013 修羅の世界の友情、銀の手のエドガー
さまざまな依頼を受け、危険と引きかえに一獲千金と名声を追い求める冒険者。その性質上、この職業が騎士や武芸者の武者修行の定番コースであることは以前にも述べた。
私は六十五歳になった今でも、彼ら、つまり武芸者の価値観を理解できないところがある。
もと宮廷魔法使いで、今でも大抵の相手に遅れは取らない私だけど、生きるために避けられないなら戦うにすぎない。彼らのように、戦うために生きてる訳じゃないのよ。
でも、時折。
自ら刃に身をさらし、剣に倒れて悔いはないと語る彼らの生き方に、ふと憧憬とも寂寥ともつかぬ感情を抱くこともあるのだ。
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周辺に複数の地下迷宮を有する、迷宮都市リンゲック。この町には、ほとんど毎日のように冒険者を志す者がやってくる。
あれは忘れもしない八年前のこと。
またひとり、若き戦士が現れた。かつては伝説の冒険者として「桜花の剣士」の二つ名を持ち、この時は田舎でスローライフしていたジュリアさんの息子、ヒデトくんである。
彼はすぐに頭角を現し、やがてお母さんにあやかって「桜樹の剣士」と呼ばれるようになった。
思えば暗示的ね。
常識的に考えて、親は子供より先に死ぬ。花は散っても、大樹はその地に根を張って生きてゆく……
話を戻そう。名声を高めるヒデトくんの周りには、様々な人が集まるようになる。冒険者仲間、ギルドの受付嬢、さらには王侯貴族まで。
それだけではない。
彼を討ち果たさんとする、同じ武芸者たちである。
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そしてまたひとり、そんな剣客が現れる。ただこの時、折悪しくヒデトくんは依頼で長期間町を離れていたため、当面の生活費を稼ぐために冒険者ギルドに登録することになった。
「銀の手」のエドガー。
過去の戦いで左手を失ったらしく、希少金属の魔法銀の義手をつけていた剣士だ。そのため両手持ちの武器を使えず、片手剣と盾に特化した修練を積んでいるらしい。
彼は腕が立つのみならず作法をわきまえた人物で、報酬の分け前にも淡白であり、すぐに周囲の信用と好感を得た。
なので、ヒデトくんと戦うのを思い留まるよう説得する者もいたようだ。有力な……言い方は悪いが、利用価値の高い者同士で潰しあってほしくなかったのだろう。
でも彼は頑なだった。
しばらくして、ヒデトくんがリンゲックに戻ってくる。対決の日は近い。
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「桜樹の剣士ヒデトとはそなたか?」
依頼達成の報告ののち、ギルドの酒場で仲間たちと談笑していたヒデトくん。お母さんから「売名目的の同業者に命を狙われるのは武芸者の宿命」と教わっていたためだろう、初対面の相手から果たし合いを申し込まれたにもかかわらず、その態度は落ち着いたものだった。
「しかし、なぜ俺なんです? この町には俺に比肩する戦士は複数いるというのに」
周囲の耳目が集まる。確かに他の人たちにとっても気になるところだろう。
「そなたでなければならぬのだ。何の恨みもないが、拙者はそなたを斬らねばならぬのだ。なんとなれば、この左手は五年前、王都で騎士ビランと立ち合って失ったものであるから」
「ビラン……」
その名前を聞いて、ヒデトくんは納得した様子で頷いた。
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ここでビランなる騎士について略述しよう。
王都の下級騎士で、剣は凄腕だが人格に問題があり、汚職を糾弾した同僚を斬殺して逐電、街道荒らしの盗賊に身を落とした人物である。心の鍛練を怠った剣士の典型といってよい。
そして殺された騎士の息子であり、今や王国を代表する魔法使いの一人となったオリヴィエくんに討たれた。この仇討ちは演劇にもなっている。
しかし当時十二歳のオリヴィエくんに、凄腕の剣士と戦う力はない。実際にビランを倒したのは、助太刀の依頼を受けたヒデトくんだったのだ。
つまりエドガーさんにとっては、かつて左手を失う敗北を喫した相手ということね。
