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010 【また鬱展開。読むのはお勧めしません】復讐、それとも破滅願望? 盗賊殺しのジョワ

【警告! 引き返すなら今のうち!】

女性への性的暴行、家庭内暴力を連想させる描写があります。また、今回も超絶鬱展開です。救いは全くありません。ご注意ください。

 冒険者の仕事は多岐に渡る。


 地下迷宮ダンジョンでの資源採掘、人や輸送物資の護衛、魔物モンスターの討伐、およびその毛皮や牙などの素材回収、その他もろもろ。


 でも、全種類の依頼を満遍まんべんなくこなす者は滅多にいない。各自が得意分野を見つけ、それをメインに活動している者が大半だ。なので近年は冒険者という呼び方はやめて、討伐者とか採集者と呼ぶことも増えてきた。


 そんな冒険者の中には、時として特定の存在に異常なまでの執着や敵対心を持つ者がいる。故郷をドラゴンに滅ぼされた少年がそのドラゴンを倒す英雄譚があるが、あれは決して物語だけの話ではないのだ。


 ━━━━━


 冒険者ギルドが一番忙しい、そしてやかましい時間帯は朝だ。掲示板に依頼が貼り出され、見る間に剥がされてゆく。なにしろ美味しい依頼は早い者勝ちだから皆殺気立っており、争いの声も絶えない。

 逆に言えば、人気のない依頼は売れ残る。当然よね。


 そんな不人気依頼のひとつが盗賊の討伐だった。

 大抵の場合、ハイリスクローリターンなのだ。


 リスクは説明不要だろう。相手は人間だ、知恵がある。腕利きの戦士でも、思わぬ不覚を取りかねない。

 リターンもお察し。大抵はろくな戦利品も得られないし、ごく稀な例外を除けばザコ狩り扱いで名も上がらない。これでは受けたがる者が少ないのも当然といえる。


 といって放置しては治安に関わるし、領主様の兵も盗賊だけにかかりっきりにもなれない。なのでギルドは依頼受領の判断基準となるランクアップ査定に色をつけて人を募っているのが現状だ。


 でも何事にも例外はあり、盗賊退治を好んで受ける冒険者もいる。彼もそうだった……


 ━━━━━


 ギルドを訪れる一般人は、なにも依頼人だけではない。たまには、冒険者や職員の肉親が訪ねてくることもある。


 ある日。冒険者の父親を名乗る人物が、息子に会いにきたと言ってきた。調べたところ該当する人物は休んでおり、一階の酒場を見渡せばすぐ見つかった。


 容貌魁偉ようぼうかいいとか眉目秀麗びもくしゅうれいとかではない。でも目立つのである。


 その冒険者は、まるで周囲との関わりを拒絶するかのように、独りで酒を飲んでいた。

 肉弾戦を行う職業にしては背が低めで、体格もあまりよくない。だがギョロリとした目、ねめつけるような眼差しには、手負いの獣が今にも飛びかかってきそうな剣呑さがある。過去の激戦を物語るように、全身の傷も多い。


「盗賊殺し」のジョワ。なおこれは仮名だ。異名のとおり、好んで盗賊の討伐依頼を受ける単独活動ソロの戦士だった。


 その技量は決して突出してはいない。上位の実力者には勝てないだろう。にも関わらず二つ名がついているのは、彼の戦いぶりが印象に残るからだ。

 共闘した者の話によると、まるで狂ったように敵の中に飛び込み、死を恐れず無茶苦茶に暴れるという。こういったタイプは乱戦になると怖い。


 ともあれ、職員がお父様を彼の席に案内する。あとは部外者が立ち入ることではない。ところが、親子水入らずのひとときを過ごしているのかと思いきや、三分も経たないうちに怒鳴り声が響き渡った。


