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絆の有無は目に見えない

 

「しかばね……」


 これ、と言ったのはお爺様のこと?

 亡くなったお爺様を、ヒューゴ様がよみがえらせた?


「…………死霊術?」

「まぁ、そうだな」


 独り言へ律儀に返してくれた人を見上げる。


「て、天才……!」


 驚きのまま声を上げた。

 口を手で押さえるのさえ忘れる。


 ヒューゴ様は転移魔法使いだ。

 そう聞いたし、実際に魔法を使ってる所も見た。


 人の扱える魔法は、普通、一人につき一種類。

 だいたい両親のどちらかと同じ魔力を受け継ぐ。


 両親の性質を二つ併せ持った人なんて、見たことも聞いたこともない。

 いや、なかった。今までは!


「そんなキラキラした目で見ないでくれ。全然、天才とかじゃねぇよ」


 ヒューゴ様の手で目元を覆われる。

 すぐに離された手の平。その先には、困ったような笑顔があった。


「残念だけど、俺は凡才。兄さんと違って死霊術に使える魔力も少ねぇし、蘇らせんのは人ひとりが限界だ」

「人、ひとり……。それで、今日はお爺様を?」

「あぁ。爺さんは一人で3千体くらい蘇らせられるからな」


 ……うん?

 それって、結果的に、ヒューゴ様が3千体の屍を操れるという事では?


 やっぱり天才だ!


「あ、おい。ほんと、その目はやめてくれって」


 また目を覆われる。

 離して、けれど視線に変化がないと思ったのか、今度はお爺様の後ろへ隠れてしまった。


 お爺様は、相変わらずの無表情でいる。

 ひょろりと背が伸びているため、見下ろされる形だ。

 少し気圧され、たじろぐ。

 けれど大きく息を吸って吐き、呼吸を整えた。


「あの……こんな形ではありますが、お目にかかれた事、嬉しく思います」


 改めて挨拶をする。

 既に亡くなってる事は残念だったけれど、今こうして会えた事は良かったと思う。


「…………」


 お爺様は何も仰らない。

 もしかして、何か粗相をしてしまった?

 ……心当たりがあり過ぎる。


「あの〜、ルネ様。挨拶しても、あんま意味ないですよ?」

「え?」


 ゼリさんが頭の後ろに手を組みながら言う。


「意味がない?」

「はい。亡くなった人は亡くなった人なんで……ん〜なんて言うか、抜け殻みたいな」

「ぬけがら?」

「中身がないんです」

「な、なかみ……?」

「あー、爺さんは随分前に亡くなってるからな」


 なかなか要領を得ない説明を、ヒューゴ様が引き継ぐ。


「死霊術は万能じゃないし、いくつかの制約がある。例えば、そもそも生きてる奴は操れねえ。他の誰かが操ってる屍もダメ。肉体の損傷が激しい屍だと、蘇らせるのに必要な魔力が増える」


 ふむ?と相槌をうつ。

 似たような事を、クレマン様も言っていた気がする。


「そんで、ずっと前に亡くなった…… 爺さんみたいなのは、蘇らせても意識までは取り戻せない。人も獣も、息を引き取ったそばからどんどん精神が霧散して行くからな。死霊術で繋ぎ止め続けない限り」