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「あの頃、拙者は己の剣に絶対の自信を持っていた。この世の誰よりも強いと思っていた。その思い上がりを打ち砕いたのがビランであった」
苦い記憶を思い出したのか、エドガーさんは酒をあおる。
「この五年、拙者はひたすら剣の道に邁進してきた。東で御前試合ありと知れば東へ、西に凄腕の剣士ありと聞けば西へ。それ全て、ビランに雪辱を果たさんがためであった。かの者に打ち勝たぬ限り、拙者は左手を失ったあの日から、一歩も先へ進めぬ」
そこでエドガーさんは、ふう、とひとつ息を吐く。心を落ち着ける動作のように見えた。ヒデトくんは、ただ無言で彼の言葉を聞いていた。
「五年だ。肉体を鍛え、研鑽を積み、今度こそ勝てると思えるまでに五年かかった。そしていざ王都に着いてみればどうだ、肝心のビランは刃傷沙汰で逐電し、そなたに……厳密にはトドメを指したのはオリヴィエ少年と聞くが、事実上そなたに討たれたというではないか」
そして彼はヒデトくんに向き合う。
「これ以上の説明が要りますか」
「要りません」
「なれば拙者との果たし合い、お受けくださるか」
周囲の空気が張り詰める。果たし合いとは真剣勝負だ。少なくとも片方、下手をすれば双方が死ぬ。
ほんの少し間を置き、ヒデトくんは静かに答えた。
「承知いたしました。いつなりと、ご随意に」
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果たし合いは、法的な手続きを経た決闘として、日を改めて領主様の城で行われることとなった。
ヒデトくんは、救国の英雄ジュリアさんの子であり、いまや王侯貴族からの覚えもめでたい。有象無象と同等に扱われる人物ではもはやないのである。
そして対決前夜……
ギルドの酒場には、二人だけで静かに杯を交わすエドガーさんとヒデトくんの姿があった。
遠くから見ただけなので、彼らがどんな会話をしていたのかは知らない。
今でも知りたいとは思わない。明日には命のやりとりをする者同士が、まるで長年の友のように酒を酌み交わすさまは……私の筆では到底伝えること叶わないが、第三者が立ち入ることのできない二人だけの世界、打算も遺恨もなく、ただ純粋に命と命をぶつけ合う剣客にしか分からない世界に、言うなればある種の聖域のように思えたからである。
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一夜明け、領主様の城。塵ひとつなく掃き清められた中庭で向かい合うふたり。
立会人として私や領主様のほか、このとき留学していた王女殿下やその護衛たち、そしてヒデトくんと親しい冒険者仲間らが見守るなか……
作法に則り、厳かに決闘が始まった。
ヒデトくんは正眼、両手で剣を持ち切っ先を前に向けた中段の構え。陽光を受けてドワーフ秘伝の業物、お母さんと同じ「オルフラム(黄金の炎の意)の剣」がきらめく。
対するエドガーさんは左の義手に小盾、右手には幅広剣というオーソドックスな装備。剣は義手と同じく、軽量かつ強靭なマルジャでできている。
私は魔法使いなので、剣術にはそこまで詳しくない。だが、当時すでに四半世紀ギルマスを務めていたのだ、どちらも一流の遣い手であることは分かった。空気の張り詰め方が、場の雰囲気が違うのだ。
(ヒデトくん、どうか無事で)
正直に告白しよう。このとき私はヒデトくんの勝利、少なくとも生還を祈っていた。
むろん立場上は公正中立でなくてはならないのだが、彼はジュリアさんの息子だ。そして彼女は、私にとって大切な友人なのだ。公私混同と謗られるなら、批判は甘んじて受けよう。
両者は互いに隙をうかがうように、じりじりと摺り足で円を描くように動く。それぞれの剣の切っ先がゆらゆらと揺れる。
にらみ合いが続き……
「えやぁーッ!」
気合一閃、エドガーさんが電光石火の踏み込みから突きをくり出す! 耳をつんざく金属音が響き、火花を散らせて剣と剣がぶつかった。
ヒデトくんは巧みに攻撃をいなして反撃。母親で師匠のジュリアさんもそうだったが、彼は時間に余裕がない場合を除いて、対人戦では一撃必殺のカウンター狙いを基本とする。
エドガーさんは、これは読んでいたらしく回避。しかし間髪入れず、ヒデトくんの流れるような二連続の斬撃!
