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頭から転がり落ちる

R15 残酷な描写あり




 窓の外の雪を目で追いかける。

 風が無いのか、ちらちらと、静かに舞い落ちた。


 ひとつひとつは小さい雪が幾つも落ち、海の様に大きな雪原を作り出す。


「寒くないですか?」


 ゼリさんが後ろから、私の頬を両手で挟んだ。


「ら、らいひょうふれふ」


 むにむに揉まれながらだと上手く喋れない。

 温かい手を少し名残惜しく思いながらも、そっと外した。


「雪、よく見てますね。好きなんです?」

「……好きではあります」


 でも、だから見てた訳じゃない。

 この雪が、クレマン様にも降り注いでるのかと……そう思って見ていた。


 胸が騒ぐ。


 ここの人達は慣れているから、雪はきっと魔獣討伐にあまり影響しない。

 そして……見送りの後に気づいたけれど……いまや誰よりも冷たい身体をしてるクレマン様に、雪や寒さの心配はいらない。


 それでも、雪が降らなければ良いと思う。


 降り積もる雪を振り払わないクレマン様が……そのまま、白い海に消えてしまいそうな気がした。




「えいや!」


 ぶにっと、また頬を挟まれる。


「なーんか!しんきくさい!ですよ!」


 ぐにぐにと円を描くように揉まれ、離されたと思ったらポンっと両肩を叩かれた。


「もうすぐ皆帰って来るんですから!美味しいものでも用意して待ってましょう?」


 肩越しに笑いかけられる。

 つられて微笑み返した。


「そうですね」


 討伐は大きな問題もなく、快調に、むしろ予定より速く進んでいるそうだ。

 クレマン様に加え、ヒューゴ様も参加してるのが大きいらしい。

 このまま行けば、明日にも帰って来られるとか。


 私の身体をくるりと回したゼリさんに、両手を握られる。


「美味しいものと言ったら、肉と酒です!!」


 大きく開いたつり気味の目が、らんらんと輝いた。

 獲物を見つけた猫のようだ。

 踊るように手を揺らされる。


「討伐には、北方騎士団の半数以上が参加してますからね!肉という肉、酒という酒をかき集めないと!!」


 ……肉と酒をかき集めるって、客人の立場で出来ること?


 そもそも、騎士団の皆さんを労う食事は、辺境伯様やお屋敷の方々で用意するような。


「討伐から帰ったら、まずは骨つきチキンをガブリ!渇いた喉にビールを流し込んで……あぁ!」


 頬を紅潮させ、チキンとビールに思いを馳せている。

 すごく、好きなんだな。


 手配には口出し出来ないけれど、お酒に合うオーディナ領のレシピをシェフに教えるくらいなら、出来るかな?


 家で出されていたメニューを思い返す。

 スペアリブを赤ワインと蜂蜜で煮込んで、甘辛く味付けしたものはどうだろう。オーディナ領産の蜂蜜はいくらか持って来ている。


「ゼリさん、私の家でよく作られる……」


 ――コンコンッ


 メニューへの反応を確かめようと話しかけ、それを遮るように扉がノックされた。


 時計を見る。

 まだお茶の時間には早い。

 このお屋敷で私に用のある人は少ないし……と言うかほぼいないし……何だろう?