「てめえ、父親に向かってその口のききかたはなんだ」

「やかましい、おらには父親てておやなんぞいねえ」

「この恩知らずめ、いいから出せって言ってるんだ」

「誰が出すか、いい加減にしねえと、ぶち殺すぞ」


 争う声は殺気だっており、このままでは流血沙汰になりかねない。手近にいた数名が、見かねて仲裁に入る。


「畜生め、酒がまずくなっちまった。何でもいい、仕事は残ってねえか」

 ジョワさんは乱暴に席を立ち、依頼掲示板の貼り紙を手当たり次第に何枚か剥がすと、受付カウンターを経てギルドを出ていった。応対した受付嬢に事情を聞くと……


「どうも、故郷から来たお父様からお金の無心をされたみたいですね」

「それを拒絶してあの態度、ってわけね……。世の中、仲のいい親子だけじゃないとはいっても……」


 冒険者は、幸運に恵まれれば一攫千金も夢ではない。親兄弟、会ったこともない親戚、自称元カノ。こういうケースは時たまあることだった。


「畜生め、育ててやった恩を忘れやがって」


 そう吐き捨てて、ジョワさんのお父様は出ていった。この時はこれで終わったものと思っていたけど……


 ━━━━━


「ぶふぉっ! なっ、何ですってぇ!?」


 息を切らせてすっ飛んできた職員の報告に、私は思わず紅茶を吹き出した。事のあらましはこうだ。


 先日、近隣の町から盗賊討伐、およびさらわれた被害者救出の依頼がきた。かなり悪どい連中で、襲撃のたびに拠点を変え、一年近く前からあちこちで犠牲者が出ていたらしい。


 真っ先に飛びついたのはむろんジョワさんだ。他にも数人の冒険者が受領しアジトに向かった。


 討伐は上手くいったが……


 なんとジョワさんが突如乱心し、あろうことか捕らえられていた被害者に斬りかかったというのである!


「間違いなく乱心なの? 魔法で混乱させられたとかじゃなく」

「残念ですが報告の限りでは。盗賊団にそんな高度な魔法を使えるやつはいませんよ」

「そうよね……」


 幸い、その場にいた他の冒険者が彼を取り押さえ、死者は出なかった。

 だが言うまでもなく、救出対象への意図的な攻撃はギルドの信用を著しく失墜させる背信行為である。事情を問わず、厳罰をもって臨まざるをえない。


 私はジョワさんが拘留されている牢獄に向かう。再発防止のため、事情聴取をする必要があった……


 ━━━━━


「普段はこんなことしねぇんですがね。あの野郎が無心に来やがったせいで、おらもどうかしてたんで」

 そう言う彼の表情は、むしろ晴れやかにすら見えた。まるで、長い苦しみから解放されたかのように。


「あなたのしたことはギルドの規則に著しく反するわ。厳罰は覚悟しておいて。ただ、なぜこんなことをしたのかだけは聞かせてちょうだい。罪を軽くするためにもね」

「刑はどうでもいいんですがね……。さて何から話したもんやら。へっ、ちっとくらい愚痴を聞いてもらっても、罰は当たらねぇか……」

 そしてジョワさんは、ぽつり、ぽつりと語り始めた。


「おらぁ、ある意味でててなし子だった。アイツはおらの本当の親じゃねぇ」

 血縁はなかったのね。言われてみれば、あの人の見た目はジョワさんとは全然似ていなかった。


「よくある話でさ。おらが生まれる少し前、村が盗賊に襲われた。男衆がたくさん殺され、金や食い物……それに何人かの女も奪われた。その一人が、おらのおっ母だった」


 ああ……話が見えてしまった。私は暗澹たる心持ちになり、思わず目を閉じて天井を仰ぐ。


 その盗賊団は半年ほどで捕縛、処刑されたのだが……


「賊のねぐらで見つかったとき、おっ母の腹はもう大きくなってた。その中にはおらがいた。誰が父親か分からねぇおらが」


 お母様は村に帰ったが、周囲の……特に、いちばん寄り添ってあげねばならない家族の風当たりは、冷たいものだったという。


「おっ母は、それ以来『夫婦めおとらしいこと』ができなくなったらしいんで。何人もの盗賊に、入れ替わり立ち替わりされたことを思い出してね。アイツはそのたんびおっ母をった。『俺とじゃ嫌だってのか、このあばずれめ。そんなに盗賊のモノは良かったかよ』って。時には、無理やりおっ母を」


