不可思議な親族
雪がかかれ、平らに慣らされた道を行く。
青白く染まった丘を見渡した。
同じ道でも昼と夜とでは随分印象が違う。
暗闇に不安を抱いて一歩一歩あるいた道も、先が見えていれば何てことない。
「すみません。あたしてっきり、いつも通り馬で行くのかと思って……」
隣を歩くゼリさんが申し訳なさそうに目を伏せ、頭を掻いた。
「そんな、ゼリさんは悪くないですよ」
彼女が謝る必要はない。
どちらかと言えば、私の方が気づくべきだった。
トマスさんの言葉を思い出す。
『クレマン様は転移魔法で移動されるとのことです。ヒューゴ様のいらっしゃる礼拝堂へと向かわれました』
あっ、と思った。
私がクレマン様を待っていた場所。そこに用意されていた移動手段は、馬と幌馬車だけだ。
馬車は荷物を積み込んでいて、人が乗るスペースはほとんど無さそうだった。
もしクレマン様が馬で移動するなら、当然、馬と触れ合うことになる。
あの、凍てついた身体が。
馬が平常通りでいられないのは目に見えている。
それなら、ヴェデモナ山の近くまでは転移魔法を使うだろう。討伐で死霊術を使った後は、蘇らせた魔獣に乗って移動すれば良い。
クレマン様の事情を知ってる私なら予想できたはずだ。
逆に、ゼリさんは気づくはずがない。
「私の方こそ……ごめんなさい」
「なんでルネ様が謝るんですか?」
「えっと、うぅん……」
説明、できない……。
口をもごもごと動かすだけで、何も言い訳は出てこなかった。
ゼリさんは特に気にした様子もなく、前へ向き直る。
丘の先に礼拝堂が見えた。雪と同化するような白だ。
そういえば、どうしてヒューゴ様は礼拝堂にいるのだろう。
「あ、いたいた。クレマン様〜!ヒューゴ様〜!」
ゼリさんが元気良く手を振る。
礼拝堂の側に複数の人影があった。
これまた雪に同化しそうなプラチナブロンドを持つ人が…………ひとり?
一人しかいない。他の人達は皆、髪色が違った。
近づいて、やはりと首を傾げる。
「あれぇ?よく見たらクレマン様がいませんね」
「そうで……す、ね?」
そこにいた面々を見て、しばし思考が鈍くなる。
プラチナブロンドのヒューゴ様、黒髪の従者さん、黄味の強い金髪をした見知らぬ老紳士。
そして薄茶の髪を持つ……イノートル辺境伯様。
「へ、辺境伯様……!このような所でお目にかか、かかれるなんて……こ、光栄です」
慌てて頭を下げる。
か、噛んでしまった。また……まただ。
どうして私の口は、いざという時に限って上手く働かないのか。
辺境伯様と会うのは、これが二度目。
両家顔合わせの時が最初で、それから今の今まで会っていない。
もっと優雅に挨拶して、お義父様となる人へ良い印象を残したかった。
……あれ?何か間違っている。
「顔を上げてください」
「は、はい」
促されて、おずおずと顔を上げる。
クレマン様よりも幾分か明るい、紫の瞳に迎えられた。
「……屋敷での暮らしは、不自由ありませんか」
「え?……あ、はい」
気もそぞろに返事をしてしまう。
何か、違和感があって。
辺境伯様は、話し方もお姿もクレマン様の面影があり、親子なのだと感じさせる。
けれど、どこかが違う。決定的に。
何だろう。
……瞳?
