後
遠くに光が見える。
あの光にむかっていこう・・・
そうすれば、きっと・・・
きっと!
気が付くと僕は森の中を漂っていた。
いつから、どのくらいの間、こうしていたのか分からない。
覚えているのは、ただ、光を目指して飛んでいたことだけ。
ふわふわと漂う自分の姿は、なんとはなしに人の形らしきものをしている。
ただ、そのむこうの景色が透けて見えていて、多分、ちゃんとした生き物、じゃない。
こんな姿になっても、僕にはやることがあった。
彼女を探さなくちゃ。
きっと、彼女はここにいる。
だって、あの光のなかに、僕は確かに、彼女の姿を見つけたんだから。
逸る気持ちを抑えつつ、僕は森のなかを飛び続けた。
早く。早く。
あの木のところを越えたら、あの大木のところを曲がったら。
彼女の笑顔があるような気がして。
休むことなく、僕は飛んだ。
からだは軽い。空腹も疲れも感じない。
僕には休息は必要なかった。
なんて有難い。
彼女を探すためだけに、僕は時間のすべてを使えた。
きっと、もうすぐ。
多分、あと少し。
そう思い続けて、探し続けた。
森の木が芽吹き、花が咲いて、雨が降る。
木々が色づき、葉を落として、冬枯れの木立に雪が積もった。
そんなことを何回繰り返したのかは分からない。
それでも、どんなに時を重ねても、胸のなかの焦燥感は薄れなかった。
彼女に、会いたい。
今すぐに、会いたい。
森に棲んでいたエルフたちは、いつの間にか姿を消した。
人間たちがやってきて、近くに小さな村を作った。
村は少しずつ大きくなって、人も少しずつ増えていく。
子どもが生まれて成長し、大人になって、年老いていった。
人間たちは、毎年、灯火の儀式を行っていた。
灯火式の季節になるたびに、僕はどうしようもなく悲しくなった。
灯火式だけは、見たくない。
その日だけは、いつも大木の洞に籠って、やり過ごすようになった。
その年も、そうやって洞に隠れていたら、いきなり目の前に明るい灯が差した。
「あ。」
そう言ったのはどっちだったのか。
もしかしたら、両方だったのかもしれない。
「みーっけ。」
にっこり笑った顔は、見間違えるはずもなかった。
ずいぶん、幼い姿になってしまっているけど。
僕らは幼馴染だったから、そんな姿でもちゃんと分かる。
「またこんなところに隠れて泣いていたの?リクオル。
ほんっと、泣き虫だねえ?」
彼女が僕の名前を呼んだ途端、透き通っていた姿が、みるみる色と形を持った。
僕も彼女と同じくらいの年頃の、小さな少年の姿になった。
ただ、彼女と少し違うのは、僕の背中には、小さな羽が生えていた。
僕はできたてのからだで彼女の首にすがりついた。
だいぶ小さくなってしまったけど、なんとか彼女の首に腕は回った。
言いたいこと、いっぱいあったはずなのに、いきなりそれ全部、忘れてしまった。
ただ、彼女から伝わる体温がとてもあったかくて、僕は、もう絶対絶対離すもんかとしがみついた。
「・・・ちょっと、苦しいんだけど・・・?」
彼女は迷惑そうにそう言った。
その言い方も彼女そのものだったから、僕はますます嬉しくなって、彼女をぎゅうっと抱きしめた。
彼女は呆れたようにため息を吐いてから、僕の背中に腕を回して、優しくとんとんしてくれた。
もうずっとずっと、永遠にこうしていたい。
だけど、やっと会えた彼女の顔も見たいし、いろんなこと話したい。
ふたつの気持ちに引き裂かれていたら、本気で怒った彼女の声がした。
「リクオル、いい加減にして。」
あ。ですよね?
僕はちょっとだけ腕の力をゆるめて、彼女の顔を覗き込んだ。
「名前、覚えてくれてたんだね。」
「あったりまえでしょ。」
答えた彼女はちょっと誇らしげだった。
それから彼女は、いつものお叱言口調になった。
「また会える、絶対見つける、って言ったのは、リクオルなのに。
こんなところに隠れてちゃだめじゃない。」
「探したよ?もうずっと、ずーーーっと。毎日毎晩探したよ。
だけどさ、灯火式の灯だけは、見たくなかったんだ。」
だって、悲しくなるんだもの。
貴女の思い出は、全部全部、ちゃんと胸のなかにしまってあるし。
何度も何度も、思い出していたけど。
あの、灯火式のことだけは、あんまり思い出したくなかったんだ。
「こんなにきれいなのに。」
「貴女のほうがきれいだよ?」
まあ、今の姿だったら、きれい、ってより、可愛い、だけどさ。
そのうちとびきりの美人になるって、僕はそれも知ってるからさ。
「そういうの、今は、いらない。」
あっさりそう切り返すのも昔のままで懐かしい。
「それより、ほら、燭台、出して。」
彼女に言われて気づいた。
僕はいつの間にか、ちゃんと手に、灯火式の燭台を持っていた。
彼女は自分の灯を僕の燭台に移す。
ほんのりとした灯りのなか、僕らは互いに視線を交わして、どちらからともなく微笑んだ。
「わたしも、会いたかった。」
彼女はそう言ってちょっと照れたようにむこうをむいた。
その視線の先には、灯火式の灯が、たくさんたくさん灯っていた。
「精霊の灯が奇跡を起こすって、本当だったんだね。」
心の底からそう思った。
そうして僕らは、もう一度幼馴染から始めることになった。
前編だけではさすがに後味が悪過ぎたので、まとめて投稿することにしました。
なるべくなら、ハッピーなエンドを目指したいと心掛けております。
読んでいただきまして、有難うございました。