ぼとり。
小さな音を立てて、バックラーだったものが地面に落ちた。
神速の刃が、盾を両断したのだ。彼の技量とオルフラムの剣が合わされば、普通のバックラーなど役には立たない。
「ぬう……!」
戦慄的な切れ味にエドガーさんがうめく。ここで両者は間合いを取り、再度にらみ合いとなった。またしても刀身が揺れる。
だが、両者には変化が生じ始めていた。ヒデトくんが泰然自若としているのに対し、エドガーさんは動きに落ち着きがなくなり、肩で息をし始めている。
(ああ、既に呑まれているわ)
私の脳裏に、古い記憶がよみがえる。
ジュリアさんは、現役時代よく他の戦士に挑まれ、ギルドの訓練場で模擬戦の相手をしていた。
そして対戦相手はいずれも、彼女のプレッシャーに気圧され、ただ相対しているだけで体力と気力を削られていったのだ。今のエドガーさんのように。
ビランに味わわされた屈辱的な敗北。その雪辱を果たすべく、全てをなげうって剣に生きた五年の日々。
そしてようやくビランに勝てるとの自信がついた。今こそ誰にも負けない最強の剣士になったと思えた。
しかし、それは幻想だった。目の前の相手は、若くしてビランや自分を凌駕する高みにいる……
いま彼の胸に去来するものはなんだろう。
才能の差に対するやるせなさだろうか。
全てが否定されたような絶望かもしれない。
だが、再度エドガーさんの様子が変わる。緊張や焦りが消え、落ち着いた様子で剣を構えたのだ。その眼差しには一点の曇りもない。
覚悟を決めたようね。次が最後の一太刀になるわ。
そして……
「参る!」
「応ッ!」
両者が同時に踏み込み、すれ違いざまに剣が交差する。
互いに背を向けたまま、微動だにしないふたり。
誰もが息を飲むなか……
「ぐっ……!」
ヒデトくんが片膝をついた!
そして肩当てが、盾の役割を果たす、厚い鉄板でできた左の肩当てが二つに割れ、鮮血がほとばしる。
(まさか……)
私は目眩を覚えた。
しかし次の瞬間。
「ふ、ふふ。上には、上がいた、か……」
エドガーさんの鎧の草摺(スカートアーマー)から、滝のように血が流れだす。そして彼は両膝から崩れ落ち、どうと血だまりの中に倒れた。
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「勝負あった! 治癒師、急げ!」
領主様の叫びに応え、治癒魔法が使える者が総出で対処に当たる。
服の上から膏薬を塗っても効き目がないように、ヒーリングは地肌に直接かけるのが最も効果がある。冒険者のヒーラー、フィーネさんが鎧をむしり取るが、傷を見た瞬間にその表情は強張った。
「もう、治癒は間に合いませぬ……」
「あ……諦めてはいけませんわ」
「よいのです……貴女も手遅れと分かっているはず。されど拙者とて剣客の端くれ、剣に倒れて悔いはござらん……それより、ヒデト殿を」
「俺ならここに」
「お見事。若くしてこの域に達するとは……そなたなら、あるいは……母君を超えるやも、しれませぬ、な……」
「励みましょう。命を賭して戦ったあなたの名誉のためにも」
「かたじけない……最後に……そなたの如き達人と立ち合えて、本望に、ござ」
そして彼は目を閉じた。
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「やっぱ、新品だとそこだけ浮いてるな」
「なに、盾のパーツだ、すぐ傷だらけになるさ」
