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最近変な夢を繰り返し見る…。…いや、夢というより自分の過去といったほうが表現としては合っているかもしれない…。自分がまだ仕事をしていた頃の記憶が決まって深夜3時、この時間帯に蘇ってくる…。
「もし、あなたが人を殺めたとき、あなたには何が残るの…?」
その一点だけライトで照らされたかのように明るく、それ以外の周りはブラックホールのように真っ暗な、闇の空間…。色鮮やかなドレスを身にまとった、茶髪の長い髪をした若い女性が、そのライトに照らされ、体育座りで自分を見つめて言う…。自分には確かに見えた…。その顔はどこか哀愁が漂い、自分を見つめる瞳の奥には、かすかに呆れと怒りといった感情が混ざっているかのように…。そして、冷静さを保とうと必死に頑張っているものの、心の奥底では「死」に対する恐怖で体がブルブルと小刻みに震える姿を…。
「死にたくないよ…。まだ…。生きていたい…。」
その彼女はそう言うと、突然、頭頂部から全身にかけて一気に色が落ちていく…。茶髪だった髪も、赤や黄色、緑で彩られていたドレスの色も、肌の色も、一気に道路のコンクリートみたいな鼠色と化していく…。そして、履いていた赤のハイヒールでさえも鼠色に化したとき、
「許さない…。地獄に落ちなさい…。」
その一言を告げた…。そして、最後の一言を声に出したとき、彼女の身に「ぴしっ」と乾いた音が鳴り響く…。そして自分の視界に入ってくるのは、ヒビが彼女の全身を走る光景…。一本の線はやがて「ぱきっ」「ぱきぱき」と連続した音を響かせて蜘蛛の巣状になって彼女を覆う…。そして音が完全に消え去った後、海で作った砂の城が波で呑まれて崩れるように、彼女の体は粉々に砕け散った《・》…。崩れ落ちる彼女の最期の目は明らかに自分を憎み、呪ってやると言わんばかりに開眼していた…。
嗚呼、まただ…。これで何回目なのだろうか…?これで6回目だぞ…。
そんなことを思っているのもつかの間、一瞬の瞬きで、切り替わった視界には、新しい人物が目の前にいた…。
「よくも俺たちの仲間を…!恨んでやる…。お前が死んだとき…お前をあの世で苦しめてやる…」
新しい人物は推定30歳くらいの筋肉質な男…。髭面で、右腕に骸骨のタトゥーが入っている…。その男は椅子に座っており、上半身と両足をロープで背もたれと椅子の足それぞれに固定されていた…。頭からはおびただしい程の出血、何発か殴られたのか、ところどころに青あざができており、見た感じ、歯も何本か折れている…。着用していたヨレヨレのタンクトップには流れ出た血がべっとりとついている…。
「てめぇ…。ツラ覚えたからな…。あの世で会ったとき、徹底的にシバいてやる。」
その男はボコボコになった顔面を自分に向けた…。これもさっきの彼女と同じだ…。憎しみと怒りが混ざったような顔…。しかし、何故か恐怖を感じることは無かった…。さっきの彼女の時もそうだったが、不思議と「目を背けたくなるほど怖い」という感情は湧いてこない…。きっと、普通の人ならそう感じとる感覚なのかもしれないが、仕事で慣れたのかもしれない…。慣れとは恐ろしいものだ…。そんなことを考えていたその途端、男は突然、
「…。くくっ…。くはっはっぁはっぁ!!」
アタシのこぶしが入りそうになるくらい、あんぐりあんぐり口を開けて笑い出した…。そして、「ごぽっ」という音を出して、口から滝のように赤い液体が噴き出した…。噴き出る液体からは、すさまじいほどの鉄の匂いが空間を包み、それに加えて鼻から、目から、耳の穴からと、穴という穴からも液体が流れ出し、口からはピンク色と赤色に包まれた固形物が液体と一緒に姿を現すようになった…。
「あっひゃひゃっひゃっ!!はやくこ”ろしてくれよぉ!!ひゃっひゃっ!!」
目を覆いたくなるような凄惨な光景…。まるで屠殺場のように床面は赤い液体といピンクの固形物で赤に染まり男の顔はペンキを被ったかのように赤一色で染まっていた…。目や鼻の位置が分からなくなるほどに…。
「あっひゃひゃっひゃっ…。 ひゃっ」
やがて、力尽きたかのように笑い声は止み、空間には静寂が訪れる…。そして視界に残るは椅子に座る一人の亡骸…。アタシはしばらく亡骸とにらめっこをした…。やっぱり、気持ち悪いだとか、怖いという感情は湧かない…。せいぜい思うことといえば、「特徴ある死に方だな」と「呆れた」いうことだけ…。と、
(----!!)
