表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
<R15>15歳未満の方は移動してください。
この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

兎森りんこ短編集

焼き鳥が食べたいと妻に言われた男の話

作者: 兎森りんこ

 

 焼き鳥が食べたいと妻のマキ子に言われたので、深い山奥に連れてきた晶太(しょうた)


「ねぇ? どういう事なの?」


 マキ子の服装はスカートにパンプス。

 晶太はアウトドア用の身支度のまま、文句を言うマキ子を無視してコンロを組み立て木炭を並べ始める。


「ねぇ、ちょっと~~!」


「そこ、座ってろ」


 コンロを挟んで自分の椅子の目の前に、折りたたみ式の椅子を広げブランケットをバサリと渡すとマキ子は口を尖らせたまま椅子に座る。


 木炭の中に焚付を入れ、火を着ける。


「もうさ~……靴汚れちゃうし、寒いし……」


「一緒に買った一式が、あったじゃないか」


 結婚前に買ったアウトドア用品。

 今、晶太が着ているジャンパーと色違いを見つけてマキ子は喜んで買ったのだ。


「……なんてゆーか、アウトドアとかね~~やっぱダサいっていうか……ふざけないでよ……」


「今ブームだろ」


「まぁ……それは一般人の間でしょ?」


「俺達も一般人だよ」


 二年前に晶太は努力の末に転職が成功し、収入が何倍にも増えた。

 見通しも立ったので家も購入したのだが、そこがちょうどセレブな奥様の多い地域で、マキ子はその綺羅びやかな世界にどんどんのめり込んでいった。


「私はさ~地鶏と地酒の美味しい月屋本店みたいなとこに連れてって! って言ったのよ」


 奥様同士の付き合いは結局自慢の見せあいになっている。

 SNSでどれだけ豪華な食事をしたか、どれだけ高価な物を買ったか、それを見せあい『勝った』とマキ子は喜ぶのだ。


「地鶏と地酒も買ってきてあるよ」


「だから~! こんな風に騙すなんて酷いじゃない!」


「昨日、メールしてあったよ」


「……えっ……そ、そうだっけ?」


 しっかり今日はアウトドアでキャンプに行く、と晶太はメールをしていた。


「友達とのメールはいつもチェックしているのに、見ていなかったのか」


「……あっ……だって、ほらいつも『今帰る』しかメールしないじゃな~~い、あなたが悪いのよ!」


「……そうか」


 少し焦ったような顔をしたが、マキ子はすぐに晶太を悪者にして『勝った』ような顔をしている。


「それにしたって……このキャンプ場、映えるような景色もないし……ね~ほら電波あんまないしー!」


 話をしながらもずっと携帯電話をいじっているマキ子。


「俺の山だからな」


「……あ~~ん……メールできるのこれ……え? なんか言った?」


「いや」


 晶太は給料をマキ子に握られお小遣い制になっている。

 自分で稼いだ金だが『こんなに貰えるのあなたくらいよ』と渡される。

 その金で隠れて投資をしコツコツ貯めて山を買った。


 此処は晶太専用のキャンプ場なのだ。


 火の落ち着いた木炭の上に網を置き、取り寄せてあった地鶏の焼き鳥を並べていく。

 マキ子はコンロの向かい側でつまらなそうにチラリと地鶏を見たが、またスマホをいじる。


「そんなに面白いか、それは」


「ま~~ねぇ~。アウトドアよりはね。貧乏な手料理載せてる奥さんとか笑えるよ~もやしとか!」


「……そうか」


 身が引き締まった地鶏を刺している竹串は太めで料亭の焼印も押してあり、高級感がある。

 旨味の含んだ天然の粗塩を振り、日本酒を霧吹きでかけ焼いていく。

 じりじりと皮が焼け、油が木炭に落ち炎が上がった。


「あら、いい香りね」


「だろう」


「あ~こんな事ならスローピークの一式集めたら良かった。なんでまだこんな安ブランドの用品使ってんの~?」


「……学生時代から使ってるし、壊れれば新しいのを買うけどな……お前と何度もキャンプに行った思い出もある」


「ちょっと、お前呼ばわりしないでくれる~? 男尊女卑はそういうとこから始まるわけだから」


 ギャーギャー叫びだしたマキ子を前に、また焼き鳥を一本ずつ回しひっくり返す。

 少しずつ辺りも暗くなってきた。

 地酒をアルミのシェラカップに注いで、ヒステリックが収まったマキ子にも渡した。


「まったく……こんなんじゃ怒りは収まらないわよ……」


 焼き上がった焼き鳥もアルミのトレーに置いて渡す。

 香ばしい香りだ。


 晶太は焼き鳥を頬張りグイ、と噛みちぎる。


 普段食べている焼き鳥は肉のペーストだったのか? と思う程のしっかりとした肉の弾力。

 溢れてくる肉汁、その甘味、その旨味。

 程よい塩味が、ただ焼いただけの鶏肉を最高に引き立てる。

 噛み千切る快感。


 そこに流し込む地酒。

 晶太の故郷の酒だった。

 多忙もあるがマキ子が嫌がるようになり、もう帰っていない故郷の酒。


 透き通るような水のような辛口の酒は、濃い地鶏によく合った。

 空は満天の星空だ。


「ふ~ん……まぁまぁね」


 晶太の感動が、冷たい言葉で流されていく。

 しかし焼き上がった焼き鳥を頬張り、酒を飲み、を晶太は繰り返した。


「あ、ねぇ~テントで寝るつもり~?」


 なんだかんだ焼き鳥を食べ続け飲み続けているマキ子が言う。


「……メールの相手は誰だ……?」


「え?」


 ずっと誰かとメールをしているマキ子は、少し顔色を変える。


「こ、これはSNS」


「……そうか……」


 炎が無表情の晶太の顔を照らした。

 もう何本食べただろう、焼き鳥の串を十本ほど硬く握った。


「ど、どこ行くの? トイレ?」


 立ち上がったマキ子に、晶太は無言だ。

 近寄られスマホを閉じるマキ子。


「……トイレは……」


「え? なに? うざ」


「ないんだよっ!!」


「ぎゃっ!!」


 背後から首筋に食い込ませた焼き鳥の串。

 思い切り突き刺し、もう一度引き抜くとピューと血がシャワーのように吹き出た。


「ひっ……あがっ……」


 目玉を白黒させているマキ子の喉笛にもう一度突き刺す。

 突き刺す、突き刺す、突き刺す。


 いつの間にか自分が焼き鳥職人にでもなったかのように、突き刺しを繰り返していた。

 じりじりと焼いていた焼き鳥が、炭になっていく。


 油が落ちて炎が舞い上がる。

 やっと落ち着いた呼吸。


「……トイレは無いんだ……お前を埋める穴だけだ」


 妻だった死体に、晶太はそう呟いた。



 ※2022年3月16日、雪解けの際に死体が発見。

 新森マキ子の死体には何本もの焼き鳥の串が一緒に捨てられており唾液のDNA鑑定で夫の新森晶太を逮捕。

 新森晶太は逮捕後『妻には何度も分岐点を与えたが、彼女は自分でこの道を選んだ』と供述したという。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] いや~。怖かったです。 書かれていない分岐点もたくさんありそう。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