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青春マスカレード  作者: 徳利
4/4

道化師の秘密4

オールフォーワン、ワンフォーオール。

俺はその言葉が大嫌いだ、何故ならその返し返されが平等になる訳がないからだ。捻くれ者の考えとして受け取ってもらっても構わない。俺の考えではこうだ、先に借りを作ったものが負けという事だ。先に借りてしまった恩を一生忘れる事が出来ない、先に与えてもらった恩は返した後でも忘れてしまってはいけない、世間で恩知らずと言われてしまう。

お金は貸した方は覚えているが借りた方は覚えていないというのはよくある話だ。

 さらに、一般常識的にお礼と言われる事柄は常に倍返しだからだ、鶴の恩返しでもそうであったように。

 借主は常に貸主の恩をありがたがらなければならない、そこで平等ではない上下関係が構築されてしまう。


俺は人間関係なんて平等とは思わない。


4月9日。晴れ。水曜日。

学年が変わったからと言ってどうこうなる訳でもなくただ一年の頃は三階だった教室が少し近くなり二階になっただけだ。そこはまぁたしかに少しはありがたい。毎日三階まで登らされるより出来るだけ労力を使わない方が楽でいい。ちなみに三年は一階だ。年功序列。

 いつも如何なる場合でも上下関係はある。社会出たなら尚更だ。一つ飛ばしていこうとしても出る杭は打たれる、それが嫉妬という社会の制裁でも否めない。

そんな世界は出来るだけ参加せずに蚊帳の外から眺めていたいものだ。

そう思いながら心ここに在らずと言った感じで黒板の前で難しい数式を解いている生徒を眺めていた。そんな光景をかなり見やすい位置に佐々山の座席はある。一番後ろの廊下側だ。佐々山は廊下側の一番後ろのその席が大好きだった。何故ならチャイムが鳴ると同時に目立たず一番先に退室出来るからだ。

 二年に上がって何故その座席をゲット出来たかというと。

昨日のホームルーム、クラスの委員長がまだ決まっていない座席をくじ引きで決めると言ってみんなにくじを引かせた。

そして佐々山がひいた座席は、今座っている席から左斜め前の座席だった。

今の佐々山の座席は本来、心が引き当てた番号だった。佐々山の好きな座席と言うのを知っていた心は自分からくじの紙を交換しよと言ってきたのだ。

一度は断ったものの、どうしても交換して欲しいというので相手の厚意に甘えることにした。

佐々山のことをよく知る心の気遣いだ。


するといきなり佐々山の耳に鋭い声が響いた。

「佐々山!これを解け!」

厳格そうな顔をした数学教師が佐々山を名指しした。

どんな席に座ろうと蚊帳の中らしい。と心の中で呟き、息を吐くように佐々山は言った。

「…はい」







「たのもーーーーーー!」

放課後、午後4時頃、喫茶ブルーマウンテンにそんな呑気な声が響いた。

佐々山は入口付近の特等席の丸テーブルに天野と二人で腰かけていた。

声の主は昨日のふんわりとした赤みの帯びたボブカットに短めのスカートで学生鞄をまるでリュックサックのように背負っている女子高生だった。

そう昨日の女だ。

「お待たせしましたー隊長!弓月夕海ただ今戻りましたー!」

誰もお前を待っていない、誰だよ隊長って。と心の中で呟き、佐々山が勝手にあだ名をつけていたボブカット女子高生の名前はユヅキユウミと言う事を知った。

 そんなユヅキ兵の声など無視して天野との会話を再開しようとした。そんな天野はユヅキの方を向いてこんにちはユヅキさんと小さく挨拶をしていた。

 「昨日はごめんなチャイナ、ジョースケ!」

今どきのおやじギャグでももう少し凝っているぞと思った。

隅に立て掛けてある折り畳み椅子を持ってきて無断で丸テーブルに腰かけてくるユヅキに佐々山は吐き捨てた。

「三人も座ると狭くなるだろ、しかも勝手に座んなよ」

 佐々山の言葉を無視してユヅキは。

「冷コーでいいよね♪あっ!でもホットコーヒー飲んでるんだ。そういえば知ってた?冷たい水と温かいお湯を同時にかぶると冷たいっていう感覚が勝っちゃうらしいよ。おっちゃん冷コー二丁ー!」

とまるでマシンガンの様に言葉を続けた。

その迫力に気圧されて佐々山は何かを諦めた。

「…ユヅキさんはここから学校が近いの?」

「歩いても行けない事もないけど電車で二駅くらいかな」

 二人は昨日初めて会っているが今日になってようやく初めましてトークをしている、昨日はあんな状況だったから仕方ないだろう。

 二人の会話によると弓月夕海(ゆづきゆうみ)はここから二駅(天野の学校とは逆方面の電車)の星田高校の二年らしい。星田高校は俺が通う春日井高校より偏差値の高い学校だ、言ってもドングリの背比べだが。