人の気配がした。身構えたまますぐ後ろを振り返ると、また新しい客がいた…。
「どうしてパパとママをいじめるの…?やめてよ…」
今度は10歳くらいの女の子…。さらさらした金髪、青色の瞳が特徴的で、オレンジのパジャマの格好で右手には白いウサギのぬいぐるみを持っていた…。
「どうしていじめるの…?パパとママは何も悪いことはしていないよ…?」
そう言う少女の表情は、眉をしかめ、唇をぐっと噛み、今にでも泣きそうになっていた…。どこか、「死」に対する悟りを含んだように…。右手に持っていたウサギのぬいぐるみも震える両手でぎゅっと抱え、顔が若干つぶれていた…。
「いやだよ…。私…。死にたくないよ…。ぐずっ…。」
ついに彼女は泣いてしまった…。両手で顔から流れる涙を顔を隠すようにごしごしと拭う…。抱えていたウサギのぬいぐるみは、「どしゃ」という音をたてて、地面に落ちる…。
「ううっ…。ぐずっ…。」
やがて少女は膝から崩れ落ち、両手で顔を隠すこともしなくなった…。四つ這いの状態で両腕で上半身を支え、顔を下に向けて、
「いやだぁぁぁぁ!!死にたくないよぉぉ!!パパぁぁ!!!ママぁぁ!!うわぁぁん!!!」
と、鼓膜が破れんばかりの絶叫を闇の空間の中であげた…。泣き叫ぶ少女の腕と腕の間には涙で出来た水溜りが生まれ、時間の経過とともに大きさも増していた…。と、ふとある事に気が付く…。少女の首に薄い黒い線がぐるっと一周回るようについていることに気が付いた…。その線を注視していると、だんだんと線の色合いは濃くなっていき、グレーだった線は艶消しを行った黒色へと変わっていく…。そして、完全に艶消しの黒に染まったとき…、
「ぐえっ!?…かっ…。はっ…ぁぁ…!」
いきなり、地面を向いていた少女の首が後ろに仰け反った…。まるで、後ろから不意を突かれロープで首を絞められ、引っ張られるかのように…。やがて少女の上半身も一緒に仰け反り、苦しいのだろう、両手で首あたりを搔きむしるようなしぐさをする…。その時の少女の顔はまさに悲惨なもの、目元からは大量の涙、鼻からは鼻水が噴出し、口元は涎と泡でコーティングされ、顔色もチアノーゼを起こし、青白くなっていた…。次第に両手の動きは激しさを抑え、ついにはぷらんと、力が抜けていく…。膝元には新しく大量の水たまりが出来ていた…。3分くらいたった頃、完全に力尽きた少女は前へ倒れこみそのまま動かなくなった…。そしてまた、闇の空間に静寂が訪れる…。なんとも思わない…。
これがアタシのルーティン…。毎回この空間で誰が自分に何かを訴えて悲惨な死を迎える…。今日はまだマシな方で、8日前は粉砕機に全身を粉々にされた男を見たり、4日前は車のスクラップ用に使用するプレス機に圧死される若い女性の姿を見た…。ひどいときは15人もの悲惨な死を間近で見たこともある…。これを仕事を辞めた日から毎日見るようになった…。でも、この犠牲になる人々はある程度「自分とどのような関係があるか」というのは薄々気が付いていた…。さっきの3人もきっと、
仕事をしていた頃のアタシに屠られた人たちだろう