「ん……ん?」

「あー、つまり、爺さんは身体は動くけど記憶や心なんかは無い……まぁ、操り人形みたいなもんだ」


 操り人形……。


 もう一度、お爺様を見上げる。

 うつろな瞳は焦点が定まっていない。

 整った顔も相まって、たしかに人と言われるより人形と言われる方が腑におちる。


 てっきり、死霊術をかけられた人は……大なり小なり自我が残っているものだと思っていた。

 ここ最近で見た屍……クレマン様は、特に意識がはっきりしていたから。


 そうか、クレマン様は――。


「亡くなって、すぐに蘇ったから……」


 ぽそりと呟く。

 ヒューゴ様が、訝しげに眉を寄せた。


「……義姉さん?それって」

「あ、来ましたよ〜」


 話に飽きたのか雪玉を作り始めていたゼリさんが、間延びした声を上げる。


 その視線の先には、ヒューゴ様と同じ分厚いマントに身を包んだ、クレマン様とアダンさんが立っていた。

 荷物少なく、身軽な足取りで近づいて来る。


 ヒューゴ様が迎えに行くように歩み寄った。


「ヒューゴ、待たせたな」

「いいや、そんなに待ってねぇよ。またあの件か?」

「……あぁ」


 ヒューゴ様は人との距離がやたら近い。

 だからか、アダンさんが不自然でないように二人の間へ入り、スキンシップを取れないようにした。


「……あの件?」

「たぶん襲撃の件ですよ。クレマン様がずっと調査してるんで」


 雪玉を重ね、小さな雪だるまを作りながらゼリさんが教えてくれる。

 氷結魔法で煌めく瞳と丸鼻を施し、手を生やした。


「調査、あんま進展が無いんだってな」

「…………」

「手伝える事があったら言ってくれよ?相談にだっていつでも乗るぜ」


 ヒューゴ様が屈託のない笑みを作り、自身の胸をどんと叩く。


「兄さんには今まで世話になりっぱなしだったからな。俺に出来る事なら、何だってやってやる!」


 わずかに目を見開いたクレマン様が、その目を細めて微笑んだ。

 私まで同じ顔をしてしまう。ヒューゴ様と私の弟が重なって見えた。


 実際に手助けとなるかは別として、自分のために一生懸命になってくれる存在がいる。それがどんなに心強くて、嬉しい事か。


「そうか。それじゃあ、今日は得意の転移魔法で送ってくれ」

「おう!任せとけ!」


 明るく返事したヒューゴ様が、手を足下へ向け、そこから円形状に薄緑色の光が広がる。


 え……?


「ゼ、ゼリさん、もしかして皆さん、ここから、このまま、転移するんですか?」

「ん?そうみたいですね〜」

「ま、魔法陣を使うのでは??」

「魔法陣?あぁ、あれは現れる場所には必要ですけど、転移魔法の発動自体は、どこからでも出来るみたいですよ」


 え、えぇ!

 庭園の魔法陣を使って移動するのだとばかり、ここから歩いて庭園へ戻るのだとばかり思っていた。

 公の転移施設じゃ、魔法陣から魔法陣へ飛んでいたから……。


「ルネ嬢」

「ひゃいっ!」


 視界の外から掛けられた声に、過剰に驚いてしまう。

 クレマン様がいつの間にか私のすぐ隣、ヒューゴ様の作り出した円の端っこまで来ていた。


「わざわざ見送りに出向いてくださり、ありがとうございます」

「あ!いえ、あの、いえ」


 応えながら、手を忙しなく動かす。

 ポケットのある所から無い所まで、ぱたぱたぱたぱた。


 討伐のお守り代わりにと、キリゾン王国の象徴である白いカラスと蛇の刺繍を施したハンカチを用意した。

 した、のに……ど、どこへ仕舞った?


「私のいない間に不便などあれば、どうぞ、ゼリか侍女長へお申し付けください」

「あの、はい。えっと……」


 一向に見つからない。

 こんな、すぐ渡す場面になるとは思ってなかったから……!分かってたら手に持って準備していたのに、ど、どうしよう!


「……いかがされました」

「へ!あ、あの、その、えっと………………な、何でもありません」


 見つからないハンカチは、諦めるしかない。

 祈るように両手を組んだ。


「あの、い、一週間はとても長くて、外は寒くて、いえ寝泊まりは温かくされる事と思いますが、やはり冷えは万病の元と言いますし、風邪など引いてしまっては魔獣討伐にも影響が出るでしょうし、それで怪我などなさっては………………えっと、その……どうか、身体にはお気をつけください。怪我なども無いよう、お祈りしております」


