施すことを喜捨といい、これは美徳であり死後の安寧を得る功徳とされる。そうでなくても大きな稼ぎがあったときは、ご祝儀を弾むのが粋な冒険者というものだ。
仲間から祝福され、笑顔でジョッキを傾けるアシュリンさん。このとき、外から彼女を見る目があったことに気づいた人がいたら、ああはならなかったのかもしれない。
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さて、ランクの高い冒険者がよくこなす依頼に、物資の運搬や隊商の護衛がある。
ごく普通に流通している収納魔法のお札。これを使えば、小さな馬車どころか個人でも相当量の物資を運べる。でも、それは盗難や略奪にあったとき、多大な損失を出すリスクと背中合わせ。したがって、能力人格ともに信用できる人は引っ張りだこなのよ。
竜殺し騒ぎも落ち着いた頃、アシュリンさんのパーティがその依頼を受けた。常識的に考えて、彼女たちなら問題なく期日までに戻ってくるはずだった。
なのに、予定を過ぎること数日……帰還の報告がない。
ここまではよくあることだ。崖崩れや河川増水で足止めをくらったり、物見遊山がてら途中の町に逗留したりね。
ところが、さらに数日後。
輸送先の町からの報せに、ギルドは色めき立った。なんと、そもそも彼女らは向こうについていないというではないか!
街道に大規模な盗賊団や強力な魔物が出没したとは聞いていない。私の脳裏を、厭な想像がよぎる。
(杞憂であってほしいけど……)
もし私の推測が当たりなら、これはギルドで解決せねばならないことだ。私は数名の職員に、二つの町を行き来している商人への聞き込みをさせた……
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「いやあ、こっちも驚いてたもんでね、よく覚えてないんでさ。まあ、なにかの拍子に思い出すかもしれやせんがね。へ、へへ……」
まあ、情報はタダじゃないわよね。それはそれとして、人の足元を見る一方で顔色をうかがうような態度は、あまり品がいいとは思わないけど。
「そうですか。私、頭がスッキリするお薬を持っていますから、どうぞ」
私は小さな袋を手渡した。え? チャリンと金属音を立てる薬があるのかって? そこは空気を読むのが大人よ。
「へへ、これが一番の薬でさ」
「……服用法を間違えたら猛毒ですので、お気をつけて。で、どこまで思い出しましたか?」
それは予想したとおりの、そして当たっていてほしくなかった最悪の展開だった。アシュリンさんが護衛していたキャラバンは、その彼女の裏切りで壊滅させられ、荷を略奪されたのである。
話は要約するとこうだ。
街道をゆく途中、水筒の革袋が破れていたことに気づいた彼は、小川の音を辿って森の中に向かった。そのため仲間を不意討ちし、馬車の荷を奪って三人で逃走するアシュリンさんに気付かれず――口封じされず――に済んだのだという。
当然ながら、輸送物資を奪っての逃亡はギルドの信用を著しく失墜させる。したがって私はギルマスの名にかけて彼女を追跡し、しかるべき罰を与え、かつ可能なら荷を取り戻さねばならない。
(もともと『宵越しの銭は持たない』的に、あまり貯蓄に熱心な人じゃなかったけど、余程のことでない限りお金には困らなくなっていたはず……。なぜこんなことを)
私は暗澹たる気持ちになり、眼を閉じて天を仰いだ。
ともあれ、逃走した方角の地図を見れば、行き先はおおよそ察しがつく。
問題は誰が追跡するかだ。相手は竜殺し、並の遣い手では無理だものね。それに、同業の仲間に刃を向けるような真似はなるべくさせたくない。
となると……
「まさか、こんな形でまたこれを使うことになるなんて。長生きも考えものね」
豪奢な装飾の杖を手に、私は独りごちた。若いころ当時の国王陛下から賜り、宮廷魔法使い時代から愛用してきたものである。
そして冒険者の中でも特に腕利きの者、探索能力に長けた者を何人か選び出す。
翌日、討伐隊は町を発った。気の重い旅になりそうだ。
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現場周辺の宿場町で調査したところ、アシュリンさんとおぼしき人物の目撃証言が複数寄せられた。その女性は、別の女性および男性と行動を共にしているらしい。共犯者と思って間違いないだろう。