葬儀も終わってしばらく経った頃、冒険者ギルドの酒場。ダンジョンから帰還したヒデトくんが、真新しい肩当てを撫でながら仲間と雑談していた。果たし合いで壊れたものは修繕せず、そのまま保管することにしたらしい。
しばらくして。
巷の吟遊詩人が、先の決闘を新しい歌にして歌い始めた。その中でエドガーさんは、敗れはしたが桜樹の剣士と紙一重の死闘を演じた武人と讃えられている。
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「運命なんて、賽の目がひとつ違うだけで変わるものね」
下書きを終えて、私は紅茶を飲みつつ独りごちる。
ヒデトくんがビランを討ち取った仇討ち。もしエドガーさんがもう少し早く王都に戻っていたら、リンゲックに来ていたら、彼がビランと戦って雪辱を果たしたかもしれない。そうなればヒデトくんと戦う理由もなく、そのまま冒険者として活躍してくれたろう。
それを巡り合わせと片づけるのは容易い。だが、友となれたであろう二人が刃を交えたのが天運だとしたら、神様はずいぶん気まぐれで、そして残酷だ。
けど、その一方で思うのよ。
ひと振りの剣に全てを賭けて斬り結ぶ、それが彼ら剣客の……修羅の世界の友情なのではないか、とね。
エドガー
4話のバルドに続いて、別に悪いことをしてない人その2。人間性にも問題ないし、主人公の言うとおり少しタイミングが違ってたら仲間になってくれたかも。実は義手に初見殺しの隠し武器を仕込んでいる案もあり、剣の才能に限界を感じて不意打ちに頼ったことを後悔しながら死ぬ展開も考えたのだが、文字数の都合で正統派の剣士になった。
マルジャ
ミ○リルのこと。
ビラン
詳細は別作品「桜花の剣士と桜樹の剣士」3章を参照。ダジャレじゃないよ!
ヒデト
上記の作品では魔法も使ってるのに、今回は出番がなかった。メタ的には時代劇のノリで書いたからなんだけど、模擬戦と違い攻撃魔法抑制の魔道具を使ってないから、周辺の被害を考えて剣だけで戦ったのかもしれない。ていうか相手が人間ならオルフラムの剣がいちばん殺傷力高いだろうし、中庭の広さ的にあまり間合いを取れないから、魔法使ったら発動の隙に接近されて逆に危険かもだし。ところでエドガーとの最後のやりとりは「剣客商売」の印象的なエピソード「まゆ墨の金ちゃん」の影響が出てるなあ。まあいい私は初心者だ、初心者は好きな作品の真似から始めるものですよ。
オルフラムの剣
最高品質の武器。異なる金属を使用しているため刃文が金色で、それが炎っぽく見える。
主人公
強い魔法使いだけど本質的には日常の世界の住人なので、修羅の世界の住人であるヒデトやジュリアとはどこかに溝があるのよね。でも、日常の世界に生きるこの人が側にいてくれるから、彼らも壊れずに済んでるところがあるんじゃないかなあ。ジュリアの方は手遅れかもだけど。
ヒーリング
本作の治癒魔法は、スプラッタ状態から一瞬で完治するほど都合よくない。だって敵味方関係なく、瀕死から「回復魔法です! HPフルに戻りました! また最初からやり直し!」なんてされたら白けるじゃん。イメージ的には治癒力を高め、回復の速度を怪我によるHP減少より早くする感じ。つまり傷が大きすぎれば助からない。それに消耗したスタミナや失った血液は回復しないし、鎧はぎ取らないと十分な治療はできないしで、戦闘中の治療は応急処置どまり。なのでヒーラーがいても無茶は禁物。