本当に好きじゃないんだから
式も恙無く終わり、主役の二人は馬車でスペンサー邸へと戻っていた。
二人は無難に主役をこなした。
しかし、馬車で戻る車内では新婚の夫婦の会話は一切なかった。
無言の車内。
二人とも一言も発することなく、馬車はスペンサー邸へと戻ってきた。
二人とも今日から夫婦とは思えない。
嬉しいという表情が表れていなかった。
「本日は誠におめでとうございます。使用人一同心よりお祝い申し上げます」
「ああ、ありがとう」
使用人一同が二人を出迎え、執事が代表して言葉を述べた。
「湯浴みをしていただき、その後…」
「よい」
「しかし坊ちゃま…」
「よいのだ爺」
執事からこの後の予定を伝えられるが、グレイソンは難色を示した。
「せめて奥様だけでも…」
「爺、大丈夫ですわ。私は夫と話がありますので」
「…はっ」
メイドも若奥様となったアリアンナに近寄り、アリアンナの部屋へと案内しようとした。
しかしグレイソンとアリアンナは静止を振り切り、グレイソンの部屋へと歩いていく。
「誰も通すな。例え父上であってもだ」
「かしこまりました」
二人はグレイソンの部屋の中へと消えていった。
執事でである爺もはぁ…と一息吐き肩を落とす。
昔から知っている二人がこうなることは予想できた。
そして…。
「グレーイ!!!」
「アンナ!!!」
二人は部屋に入った瞬間抱き合った。
今までの好きじゃないんだから、貴族の結婚なんだからそんな感情必要ない。
今までの雰囲気はどこへいったのか。
「アンナ、綺麗だったよ。今までで一番綺麗だ。まさに女神。俺の女神だ」
「グレイこそかっこよかったわ。本当に絵本から出てきた白馬の王子様ね」
二人は抱き合いながら今日の相手について褒めたたえる。
二人とも教会でのキスは事務仕事の一環だ、的な触れるだけのキスだった。
しかし今はちゅっちゅっちゅっちゅ。
今日の二人を祝福した神からすると目を背けたくなる程情熱なキスだ。
抱き合いながらキスの嵐。
「グレイったら、式の直前に私を慌てさせたいからってあんなこと言うなんてね」
「ごめんよ。アンナが緊張しているかなーと思ってね。逆に俺のがびっくりしちゃったけど」
「ふふふ。軽い仕返しよ」
二人は抱き合い、そしてキスをしながら器用にくるくる回ってベッドへ。
グレイソンがアリアンナをベッドに押し倒す。
「あら…。グレイは私のこと好きじゃないんじゃないの?」
押し倒されたアリアンナはグレイソンを揶揄う。
「アンナのことを好きの一言で表せるものか。アンナのことは好きよりも愛しているんだ」
「ふふ、私もよ。ダーリン」
二人は本当に相手のことは好きじゃない。
その上の愛しているだった。
二人は幼い頃は相手のことを好きだった。
しかし時が経ち、婚約者となってから違った。
好きから愛しているにランクアップした。
なんなら二人とも邸内ではイチャイチャし過ぎるので、二人の父親がとっとと婚約させてしまおうと国王に進言したくらいだ。
あのまま別の婚約者を選ぼうものなら二人はクーデターを起こす勢いだった。
父上、私とアンナを認めてくれないのでしたら、当主の椅子を強制的に簒奪しましょうか?
お父様?グレイとの婚約を認めてくださらないのですか?お父様…私最近肉体言語にはまっていましてよ。
二人の父親は無条件降伏した。
二人とも周囲から慕われている公爵・伯爵家当主とは思えない姿だった。
二人は前もって準備しておいた計画を進め、翌日には正式な婚約者として陛下に許可をいただいた。
公爵が権力の力技で陛下に当日の面会を依頼した。
その時の公爵は。
手順?そんなものを守っていたら妻ならず使用人からも白い目で見られてしまう。
昨日だって「お二人がイチャイチャするので止める身にもなってください!」と爺と婆に泣きつかれたくらいだぞ。
もう歯止めが効かなくなっている…。
このような緊急事態にこそ、有り余る権力を使用するのだ!
昔から事情を知っている国王も苦笑いで承認した、
え?まだ承認してなかったっけ?と。
一つ不満なのはまだ朝早い時間に、緊急事態とか嘘ついて面会要望を出した公爵と伯爵だ。
公爵家が持っている特権を使ってまでかと。
そして二人は国にも認められた婚約者となった。
二人の父親は頑張った。
グレイソンとアリアンナからも「よくやった」とお褒めの言葉をいただいた。
あれ?当主ってどっちだっけ…?
「俺の愛しいアンナ…。今日は寝かせないよ」
「私の愛しいグレイ…。最初だけは主導権をあげるわね」
触れるだけのキスから深いキスへと変わっていく。
ドレスを脱がすことに手間取るグレイソンではない。
幼い頃からスペンサー邸に遊びに来ていたアリアンナ。
グレイソンは将来のことを見据え、メイドにお願いという名の命令をした。
「将来アンナを脱がせたいからドレスの脱がし方を教えてほしい」
執事の爺は頭を抱えた。
メイド長である婆も頭を抱えた。
そして父であるスペンサー公爵は諦めた。
教えてもいいが、結婚する前にナニはするなと…。
孫の手順だけは守れと。
「アンナ、愛してる」
「グレイ、愛してるわ」
二人は愛を確かめ合う。
好きという気持ちで表せる程、軽い気持ちではない。
15年も待ち続けた気持ちを確かめるように。
言葉でなく、気持ちで、行動で相手に伝える。
愛している。
心から愛している。