私が気になったのは、その共犯者のことだった。なんでも女性のほうはモンスターに襲われでもしたのか、片手を欠損しているとのこと。
それだけならまだいい。各地に魔物が出没する物騒な世の中だ、こういった人は時たまいる。だが、ふたりの背格好などに心当たりがあるのだ。
連想される女性の名前はケイト。新人時代のアシュリンさんの面倒を見ていた冒険者で、よき先輩であり姉貴分といった存在だった。
男性は、たしかマーカスだったかしら。ケイトさんとは同郷で、将来を誓い合う仲だったらしい。とある商家で手代(中級の使用人)をしていた人物である。
そんな二人に転機が訪れる。ケイトさんがアシュリンさんを庇って片手を失ったのだ。
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「ごめん、姐さん。あたしがドジ踏んだせいで……」
その時のことは覚えている。ギルドに戻ってからもアシュリンさんは泣きじゃくり、何度もケイトさんに謝罪の言葉をかけていた。しかしケイトさんは……
「気にしなさんな。冒険者稼業もそろそろ潮時と思ってたところよ。ちょうどいい機会だから、彼と一緒になって故郷で商売でも始めるわ」
そして彼女は冒険者登録を抹消し、仲間たちに祝福されてささやかな結婚式を挙げ、町を去っていった。
片手を失ったといっても、それなりの貯えを作って引退できたのだ、冒険者としては十分な成功といえるだろう。
でも、その成功がずっと続く保証はどこにもない。
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二人の故郷の地方都市。聞き込みをしたところ、案の定彼女らは突然店を畳み、忽然と姿を消したという。
要は夜逃げだ。どうも旦那が博奕で借金を作り、それを取り戻そうとして無茶な商売をしたため、余計負債が大きくなったらしい。
ああ……。話が見えてきたわね。
これがミステリーものの演劇なら、ヒネリも何もないと叩かれるところだけど、現実は意外な展開である必要なんてないのだ。
駆け出し時代の恩義。自分のせいで片手を欠損させてしまった負い目。
もしケイトさんから犯行への協力を求められたとしたら、アシュリンさんに断ることはできないだろう。
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街道は複数あるが、既に事件の情報は関所にいっている。となれば通常ルートの移動は難しい、近隣の山中に潜伏し、ほとぼりが冷めた頃にどこかの町に向かうか、他国へ逃亡するか……
私はこの事態を想定し、広範囲の探索に長けた冒険者を連れてきていた。戦闘能力は高くないが、多数の小動物を同時に使役できる魔物使い(テイマー)である。
で、あれやこれやと手を尽くした末に、山中に潜伏している三人の居場所をつきとめた。
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「あなたたちには、輸送物資強奪の嫌疑がかけられているわ。それが事実であるないに関わらず、事情聴取をしたいから同行願えるかしら」
おとなしく縛につけば、死罪は免れるかもしれない。でも……
「よくここが分かったもんだ。でもなぁバァさん、来いと言われて素直に行くとでも?」
「それに、どーせ筋書きはもう決まってて、あたしらが下手人じゃなくても有罪なんでしょ」
開き直った態度で剣を抜く男女。おぼろげな記憶だが、マーカスとケイトさんで間違いないだろう。さらにそこら辺の破落戸を集めたのか、人相の悪い男たちが十人ほど。
そして……その後ろに控えるのは、アシュリンさん。
「姐さん、もう止めよう。やっぱり無理だったんだよ」
「何言ってんだい! あんた竜殺しの戦士だろ、棺桶に片足突っ込んでるババアにビビってんじゃないよ!」
「物はついでだ。あの杖もいただいちまおうぜ」
勝手なことを言うケイトさんやゴロツキ。確かにもう若くはないけど、失礼な人たちね。
「アシュリンさん、あなたは実行犯だけど情状酌量の余地があるわ。剣を捨てて投降なさい。これが最後の警告よ」
しかし……
「アシュリン、あたしを裏切ろうってのかい! 雑兵あがりのザコが二つ名をもつ戦士になれたのは誰のおかげだっ!」
「ひっ! ね、姐さん……」
