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012 クランの抗争、ふたりの魔法使い

 冒険者の本場ともいうべき町、迷宮都市リンゲック。

 ここで地下迷宮ダンジョンに挑む冒険者たちは、人数という観点では大きく三つに分かれる。


 まずはソロ。

 一人で活動する人たち。実際には単独活動は危険なので、その都度適当なメンバー数人が集まることが大半だけどね。

 単独活動の理由もまちまちで、稼ぎが少ないから多人数で分配するとやっていけない者、協調性に問題があり特定の集団で長続きしない者、逆にどこででも通用する腕と協調性があるため、あちこちの助っ人に誘われる者などがいる。


 次にパーティ。

 三人から五人ほどの固定メンバーで活動している人たち。同じ顔ぶれゆえに連携を高めやすいため特定のダンジョンを専門にする傾向が強く、町に素材や資源をもたらすうえで重要な役割を担う。


 最後はクラン。

 多数が所属して普段から協力し合い、依頼の際にその都度最適なメンバーを選ぶ人たち。正確な意味ではないが、ここリンゲックでは有力な冒険者を中心としたグループ、一種の派閥みたいなものを指す俗称となっている。


 そう、()()()()()()が率いるグループだ。彼らの多くは実力に比例してプライドが高く、我こそリンゲック随一の猛者なりと自負する者が少なくない。


 そんな自信家同士が顔を合わせればどうなるか?

 おおよそ想像はつくだろう。


 もう三十年も前。私がギルマスになって間もない頃の話だ。


 ━━━━━


 冒険者ギルドの一階には掲示板があり、毎朝、緊急の場合は随時、依頼が貼り出される。

 その内容は多岐に渡るが、時たま、利害が衝突する依頼が出されることがある。これが厄介なのよ。


 例えば、一体しかいないモンスターの、一本しかない角がレアな素材とする。

 その素材が欲しい人が二人いる。魔法使いのAさんと鍛冶屋のBさんだ。

 AB両氏は、モンスターを討伐して角を採ってきてほしいという依頼をギルドにもってきた。


 さあ大変だ。角は一本しかない。AさんとBさんは素材を取り合うことになる。

 つまりAさんの依頼を受けた冒険者と、Bさんのを受けた人とは、その間は敵同士になるってことね。


 そして、ナンバーワンの地位を巡って張り合っている人たちの中には、ライバルがそんな依頼を受けたと知るや、すかさず対立勢力からの依頼に飛びつく人がいるのよ。


 ━━━━━


 ナッシュとクリスティアン。当時の冒険者のなかで、魔法使いナンバーワンの座を巡っていがみ合っていた人たちだ。それぞれが十人ほどの……言い方は悪いけど取り巻き、子分を引き連れて、今の若者ふうに言うならイキっていたわねえ……


 確かに、実力的には申し分なかった。四六時中もめ事を起こすため、ギルドの職員や冒険者たちからは腫れ物扱い、もっと露骨に言えば嫌われていたけど。


 私も魔法使いの、あるいは人生の先輩として、力を誇示するのはよくないと再三忠告はした。


 でも、彼らは聞く耳を持ってくれなかった。今にして思えば、一般論としては冒険者よりはるかに社会的地位の高い宮廷魔法使いの職を、結婚のため自ら辞した私への妬みもあったのかしら……。


 それ以上に、当時まだ三十代、冒険者の経験がなくギルマスとしても日が浅かった私は、二人の言葉を借りるなら「冒険者の流儀も現場のことも知らない頭でっかちのエリート様」だそうで、ひと癖ある問題児たちを黙らせるだけの貫禄がなかったのだ。それが今でも悔やまれる。


 彼らが繰り広げた抗争に関して、細かく記すのは止そう。文字数の都合もあるし、素材争奪戦のたとえから察しはつくでしょう?

 そんな犬猿の仲の二人、彼らの率いるクランが共闘する事態が発生する。


 スタンピード。魔物の異常発生だ。


 ━━━━━


「我々のクランメンバーはみな勇敢に戦った。しかるにナッシュは、卑劣にも背後より攻撃してきた。これは我々に手柄を奪われるのを恐れたためである。よってかの者に厳罰を下されんことを望む!」

 これに対し、ナッシュは机を叩いてまくし立てる。


「冗談ではない! クリスティアンのクランメンバーはリーダーに似て臆病とみえ、敵前逃亡を試みたのだ! これはその場にいた他の冒険者たちも、領主様の兵も見ている。無様にも敗走した結果、味方の攻撃に背を晒したにすぎない。罰せらるべきはメンバーを統率できなかった無能なクリスティアンにほかならない!」


