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そこまでする理由

 クレマン様は尋ねた私、それから講壇(こうだん)へと視線を移した。

 ついさっきまで、クレマン様の立っていた場所。


「魔道具を操作していました」

「……まどうぐ」


 こくりと頷かれる。


「永久騎士の登録と除外登録を行う物です」

「除外、登録?」

「はい。原則、死霊術師の妻や夫は永久騎士になれません。婚姻時に除外登録します」


 そ、そうなのか。

 そんな決まりがあるとは、クレマン様の婚約者になったのに知りもしなかった。


 クレマン様は、元あった場所なのか、燭台を脇の台へと置き、正面の扉を開いた。

 風と少しの雪が舞い込む。


「では、私を除外登録したのですか」


 わざわざ除外なんかしなくても、魔法もショボくて剣も扱えない私が、永久騎士に選ばれるはずない。

 何だか、余計な手間をかけてしまった気がする。


 そんな事を考えながら歩こうとして、ふと気づいた。

 扉を開いたのに、クレマン様は足を動かしていない。


「……クレマン様?」


 何かあったのかと見上げ、ハッと息を飲んだ。


 クレマン様が、私を見つめている。


 何と言っても、彼は見目麗しい貴公子だ。

 私よりもずっと透き通った肌、整った眉、凛々しい瞳。

 そんなお顔で見つめられると落ち着かなくなってしまう。


 頬は熱くなるし、口元はモゾモゾする。

 意味もなく身体の向きを変えたり、下を見たり上を見たり。


「申し訳ありません」

「ひゃっ」


 口を押さえた。

 自分から声をかけて反応があっただけなのに、変に驚いてしまった。

 恥ずかしさも相まって、ますます頬が熱くなる。


 ん?

 謝られている。何を?

 まさか、あまりに麗しいお顔について?


 クレマン様は視線を外し、開いていた扉を再び閉めた。



「……この身では、貴女を妻として迎えられません」



 続けられた言葉がうまく頭へ入らず、しばし固まる。

 ゆっくり理解し、頬の熱が引いた。


「あ、ご、めんなさい。そう、です、よね……」


 そうだ。そうだった。

 クレマン様は、もう亡くなっている。


 結婚はしない。だから私を除外登録もしない。

 どこかへ行っていた胸の苦しさが戻って来る。


「ルネ嬢ではなく、私を除外できないか試していました。上手く行きませんでしたが」

「そう……ですか」


 ぎゅうぎゅう締め付けられる胸へ手を当て、空返事してしまう。

 数秒して、首を捻った。


 優秀な魔術師で、死霊術も扱うクレマン様が、なぜ除外されなければならないのか。


 疑問を乗せてクレマン様を見上げた。

 彼は少し考えるように目を伏せる。

 しばらくして、外ではなく、礼拝堂の中へ足を向けた。


「貴女に、お話ししなければならない事があります」


 ……話。

 クレマン様のこの声のトーンは、聞き覚えがある。

 昨日の話の続きだとピンと来た。


 近くにあったベンチを勧められ、そのまま腰かける。クレマン様も隣に並んだ。

 顔は見ていられなくて、隣り合ってるのを良い事に目を合わせず俯いた。


「私は、貴女と結婚できません」

「……はい」

「しかし、命を落としたことも、この状態では公表できません。婚約を解消する必要がありますが……」


 そこでクレマン様が言い淀んだ。

 きっと、言い難いのだろう。

 関係の終わりを告げられる。それを大人しく待った。


「……父が、頷きません」

「はい……」


 用意していた言葉を返す。

 違和感に目を瞬かせた。


「え?あの……えっと、辺境伯様、が?」

「はい。反対する理由など無いはずなのですが」


 辺境伯様が……婚約解消に、頷かない?