 暴力の矛先は、もちろんジョワさんにも向かう。


「朝から晩まで野良仕事にこき使われ、理由がなくても殴られた。飯もろくに与えられねぇから、虫やミミズを食って飢えをしのいだもんでさ。夏の終わりが楽しみだったなぁ。麦が収穫できるからじゃねぇ、おらの口にゃ入らねぇから……。死んだセミがいっぱい落ちてんだ。あれ、美味いんですぜ」


 そんな胸がむかつくような昔話がどれほど続いただろう。彼の言葉は次第に、乱心の件に向かってゆく。


「さっきも言いましたが、普段は何を見ても仕事と割りきってましたし、割りきれました。でもアイツに会って心が……へっ、こんなおらに心が残ってたなんてお笑い草ですがね、ささくれだってたんでしょうね。賊になぶられ、腹のでかくなった娘っ子を見たとき、かっと体が熱くなって、頭の中からおらが飛び出したみてぇに、何も考えられなくなったんで」


(こいつはおっ母と同じだ)

(こいつの腹の中にいるのはもう一人のおらだ)

(生まれてきた子供は、おらみてぇな目にあうだけだ)


「そう思ったら、体が勝手に動いたんでさ。おら、難しい言葉はよく分かんねぇが、その、なんだ、『同じ悲劇を繰り返させちゃなんねぇ』みたいな感じですかね? あの娘は、もうすぐ盗賊の子を産む。その子が幸せになれますかね? 生まれてこない方が幸せじゃないですかね?」


 ━━━━━


「……よって原因は、犯人の過去のトラウマに起因する衝動的、かつ突発的なものであり、他の冒険者による同様の事件が起きる可能性は、きわめて低いものと……」


 ギルドの執務室に戻った私は、事情聴取をまとめる。再発の可能性は低くとも、とにかく構成員の綱紀粛正こうきしゅくせいを徹底しなければならない。


 手を動かすたびに、カリカリと紙をこする音がする。

 毎日のことのはずなのに、ペンを走らせる微かな響きさえもが神経を逆撫でするように思えた。


 ━━━━━


 私はジョワさんを除名、永久追放処分とした。


 依頼はあくまで賊の討伐と被害者救出。仕方のないことだ。


 さらに言うなら、生還した被害者がその後どうするか、どうなるかはギルドの関知するところではないし、幸せかどうかを決めるのもジョワさんではなく本人だ。第三者に口や手を出す権利はないのである。


 そしてジョワさんは……


「へっ、やるこたぁ何も変わらねぇや」


 奴隷に落とされ、盗賊などの討伐に当たることとなった。戦奴隷いくさどれいというやつね。


 ちなみに彼を買ったのは領主様だった。

 示しがつかないからすぐにとはいかないが、頃合いを見て解放してやるつもりだと仰っていた。いくばくかの同情を覚えたのだろう。


 でも、その日が来ることはなかった。戦奴隷としての初陣で、一本の流れ矢があっけなく彼の命を奪ったのだ。


 ━━━━━


 話は前後するが、ジョワさんが捕縛された翌日。


「おい、あの野郎はどこだ」

 お父様が再びギルドを訪れた。またお金の無心らしい。


「このギルドは、冒険者の家族をこんなふうに扱うのか。せっかく親父が会いにきてやったってのに、隠しだてすると承知しねぇぞ。さっさと俺の息子を出しやがれ。ええい、下っ端に用はねえ。ギルマスを出せ」