「もう後戻りはできないんだ! 殺るんだよ、アシュリン!」
そしてアシュリンさんは、ためらいながらも剣を構えた。
「そう。残念だわ」
もう話すことはない。私も杖を構える。
戦いの顛末を細かく描写するのはよそう。もと宮廷魔法使いの私だ、動揺して覚悟が揺らいでいる相手に遅れを取るほど衰えてはいない。
それに文字数の都合もあるし、なにより、私にとっても厭な記憶だから……
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「強さでは、アシュリンさんはとっくにケイトさんを超えていたわ。でも駆け出し時代に物理的、心理的な支配下に置かれたことで、力関係が逆転しても逆らえなかったのね」
「たしか『獣の鎖』でしたか。子供のころ鎖に繋がれた猛獣は、でかくなっても調教師を恐れて従順なままだっていう」
王城の一室で紅茶を飲みながら、私は久しぶりに会った元冒険者にそのときのことを話す。
彼の名はジェイク。青の大魔法使いの異名をもち、今は宮廷魔法使い、つまり私の後輩になった人物である。
「あなたは、ああなってはダメよ。もし、私から悪事に誘われたりしたら……その時は、ためらわずに私を討ちなさい」
力は正しく使われねばならない。私情で歪められてはならないのだ。
もちろん理想と現実の差はある。
だからといって、理想を追い求めることを諦めてはいけない。それが力を持つ者の義務ではないだろうか。
「マスターに限って、んなこたぁねーでしょ」
「……そうねえ。どっちかというと、あなたの方が問題行動が多そうだものねえ?」
そう。私は宮廷魔法使いの女性陣から「あなたの弟子のセクハラを何とかして!」という苦情を受けて、このアホにお灸を据えるために王都に来たのだ。ったくもう……
「あ~、いやその」
「さて、と。まずはそこに正座なさい」
言いたいことがあるなら聞くわよ?
私は隠居の身、時間はたっぷりあるからね。
毎度のことだが、五千文字だとダイジェストにせざるを得ない。ホントは主人公のバトル描写入れたかったんだけど。いっそ前後編にすべきだったか? でも制約がないと絶対ダレるし、この後書きだってそこそこ文字数あるし……
アシュリン
正確には象の鎖だったかな。戦士としては上澄みだったけど、ワルと関わったのが運の尽き。でも、どこぞの神も「恩人だろうと悪は悪と割りきって倒すのが正義超人」と言ってたし、結局こいつも根は悪人だったんだろう。
ケイト
そういや、こいつも消えていった冒険者のひとりだ。気っ風のいい姉御系だけど、アシュリンの怯えぶりを見るに裏では相当ひどいことしてたっぽい。
マーカス
ていうかこいつが元凶だよなあ。このアホが悪い遊びに手を出しさえしなければ、嫁も一線越えずに済んだだろ。
主人公
なんかこの人、毎回暗澹たる気持ちになって天仰いでんな。それはそうと今回のエピソードは特に彼女が何歳のときとは決めてないけど、文面からわりと最近というか引退間際の出来事っぽい。あと、やっぱり今回も紅茶飲んでる。文字数の都合でバトル書くのは無理だったけど、本作はこの人の手記って設定なので逆によかったかも。だってこの人、性格的に「自分が圧倒的な力で戦意喪失状態の相手をボコる」なんて下品な文章書きたがるタイプじゃないでしょ。
ジェイク
冒険者ギルドは構成員に訓練も施す。これはダンジョン資源が効率よく町にもたらされるようにするため。なので主人公から指導を受けていた。悪気はないけどデリカシーもなく、無意識にセクハラ発言を連発する困った人。悪人ではないのだが。
テイマー
9話でロッタ(その回の本文および後書き参照)のせいで出番なかった人。今回ようやくちょっと出てきた。ロッタもそうだけど、ただ強いだけのやつより有能だと思う。
目撃者となった行商人
主人公から受け取った「薬」を正しく服用できたかはお察し。でもコイツは冒険者じゃないので、破滅しようとこの小説で取りあげられはしない。ざまぁ。
グレートドラゴン
本シリーズでは大型の個体を指す。詳細は本文参照。
ポーン
基本的に将棋の歩と同じだが斜め前の駒しか取れない。
ナイト
一言でいうと横や後ろにも飛べる桂馬。
ビショップ
斜めにいくらでも動ける。将棋の角と同じ。
ルーク
縦横にいくらでも動ける。将棋の飛車と同じ。
クイーン
縦横と斜めにいくらでも動ける。飛車と角の動きを兼ね備えた最強の駒。