 纏まらない話をつらつらと話し、途中で我に帰った。

 案の定、クレマン様に笑われてしまう。

 頬へ熱が集まった。


「ご心配には及びません……この身体では、風邪など引かないでしょう」

「あ、クレマン様は風邪に強い方ですか?」


 考えてみれば、クレマン様は何度も討伐にも参加されている。野営にはもう慣れっこで、風邪なんて引かないのかも知れない。


 納得していると、ふと、クレマン様が何も言わず固まっている事に気がついた。

 瞼だけをパチパチと開け閉めしている。


「あの、私、何か変なことを……」

「…………いえ」


 口元へ手を当て、考えながらといった風に口を開く。


「貴女はいつも、変わらず接してくれます。それが、私には得難く……」


 言葉が途切れる。

 先の言葉を消すように、クレマン様はゆるく首を振った。


「ルネ嬢も、慣れない土地で体調を崩されないよう、お気をつけください」

「え?あ、はい」

「出歩かれる際は、必ず護衛を」

「は、い……」


 この前の、夜中に一人で出歩いた件を言われている。

 クレマン様だって……とは思いつつ、自分に非が無いとも言えないので、ここは大人しく頷いておく。


 クレマン様が手を上げ、ヒューゴ様へ合図を送った。光が地面から空へ向かって立ち昇る。


「では、行って参ります」

「え?あ、あの……!」


 伝えようと思っていた、大事なことを言おうとして……――クレマン様達は光に包まれ、見えなくなった。

 破裂音と共に光が弾け、消える。


 後へ残されたのは、私とゼリさん、ヒューゴ様の従者さんだけだった。

 冷たい風が通り抜ける。


「何を言おうとしたんですか?」


 ゼリさんが何の気なしに尋ねてきた。


「あ、その……御身を、お大事に、と」

「それ、もう言ってませんでした?」


 至極もっともな質問を返され、何も言えず俯いた。


 雪の上に落ちる、ハンカチが目に入る。

 さっき探しに探して見つからなかったハンカチだ。


 きっとポケットに手を入れた拍子、誤って落としてしまったのだろう。

 膝を折って拾い上げた。


「あ……」


 糸がほつれ、蛇の顔の下、左から右へその身を切るように筋が入っている。


 こんなもの渡さなくて良かった。

 そう思うのと同時、不安が過ぎる。


 クレマン様に、風邪を引かないよう、身体に気をつけて欲しいとは言えた。

 けれど……自分を蔑ろにしないで欲しいとは、言えなかった。


 もう亡くなっているからと、簡単に、その身を投げ打ってしまいそうで怖い。


「……ルネ様?」


 しゃがみ込んだまま立ち上がらない私を、ゼリさんが覗き込む。


「あ、ごめんなさい。大丈夫」


 心配させないよう笑顔を作り、顔を上げ…………ゼリさんの後ろ、赤い瞳に見据えられた。

 長めの黒い前髪、メガネ越しでも、不機嫌が見て取れる。


「邪魔」


 低い声で言い放たれ、ハッとした。


 礼拝堂から屋敷まで、道を作るように雪がかかれている。けれど、その幅はあまり広くない。

 私が真ん中でしゃがみ込み、その隣にゼリさんが並んでは、もう残された道幅はわずかだ。


 従者さんが通れなくもない……けれど、邪魔は邪魔で間違いない。


「ご、ごめんなさい!」


 慌てて立ち上がり、脇へ避けた。

 それを一瞥(いちべつ)するもなく、従者さんが通り抜ける。


 そのまま行ってしまうかと思ったけれど、予想に反して彼は振り向いた。


「あんた、何してんの?」


「…………へ!あ、私?」


 とっさに反応できず、つい自分か確かめてしまった。

 私を見てるのだから、私に話しかけてるのだろう。

 そういえば、あんたと呼ばれて然るべき行いを彼には見られていた。


「あの男、結婚する気ないだろ。延期にしたって準備を何一つしないなんて、不自然だ」

「ふぁっ!え、あ……」


 またしても予想外の言葉に、うまく返事ができない。

 あんた何つっ立ってんの?みたいな事を言われてると思ったのに、全く違った!


 口をパクパクさせるだけで何も言えない私に、呆れたのか鼻でため息をつかれる。


「結婚は諦めて、さっさと家へ帰んな。阿呆みたいにこの家の連中を信用してると、後で馬鹿を見るよ」


 ふいっと顔を背け、そのまま、今度こそ立ち去ってしまう。

 小さくなる背中をただ呆然と眺めた。


「あ……え?」


 何だったのだろう?今のは。

 戸惑う私へ同調するように、ゼリさんが首を傾げた。


「なんか、よく分かんないですけど…………あいつ!めちゃくちゃ失礼じゃないですか!?」


 …………う、う〜ん。

 素直に頷いて良いのか、従者さんをフォローすべきなのか。

 悩んで、答えが出ず、とりあえず曖昧に笑った。




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