 どうぞと言って入室を促せば、だいぶ見慣れてきた若いメイドさんが姿を見せた。


「ルネ様、急ぎお伝えします。クレマン様とヒューゴ様が、本隊に先駆けて転移魔法陣よりお戻りに……」


「失礼します」


 今度はメイドさんの話が遮られる。

 甲冑にマント、そして雪を身にまとったままの、アダンさんが顔を出した。


 その顔は……血の気が失せて見える。

 寒空の下から戻ったばかりだから……と言うにも、不自然なほど。


 特に入室の許可も受けないまま、ツカツカと私のもとへ歩み寄って来た。


「ルネ様。どうか何も聞かず、こちらへお越しいただきたい」

「あ、え?」


 手を差し出される。

 きつく寄せられた眉、アダンさんらしからぬ礼儀に欠けた行動……。


「は、はい!」


 深く考える前に手を取った。


 何か、良くないことが起きている。

 たぶん……クレマン様に。


 すぐに踵を返し、早足で廊下を進むアダンさんを、私は小走りで追いかけた。ゼリさんも後ろから続く。


 黙々と進んで辿り着いたのは、クレマン様の執務室。

 ノックとほぼ同時にアダンさんが扉を開いた。


「失礼します。ルネ様においで頂きました」


 走って来た勢いのまま、飛び込むように部屋へ入る。


 そうして目のあたりにした人の姿に……――息を止めた。




 クレマン様が、常と変わらぬ、麗しいお顔で立っていたから。


「……ん?」


 あれ?


 アダンさんと同じく帰ったばかりという装いで、髪や肩には雪が積もっている。

 考え事をしていたのか耳の後ろへ手を添え、少し俯いていた。

 普段と違うのは、それくらい。


 ばたんっと大きな音がして振り向く。

 アダンさんが背中で押すように扉を閉め、鍵をかけていた。


「……もしや、アダンに無理やり連れて来られましたか?」

「え?あ、えっと」


 クレマン様に問われ、答えに迷う。

 無理やりでは……ない。

 けれど、有無を言わさぬ雰囲気に押され、何も聞かずについて来た。


 アダンさんは私達のやり取りをよそに、やはり早足で部屋の中を進む。

 その顔は青いままだ。


「扉一枚でゼリを防げるとは思えないので、手短かに申し上げます」


 言いながら、クレマン様の肩から顎まで覆っていたマントを外す。

 あらわになった喉元を手のひらで指し示した。


「こちらを、炎熱魔法で燃やしていただきたい」






「…………え!」


 しばし思考が止まっていた。


 理解の範疇をこえる物事がおきた時、人の頭は働かなくなる。

 近頃やたら多い。


 あれ?なんで私が炎熱魔法使いって知っているんだろう。

 って、まぁ、それはどうでも良いか。

 うん。

 ………………。



「えぇ!!??」


 炎熱魔法で!!燃やす!!??


 目を覚ましたように動き出した頭が、けれど大混乱している。


 人の身体に!しかも喉に!?火を付ける!!??

 そそそ、そんな事したら喉が焼けて、息が出来なくなってしまう!!


 い……いき、息?

 クレマン様は息をしているのだろうか。

 亡くなる事を息を引き取ると言うのだから、息はしていないような。

 でも、声は出てるから……?


 クレマン様の喉元を凝視してしまう。

 そして気づいた。


 ちょうど、ハンカチへ施した刺繍、糸のほつれた蛇のように…………首に筋が一本、走っている。


 ズッ、と何かがずれた。


 クレマン様やアダンさんの手が慌てたように伸ばされる。

 けれど、目的のものには届かなかった。



 何かが、ズルリと、滑り落ちる。



 わずかに雪が散って光った。


 鈍い音を立てて転がった、何か。

 それを、アダンさんが素早く拾い上げる。


 クレマン様は眉を寄せ、眉間を押さえるためか腕を持ち上げた。

 けれど、手は空を切る。


 …………?


 考えもなく勝手に身体が動き、クレマン様の代わりとばかり、その眉間をほぐした。

 アダンさんの抱える、何かに手を伸ばして。


「……冷たい」


 どうでも良い事を口にした。

 理解の範疇をこえる物事がおきた時、人の頭は働かなくなる。


 ひとの?

 ひとの……あたま、は?




「驚かせてしまい、申し訳ありません」


 何かが声を発した。

 原理は分からないけれど、喉は必要なかったらしい。


 本当に気に病んでるような表情で、見ていてとても痛々しい。

 いや、本当に、現実とても、痛そうだ。……ふぁ?


「ヒッ」


 しゃっくりが出た。


「ひきゃああああぁぁぁぁーー!!!!!!」


 違う。悲鳴だった。

 自分の悲鳴のはずなのに、どこか遠くで聞こえる。


 すぅっと、意識が遠のいた。





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