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【第六回】地の文コンテスト 〜敗北〜

【敗北】醤油に悩む者へ

作者: アカツキ

 とても厚い雲が空を覆う近々の葛飾。あちらこちらで街灯が灯り、二週間も顔を出さない太陽の頼りなさを解説してくれているようだ。

 キッチンは男三人に蹂躙されている。

 なぜこれほどまで良くないことが続くのだろうか? 普通に生きているだけなのに、一生懸命に生きているだけなのに、なんで、こんなにも煩わしいことが多いのだろうか?

「こんなのってないよ」

 お気に入りのマットを一瞥し、私は不満を漏らした。マットに描かれた白うさぎは赤黒く染まったまま。きっと明日も、年が明けても、もう白くなることは無いのだろう。

 そんな白うさぎを汚した男達は、四つん這いになって床を清掃していた。

「仕方がない。今回は非を認めろ」

 田島は草薙へ問いかける。しかし草薙は「俺は自分の誠実っぷりを主張する」とつんけんするだけだ。


 事の発端は田島だった。ダイニングキッチンに現れた羽虫を叩いた瞬間、蓋の開いたボトルをぶっ飛ばしてしまった。ボトルは綺麗な放物線を描き、食卓のほうへ落下する。そして、田島何やってるんだよ、で済むはずだった。

 そんな時。対面していた草薙が手を伸ばし、ボトルをキャッチし損ねてしまったのだ。レシーブされたボトルは荒ぶるウナギのように暴れ、中身をぶちまけながらキッチン下のマットへ落下した。

 被害は甚大だ。お気に入りのマットは言うまでもないが、食卓側の床やキッチンの上、冷蔵庫やオーブンなどの電化製品にも濃い色が飛び散っている。

 ああ、蓋を閉めなかった奴がいるんだった。玉子丼を私の隣で作っていた……彼氏の、裕太。


「そうだ、我々は正しい。正義に対してなんて仕打ちだ。あいつよりカラスの方が賢い」

 草薙は溜め込んでいたものを吐き出すようにぼやく。が、田島は何故か突っかかっていく。

 「じゃあお前はニワトリ以下だな」

「八つ当たりは見苦しいぞ。お前がいちばんへこんでいるのは分かっている」

「負けを認めない方が愚かだ」

 こうして言い合いになってしまうのだ。

「おいおい、ここで貶し合ってどうする。無益な争いこそが愚の骨頂だ」

 掃除もひと段落したのか、玉子丼の続きを作り始めた私の彼氏。元凶のくせにこの場を治める権限がどこにあるのだろうか。


 さて、食卓には四つの玉子丼が並ぶ。

 風呂に入って服も洗濯した男どもは、身も頭も綺麗になったようだった。先程の印象と打って変わって今や目の前の玉子丼に夢中になっている。

「ああ、玉子丼だけは俺を裏切らない。信じられるのは神の使いである君だけだ」

「大袈裟な」

 私を神呼ばわりするのはいかがなものだろうか。

 まぁ、私は風呂場と洗濯機を提供して、その間に玉子丼を作ってやったが、実を言えば自分のためなのである。

 裕太が自分のしでかしたことを棚に上げて二人を諌める姿に、玉子丼を作る姿に、とても腹が立ったのだ。あのまま作らせておけばきっと味がしなくて不味い玉子丼が出来上がった事だろう。

 そうだ。私は単に自分で玉子丼を作りたかったのだ。


「では玉子丼が不味かったことがあるか」

 田島は不意にそう言う。

 だが、草薙はやはり田島に突っかかっていくのだった。

「たった今がそうだ。こんな気持ちで食べて美味しいものか。お前は浅薄なんだ」

「仲間になんて物言いだ。俺が泣いちゃうぞ」

「お前の涙に何の価値がある」

「そういうお前が泣いているではないか」

「泣いてなどいない」

 ……裕太はなんでこの二人を連れてきたんだろう。

「玉子丼が塩辛くなるぞ」

 私は二人にそう言った。

「それくらいがちょうど良いんだ」

「存分に泣くがいい。お前の涙は美しい」

「お前こそ目を擦るな。明日まぶたが腫れるぞ」

 田島と草薙が犬猿の仲なのにこうも仲がいい理由がわかった気がした。

「玉子丼が美味い」

 私はそう言うと男どもも後に続く。

「玉子丼が美味い」


 裕太は謝ってくれるだろうか?


 私はこの四人の中で一番美味い玉子丼を飲み込んだ。

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