 ゴネ続けるのに苦慮したのか、暴れそうで怖かったのか……受付嬢が私を呼びに来た。


「なんでぇ、ギルマスなんて言うからどんな強面こわもてかと思ったら、チビのババアじゃねぇか。おら、とっとと息子に会わせろ。どこにいるんだ」


 失礼な人ね……。私は怒りを抑えつつ、彼の居場所を伝えた。あなたの息子さんは殺人未遂のとがで牢獄にいる、と。


「買い手がつきしだい、彼は犯罪奴隷となります。そうなったら自由に会うのは難しいでしょう。場所はお教えしますので、今のうちに会いに行ってやってください」


 それを聞いたとたん、お父様の顔からは血の気が引き、周囲の顔色をうかがうような態度に豹変する。


「こ、こりゃとんだ失礼を……。ひ、ひと違いでさぁ。そんな凶状持ちはあっしの息子じゃあねぇ。うちにゃそんな奴ぁいませんぜ、へ、へへ……」


 さっきまでの態度が嘘のように、卑屈なまでに頭を下げて去っていくお父様。でも私には、()()()がはっきりと聞こえた。


『ちっ! あん畜生、死ぬのは構わねぇが、カネをよこしてから捕まりやがれ! 役立たずめ』


 ━━━━━


「ふう。書き物をすると肩がこるわね」

「母さん、あんまり根を詰めすぎないでよ」

「あら、ありがとう」

 息子が肩を揉んでくれる。ああ、気持ちいい……。


 ジョワさんは死に急いでいたのだろうか。

 私や息子がそうであるように、大抵の命は男女の愛の結晶として生まれてくる。そうでない自分は不要な命だと。


「そういや母さん、劇場の次の演目はあの仇討ちだってさ」


 十年近く前、若き日の二代目勇者らが少年の仇討ちを助け、凄腕の剣客である騎士くずれの盗賊と戦った。ドラマチックな展開は劇になって大ウケし、今では定番演目のひとつになっている。


 この時は訳あってトップクラスの冒険者が揃い踏みしたのだけど、大抵の盗賊退治はそうもいかない。なのでギルドがランク査定に色をつけて人を募っているのは、今も変わらない。


 その際、ギルマスだった頃の私が少しだけ職権を濫用していたのは内緒だ。もう時効でしょうけど。


「そう。じゃあ久しぶりに、みんなで観劇に行きましょうか」

ジョワ

初期案ではエト(エトランゼ=異邦人、余所者)という名前だったが、ジョワ(喜び)に変更。たぶんエトが本当の名前で、ジョワは主人公が「せめて次に生まれてくる時は」という願いをこめた仮名だと思う。ちなみにフランスの騎士の勝鬨は「モンジョワ(わが喜び)!」である。そういえば漫画「ベルセルク」にこんな話があった気がするが、別に意識して真似た訳ではない。本文中の台詞にあるように、殺伐とした世界じゃよくある話だろうし……。むしろ参考にしたのはチンギスハーンの子ジュチ(客人の意。后が敵に捕らわれた際に身籠った)かな。


ジョワの父

典型的なろくでなし。ずいぶんな態度だったけど、主人公がもと宮廷魔法使いで、領主にも顔が利き勇者とも親しいと知ったらどんな反応するやら。


主人公

しれっと現役時代の職権濫用をカミングアウト。でもたぶん領主、ていうか皆は知ってて「マスターは女性だから、女の敵にはそれ相応の態度があるよね」と黙認ないし共感してたと思う。


主人公の息子

主人公の躾がよかったのか孝行息子みたい。ちなみに主人公は息子夫婦、孫の親子三代で同居してる。


領主様

ジョワに同情するあたり割といい人らしい。


例の仇討ち

トドメを刺したのは少年。もっとも勇者が残りHP1&行動不能までお膳立てしてたけど。父の無念を晴らさんとする少年、その心意気に感じこれを助ける勇士たち、共闘により芽生える友情という構図は分かりやすく庶民ウケした。

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