「ここ数日、何度も説得しています。けれど、良い返事は得られていません」


 瞬きを繰り返す。

 考えてもみなかった状況だ。


 頭の中でイノートル辺境伯の顔を思い浮かべてみる。

 会ったのは、両家顔合わせの時に一度だけ。

 どことなく気難しそうな雰囲気だった。緊張していたせいで、それくらいしか覚えてない。


「このままでは、無闇に貴女をここへ留める事になります」


 結婚の準備もしない、婚約者という肩書きだけを持った他家の娘……それが辺境伯の屋敷に居座る。

 ここ最近の私だ。


 不自然でおかしい。

 いつまでもこんな状態が続くと、後から婚約解消しても次の縁談は来ないかも知れない。


「そこで、今は説得と並行して死霊術の解術を試みています。私の死を公表できないのは、死霊術で今なお動いているから。解術できれば、婚約解消せずとも貴女を家へお返しできます」


 ギョッとした。

 死霊術を解く。それは、クレマン様が自ら命を手放すのと同義に聞こえた。


 クレマン様は既に亡くなってるから、同義ではない。そう、頭では分かっているけれど。


「生前に放った魔力だからか、通常の解術ができません。なので、永久騎士の登録を消して氷結魔法を解き、この身を燃やして損ない、死霊術に必要な魔力を不足させる事で解……」


「も、もももももも燃やす!!??」


 信じられない言葉に思わず顔を上げる。

 さらっと、何を言っているの??

 身体を、燃やす????


「……はい」

「ク、ク、クレマン様の、意識があるままに??」

「……はい。ご心配なく、痛みは感じません」


 痛みは、感じない?

 そ、そうなんだ。


 胸を撫で下ろしかけて、いや待てと思い直す。

 これはホッとして良いところ?そういう問題?


「あの、あの、私のために、そこまでしなくても……」


 話を聞く限り、燃やすだの何だのは全て私のためだ。


「私の事は気にしないでください。縁談が来なくても何とかなりますし、ここはご飯が美味しくて、居心地も良くて、ゼリさんも優しくて、その……あ!ゆ、雪もキレイで!好きで、だから…………もっと、ご自身を大事に……」


 あれこれ考えて、まとまりの無い話をしてしまう。

 どうしたらクレマン様を止められるだろう。


 グルグル考える頭の隅で、ふっと笑う声が漏れ聞こえた。


「……貴女はいつも、人の心配ばかりしていますね」


 さっきまでのかしこまった声とは違う、柔らかい声。

 見れば、クレマン様が眉を下げて微笑んでいた。

 場違いに胸が鳴る。


 いつも?人の心配?

 そんな覚えはない。

 クレマン様の方こそ、人の心配ばかりしてる気がする。


「ルネ嬢、貴女には出来る限りのことをさせてください」


 話しながら左手を差し出された。

 何だろうと首を傾げ、エスコートのためと思い至る。


 重ねれば、予想に反して両手で包み込まれた。

 手袋ごしでもその冷たさが伝わって来る。


「私が性急に婚約を進めてなければ、貴女はこのような事に巻き込まれていなかった。誠に……申し訳ありません」


 笑顔が消え、手と同じように冷たく見える表情で謝られる。


「そんな、あ、謝らないでください。これは誰のせいでもありません」


 少しでも彼の手が温まるように、もう片方の手を重ねる。


「クレマン様との婚約は、私の人生最大の幸運というか……本当に、なぜ声をかけて貰えたのかさえ、今でも分からないほどで、あの」


 指が震えてしまう。

 気づいたクレマン様が慌てて手を離した。


「幸運と呼べるようなものではありません。声をおかけしたのは……以前から貴女を存じ上げていたからです」


 コートから出したハンカチで、手袋代わりに包んでくれる。


「……私のことを、知っていたのですか?」

「はい。一度お会いした事があります。随分と前のことですから、貴女が覚えてなくても仕方ありません」


 ハンカチは、あの日と同じ、ラベンダー色の生地に黒い糸で刺繍が入ったもの。


「お、覚えてます!」


 包まれたまま、ハンカチごと手を握る。

 上質な生地が綺麗に波うった。


「私も……覚えています」


 クレマン様の方こそ、覚えてないと思っていた。

 きっと彼にとっては、ありふれた日常の一幕だったから。


 でも、私には忘れられない出来事だった。





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