私を見ているような、見ていないような。
かといって別の物を見てる訳でもないような。
「そんな畏る必要ねぇよ」
ヒューゴ様が言って前へ出た。
私と辺境伯様の肩へ手を置き、橋渡しするように立つ。
「俺たち、家族になるんだろ?な、義姉さん」
向けられた爽やかな笑顔に、居た堪れなくなった。
義姉さん……には、ならない。
「あ……」
そうだ。私はヒューゴ様の義姉にならないし、辺境伯様だって私の義父にならない。
だからって悪い印象を与えて良い訳じゃないけれど……仲良くならなければと気負う必要もない。
「義姉さん?」
「あ、いえ……義姉さんと呼んでいただくのは、その、まだ早いのではないかと」
「ん?どうしたんだ急に」
ヒューゴ様が目を見開いた。心配するように私の顔を覗き込む。
「もしかして、式が延期されたからか?」
「そ、そういう訳じゃ……」
「気にすんなよ。婚約してるんだから、実質もう結婚したようなもんだ」
「それは…………そう、なのですが」
もごもごと口ごもる。
婚約、イコール結婚。これはある程度正しい。
貴族の家同士で取り決めた婚約なんて、そうそう覆らない。
けれど、今回は例外だ。
「義姉さんにこんな心配かけるなら、むしろさっさと結婚した方が良いのかもな。身の回りを固める為にも」
「ほんとほんと!その通りですよ!」
ゼリさんがしかと頷いた。
いやいや。いやいやいや。
さっさと結婚なんて、ありえない。
そう言ってクレマン様を庇いたいけれど……何と説明すれば良いのやら。
知ってしまった秘密が大き過ぎて、誤魔化さなきゃならない場面もやたら多い気がする。
言葉を探して視線を動かし、この場で唯一、事情を知ってる辺境伯様で目を止めた。
どうしましょうと目で訴えるも、辺境伯様からは何の感情も返ってこない。
「……ルネ嬢、申し訳ありません。所用があり、私はこれで失礼します」
「え?あ……」
言うや否や、辺境伯様が立ち去ってしまう。
戸惑いながら頭を下げた。
……何だろう。
辺境伯様と言葉を交わすたび、瞳を見るたび、妙な既視感が湧き上がる。
似たような人に会った事があるような……。
人だっただろうか。
一緒に頭を下げていたゼリさんが、姿勢を戻して腕を組んだ。
「急にどうしたんでしょう」
「さぁ。そういや、義姉さん達はここへ何しに来たんだ?」
ヒューゴ様が肩を竦め、話題を変えた。
「私達は……討伐へ向かわれるクレマン様のお見送りに。ヒューゴ様と共にいらっしゃると伺って……」
「兄さん?確かに一緒に転移するって聞いてるけど、まだ会ってないな」
言いながら、ヒューゴ様は荷物をいくつか従者の方から受け取った。
よく見てみれば、腰にはサーベル、肩には分厚いマント、そして胸には甲冑を身につけている。
前に会った時より、随分と厳めしい装いだ。
「もしかして、移動を手伝うだけでなく……ヒューゴ様も討伐へ参加されるのですか?」
「あぁ、まぁな。ちょっと手伝い程度に。普段は王国騎士団の仕事で来られないんだが、今回は式に合わせて休みを取ったから」
ヒューゴ様が隣の老紳士を見上げる。
つられて見て、はたと気づいた。
老紳士の瞳もまた、イノートル辺境伯家の固有色、紫をしていた。
「あ、あの!こ、こちらの方は……?」
「ん?爺さんのこと?」
じ、じいさん。
もも、もしかして、ヒューゴ様と、クレマン様のお爺さま!?
「あ、お、おおお目にかかれてここ光栄です!私、オーディナ男爵が娘、ル、ルネと申します!」
頭を下げながら、ああ!と嘆き目をつむる。
名前を噛んだ!
これじゃあ“ルルネ”と覚えられても文句は言えない!
あああ……お爺様の存在さえ知らず、挨拶もせずにいたなんて……!
両家顔合わせの時もいらしてなかったから、これが初対面だ。……ひど過ぎる。
「…………」
お爺様は何も言わず、感情の見えない瞳で私を見下ろした。
辺境伯様と似た面立ちだ。
「ははっ、そんな丁寧な挨拶、ありがとな」
ヒューゴ様がお爺様に代わって礼を口にする。場違いにも見えるほど、穏やかな笑顔で。
訳が分からない。
ふと、彼等の背後、整然と並ぶ石板が目に入った。
雪の除けられた石板が、礼拝堂を挟んで左右対称、広範囲に設置されている。
その内のひとつがお爺様の足下にあった。
他と違って石板がズレている。ズレた石板の下には……人ひとり入れる程度の穴が。
「もしかして、知らないんですか?」
後ろからゼリさんに声をかけられる。
「ヒューゴ様のお爺さま、前当主さまは、とっくの昔に亡くなってますよ」
一瞬、息を止めた。
頭が一度止まって、それからゆっくり物を考え始める。
えっと……つまり?
ヒューゴ様は合点がいったという風に、あぁそうかと呟いた。混乱したままお爺様を見つめる私に、答えをくれる。
「これは、俺が蘇らせた屍だ」




