キミ(アナタ)のことは好きではない
筆が進まない…。
息抜きでいつか書くかもと保存しておいた作品を書きました。
「キミのことは好きではない」
私の口から隣にいる女性に言い放った一言。
私はグレイソン・スペンサー。
スペンサー公爵家の嫡男であり、本日の主役の一人である。
私の隣にいる女性はアリアンナ・クルーガー。
クルーガー伯爵家の長女だ。
アリアンナも今日の主役の一人であり、本日を以ってアリアンナ・クルーガーからアリアンナ・スペンサーになる女性だ。
アリアンナと私は世間一般では幼馴染という間柄だ。
幼少の頃より家同士の繋がりがあったことから、アリアンナと私が婚約者になること時間はかからなかった。
父上もクルーガー伯爵も了承し、陛下からも許可を得ている。
認められた婚約。
しかし私は、パートナーとなるアリアンナのことが好きではない。
幼少の頃より付き合いがあり、10歳でアリアンナとは婚約した。
そこから10年だ。
お互い20になる年に結婚する。
そのように取り交わしていたた。
顔合わせの時からだと15年の付き合いにもなる。
生きてきた20年間の半分以上も付き合いのあるアリアンナ。
幼少時よりしっかりしたレディであったアリアンナ。
クルーガー伯爵夫人からしっかりした教育を受けているのだろう。
公爵家の奥方のなるのだから、と。
なぜ好きではないのか。
それは15年も過ごしてきたからだ。
容姿が好みではない?
アリアンナは学園時代に2華と呼ばれる程の美貌の持主だ。
性格も平民であっても気さくに話しかけることができ、下々にも分け隔てなく接することができると評判だった。
たしか一部では剛の聖女とか呼ばれていたな。
剛の聖女ってなんだ…?
そんなアリアンナになにが不満なのか。
不満などない。
公爵家の嫁となる女性だ。
私もこれ以上は何も言うまい。
ただ…。
好きではないだけだ。
それが結婚式の入場の直前にパートナーとなる女性に送る言葉とは思えない。
「存じ上げております」
アリアンナから返ってきた言葉はそれだけだった。
アリアンナも理解しているのだろう。
貴族の婚約に恋愛感情などない。
家の繋がりで婚約し、子を生し、家を発展させていく。
そこに好きという感情は存在しないことを。
15年もともに過ごしてきたのだ。
アリアンナもバカではない。
私の気持ちなど気づいているだろう。
「そ、そうか…」
「はい。私もアナタのことが好きではございません」
「………」
もうすぐ入場だ。
これ以上アリアンナと話している時間はない。
もう一度言う。
キミのことは好きじゃない。
「キミのことが好きではない」
私の横に立つ男性。
式を終えれば私の伴侶となるグレイソン・スペンサー様。
私は本日を以ってアリアンナ・クルーガーからアリアンナ・スペンサーとなる。
私たちは結婚式の入場を待つ身。
そこにグレイソンがポツリと言葉を発した。
発した言葉は式前に相手に送る言葉ではない。
グレイソンも私も幼い頃からの付き合い。
気づけばグレイソンと婚約者になっていた。
グレイソンが私のことを好きではないことは理解している。
言わなくても理解できる。
グレイソンとは浅い付き合いではなかったから、グレイソンが言葉にしなくても考えていることは分かる。
貴族の婚姻に好きという感情は必要ない。
家と家の繋がりを強くし、発展することが必要なための儀式だ。
そこに好きという感情は不要だ。
私もグレイソンのことは好きではない。
15年も一緒にいたら好きになるんじゃないかって?
グレイソンと私にそんな感情は存在しないわ。
グレイソンは殿下と並び評された男性。
学園では殿下と人気を二分していたわね。
グレイソンも殿下の懐刀だけあり、そこら辺の3流貴族のような高慢な態度など一切ない。
高位貴族らしからぬグレイソンは評判が良かった。
もちろん私以外の女性からもたくさんアプローチをいただいてたようね。
あしらい方も上手かったようだけど。
文武両道のグレイソンに不満はない。
私も婚約者として鼻が高かった。
私もグレイソンの婚約者として横に立てるように努力した。
お母様からも公爵家の女主人となる様に教育を受けた。
そんな完璧人間のグレイソンが式の直前に「好きではない」という場違いな発言をするとは思えない。
殿下のみにならず、陛下の前でも緊張のきの字も出なかったのに。
恐らくは私を慌てさせたいのだろう。
バカねグレイソン…。
アナタの思惑なんてお見通しですのよ?
「はい。私もアナタのことが好きではございません」
「………」
私からのささやかな反撃よ。
慌てふためく私が見たかったのでしょうが…そうはいきませんのよ?
相手に弱点を曝け出すような柔な女ではありませんのよ。
ふふ。
グレイソン。
私もアナタのことは好きじゃないわ。