表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/32

回想:涙と初恋の記憶(3)

 

 ――ザッ、ザッ。

 ――ザッ、ザッ。


 一定のリズムで繰り返される音は、どこか心地良い。

 感じているのは、安心感?


 音の先にある人の気配を感じながら、目の前の白い花を摘んで行く。

 ぼんやりと、けれど一つ一つ確認するように、男の子と話したことを思い出した。


『フィルは、もう亡くなったの?……ですか』

『はい』


 ぷつり、花を摘んで反対の手で握りこむ。


『このままフィルが生き続けることは出来ませんか?』

『……彼は亡くなっています。動いていても、生きてる訳ではありません』


 ぷつり、花を摘んで、やっぱり握りこむ。


『生者と死者、この二つには決定的な違いがあります』


 ぷつり、花を摘んで……目の前に掲げた。


『生ける者は、本能的に(せい)へしがみつきます。亡くなった者はその逆です』

『逆?』


 掲げた花の先で、男の子が短剣を斜め下へ振り下ろし、土汚れを飛ばして落とす。鞘へ収めた。

 その短剣が奏でていた音も止まる。


 立ち上がって小走りで寄れば、思っていたより大きな穴が地面にあいていた。

 しゃがめば私でも入れそうだ。


 フィルは、穴のフチへ鼻を近づけ、くんくんと匂いを嗅いでいる。


『死者は、身体の死と精神の生との乖離(かいり)に混乱し、統一させようとします』


 私が眺めていたからか、フィルも顔を上げた。

 大きな瞳に、私の姿が映りこむ。


『死霊術をかけた際、最初に制御するのは……その者の死への衝動です』


 フィルの身体をぎゅっと抱きしめる。

 やっぱり毛はパサパサで、身体に温もりは無かった。


「大好きだよ。ずっと大好き」


 毛を()くように撫でれば、しっぽがパタパタと揺れる。

 こういう所は変わらないらしい。


「ロジェも、アンナも、フィルが大好きだよ」


 今はここにいないけれど、二人がフィルを大事にしてきたことは間違いない。


「二人の気持ちが落ち着いたら、きっとここへ連れて来るからね」


 いつでも来られるよう、この場所を選んだ。

 森の奥の野イチゴ畑ではなく、屋敷近くの小さな原っぱ。

 よく一緒に遊んだ、フィルのお気に入りの場所。


 身体を離すと、フィルはするりと腕を抜け、それが当たり前かのように穴の中へ飛び込んだ。

 男の子の言っていた通りなのだと、実感してしまう。


 振り向いたフィルが身を乗り出し、私の頬へ鼻をすり寄せた。

 さよならと、言っている気がする。


「…………さよなら、フィル。今まで、たくさんありがとう」


 静かに離れ、穴の中へ戻ったフィルが、そばで見守っていた男の子を見上げる。

 男の子は私たちの顔を確認するように見た後、フィルへ手をかざした。


 紫の魔力が、フィルの身体から渦を巻くようにして溢れる。そして薄れ、消えて行った。


 フィルの瞼がゆっくりと閉じられる。

 力の抜けた身体が倒れ、そして……あっけなく眠りについた。


 いくら眺めても、もう動かない。

 それなのに、意味もなく眺め続けてしまう。



 男の子に白い手袋を差し出され、やっと視線がそれた。

 彼がしてるのと同じもの。予備か何かだろう。


 上質な生地を汚すのは悪い気がしたけれど、ありがたく手袋を借り、二人でフィルに土をかけてやる。

 少しずつ、姿が見えなくなった。



「……申し訳ありません」


 声をかけられ、けれど反応が遅れる。

 いつの間にか、またぼんやりしていたらしい。


 ……もうしわけ、ありません?


「この者と、皆様との別れを……台無しにしました」


 男の子は、言葉通り申し訳なさそうに瞼を伏せている。


 この子が、いなかったら……?

 フィルが亡くなって、その後に動いたりしなければ?


 ロジェもアンナも普通に泣いて、お別れ出来たのかも知れない。


 ――でも。


「謝らないで、ください」


 手袋ごしに手を重ねる。

 やっぱり温かくて、この子が見た目通り、私とあまり年の変わらない子供だと感じる。


「もし、あなたがいなかったら……アンナはまだ、森の奥に一人でいたと思います」


 足をくじいて、誰も知らない森の奥で、一人きり。


「フィルは人を呼んで来たかったのに、それが出来ないままでした」


 アンナのために走って途中で倒れたフィルは、どんな気持ちだっただろう。

 悔しかった?悲しかった?


 この子がいなければ……そのまま終わりだった。


「だから……ありがとうございました」


 目を見てお礼を言う。

 男の子の手が、ピクリと動いた。

 何度か瞬きした後、視線をそらす。


「礼を言われるような事は、何も」


 言いながら空いてる手を動かし、もう姿の見えなくなったフィルへ土をかける。

 私も握った手を離し、同じように土を重ねた。


 土をみんな被せてお山になったそれを、ぽんぽんと押し固める。


「とても、優しい魔法ですね」

「……優しい?」


 繰り返した男の子の声に頷く。土のお山をなでた。


 誰もがみんな、自分のやりたい事を全部やってから亡くなる訳じゃない。

 残される側も、いつだってきちんと別れの言葉を伝えられる訳じゃない。


 フィルと私は、本当なら出来なかったことが出来た。

 この子のおかげで。

 フィルと……最後の……。


「とても優しくて、温かい魔法だと思います」


 ポタタッと水滴が落ちて、地面にシミを作る。


 雨かと思って空を見上げれば、そこには変わらず、雲一つない青空が広がっていた。


「……そのようなこと、初めて言われました」


 また頬が濡れる。


「あ……」


 私が泣いているんだ。


 汚れた手袋を外し、目元を手の甲でこする。濡れた頬は袖へ押し付けた。

 それでも涙が止まらない。だんだん、鼻も出てきた。


 男の子も手袋を外し、懐から綺麗なラベンダー色のハンカチを取り出す。

 それを私へ差し出した。


「ヒクッ……うっ……」


 お腹が震えて、喉から変な音が出てしまう。

 肩を不規則に跳ねさせながらハンカチを受け取る。


 涙や鼻を押さえて、その柔らかく滑らかな感触に驚いた。

 濡れた視界でよく見えなかったけれど、想像以上に立派なハンカチだったらしい。


 刺繍を見て、そういえばこの子はクレマンと名乗っていたと思い出す。


「あ、ありがっ……とう、ございます、クレマンさま」


 うまく呼吸ができなくて、お礼が途切れ途切れになってしまった。

 ハンカチを目元へ当てながら、大きく息を吸い、吐き出す。

 それを何度も繰り返して息を整える。


 もう一度、ちゃんとお礼を言おう。

 ついでに、手袋もハンカチも洗って返すと言う。

 そう思いながら顔を上げると、パチリ、クレマンさまと目が合った。


 紫が揺れて、キラキラ光る。


 私の瞳が濡れてるせいか……クレマンさまは涙なんか流してないのに、泣いているように見える。


 無意識に手が伸びた。

 午後の穏やかな陽射しの中、サラサラと風になびく髪。それをそっと撫でた。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。


アンケートはこちら
(外部サイトが開きます)

― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