 天野は目を輝かせながら本当に楽しそうに聞いている、おやじギャグを合間合間に挟む女子高生の会話を。その様子はまるで十歳にも満たない少女が母親の絵本の話を聞いているようだ。

佐々山には何を言っているんだと突っ込みすらしたくなくなるような会話なのに。」

「あーそれでさー、ジョースケの学校ってここから近くでしょ。私の友達も通ってるんだー」

くそ!会話が振られた。出来るだけ弓月との会話を避けようとしたが、無理だったか、やっぱり諦めは肝心だな。

どうでもいい問いなら無視出来たがそれは不可能な問いに佐々山がどう返事をするか考え迷っていると注文してあった二杯の冷コー否、アイスコーヒーがあいよと言う不愛想な声と同時にテーブルに置かれた。

やっぱりここの店主は本当に空気を読んでくれるいい人だ、弓月に少しでも分けてあげてほしい。

「ああ、そっか」

全力でこの会話が続かない事を祈り唱えた。

「貴城春樹って知ってる」

何かを期待するかのように問うてきた。

貴城春樹(たかしろはるき)つったら春日井高校で知らぬ者はいない、春日井高校からも出て他の学校にも名を馳せている程の有名人だ。春日井高校の噂などに情弱な俺でさえクラスは違えども貴城の部活や評判などは知っているぞ。

「なんだお前…好きなのか?」

何故こんな質問を返したかと言うと理由は簡単。

貴城はバスケットボール部エース、長身でイケメン。さらに爽やかときた、成績優秀の美男子だ。

今年のバレンタインデーなんかチョコレートを貰いすぎて受け取りを断っていたぐらいだ。

俺と同い年のくせにこの差はなんなんだよ、と一つもチョコレートをもらえなかった佐々山は心の中で独りごちたものだ。

まるでスターの様な人物に好意を寄せる女性は当然多いはずだ、よりにもよって同性からの人望も厚い。

恐るべきスクールカーストだ。

「いやぁ、そんな好きだなんてー、ちょっと気になるってだけだよー」

弓月はまるで夢を見るような表情でブツブツと言葉を続けていた。

いや、その態度ちょっとどころじゃないだろ。

そんな中、チラッと天野の方に視線を向けると弓月の方に視線を向けたままぽかーんとしていた。

「ねぇねぇ貴城君のお父さんって外資系の上場企業で務めてるって本当?」

内々の会話で天野が会話に入って来づらいと思い会話を早く終わらせるつもりで言葉を切った。

「そうなんじゃねーの…」

すると弓月もしまったと風な感じで天野にも話題を振った。

「文美ちゃんは好きな人とかいないの?」

少し間を置いてから。

「私…あんまり男の人と喋ったことないから……ごめんなさい」

そう答えた。

 さらに畳み掛けるように質問を続けた。

「じゃあ彼氏とかもいないの!?」

「…は……い………」

「えーーー!勿体ないー!文美ちゃん髪キレイし肌もすべすべで美人なのにーー!」

天野は弓月の質問に答えつつもじもじしている。

「じゃあ!わかった!!ジョースケにコンパ開いてもらおう!もちろん貴城君も誘ってもらって」

閃きました!みたく当たり前に俺にコンパを開いてもらおうと思うな。その前に俺、貴城と直接な接点ねーよ。

「弓月さん、私そういう雰囲気ちょっと苦手…かな」

「かわいいから大丈夫!」

 「…ちょっと……」

「大丈夫!」

 「…邪魔になっちゃいそうだし」

 「邪魔になんない!」

不毛な押し問答が繰り返された。

そして天野の口からクリティカルヒットが放たれた。

「私、弓月さんみたいにギャグ…言えないし」

「ん~ん…」

そこで負けんのかよっ!

しかも弓月のギャグはおやじギャグだよ!