 法廷は不毛な水掛け論が繰り返されるだけで、もはや口論を通り越して罵倒の応酬となっていた。


 事のあらましはこうだ。


 スタンピードを迎撃する際、ふたつのクランは最前線で戦った。お互いに相手の顔を潰したいからだ。

 ところが、ナッシュの放った攻撃魔法がクリスティアンのクランメンバーを巻き込んでしまい、死者が出たらしい。


 これに対して両者は先ほどの主張を展開。ただ問題なのは、その場にいた人たちの証言が食い違っていて、どちらが本当なのか分からないこと。

 なにしろ、誰が敵で誰が味方かも分からない乱戦だったというから、正確に周囲を把握していた者がどれほどいたやら。


 それ以前に、対立する両者から賄賂を受けるなり圧力をかけられるなりして、彼らに都合のいい供述をしている者が相当数いると思われた。証言はあてにならないということね。


 ついには聖遺物せいいぶつ(聖人の遺骨など神聖とされるもの。これを前に嘘をつくことは神への冒涜とされるため、宣誓や証言に用いられる)まで引っぱり出されて真実を語るよう求められた二人だが、主張を変えることはなかった。地獄に落ちてでも相手に屈するのが嫌だったのか、本人も自分に都合のいい主張を信じきっていたのかは知らない。


 そして……


「かくなる上は、神明裁判しんめいさいばんを要求する!」


 ━━━━━


 神明裁判とは、どちらの主張が正しいかを神の判断に委ねる、文字どおり「神」様が真実を「明」らかにする裁判のことだ。


 その方法は複数あり、焼けた鉄の上を歩いて傷が腐らなければ無実とか、清浄な水に沈んで浮かんでこなかったら無実(これはインチキだと思う。もともと人間の体は水に浮くように出来てるし、仮に無実になっても溺死するわよ。名誉は守られるけど)とか、変わったところだと乾いたパンを一気に飲み込んで窒息しなかったら無実とか、ほとんどビックリ人間コンテストみたいな方法が多い。


 でも、他にもよく使われる方法がある。


 決闘だ。


 ━━━━━


 エスパルダ王国は、初代国王のもとに集った勇士たちが魔物や蛮族を駆逐し、文字どおりエスパルダで建国された歴史から武勇を貴ぶ。

 なので、どこの町にも闘技場があるものだ。ここリンゲックも例外ではなく、人口密度が高いことから手狭ながらも複数の、劇場や避難所を兼ねる建物がある。


 その日。

 場末の小さな闘技場、いつもは柄の悪いお兄さんや酔っぱらいのおっさんが口汚いヤジを飛ばしている(らしい。私は行ったことがないのでギルド職員から聞いた話だけど)その場所は、一種異様な緊張感に包まれていた。


 百に満たないおんぼろの客席には、見届け人として私のほか領主様の家臣の方と、魔法の誤射から建物や周囲を守るため、防御魔法に長じた魔法使いが数名のみ。がらーんとした会場の空気がピリピリして、暑い季節でもないのに無性に喉が渇いたのを覚えている。


「不仲であろうとギルドの構成員同士でしょう? 命のやりとりだけは思い留まってちょうだい。スタンピード迎撃の参加者に、もういちど話を聞いてみるわ」


 私は最後の説得を試みた。無駄だった。


 そして……


 神明裁判を兼ねた三対三の団体戦、決闘なので文字どおり命を賭けた闘いが行われることとなったのである。


 ━━━━━


「卑劣漢め、神の眼は欺けまい」

「それはこちらの台詞だ。貴様をれる日をどれほど心待ちにしたことか」


 両チームとも、リーダーのナッシュとクリスティアンが魔法使いである以外は戦士。今回は純粋な武力衝突なので、探索要員の斥候スカウトや狭い場所では力を発揮しにくい弓使いはいない。


 殺し合いの幕が切って落とされた。

 おそらく短時間で決着するだろう。ここは狭い、両者とも魔法を使えるのは数回が限度だろうから。


 ひとり、またひとり。

 将来ある若人わこうどが命を粗末にしてほしくない、という私の願いを嘲笑うかのように戦士たちが倒れてゆき……

 とうとう立っているのは魔法使いの二人を残すのみとなった。


 盾となる前衛は全滅、遮蔽物のない闘技場、魔法の威力が減衰しない近距離、肉体的には頑丈とは言いがたい二人、実力は拮抗しており魔法の発動速度はほぼ互角。


 ここまで書けば結末は察しがつくと思う。


 ━━━━━


 ガラガラという車輪の音を虚ろに聞きながら、私は教会へ向かってゆく荷車を見送った。

 その上には、ぼろ布にくるまれた六人の遺体……。残ったクランメンバーにより、日を改めて葬儀が行われるだろう。


 結局、領主様によってスタンピードでの一件は「乱戦の中のことゆえ詳細は不明、魔物の攻撃によるものと思われる」との裁定が下された。要は捜査の打ち切り、もみ消しである。


 両クランのメンバー以外、これといって異を唱える者もなかった。はっきり言って彼らの抗争など、部外者にとってはどーでもいいことなのだ。領主様にしたって、「これ以上人の手間を増やすな」というのが偽らざる本音だったに違いない。