「じゃあ今度秘伝のネタを教えてあげる!」

まぁコンパの話は曖昧に濁すのがこの会話の落としどころだろう。

弓月もそれほど貴城捕獲に熱心なのか、そりゃそうだろうよ。あんなステータスじゃ並大抵の男じゃ敵わない。それは異性からしても同じなんだろうな。

益荒男かー。天野さんみたいな女の子が大和撫子って言うんだろうなぁ。弓月には悪いが、天野さんと貴城の方がお似合いだよ。

自分と貴城を比べ佐々山の頭の中は劣等感でいっぱいになった。貴城を知る男子生徒なら一度はこんな軽い嫉妬心に見舞わられだろう。

「貴城みたいなモテる男は絶対に遊んでるぞ」

そう根も葉もない悪態をついてみた。

「貴城君はそんな人じゃないもん!」

「お前貴城と喋ったことないんだろ、そんなの遊んでたってわからねぇじゃねーか」

「知らないけど違うの!」

「俺は遊んでるに千円かけるね!」

言った後だったが少し言いすぎたかなと自問した。

「何それ!訳わかんない!」

弓月は明らかに怒気を孕んだ口調で言い返した。

そんな様子を天野はどうしようと言う顔で見守っている。

「あんたの訳わかんない話聞いてたら友達とボーリングの待ち合わせ忘れそうになっちゃったじゃない!」

じゃあね!とアイスコーヒー二杯分の料金をテーブルに置いて店を出て行った。

からんころーんとドアのチャイムが鳴った。

少しの沈黙を破ったのは天野だった。

「弓月さん行っちゃったね」

「あぁ…また喧嘩しちまったな」

本来は居心地の良いはずのブルーマウンテンが最高に居心地が悪い場所へと変わった。

「……でも何か弓月さんと佐々山さんのこと羨ましいと思っちゃった……不謹慎だね、ごめんね……」

その言葉の意味が全く分からなかった。

続けて天野はこう言った。

「弓月さんも佐々山さんも素直な気持ちでお互いぶつかり合ってるって言うのかな…、嘘偽りない本当の気持ちを…ぶつけ合ってる」

天野は俯きながらゆっくりと言葉を繋いだ。

「私どうしても人の顔色を見ちゃうの……こんな事は言っちゃダメだ、相手を悪い気持ちにさせちゃダメだって……自分の中でルールを作って言葉を選んでるの。だから誰にも本当の私を知ってもらえない………私の中で言葉の自由はないような気がするの」

 そんな天野を見つめた。

「…でも俺みたいに喧嘩になったらダメじゃん」

そして天野は身体から必死で言葉を絞り出すかのようにさらに続けた。

「……私、今まで両親とも喧嘩になった事がないの…」

親と喧嘩をした事がない?!

 驚きを隠せなかった。普通、親と喧嘩くらいするよな!と世間一般の高校生に問いたいくらいだった。

「私…弓月さんや佐々山さんみたいにお喋り出来る友達がいないから、喧嘩っていうことを知らないの……私はっ!…私は……そんな自分が大嫌いなの!」



 天野のそんな告白により、会話にならない会話を少し交わした後、まぁ帰りますかと佐々山が言い。

二人はブルーマウンテンを出てお互いの帰路は違う方向なのでじゃあまたと言って別れた。

佐々山は思いに耽りながら家路を歩いていた。

また

はあるのだろうか、佐々山はまたがないような気がして頭に色々な事が浮かんだ。

天野が真剣に言っていた言葉。

自分が大嫌い………

佐々山からは思いもよらないことだった。

自分と比べて何もかもを持っているような人物がそういったネガティブな言葉を発言するとは。

自分が大嫌いなんていう言葉は佐々山のような何の取り柄もなく人生の模索に疲れた者だけが発する言葉だと思っていた。

俺や弓月の事を羨ましがってもいたなぁ……。

まぁなんだかんだ言っても天野と俺とでは住む世界が違うんだ。俺の知ってる自分が大嫌いとはまた別なんだろ……そう…だよな。

 佐々山の中ではある程度の落としどころが決まったようで視線を前に向けて暗くなりつつある道を進んだ。

家に辿り着くまでにちょっとした広場がある、美紀公園(みのりこうえん)だ。その美紀公園のベンチで先ほどボーリングに向かったはずの弓月の姿を発見した。

一人で俯きながら操作することもなくスマホを眺めている。弓月はこちらに気付いてないようだ。

あいつ何してんだ?

ボーリング場なら駅前で待ち合わせをするにしてもブルーマウンテンからこの公園は逆方面だぞ。

頭にはそんな消化出来ない疑問と違和感を感じた。見てはいけないものを見てしまったような感覚だ。

そんな場所を逃げるように過ぎて行った。

自宅に着くや否や自室に籠った。

どうしていつも俺はこうなんだ。何かを掴みそうになってもすぐに手を放してしまう。 さっきの弓月は何かあると分かっていたのにそれを見て見ぬふりをした。天野のあの言葉でもそうなのかも知れない、俺とは次元が違う、世界が違うだのと自分の中に決着をつけて箱を開けようとはしない。まるでシレディンガーの猫のように、俺は何も知らないのだ。弓月や天野さんは俺の中での彼女らにしかすぎない。本当の彼女達ではない。答えを導き出すその過程で挫折してしまう。

俺は諦めのいい男なのか?

それが良いことなのか、どんなんだ?

そうだ…俺にはわからないんだ……。

初めから分かっていたじゃないか。


昔に信じることを…相手を相手として信じることを諦めたんじゃないか……。

弓月ももうブルーマウンテンには来ないだろう。天野さんはどうだ?俺にとってあの喫茶ブルーマウンテンは特別な場所であっても天野さんにとってはただの寂れた喫茶店でしかないのだ。

そうだあの喫茶ブルーマウンテンは俺が一人になる場所だったんだ…一人に……。


俺は人に何も期待はしない。

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