 リーダーを失った両クランは、すぐに分裂して自然消滅する。あるものは生き残りのメンバーでパーティを結成し、またあるものは別のクランへ移籍といった具合に。

 その残った面々も、いがみ合っていた張本人が亡くなったため和解とまではいかずとも抗争は止み、ギルドは少し平穏になった。


 そして半年もする頃には、ナッシュもクリスティアンも皆の記憶から綺麗さっぱり消えてしまった。もともと人死には冒険者稼業の常なのだから仕方ないところもあるけど、彼らが争わなければ反応は違っていただろう。


 ━━━━━


「……とまあ、昔そんなことがあったのよ。あなたたちは厄介ごとを起こさないでちょうだいね?」


 そう言って私は紅茶を一口飲む。魔法研究や古代の魔道具マジックアイテムを発掘する本場である迷宮都市リンゲックでは、定期的に有力な魔法使いが集まって交流と情報交換の場が設けられるのだ。


「ご心配には及びませんよ。そこまで感情的ではないつもりです」

「それに、命のやりとりは魔物だけで間に合ってますからね」


 で、私は今でもこの町の魔法使いたちを束ねる立場にある。ギルマスは引退したけど魔法使いとしては現役だものね。還暦を過ぎてようやく威厳が出てきたのか、皆は概ね理解を示してくれるようになった。


「それに、対立している相手に助けられることも考えられるからね。そうなったらむっちゃ気まずいわよ」

 お菓子をかじる亜麻色あまいろの髪の美女はメイベルさん。かつては冒険者として鳴らし、今は魔法工房で働いている、リンゲック有数の魔法使いである。


「あなたが言うと説得力があるわね……」

「うぐ。マスター、黒歴史をほじくり返さないでください」

 彼女は冒険者時代、過剰な威力の魔法攻撃を行う悪癖があり、必要最低限の攻撃しかしない人たちとは、敵対とはいかないまでも反りが合わなかった。しかしダンジョンに取り残された際、そのグループに救助されて命を拾った苦い経験があるのだ。


 感情を持った人間なら、相性の良し悪しがあるのは仕方のないことだ。かくいう私だって、今までの人生で不仲だった人は何人もいる。


 でも、考えをことにするならするで、その中で妥協点を探すのが人の知恵というものだろう。

 ましてや私たちは魔法使い、強大な力を持つ存在だ。その力を誤用や悪用しないためにも、皆には強い自制心と協調性を持ち、相互理解に努めてほしいものね。


 ━━━━━


「で、別の意味で自制心を持ってほしい人がコイツか……まったくもう」


 王都からの手紙に目を通して、私はこめかみを押さえる。

 差出人は宮廷魔法使いの女性陣、つまり昔の職場の後輩たち。内容は、同僚のセクハラに対する苦情だった。


 なぜ私にそんなことをって?

 問題を起こしてるのは元リンゲックの冒険者、私の弟子も同然の人物だからよ。


 くだんのセクハラ常習犯、「青の大魔法使い」ことジェイクは、悪気はないもののデリカシーに欠けるところがあって、言葉の端々にエロワードが混ざるのだ。

 立場が人を作るというから、宮廷魔法使いになれば少しは態度が改まるかと思ったんだけど、まだまだ先は長そうねえ……


 さすがの私もちょっとキレたわ。


「よし、ギルマスを引退して自由になったことだし、里帰りついでにお灸を据えに行きましょうか」

ナッシュ&クリスティアン

主人公ほどの実力はないだろうし、自分らには無理な宮廷魔法使いの地位を捨てた主人公が気に食わなかったんでしょうね。その劣等感が傲慢な態度や攻撃性になった。なお対立する依頼はこいつらのように率先して受ける者もいるけど、逆に「あいつとやり合うのはゴメンだ」と、片方は誰も受けないなんてことも。そういう意味でも依頼は早い者勝ちなのである。


主人公

王都への里帰り、私的な用件だけど国賓クラスの扱いを受けたんじゃないかな。一話では自分のことを「英雄たちの活躍を見届けた歴史の立会人」みたいに書いてたが、その英雄たちを人望でまとめ上げたこの人こそ最大の英雄だろう。水滸伝で言うなら勇者は林冲や史進、この人が宋江のポジ。


メイベル

冒険者から職人に鞍替えした詳細は三話参照。設定だと主人公より四十歳以上年下なので、この時点では二十歳を少し過ぎたくらい。のちに「魔道具の匠」と呼ばれることになり、また同じ町に住んでることもあって主人公や領主とは長いつき合いになるのだが、それはまた別の話だ。


ジェイク

勇者ジュリア(四話参照)に続いて、悪気がないから余計タチが悪い人その2。この時点では三十歳少し前くらい、あと十年もしたら少しはまともになる、かも。

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